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鈍感は鈍感だから鈍感だと気づかない。

 小腹が満たされた体は睡眠を要求しており、日が上り、暖かくなった気温がその要求をより肥大させる。

 冒険者が山や森、はたまたダンジョンでモンスターと命をかけて戦っているように、ギルド職員は暴力的な眠気と戦うのだ。

 俺は両手で挟むように頬を叩き、眠気を打ち消す。このあとサイカが担当する冒険者との打ち合わせとなっているので、居眠りはしていられない。


「そろそろ時間だから行こうか」

 机の上で書類を立て、トントンと音を鳴らし書類を綺麗に揃えるとサイカは立ち上がり、冒険者と打ち合わせをするためにブースへと向かった。

「そういえば、サイカさんの担当する冒険者ってどんな人なんですか?」

 これから会う冒険者がどんな人なのか純粋に気にもなるし、例え横で見ているだけだとしても、事前に情報を知っているか知らないかでは、そこから学べることに大きな差があるだろう。

「今から来る冒険者はジョーさん。ランクは上級冒険者ね」


 冒険者にはランクというものが存在している。

 冒険者のランクは初級から始まり、中級、上級、そして特級(とくきゅう)の順にランクが上がっていく。ランクにより腕輪の色が変わり、初級は白、中級はブロンズ、上級はシルバー、そして特級はゴールドとなっている。

 特級の上に、神級(かみきゅう)というランクも存在するが、神級ランクを証明する黒い腕輪をつけた冒険者は現在はいない。

 神級冒険者になるには、世界の終焉(しゅうえん)をもたらす「魔王」、もしくはそれと同等の力を持つ、悪しき者を討伐しなければならない。約二百年前に魔王を倒した冒険者が、記録に残る最後にして唯一の神級冒険者となっている。


「元々は別の人が担当をしていたんだけど、その人が王都のギルドに移動になってね。それで後任として私が担当することになったの。ただ……」

 サイカは少しの落ち込みを含んだ口調で続ける。

「私が担当するようになってからジョーさんの調子が悪いんだよね。この前も負けるはずのないモンスターを相手に怪我をしてクエストを失敗していたし」

 サイカは耳たぶを親指と人差し指で挟みながら、どうしたものかと表情を浮かべている。


 担当者が変わるだけで、以前できていた事ができなくなるものなのか? 担当者の違いで冒険者の成長の具合が変わるのは理解できる。例えば、学校の教師にも当たり外れはあり、教え方の上手な教師もいれば、わかりにくい教師もいる。前者の授業のほうが成績は良くなるだろう。しかし、どんなに愚鈍な教師でも過去の成績を下げることはできない。だから理解できていた問題が理解できなくなることはないし、勝てていたモンスターに負けることもないはずなのだ。

 ジョーという冒険者が調子を悪くしているのには、特別な理由があるのではないかと俺は推測する。


 しばらくすると、長身にほっそりとした体格、全体的に黒で統一された服装、その腕に上級冒険者の証であるシルバーの腕輪を輝かせ、一人の男が現れた。

 男は無言で席に座り、俺とサイカを一瞥する。

 この男がサイカの担当するジョーだ。

「こんにちは! ジョーさん。さっそくなんですけど、今回は――」

「サイカ殿! 少し待っていただきたい……」

 サイカが話している途中、突然ジョーが話を制止する。ジョーは少しの間をとり言葉を続ける。

「サイカ殿、しばらく冒険者の活動を休止させていただこうと思う」

「……どうしてですか?」

 サイカは不安を織り交ぜた口調で問いかける。すると、ジョーは躊躇(ためら)いながらも口を開く。

「サイカ殿が担当になってからというもの、仕事に集中できないのだ。もしかしたらサイカ殿とは合わないかもしれないと考え、そこで――」

「やっぱり、私が悪いんですね」

 今度はサイカが話を制止する。

「わかってました。私が担当になってからジョーさんが調子悪いの。それでも頑張ろうと思っていたんですけど、ダメだったみたいですね……」

「いや、その、サイカ殿の責任という訳では……」

「いえ、お気遣いは結構です。わかりました。今日は終わりましょう。次回までに新しく担当できる人を探しておきます」

 そう言うと、サイカはこちらを振り返ることなく、小走りで立ち去って行った。俺とジョーを残して。


 サイカが出て行ってしまったため、俺とジョーがいるブースは絶妙な気まずさが支配している。

 何か話のネタはないかと思考を巡らせ、先程のサイカとジョーの会話を思い出す。

 ジョーはサイカが担当になってから仕事に集中できないと言った。仕事に集中できないという事は、仕事に集中できない何かがあるという事だ。そして、それはサイカが担当になってからだという。

