悪そうな貴族は基本的に悪いことしてる
イゴッゾの屋敷はバンゴールの街から西に向かったところにある。
屋敷はレンガの塀に囲まれており、門の前には衛兵が二人立っている。
「二人か……どうする? 正面突破はするか?」
オレンジ色の夕焼け空の下、屋敷を遠くから観察していると、カツジが正面突破を提案する。
「いや、それだと襲撃じゃん! もっと潜入する感じでいこう」
「さすがはリーダー殿、賢明な判断だと」
おい! リーダー呼びやめろ。
「リーダーの指示なら仕方ないな! こいつで塀を登って侵入しようぜ」
カツジが持っている鞄をゴソゴソとあさり鉤縄を取りだす。
なんで鉤縄もっているのに正面突破しようって言ったの?
「まぁ、いいや。さっさと侵入して、薬草を取って帰ろうぜ」
俺は半ば投げやり言い放ち、立ち上がろうと地面に手をついたその時。
「待たれよ! 何者かが門に向かっている」
門に目を向けると、商人らしき人物が近寄っていき、門の前で立ち止まる。衛兵の一人が門の中に入っていき、しばらくすると奥からイゴッゾが現れた。
商人は荷物袋をイゴッゾに渡し、その場から去っていく。商人から受け取った荷物袋をイゴッゾは満足気に手にし屋敷の中へと帰っていった。
「……あの商人、うちで枯葉病の薬草を買っていった商人だ」
先程の商人はカツジの働く店で薬草を買い占めた商人のようだ。その商人が、薬草を持っているというイゴッゾの屋敷を訪れていた。タイミング的に、これはきな臭い雰囲気を漂わせている。
「とりあえず、塀を超えて屋敷に侵入しよう」
俺たちは門から離れた手ごろな壁を登り、屋敷へと侵入する。
イゴッゾの屋敷内は立派な豪邸が一邸と倉庫が一戸前。倉庫の前には、見張り番をしている衛兵が一人立っている。
「どっちに薬草があると思う?」
「倉庫だと思うぜ! あの薬草は少々臭う。貴族的に生活する空間には置かないと思うぜ!」
俺の質問にカツジが答える。うん、カツジの意見で間違いなさそうだ。それに倉庫に見張り番をつけているという事は、大切なものがあるに違いない。今、イゴッゾにとっての大切な物は、随分とご執着しているサイカと一晩過ごすための枯葉病の薬草だろう。
「近くまで行ってみようぜ!」
カツジがそう言うと、俺たちは隠れられるギリギリの位置まで近づいていく。
しばらく観察をしていたが、倉庫を見張る衛兵はその場を動く気配がない。
「ここは拙者に任せてはくれまいか?」
俺とカツジは小さく首を立てにふる。ジョーは筒状の物と針を取りだす。俗に言う吹き矢だ。
ジョーが吹き矢を口にくわえ、衛兵に狙いを定める。
フッ! っと、はち切れるような音と共にジョーが息を吹くと、一直線に針は衛兵の首に刺さり、その意識を刈り取った。
ジョーは眠っている衛兵の体をあさり倉庫の鍵を取り出し、倉庫の鍵を開けた。
「ささ、今のうちに! 拙者は他の見張りがこないか、ここで見張っていよう。お二人は倉庫内の捜索を」
ジョーが手をクイクイと動かし、倉庫の中に入るように促す。
俺とカツジは小走りに倉庫の中へと駆け込んでいった。
倉庫の中は薄暗く、乱雑に置かれた様々な物には、ほこりがかぶっている。しかし、倉庫の中央に積まれている木箱には、ほこりがかぶっていない。これはこの木箱が最近持ち込まれたという事を証明している。
「あっ! これ、うちの店で使っている木箱だぜ」
カツジが積み上げられている木箱を一通り見る。「バンゴールにある店のほとんどの店の木箱が置いてあるぜ!」と言い、何箱かのふたを開ける。
「これも、これも、こっちもだ! 全て枯葉病の薬草だ」
「バンゴールの街から枯葉病の薬草がなくなったのは、イゴッゾが買い占めていたからということか」
だが、枯葉病が流行りだしたのは、ここ数日。イゴッゾが薬草を集め始めたのは一週間より前だ。なぜイゴッゾは枯葉病が流行るとわかったのだろう?
「クルト殿、カツジ殿、ちょっとこちらまで」
俺が思考を巡らせていると、ジョーが倉庫の外から呼ぶ声が聞こえてきた。
「他の見回りしている衛兵がきたんですか?」
「いや、そうではない。クルト殿こちらを」
ジョーが指さしたその場所には、大きな黄土色の花びらが五枚ついた花が咲いており、その周りには温水が湯気をあげて流れている。
本来、ここより遥か南の暖かい地域にしか咲かないはずのカレルカレロ。しかし、俺たちの目の前で、その花は見事に咲き誇っている。
目の前に広がる光景は、俺が先程考えていた疑問の答えだった。
イゴッゾがなぜ枯葉病の薬草を集めていたのか、なぜ枯葉病が流行るとわかったのか。
簡単な話だった。イゴッゾは自らの手でカレルカレロを育て、その花粉を街中に撒いていたのだ。
カレルカレロに意識を向け過ぎていたのだろう。その束の間の油断が周囲への警戒をおろそかにし、近づく人の気配に気がつけなかった。
「貴様ら何者だ! そこで何をしている!」
イゴッゾの声がその場に響きわたると共に、数十名の衛兵が、この場に駆けつけてきた。