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テンション高い人は苦手だけど、いないと寂しいと思う。

 ジョーが立ち去った後、事務室に戻り席へと座る。隣の席ではサイカが肩を落としている。

 気の利いた言葉の一つでもあればいいのだが、残念ながら持ち合わせてはいない。それでも、声をかけるべきか、かけないべきかと悩んでいるとサイカの方から話しかけてきた。

「ごめんね、クルト君。あんなところ見せてしまって……先輩失格だね」

 こちらに振り向いたサイカは笑っていたが、その笑みに力が感じられない。まるで人形のように作られた、動きのない笑顔だった。

「そんなことないですよ。しょうがないです……」

 そんなことないもしょうがないも、それを決めるのは本人だ。他人が口を挟むことじゃない。それでも俺はこんな意味のない言葉を、その場を無難にとどめるためだけの言葉しか言えなかった。


 自分の無力さを痛感していると、一人の職員が近づいてくる。

「あのさぁ、新人君、道具屋に荷物を取りに行くの、頼まれてくれないかな?」

 どうしたものかと、サイカの方に目を向けると、「行ってきていいよ」と一言。

 その職員から注文書と地図を受け取り、道具屋へ向かうため外に出る。

 ここから逃げ出せたと、ホッとする自分が嘆かわしい。


 空の荷車を引き、石畳の道を進む。空っぽでもそれなりに大変なもので、子供が飛び出したりすると急に止まらなければならず、慣性の法則と真っ向から戦う羽目になり、かなり骨が折れる。帰りはこれに積荷がある状態だと思うと億劫だ。


 気温は日本の春先くらいで、まだまだ涼しさを感じれるのだが、道具屋の前についた時には、額に少量の汗が流れていた。

 俺は荷車を道具屋の前に置いてから、制服の袖口で軽く汗を拭き店内に入った。


 壁際の棚には、大小様々なビンに入った液体、色鮮やかな水晶体、巻物など多種多様な品がカテゴリーごとに並べられている。入り口から正面の奥にカウンターがあり、少年が店番をしている。

「らっしゃい! いろいろあるからゆっくり見ていってくれよな!」

 少年は俺の存在に気がつくと、逆立ってツンツンとしている金色の髪の毛を揺らし、その顔に過剰なほど笑顔を乗せて、ハキハキとした元気な声をあげる。歳は俺と同じか少し下か、高校生くらいだろうか? 少年の着るつなぎのような服はところどころ破れたり汚れたりしている。それが逆にかっこいい。


 ギルドの先輩職員から渡された注文書をカウンターの上に置き、少年に見せる。

「おっ! ギルドの人だったんだ! まいどっ! って、初めて見る顔だな。もしかして新人? じゃあ自己紹介だ。俺はカツジってんだ! 一人前の道具職人を目指して修行中なんだぜ!」

 テンションが高くてちょっと苦手な人かも……第一印象はそんな感じだった。なんていうか、迫ってくるような、話し方がしんどい。

「ギルドの職員として働くことになったクルトだ」

 簡潔に自己紹介をした。年上という事はなさそうだし、向こうも敬語を使っていないので、こちらも敬語は使わなかった。あと、この世界は名前が主流らしい。例外的に、貴族には家名があり、それが苗字の役割を果たしている。しかし一般人には苗字はないので、これからは名前だけを名乗ることにした。

「オーケー! シンプルな自己紹介ありがとっ! よろしくな、クルト!」

 カツジはサラサラと筆を走らせ、作成した納品書と請求書を俺に手渡すと商品を取ってくると言い、奥の倉庫に入っていった。


 しばらくして戻ってきたカツジは三段に積まれた木箱を両の手で抱きかかえるように持ち、俺の前までくるとゆっくりと地面に木箱を置いた。

「これが頼まれていたもんだぜ! そうだ、クルトにこれをやるよ!」

 カツジはポケットからゴルフボールくらいの球を手渡してきた。持ってみた感じメチャクチャ硬い。これはちょっとやそっとの衝撃では壊れないだろう。しかし、これは一体何なのだろうか? とりあえずカツジに「これは?」と聞いてみる。

「これは俺が作成したシビレ玉! 中に雷魔法のパラライズを閉じ込めていて、表面が割れるとその球を中心に一メートルくらいにいる生き物を麻痺状態にする魔道具なんだぜ!」

「これすごく硬いけど割れるものなの?」

「あれは昨日の事だった……俺はシビレ玉が完成して居ても立っても居られなくなってな! 森に出かけたわけよ !そしたら大きなツルギタイガーがいて思ったわけ。……イケる。んで、実際投げてみるとクリティカルヒット! 金属がぶつかるゴッって音がしてさ、でも割れねぇの! ツルギタイガーがマジギレして追ってくるわで死ぬかと思ったわ!」

「ダメじゃん!」

 俺の指摘にカツジは立てた人差し指を、メトロノームのように揺らしながら、チッチッチッと口を鳴らす。リアルでそのしぐさを見るとイラっとすることが学べた。

「まぁまぁ、話は最後まで聞こうぜ! その後、いくら衝撃を与えても割れないから、斬撃ならどうだろうって思って剣で切ってみたわけ! したら成功も大成功! 見事に中のパラライズが発動して俺は痺れたね。精神的にも肉体的にも! そして使い方を思いついたわけ! 向かってくる相手の剣を狙って勢いよく投げつければいいと!」

「できるかぁ!!」

 胸の前に握りこぶしを作ってガッツポーズをするカツジに思わずつっこむ。

 向かってくる相手の剣に正確に当てるとか、プロ野球選手でも無理だろ。それに相手が刃物の(たぐい)を使ってなかったら使えないし、ほんと使えない魔道具。


 俺は魔道具(ゴミ)をポケットにしまい、頼まれていた荷物を荷車に運ぶため木箱に手をかけた。


……重い。


 最初にカツジが持ってきたように三段重ねて荷車まで運ぼうとしたのだが、ピクリとも動かなかった。なので一つずつ持ってみたのだが、それでも重い。腕の筋肉が小刻みに震え、足取りもたどたどしくなる、今にも落としてしまいそうだ。

「手伝うぜ!」

 カツジはそういうと残りの二つの木箱をヒョイと持ち上げて荷車まで運んでくれた。変な男だがいい奴なんだろうなと思いながら、重い荷車を引く。


 必死の思いでギルドに着くと、両手をひざにおき、肩で息をする。言葉にならない疲労感を代弁するように滝のような汗が全身を伝っていく。服が肌に張り付くのが気持ち悪い。

 荷物を取りに行ったことを報告すると倉庫室まで運んでおいてほしいと頼まれた。

 今にも倒れそうな足取りで荷物を一つ一つ運ぶ。最後の荷物を運び終わった時に、この仕事を頼んできた職員が来て「手で持って運んでたんだ。そこの台車使えばよかったのに。新人君は力持ちなんだね。はははっ!」と言われた時に、腹の底から怒りが沸きあがってきた。神様、この職員に然るべき報いをお願いします。


 なにはともあれ、無事に頼まれていた仕事を終え、自分の席へと戻り一息つく。

 出かけているのだろうか、隣の席にはサイカはいない。

 戻ってきたらなんて声をかけようかなと考えていると、ざわざわとした騒がしい音がロビーから聞こえてきた。


 事務室からロビーへとつながる扉を開けると、普段は落ち着いたその場所には人だかりができており、二十人、いや、三十人はいるのではないだろうか。その人たちが周りを囲むように立ち、中心へと意識を向けている。

 その中心で視線を集めている人物は三名。そのうちの一人は……


 ――サイカだった。



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