 一つの仮説に行きついたので、俺の推測があっているかどうか確認するため、ジョーと会話をすることにしてみた。

「初めまして、ジョーさん。 俺は今日からギルドで働くことになった鈴木来人といいます」

 挨拶をすると、ジョーは俺の方に視線を向け、軽く一礼をする。

「あの、先程のサイカさんとのやり取りを聞いていて気になったことがあって、サイカさんが担当になってから仕事に集中できないと言っていましたが、具体的にはどのように集中できないのですか?」

 ジョーは俺の質問に、怪訝な顔を浮かべる。

「なぜ拙者が、今日あったばかりの貴公にそのようなことを話さなければならんのだ」

「俺にはジョーさんの調子の悪い理由がわかります」

 自信満々に言ってやった。俺の推測が間違っていないことを祈るばかりだ。

 俺の返答にジョーはしばし考えこむ。

「いいだろう、貴公の話を聞いてみるというのも一興か」

 質問に答えることを了承したジョーは両の腕を組み、言葉を続ける。

「率直に言うと、サイカ殿のことが頭から離れないのだ」

「それ恋ですよ」

 即答した。うん、あれだ。もう少しさぐりながらいこうと思ったけど、これは必要なさそうだな。間違いない、このジョーという男はサイカの事が好きなのだ。

「待たれよ! 貴公はいきなり何を言っているのだ! 拙者がサイカ殿の事が好き? ありえない話だ」

 ジョーは手をバタバタしながら俺の意見を否定するが、その顔は熱を帯び、赤くなっている。

 俺は質問を続ける。

「サイカさんの事が頭から離れないんですよね? その離れない理由は、好きだからではないですか?」

「違う! あれはサイカ殿が拙者の担当になる前の事、迷子の少女が泣いていたのだ。拙者は何とかしようとしたが結果は散々だった……そこにサイカ殿が現れ、見事な手腕で迷子の少女をなだめ、涙を止めたのだ」

 何が違うのだろう? サイカの魅力的なところの話にしか聞こえないのだが。

「つまり、拙者はその時の敗北感が忘れられないのだろう。サイカ殿を見るたびにその光景を思い出してしまうのだ!!」

「どう考えてもサイカさんの母性的なところにひかれたんですよ。そんな状態で敗北感を感じるわけないじゃないですか」

 ジョーは、いや、拙者は、拙者は、いや、と呟き、サイカに好意を持っていることに理解しようとしないので、少しかまをかけてみることにした。


「サイカさんは夜のほうも母性的で素敵でしたよ」


 ジョーは俺が話し終わると同時に、机から身を乗り出して俺の胸倉を掴んできた。いや、反応しすぎだろ! 俺も驚いたわ。

「き、き、貴様、サイカ殿と、その、よ、夜を共に……」

「嘘ですよ、ジョーさん。俺とサイカさんに男女の関係はないです。でも、ジョーさんのその反応は明らかに嫉妬ですよね。」

 ジョーは俺の胸倉から手を離すと、ゆっくりと元の位置に戻ると、深く椅子に座った。

「拙者がサイカ殿の事を好き……」


 小さくつぶやいたジョーに俺は首をたてに振る。ジョーは何かを考えるように天井を眺めている。十秒ほど天井を眺めたあと、ゆっくりと立ち上がった。

「貴公……いや、クルト殿。貴重な意見、感謝する。一晩冷静に考えてみたい。失礼する」

 ジョーはそう告げると、その場から立ち去っていった。

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