第十二話
良かった、巧真は納得してくれたみたいだ……。
今日は、七月の火曜日。
考え事やら慌しいやらで忘れていたけれど、この週が終わったら夏休みだ。
巧真が納得してくれたので、これからはどうやって『正義を殺す者』、赤居伶太の悪行を暴き止めるか、考えなくてはならない。それに、魔法の訓練もしなくてはならない。
やらなければならないことは山積みで、しかも今まで起きた『予言』に関する事例から、人死にも有り得るというのに、僕の心は何故だか浮き立っていた。
多分、友達と夏休みを過ごす事が今まで無かったからだろう。
無意識に微笑む事が多くなる。
けれど……。
「春希、とうとう壊れちゃったの?」
「おーちーつーけー。どーどー」
いつになくニヤニヤしている僕を見て、女子陣には逆に心配されてしまった。巧真は分かっているみたいだけれど。因みに上の台詞が由梨で下の台詞が実里です。
でもそんなやり取りも、今までの僕なら有り得なかったので、もっと愉快な気分になり、ますます笑顔が増える。
で、また心配されて……。
繰り返し繰り返し、ループする。
そんなこんなで、あっという間に夏休みがやってきた。
夏休みの存在に僕が気付いた途端に、時間が駆け足になったのではないかと錯覚してしまうほど早く。
そして殆ど毎日、僕か巧真の家で魔法の練習と作戦会議をしていた。
巧真はかなり筋が良く、すぐに魔法のコツを掴んだ。
魔法は、意思と想像力のどちらか、若しくは両方が必要不可欠なのだが、その両方とも巧真は強い物を備えていた。だから上手なのだ。
赤居伶太を倒す(?)事については、あまり進まなかった。まだ彼が何をしようとしているのかが分かっていないからだ。時々様子を覗くのだが、普通の男子中学生のような生活をしているので、仮説すら立てられないのが現状だ。
そして(説明が)あっという間に(終わり)新学期。
由梨と実里には久しぶりに会う。
二人でプールに行ったらしく、どちらも日焼けしていたが、僕等男子組は真っ白。羨ましがられてしまった。
伶太とは接触なし。うん、仕方が無い。変に接触しようとしても怪しまれるだけだ。焦って喋りすぎて最悪のパターンになる事がいとも容易く想像できてしまう。
簡単に纏めると、巧真が魔法を使えるようになったほかはあまり変わっていない。
その為、日を追うごとに焦燥感は増す。
僕の表情は、夏休み前と打って変わって、苛立ちの濃い時が多くなっていった。
そんな、九月の半ば。
――事件は、起こった。
***
キーンコーンカーンコーン……。
二時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
国語の教師が言いかけていた言葉を早口にして言い切り、日直に挨拶をさせ、授業が終わる。
次は技術だ。
今やっている課題は本棚。
木工なので、ジャージに着替えなければならない。
あーめんどくさい。
嘆息しながらも荷物を持って男子更衣室へ。
着替えが終わり、技術室の前に着くと、辺りは騒然としていた。教室の中にはまだ前のクラスが残っているようで、僕等のクラスの生徒たちがガヤガヤ喋っていたのだ。
暫くすると、扉が開いた。
出てきたのはとても焦った様子の、技術担当の先生。
何があったのだろうか? と好奇心をくすぐられ、技術室に足を踏み入れる。
その瞬間、深い後悔に苛まれた。
技術室には、いくつもの刃物がある。
その中には回転する巨大な円い刃が取り付けられた机の様な機械があるのだが、そのうちの一つに髪の長い女子生徒が突っ伏していて、その周りに……。
鮮やかな紅の液体が、ぶちまけられていた。
あまりにも大きすぎる衝撃だった。
僕はただ立ちすくむだけだ。
やがて目の前の光景に理解が追いつき…………。
回れ、右。
近くのトイレへ駆けこんだ。
魔法で無理矢理逆流するモノを止め、技術室前に戻る。
そこには、沢山の人が集まっていた。
中に入っている人は流石にいない。
僕は予想外で非日常的な出来事から目を反らしたくて、巧真と実里と由梨を探した。
三人とも一緒にいて、すぐに見つかったので、僕はそちらに歩いた。
「春希! だ、大丈夫? 顔真っ青だよ。保健室行った方が良いんじゃない?」
実里が言う。
由梨も、
「巧真から聞いたわ、中に何が……中で、何が起こっているのか」
と気遣ってくれる。
でも二人とも、自分の心配をした方がいいと思う。
顔がとても、蒼白い。
巧真も……。
「僕は、もう大丈夫だと思う。それより、三人とも人の事は言えない程具合悪そうだよ」
僕は、頑張って微笑んでみた。
だがそれは、自分でも分かる程にぎこちないもので、余計に三人を不安にしてしまった気がした。
***
結局、その生徒は駆け付けた救急隊員によって死亡が確認されたので、すぐに主導権は警察に移った。
技術室には黄色いテープが貼られ、暫く誰も入れなくなった。そんなことしても誰も入りたくないだろうが。
亡くなった生徒は、首に刃物が半分ほど食い込んでいて、ほぼ即死だったとのこと。
何故それがすぐに分からなかったのかというと、誰も触ろうと思えなかったからだ。
警察は、女子生徒が足を滑らすなどして切られてしまったのだろう、という見解を出し、その意見には誰も反論しなかった。
学校は一週間ほど休校になり、再開されてすぐに体育館で全校集会が開かれ、卒業する前に命を失くした女子生徒に黙祷をした。
幸い、僕の心にトラウマは残らず、他に遺体を見た人もそういう事はなかったそうだ。それでも、立ち直るのには時間が掛かったが。
簡潔に書いてみたが、実際は大きな騒ぎになっていた。
その筆頭として挙げられるのは、マスコミ。
事故とはいえ、学校で生徒が残酷な亡くなり方をしたのだ。
マスコミや心無い野次馬がピラニアならば、この事件はアマゾン川に放り込まれた、太った牛だ。
いや、太った牛は亡くなった生徒だけでない。関係者、特に学校側と遺族の方々だ。生徒達も、五月蠅い奴らに付きまとわれた。
又、生徒の親も危機管理がどうのこうのと学校に殴り込みに来る人が多数出た。
けれども――――。
そんな折、気になる証言が飛び出した。
“彼女は、何かに突き飛ばされるようにつんのめっていた”
という物だ。
証言をしたのは、一緒に授業を受けていて、亡くなった生徒の事故の瞬間を見ていた女子生徒だ。
警察は足を後ろに滑らせればそうなる、と思ったようだが、彼女は正面から見ていて、背中を押されたように見えたのだという。
それほど大した証言では無い、とほとんど無視されたその証言。
僕もそう思っていた。
だが、巧真は違った。
「もしかすると、これは赤居伶太の仕業かも分からない」
と。




