異界の地、リスヴェリアへ
異世界のギルドで働くことに決めた俺に声は告げる。
「かしこまりました。それでは異世界へとご案内いたします」
その言葉を聞き終わると同時に、テレビの電源を落としたように、俺の意識は消えた。
草の香りがする。目をあけると木々の隙間からこぼれる日の光に思わず目を閉じてしまった。
体を起こすと、辺りは短い草に覆われて、所々に車のタイヤぐらいの大きさの石がある。そして目の前には、白いワンピースを着た、少女が立っていた。
草原を駆け抜けるように吹く風が、その少女の長い銀色の髪とワンピースの裾を揺らしている姿がとても美しく、視線を奪われてしまう。少女のサファイヤのような青い瞳と視線が重なり、少女は口を開いた。
「ようこそ。異界の地、リスヴェリアへ! 歓迎します。スズキクルトさん」
その声は、先程までいた何もない空間で話していた声だった。
「えっと……あなたはさっきまで話していた声の人ですよね? あなたは一体何者なんですか?」
少し失礼な聞き方になってしまったと思ったが、少女は気にした素振りもなく答えてくれた。
「私は女神エテルナ、先程は声だけで失礼いたしました。あの空間での私は精神だけの存在なので、姿を現すことができなかったのです。私の役目は人の生と死に関わる魂を導くこと。そして、このリスヴェリアの地で生きる1人の少女でもあります」
「女神様だったんですね。リスヴェリアでしたか? ここが話していた僕がギルドで働くことになる世界ですか?」
「はい! この世界のギルドでお仕事をしていただくことになります。あと、この世界では女神様ではなく、ただの女の子エテルナなので丁寧に話さなくていいですよ。話しやすいように話してください。エテルナと呼んでいただけると嬉しいです」
女神様を相手に話しやすいように話すのは失礼ではないかと考えたが、本人がいいと言っているのだから俺はいつものように話すことにした。
「わかったよエテルナ。じゃあ、俺のことも来人でいいよ」
「ありがとうございます。クルトさん!」
女神様を呼び捨てにし、女神様からさんづけで呼ばれることを疑問に思っていると、エテルナが遠くの方に指を向ける。
「あちらにある石垣が見えますか? あの石垣の中にはバンゴールという街があります。そして、クルトさんが働くことになる冒険者ギルドがある街です。ここからだと歩いて1時間くらいですね。せっかくなので世間話でもしながら歩きましょう。クルトさんの日本での暮らしとか教えてください。実はクルトさんが亡くなった時の事しか知らないんですよ。このままだと、あたしの中でクルトさんは死に際にすごくゲームをしたかった人って認識ですよ」
エテルナは冗談っぽく笑いながら話していたが、死に際にゲームをクリアしたかったと後悔したのは本当の事なので、その認識で間違いはない。ただ、ゲームだけの人間と思われたくなかったので、街への道中エテルナに自分のことを話した。
高校では部活はせずに、週に2回コンビニでアルバイトをしていた事、友人と東京へ旅行に行く計画をしていた事、10歳の時から一緒に暮らしている柴犬と朝の散歩に行くのが日課だった事、1つ下の妹がいた事、母が毎朝お弁当を作ってくれていた事、父の給料日には家族みんなで隣町の回転寿司で食事をしていた事……
胸がキュッと絞めつけられたような痛みが走る。
二度とできなくなってしまった当たり前だったこと、今までの日常が過去になったことを実感し、まぶたが熱くなる。
街へと向かう足をとめて、流れる雲を見ながら大きく息を吸い、そして吐き出す事を繰り返す。
小さく震える手に温もりを感じた、エテルナの手は俺の手を握っていた。
「いいんだよ」
そう言ったエテルナの、全てを理解し、受け入れてくれるような微笑みを目にすると、限界まで抑えていた涙が頬を伝った。
そんな俺を優しく抱きしめてくれるエテルナはただの少女ではなく、疑う余地がないほどに、女神様だった。