クリスマスの優しいキス
「あー、遊んだあ……!」
息を弾ませながら私は、海が見える丘のフェンスに前のめりに寄りかかった。
「コーヒーカップにチェーン・ブランコ。ジェットコースターにお化け屋敷。ピエロ・ハウスに巨大迷路。それに、フライング・カーペットでしょ。激辛ホットドッグも食べたし、それから……」
指折り数えている私を見つめながら、
「本当にここ来て良かったな。可南がそこまで愉しんでくれて」
と、満足そうに稜クンが言った。
「それにしても、海辺の西遊園地、て、意外と穴場だったな。まあ、冬だから遊園地に来る客もベスト・シーズンよりずっと少ないんだろうけど、アトラクション乗るのにもあんま待たなかったもんな。」
「それに、ここから見える夕焼け。素晴らしいでしょう?」
私は、緑のフェンス越しに見える目の前の海に沈もうとしている夕陽を見つめながら、うっとりとしていた。
海と空の際は冬特有の瑠璃色に染まって、今日がクリスマスでなかったとしても充分にロマンチックな夕暮れだ。
「カナン」
「ちょ…ちょっと! 待って、稜クン……人、が」
口唇を近づけてきた彼から逃れようと身をよじった瞬間、7㎝ピンヒールの足元がぐらついた。
「きゃっ……!」
「カナン!!」
私の名を叫ぶと血相を変えて彼が、派手に転んだ私の躰を抱き起こした。
「大丈夫か?!」
「う、ん。へい、き…痛っ……!」
立ち上がろうとした時、激痛が走った。
「どこが痛むんだ?!」
「足首……右の……」
「見せてみろ!」
有無を言わさず、彼は私のハイヒールを脱がせた。
「これ、痛むか?」
慎重に足首を回す。
「い、痛……!」
「段々、腫れてきてるみたいだな……」
彼の声と顔こそ痛いほど真剣だ。
「とりあえず、救護室に行こう。おぶって行くから」
「ダ、ダメ!」
「恥ずかしいとか言ってる場合じゃないだろ? 早く冷やさないと。捻挫だって甘く見てると、可南の好きなバレエにだって支障を来すぞ」
彼の言うことは、至極もっともだった。
普段から怪我には気を付けているのに、こんな時にこんなことになるなんて……。
「だって……。今から救護室でのんびりしてたら閉園しちゃう」
「閉園まで足首冷やしとくくらいの方がいいんじゃないか?」
「でも……。そしたら、観覧車。乗れなくなっちゃう……」
「観覧車? そんなのまた来ればいいじゃん!」
「今日。今日、どうしても乗りたいの!……稜クンと」
もはや涙目になっている私を見つめながら、ふうーっと彼は一息、溜息を吐いた。
「じゃあ。左のハイヒールも脱いで。両方持って。」
「え?……きゃあ!」
彼が私をお姫様だっこして、観覧車の方へと歩いて行く。
「可南、やっぱ軽いなあ。162㎝で45㎏ないだろ?」
「そんなのヒミツ!」
なんか、やたらと恥ずかしい……!
