第三話
七月の、ある金曜日。
僕はいつもの様に登校し、自分の席に着き、本を読み始める。そこに、いつもの様に速見さんと河木さんと伊田君――もう呼び捨てで互いを呼び合っているので、今後は単純に『実里、由梨、巧真』と呼びます――が僕の机の周りを取り囲む。
ポジションは、僕から見て右に由梨、正面に巧真、左に実里。
本を読む僕を構わずに、三人は駄弁る。これもいつもの事。
丁度、『今までとは違う日常』が『日常』へと変わってきた――否、『平凡な日常』が始まりそうだった、そんな時期。
それなのに。
今日から、『非凡で異常な非日常』な日常が始まっただもんな……。本当に参る。
え? もったいぶらないで早く言え?
まあまあ、落ち着いて下さい。
何が起こったかはこれから説明しますから。
***
その日の放課後。
僕は、巧真から薦めて貰った『僕と魔法使い』という本を図書館の本棚で読んでいた。
最近本屋で見かけて、衝撃を受けたそうだ。
でも生憎、お小遣いが停止中で、仕方なしに図書館に入れて貰うことにしたのだそうだ。
この学校の図書館では、リクエストをした本は殆どを反映してくれるので、生徒もこのサービスをよく利用するのだ。
最初の十数ページを読み、借りることにし、カウンターに行く。
そこでは巧真が居眠りをしていた。ただ、なんだか苦しそうに魘されている。
「おーい、巧真。起きろー」
肩を掴んで揺さぶる。
「んー……。ああ、夢か。あっ、春希。ごめん、見ての通り寝てたわ」
巧真はそう言って、大きく欠伸をした。
僕は苦笑し、本をカウンターに置く。
貸し出し処理が終わり、僕は少しだけ巧真と喋ることにした。
「にしてもさ、巧真。どんな夢見てたの? 魘されてたよ。大丈夫?」
巧真は、具合でも悪そうに、頬杖を突きながら言った。
「ああ、あのな……。凄く骨董無形な話だけど、笑わないでくれるか?」
「うん、勿論。面白くなければ」
「なら安心だよ。実は最近……ここ一カ月位かな、ずっと同じ夢ばかり見るんだ。魔法が使えるようになっていてさ、そんで、誰かとそれで戦っていて……。それで毎回、相手の魔法? がこっちに届きそうになったところで目が覚めるんだ。なんかさ、自分でも中二病炸裂してんなーって思うんだけど、やっぱ怖くてさ。流石に連続で見るとなると……」
巧真がぶるりと身体を震わせる。
僕は、心配になってこう言った。
「疲れてんだよ。明日は土曜日だし、ゆっくり休めばきっと見なくなるよ。」
「そうだよな……有り難う。話したら少し気が楽になったわ」
「よかった。じゃあ、先帰るね。お大事に」
「ああ。あ、そうそう。この本読んだら、絶対に衝撃受けるぜ」
巧真の、にやりとした意味有り気な笑みに見送られ、僕は踵を返した。
***
土曜日の朝。
僕は、休日は平日より遅くに起きる性質で、今日もその例に漏れず、九時に起床した。
朝ご飯は当然抜きで、僕は午前中ずっとテレビゲームをしていた。(スマホ? そんな洒落た物、持っていない。多分、高校生になったら持たせてくれる筈。……筈!)
そして、お昼を食べてからは、昨日借りた本を読み進める。
「……これって……」
僕の状況とそっくりなんですけれど。
但し、主人公は巧真のポジション。
明るく、人柄の良い男子と友達になるが、彼は魔法使いだった。主人公は彼と共に悪をやっつける!
……的な。王道の漫画っぽいストーリー。
驚愕しながらも、全て読み終える。
何気なしに表紙を見る。題名をもう一度確認し、作者名を見る。
その名は。
「永園一郎、だって……!?」
僕の祖父の名前だった。
更に大きな驚きに襲われた僕の脳裡に、『この本読んだら、絶対に衝撃受けるぜ』という巧真の台詞とあの意味有り気な笑みが蘇った。
***
トゥルルルルル……トゥルルルルル……ガチャ!
「あ、もしもしお祖父ちゃん? 僕、春希です」
「おお、春希。久しぶりだな。元気にやってるか?」
「僕の事なんかどうでも良いよ! それより、『僕と魔法使い』って、お祖父ちゃんが書いたの!? 出てくる魔法使いって僕の事なの!?」
「ああ、あの本を読んだのか、春希。……確かにあの本は、お祖父ちゃんが書いた本だ。でも、詳しくは電話じゃあ語れない。次の土曜日に来れるかい?」
「うん」
「じゃあその時に話すから、待っててくれ」
「話すって、何を?」
「魔法の呪文が一族に伝わる、その訳だよ」
「え? どういう事?」
ガチャン!
「あ、お祖父ちゃん! もう、勝手に切らないでよ……」