朝帰り
AM8時過ぎ。
ラブホから徒歩三分の「スターバックス」にて。
「結構、混んでるな。スタバとはいえ、この時間帯に。やっぱ、イブの翌朝だからかな」
そんな何気な彼の一言でも、やはり一人、頬を赤らめてしまう自分がいる。
"朝帰り"
そんな単語が頭をよぎる。
で、でも。
本当に結ばれたわけでは、ないし。
などと、そんな言い訳を自分で自分にしていると、
「樋野? この席でいいか?」
御影君が素早く二人がけのテーブルを確保して、すっと椅子をひいてくれた。
昨夜、乱暴なこともされそうになったけど、本当は知ってる。ジェントルが身についているんだ。御影君。だから、こうも女の子を惹きつけるんだ。
「何がいい? メニュー。奢るよ」
「え…。でも」
その彼の問いに思わず躊躇する。
しかし、
「何でもいいから、飲みもんは?」
彼の優しい言葉に甘えることにした。
「えーと……カプチーノ。ノンファットでトールサイズ……」
「食いもんは?」
「サラダラップの根菜チキン」
「朝っぱらから、たったそれだけかよ? 今に倒れちまうぞ」
本気で心配してくれる彼だったが、
「大丈夫。慣れてるから」
と、答えた。
「そんなにダイエット、しなきゃいけないのか? バレエって」
オーダーした品を運んでくると早速、グレインブレッド・ベジタブルにかぶりつきながら、御影君が問うた。
私が週三、四回、レッスンに通っている熱心なバレエファンであることを、彼は知っている。
「人にもよるけどね。基本的にはやっぱり、より細くないと。私、三つから始めたんだけど、初等部に上がる頃にはもう、特に発表会の前になると厳しく言われてたわ。私は遺伝的にそれほど特別細いってわけじゃないから、普段からね。やってないと。それに、甘いものもケーキとか。本当は大好き。メリハリつけて、息抜く時には抜いてるもの。それは、御影君も知ってるでしょ?」
そう言いながら、熱々の、低カロリーの無脂肪乳にカスタマイズしてもらったそのカプチーノに口をつける。
ダイエットは中等に上がる頃にはもう、簡単なカロリー計算ができるくらいまで、私の日常の一部と化していた。とはいえ、無論、拒食症になどには絶対ならない。どんなに優れた主役級ダンサーでも、自己管理の能力に欠ければ、コールド(群舞)よりも劣るだろう。
もっとも、プロのダンサーになれるとは思っていないし、その才能に恵まれなかったことは自分が一番よく知っている。
それでも、私はバレエが好き。
せめて愛好家としてこれからもずっと踊り続けていく為に、やはりダイエットは必須だろう。
そういうわけで日頃から摂取カロリーには気を遣っている私に、幼い時に身についたカロリー計算は、今でも大きく貢献している。
だから、全ての商品にカロリー表示がしてあるスタバは、そのお店の雰囲気もドリンクの味も含めて、私のお気に入りのスポットの一つなのだ。
幾度かのデートで、御影君はそのことも知っている。
「樋野はめちゃめちゃ細いよ。樋野が転入してきた頃、すげえスタイルいい可愛いコが入ってきたって学園中、噂になってたんだぜ。耳に入ってただろ? 実際さ、バレエやってるだけあって脚のラインなんてX脚ですっと伸びてて、首も腕も長くて。特にウエスト。超細い!のは着痩せしているわけじゃないってこと、昨日よーくわかったよ」
「またあ……! そういう……もう!」
ちょっと拗ねたようなふくれっ面で横を向くと、
「樋野って、そういうとこ。やっぱ可愛いよ」
と、グランデのアイスラテを飲みながら、彼は笑った。