しかし、すぐに観覧車の乗り場へと着き、切符を買ったら、そこ5,6分待ちで乗ることができた。
それでも最後までお姫様だっこの私を、切符係の人がくすくす笑って見てる。
「どうぞごゆるりと」
そんな言葉に送られながら、とにかくも稜クンと私は、西遊園地最大の人気アトラクション・滞空時間15分!の「海の見える大観覧車」へと乗り込んだ。
捻挫した後、歩かずに大人しくしていたのが良かったらしく、足首の痛みも腫れもひいてきている。
大事にならなくて良かったと思いながら、稜クンの措置と判断に感謝した。
「で。なんでそんなに観覧車、乗りたかったの」
彼が私の隣に座りながら、そう言った。
「可南のことだから、また何か訳があるんだろ?」
「……うん。笑わないで聞いてくれる……?」
「笑わないよ」
真摯な彼の言葉に、
「初めての恋人とのデートの時は、大好きな遊園地で、最後に、観覧車に乗って……キスする、こと。それが私の夢、だったの……」
と、そう言って目を伏せた。
やっぱり、乙女過ぎたかな……。
「稜?…ク…ん……」
彼が私の口唇を覆っていた。
でも、昨夜とも今朝とも違う。
深い、深すぎる口づけ。
脳髄の奥へと血が昇っていきそうな……。
こんな口づけは知らない……。
「満足した?」
開いた瞳の前に、稜クンの顔があった。
その優しい瞳に吸い込まれそうになりながら、彼の胸にもたれかかり、肩を抱かれたまま、たった今交わした口づけの余韻に浸っていると、稜クンが言った。
「ちなみに、リクエストにお応えして、ディープ・キス、してみました」
「リ、リクエスト、なんて、してないもん!」
彼のおどけた何気ない一言に、やっぱり動揺しまくっている私がいる。
「恋人同士のキス、だろ? このくらいは当然」
何と言っていいかわからないまま、ぱくぱくと言葉にならない口を動かしていたが、ふと我に返れば、観覧車はもう真上近くまで来ているところだった。
「稜クン。外」
「ああ。綺麗な海に夕陽、だな」
暫し言葉もないまま二人して、大観覧車の窓から見える、沈みかけている夕陽の赤に染まる冬の海を見ていた。
朱色に染まっている海も、その水平線と交わる瑠璃色のグラデーションの空も、今まさに真冬の暗い情景へと姿を変えようとしている。
その刻々と変わりゆく、小さな窓から見える雄大な光景をうっとりと楽しんでいたら、
「稜クン? 何してるの?」
突然、稜クンは慌てたようにバッグへと手を伸ばし、何かごそごそと探し始めた。
そして、探し物が見つかったのだろう。
「カナン。これ」
と、小さな紙バッグを私へ差し出した。
「なあに? これ」
不思議そうに問う私に、
「決まってるだろ。……クリスマス、プレゼント」
と、横を向きながら、わざと素っ気ない素振りで言った。
「開けてみてくれ」
「うん……」
すると中から、紺色のリボンがかかったごく小さな真四角の白い箱が出てきた。
こ…これって……これって?! もしかして?
「わあ……!」
それは、プレーンに光る銀の指輪だったのだ!
「で、でも。このピンクシルバーって…ひょっとしたら……?」
「ビンゴ! 俺とペアリング!」
そう言うと稜クンは、右手の甲をかざしてみせた。
その右手の薬指には私のとは色違いで、いかにも普段使いらしいごくシンプルなホワイトシルバーに輝く、稜クンお気に入りのリングがはまっている。
「カナン、貸してみろよ。俺がはめてあげてもいい? 可南の……左手の薬指に」
恥ずかしくて真っ赤になりながらも、しかし、たった今受け取ったばかりのリングを彼に渡すと、左手の甲を黙って差しだした。
「やっぱりサイズ7号、ぴったりだったな。それによく似合ってる」
無事、すんなりとはまったそのピンクシルバーの指輪を見ながら、得意気に彼が言った。
「俺も今日から、左の薬指にはめ替えてもいい?」
穏やかなまなざしで私を見つめる彼に、私は何も言えず、伏し目がちに頷いた。
右から左の薬指に指輪をはめ替えると、稜クンは、
「あー、カナンと「恋人同士」って実感、わいてくるよなあ」
と、心から嬉しそうに指輪を見ながら、無邪気に笑った。
「でも。どうして。指輪のサイズ、わかったの?」
ふと訝ると、
「以前、手相見せて、とかなんとか言ったことあるだろ? その時、リサーチしたのさ。それに、可南のサイズなら3サイズだってわか……」
「もー……!! せっかくロマンチックなのに、そういうこと言わないの!」
慌てて言葉を遮り、ふくれてみせた私に、
「可南」
私のあごに手をかけ、口唇を寄せてくる。
「稜クン……」
「カナン……」
そして、私は稜クンとまた心をつなぐように心温かい幸せなキスを交わした。
私の十七のクリスマスは初めてのキスで始まり、優しいキスで終わりを告げた。
了
MERRY CHRISTMAS !!
2018年のクリスマス、皆さま如何お過ごしですか?
カナンと稜のクリスマス物語、如何だったでしょうか。
来年2月にこの続編
「クリスマス・キス」シリーズ「PART2」として、二人のヴァレンタイン・エピソードを投稿予定です。
どうか、よろしくお願いします(^^♪




