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LvEx07:妖精の輪と蜘蛛の糸

 学校に通い始めて初めての夏休み。色々思い出は有るが、未だ語っていなかった話の内のその一つ、夏休み前半に有ったグウィンとの冒険の話をしようと思う。



 冒険者ギルドを訪ねてグウィンと一緒に冒険に出掛ける許可を貰って、意気揚々と出掛けたのだが、先ずやる事は目的地に着くまでに追っ手を撒く事だった。

 追っ手の内訳は、ギルドでグウィンに気が付き、七ツ星に近付きたい、と憧れる冒険者、あんな若造が、とイチャモンをつけようとしていた冒険者&破落戸(ゴロツキ)。それと俺が出掛ける事を阻止出来ずに後から追い掛けてきた、俺の護衛騎士数名。正直騎士の皆様には悪い事をしたと思っている。ゴメンナサイ。

 野を駆け川を越え木々を渡って追っ手を撒いた所で、さて冒険だ……と思ったら、初心者は採取からだ、と薬草採りから始まった。


 ええと、あの。俺、鉱山で散々アンタに連れ回されて魔物や魔獣と闘ったんですけど? という俺の主張は却下された。其れは其れ、此れは此れ、だそうな。くそう、俺が何時も言っている事なので反論出来ねぇ!


 そんな訳で大人しくグウィンに採取のやり方を教わり、プチプチと雑草……もとい、薬草を採取する。雑草という名の植物は無い、と言ったのは誰だったかな……。トーオリ(トーオリ=マキアノ)某先生(=トミタウロ)? …これは冗談として。

 株ごと抜く、茎から切る、抜く、切る、折る、抜く、合間に確認。抜く切る切る抜く折る抜く切る。


「素材になる根と、ならない根がある。確認して引っこ抜け」

「はいよー」


 グウィンは俺が転生者だと知っているからか、こういう時は扱いが子供に対するものでは無い。俺も子供扱いされないのと、グウィンに対し変に気を遣ったりしないで済むので、其れが何となく気楽だ。…こういう時以外は、抱っこだの高い高いだの、子供と言うより幼児扱いされる事が間々あるが。

 両親や一部の人は俺が転生者だと知っているが、産まれた時から付き合っていて尚且つ、俺が前世は前世、今は今、と言ったからか、人並みと言うか年齢相応の子供扱いしてくれる。

 どちらも嬉しいので、鼻唄なんぞを口遊みつつ採取を続けていると、視界にキラキラ光るものを発見した。


 何だ? と近寄ると、季節外れのキノコが生えていた。

 茶色い笠のクセに光るとは生意気なカッコ笑、と一本折ってグウィンに見せに行く。

「何処に有った?」

 珍しく興奮した様子のグウィンに、此方だと場所を教える。

「此れはほぼ一年中生えているキノコで、絶品なんだ。特に円環状になっている場所に生えている紫がかったキノコは、極上品だ。ただ―――」

「ただ?」

 何か言い掛けたグウィンに振り向きながら進むと―――視界が反転した。


 ドサッと上から落ちた感覚と、周囲がざわめく気配に、臨戦態勢をとる。

 何処だ、此処は?

 そんな疑問が渦巻く中で、俺の背後に誰かが立った。

 バッと振り替えると、立っていたのは隻眼の白豹。

「グウィン?」

「―――ただ、円環は妖精の輪、精霊界の入口の場合があるから、気を付けろ。…と言っても遅かった、な」

 ソウデスネー!


「これ、帰り方とか有るのか?」

 透き通る羽の妖精や、ツンと澄ました小さな精霊がさざめきながら俺たちの周りを浮遊している。

 俺の質問に、グウィンは首を傾げた。

「妖精たちの気が済んだら、かな?」

「ええええええええ?」

 俺が叫ぶと、妖精たちがバッと離れた。が、何も起きないと判ると再び集まり出す。何人か(何匹かか?)ペチペチ俺を叩くのだが、大きな声を出すなと怒っているのだろうか? 叩かれても全然痛くない。


