第二話
入学式から一ヶ月位が経った。
僕は小学校のときと同じ様に、誰とも話さず、本を読んで過ごしていた。勿論、委員会や部活にも入るつもりは無い。
ところが、今日も帰ろうとすると、
「永園君!」
と速見さんに話しかけられた。
「お薦めしてくれた本、シリーズ全部読み終わっちゃった!」
「わざわざ報告しなくても良いのに」
と僕は苦笑いをしながら答える。
「だって、物凄く面白かったんだもの。本当にありがとう! 本って今まで苦手だったんだけど、これなら好きになれそう!」
「そんなに喜んでくれたなら、良かったよ。お薦めした甲斐があった」
「でね、由梨にもお薦めしてほしいんだ。由梨も本に悩んでるみたい」
速見さんはそう言って、後ろで黙って僕等の話を聞いていたらしい、女子生徒を示した。
「わたし、河木由梨です。わたしも本が苦手で……。実里が本を薦めて貰ったって聞いたから、わたしもお薦めして貰えないかなって……」
小さい声で話すなあ。
身長は平均程だけど、速見さんがいるせいで大柄に見え、その小さな声に違和感が残る。
そんな僕の感想を知らずに、河木さんは話し続ける。
「あの、若干読みにくても良いから、スプラッターな感じだったりグロかったりするホラーかサスペンスかミステリー小説が読みたいの。そういう映画が好きだから」
ギャップその二、猟奇趣味(大げさ?)。
驚きながらも、僕は幾つか、心当たりの本の題名を告げる。
「ありがとう。早速図書館に行って来るよ。実里もありがとう、永園君を紹介してくれて」
相変わらず小さいが、少しトーンが上がった声で、微笑みながらお礼を言われる。
にしても、人にお薦めすると自分でも読みたくなるな。
そう思い僕は、
「僕も図書館行くよ。人に薦めると自分も読みたくなるんだよね」
と踵を返しかけた二人に言い、リュックを背負って立ちあがった。
***
図書館で、読み終わった本を返す。
貸出冊数は五冊なので、その分だけ本を選び、貸し出し手続きの為にカウンターへ行く。
一足先に、河木さんが本をカウンターに積み、図書委員と話していた。それはクラスメイトの伊田巧真の様だ。
「へ~、由梨が本を借りるなんて珍しい」
「うん、まあね。永園君に薦めて貰ったの。実里もそうよ」
「俺が何回薦めても読まなかったくせに」
「だって、あんたに薦められたのを読んでも、ハマれない物ばかりだし」
「はいはい、俺が悪かった」
仲が良さげだ。呼び捨てだし。
僕は空気を読まずにカウンターに割り込む。
「これ、借ります」
「あ、永園君。これ、伊田巧真。わたし達幼馴染で、腐れ縁なの」
河木さんが、伊田君を指さす。
「これとか腐れ縁とか失礼だな。しかも指さしやがって。永園、気にしなくていいからな」
「う、うん。仲良いんだね」
そう言っても、
「仲が良ければこれなんて言われない」
「そうだそうだ!」
と否定された。
でもそう言っている割に、息はぴったりだ。河木さんも、僕と話すときより饒舌で、声の大きさも普通だ。
なんだか羨ましい。
僕には、こんな風に仲が良い人などいないから。
人に言えない秘密があるなんて、本当に孤独だ。例え信じて貰えずとも、冗談として言ったとしても、口に出す事自体が禁じられている。
僕が魔法を使えると初めて教えて貰ったのは小学校に入って初めての誕生日だったのだが、それまでに隠し事が苦手な性格だと判明していたので、『あまり人と関わらないように』と言われてしまい、それ以来そうするようにしていたのだ。
ぼんやりと自分の定めを恨んでいるうちに、貸し出しの手続きが終わった。
***
何故だかそれ以来、速見さんと河木さんと伊田君に、よく絡まれるようになった。
僕としてはあまり人と関わりたくない――もとい、関わったらマズイ――のだが。
何かと巻き込もうとしてくるのだ。
だから、『人と関わらない』事はもう失敗してしまったので、これからは『秘密を守る』事に専念しようと思う。
――こうして、僕の学校生活が始まった。
次回から本編に入ります。