 其れにしても困った。

 妖精の気が済むまで帰れないって、どうやって帰れば良いんだ。

 悩む俺を余所に、グウィンが妖精と何やら話し始めた。

【ききみみずきん】を取得しているが、妖精の言葉は良く判らない。古代魔法語なら少し判るが、かなり訛りが強くて聞き取り難いのだ。

 そうこうしている内に、何処からか煌びやかな薄布を纏ったおねー様がやって来た。しゃらんしゃらんと布に着けられた宝石が音を鳴らす。

「養い子よ! どうしたのじゃ、何故此処へ?」

 おねー様の言葉に、妖精たちが騒ぎ出す。

「うっかりして落ちた。戻りたいが、戻せるよ、な?」

「勿論じゃ! 水の杜の(ラディン・ラル・)彼の御方(ディーン=ラディン)に睨まれとうは無い!」

「じゃあソコのオージサマも一緒に、頼む」

 グウィンの発言で、初めて俺の存在に気が付いたらしい。顔を顰めて俺を見る。

「何じゃ、人の子では無いか? 還すのは吝かで無いが、何年後が良いか……」

 何だかおっそろしい言葉を吐き出したが、次の瞬間蒼くなる。

「一応、言っておくがソイツは水の杜の客人、だぞ?」

「其れを早う言え!」

 真っ青になったおねー様(後で訊いたら、妖精界の女王的存在らしい。女王では無いのは、その上に精霊王がいるからだとか。この辺の力関係は良く判らない)が、慌てて俺とグウィンを元の落ちた場所に立たせて、呪文を唱えると、ふわんと辺りが暖かくなり目の前が光に包まれた。…と思ったら、気が付けば元の森に立っていた。


「………………何だったんだ?」

「ちょっとした挨拶、かな?」

 そう言ったグウィンの両腕には、何故か沢山の宝石と果物が抱えられていた。いつの間に。


 果物は美味しく頂く事にして、宝石はどうしようか、となった。突然俺が宝石を持って帰ったら、何事かと思われるだろう。多分既に何事かになっていると思うが。

「俺とアンタ、二人に渡されたものだ。俺は俺の取り分だけ貰えれば良い」

 それよりも、とグウィンは俺の頭に手を動かし、ヒョイと何かを取り上げた。

「ぴゃあ!」

 グウィンの手元から『声』が聞こえた。良く見ると、妖精が首根っこを掴まれてジタバタ足掻いていた。

「ゑ? 妖精?」

向こう(精霊界)から付いてきたらしいな。…お前は此の世界に来るのは未だ早い、帰れ」

 言うなりポイと妖精を投げつける。キイキイ文句らしきものを訴えていた妖精だが、件のキノコの輪(フェアリーリング)に入った瞬間、フッと消えた。

「えー、妖精って人間界に来るのに何か資格とかって有るのか?」

「そりゃあ、なぁ? 会話が出来る事も勿論だが、他人の言う事を聞けなければ、来る資格は無い、な」

 …えー、グウィンがそう言うんだ……。一番他人の言う事を聞いていない気がするんだけど?

 それは兎も角、果物も宝石もキッチリ山分けした。此処で上がったのが【鑑定】スキル。キラキラ光る硝子玉とか、煌めかない(ヽヽヽヽヽ)金剛石(ダイヤモンド)の原石とか。幾つも鑑定していたら結構上がった。

 鑑定スキルが上がると、採取も効率良いというか、品質の良い物を選べるようになるので、無駄が省けて良い。尤も品質の悪い物はそれなりに使い道が有るとかで、どんな使い道なんだろう、と興味が湧く。錬金術師(アルケミスト)に訊けば判るらしいので、錬金術師じゃ無くて魔術師(ソーサラー)だけどディランさんに訊いてみようかな、と思う。確か魔術師階位(クラス)は錬金術にも通じていた筈。

 何だかんだでこの近辺での採取は終わらせて、次の場所に移動する事にした。


 グウィンの目的が、痕跡探し――水の杜の入口探し――なので、川や泉、湿地などの水辺を重点的に探す。川辺は上流に金山が有るらしく、川底を掬うと砂金が採れた。大粒のは粗方採り尽くされたみたいだが、小さい物は結構残っているので、塵も積もれば山となる、じゃ無いけど一攫千金狙いでは無く、小遣い稼ぎにもってこいみたいだ。訊いたらギルドに砂金専門の計量器が有って――勿論魔導具だ――容器に入れると一瞬で純金と不純物を分けて、重さによって代金が支払われるそうだ。便利だな。

 時々うろつく魔獣とか野獣なんかを狩って、道具袋(アイテムボックス)にどんどん仕舞い込む。以前西六邦聖帝国(ヘスペリア)に行って買って貰って以来、大活躍である。特に白虎から貰った魔導書(グリモワール)に載っていた、道具袋の容量を増やす方法。アレのお陰でグンと容量が増えたのも大きい。



 ある程度水辺を探してから、今度は森の中に入る。森って言うか林かな?

 ガサガサと繁みを抜けて行くと、グウィンに引き留められた。

「何だ?」

「蜘蛛の巣が在る、ちょっと待て」

 良く見ると確かに俺の進もうとした方向に、一本の太い糸が張られていた。いや、一本じゃなくて縒って太くした糸だ。一本一本はかなり細い。

 俺と位置を交代し、グウィンが糸を観察して……フッと息を吐いた。

「アラクネの巣だな。…どうする? 飼うか? 放っておくか?」

「飼えるの?!」

 アラクネと言ったら蜘蛛の姿の魔物だろう? 飼うって何だ??

 そんな疑問に、グウィンは呆れた様に答えた。

「アラクネは自分の領域(テリトリー)に踏み込まなければ、大人しい魔物だ。交渉次第で餌と交換で紡いだ糸や布を渡してくれる。ソレ目当てでアラクネを飼う生地問屋も居るくらいだ」

 テイムしなくても交渉次第で飼われてくれるって事?

 更に訊いてみると、蜘蛛の魔物にも色々種類が居るらしい。見た目そのまま蜘蛛の魔物はアラクネでは無く、スパイダーなんちゃら、と言うそうだ。(なんちゃら、は種類によって変わる。オーガとかフレイムとか、まぁ色々)上半身が人間、下半身が蜘蛛の姿のものが一般的にアラクネと呼ばれるとか何とか。

 もう少し詳しく調べてみようかと思い、俺のスキル【脳内情報検索閲覧(ググレーカス)】で動物図鑑ならぬ、魔物図鑑を検索&閲覧してみた。

 見てビックリ。当然といえば当然なんだが、オスとメスがいた。

 俺のイメージでは、アラクネは上半身女性の魔物で、オスはいないんだとばかり……。繁殖するんだから、当然オスも居る筈なのにそう思わなかったのは、この世界では異種婚があるからだ。


 異種婚と言っても、人間以外ではあまり無い。同種族同士の方が当然多いが、中には人間と恋をする種族も居る訳で、一番多いのは獣人で、次が竜。竜の場合は人型を―――特に人族に近い姿が取れるかどうかが決め手となる。

 後は一方的になるが、オーガとかオークなんかが、繁殖目的で人間の意志関係無く攫って、子作りしたりする。中には攫われて一方的なのにも拘らず恋愛する事もあるらしいが……それってストックホルム症候群(シンドローム)……。


 何故人間以外ではあまり無いのかと言えば、結局のところ好みの問題と言うか……。

 ぶっちゃけ、人間だってよっぽどの特殊性癖でも無い限り、牛や馬に欲情なんてしない。人間は人の姿を取ってさえいれば、種族の違いは然程気にならないみたいだが、他の種族にとっては家畜に欲情するみたいなもんらしい。それに加えて人間以外の種族は他種族とは繁殖しにくい。

 逆に言うと、人間は少々種族が違っても、似た姿なら繁殖しやすい。だからメスの少ない――メスは死亡率が高いらしい。多分出産のリスクとか関係すると思う――オーガやオークが繁殖目的で女性を攫う訳だ。

 そんな訳で異種婚云々は、人間との組み合わせが多数を占める。

 因みに人間と異種族との間に出来る子供の比率は、七割から八割の割合で異種族になる。これは妊娠する側の関係で、人間が女性の場合は三割くらいが人族として産まれ、男性の場合は相手の種族が八割くらいになる。混血により種族としての血が薄まるって事は無いらしく、逆に異種族の血が入る事でどういうシステムかは判らないが、純血化が起きるらしい。

 これが他の種族―――例えば竜人と獣人の場合、妊娠()が人族と比べると三割ほどに落ち込みエルフに到ってはほぼ絶望的となる。


 余談はさておき、アラクネはオスメス居る他、二種類居るらしい。少し丸っこい腹の鬼蜘蛛みたいなのは割と高い場所に巣を張って獲物を狙うタイプ。ややスッキリした腹の蜘蛛はそれより低い位置に巣を張る。コッチは見た感じ(直接は見た事無いが、図鑑を見る限り、な?)黄色と黒の縞が女郎蜘蛛を彷彿とさせる。

 どちらのアラクネも『待ち』タイプの狩りをするので、敵対行動さえしなければそんなに危険では無いのだが、とにかく見た目が怖い、と言うか大きい。蜘蛛恐怖症(アラクノフォビア)なら即死レベルである。

 源頼光の伝説に出てくる土蜘蛛は、四尺の大きさだったと思うが、つまりは約百二十センチ。想像するだけだったら大した事は無い。鉱山で闘った青翅虹甲虫(カエルムペナティリス)は四メートル……四百センチなので、三分の一にも満たない大きさだ。恐れるほどでも無い。だけどさ。


 想 像 と 現 実 は 違 う 。


「ギャーーーーーーーッッ!?」

「動くな、余計絡まる」

「ホホホホホホホホホホホホオホホホホホ!」


 絶賛蜘蛛の糸に絡まり中、なう。


 蜘蛛の糸に雁字搦めにされている俺と、ネットを器用にひょいひょいと渡って難を逃れたグウィン、そして高笑いをする巨大なアラクネの(多分)(おさ)、凡そ八尺・二百四十センチ。超怖い。


 何故こんな事になったのかと言うと、グウィンに「飼うか、放っておくか?」と訊かれた俺が、「取り敢えず見てみたい」と言った事による。

『飼う』なんて実際にアラクネに会ったら、失礼な表現だった! と気付いたが、半分くらいは仕方が無い。グウィンだってまさか件のアラクネが、この辺り一帯のアラクネの長だなんて思ってなかった訳で。


 アラクネの種類が二種類、と言ったがその他にも特徴があって、巨大な群れを作って獲物を襲うという事はしないが、一定の距離を保ちつつ集落(コロニー)を作り、それを纏める長を作る。魔物の特徴として、群れを率いる長を作ると、統率が取れるのが一点、長が巨大化する事が一点、知能が高くなる事が一点、挙げられる。

 巨大化すれば群れを護り易くなるし、知能が高くなれば更に効率も上がるので、理屈としては判る。他の魔物も群れを作るのは大体そんな感じだし。


 取り敢えず調べよう、という事で蜘蛛の巣に近付いた俺たちは、思いの外蜘蛛の糸が丈夫な事と巣が巨大な事に気が付いて、巣の主を確認する事にした。

 幾らテリトリーを侵さなければ危険は無いと言っても、冒険者でもない人間がうっかり踏み込まないとも限らない。危険を回避するに越した事は無いので、出来ればもう少し人里離れた場所に移動出来るかどうか、交渉出来るのなら交渉してみようと思ったのだ。

 恐る恐る張られた糸に足を乗せると、思った以上に丈夫でビクともしない。太い糸でコレなら細い方はどうだろう、と思って足を伸ばしたら止められた。

緯糸(よこいと)は気を付けろ、粘る」

「うぉう……」

 下ろしかけた足をそっと戻し、乗ろうと思っていた糸を確認すると、確かに何やら粘液の様なものが糸に付いている。そう言えばクモって経糸(たていと)に脚を掛けて移動するとか何とか……獲物が掛かるのは専ら緯糸だったと本で読んだ気がする。

 その後は慎重に緯糸を選んで進み、巣の主を捜したが見付からず。

「…蛻の殻ってやつ?」

「何処かに隠れているんだろう。…諦めるか?」

 グウィンとしてはアラクネは狩る対象じゃ無いらしい。結構あっさりしているので、俺も無理に見たい訳でも無いので「うーん」と唸ってから「そうだな」と言いかけた。


 言いかけた所でいきなり巣が揺れた。

「わ!?」

「お」

 突然の揺れに足元がふらつき、倒れかけた所をグウィンが引き止めようと手を伸ばし、引っ込める。

 え? と思った時には俺の身体に白いモノが巻きついて、グルグル巻きにされていた。

「な、なんだ!?」

 叫ぶ俺の耳に女性の声が響く。

「わらわノ縄張りニ立ち入るからニは覚悟は出来ているノじゃろうナ?」

 声のする方に頭を向けると、絶世の美女が……上半身美女、下半身蜘蛛のアラクネが俺たちを睨んでいた。

 豊満な胸に細い腰、艶やかな黒髪に濡れる唇。とんでもなくエロっぽいお姉様に睨まれて、きゃーこわいー、としか感じない俺ってやっぱり精神的にお子様なんだなー、としみじみ。真っ当な成人した男なら、もう少しこう……いや、多くは言うまい。どうせ今現在の俺は実際にお子様だし。

 とにかくご機嫌を損ねたのは判ったので、謝るしかない。謝って済むかどうかは判らないが。

「ご……おおおおぉぉおおおぉッ!?」

 ごめんと言いかけた所で身体が持ち上がって、思わず叫ぶ。白いモノ、つまり蜘蛛の糸にグルグル巻きにされていたのが、引っ張られて持ち上げられたのだ。どうやら一旦枝に引っ掛けてから俺を糸に巻いたらしく、いとも簡単に宙吊りにされた。

「幼き人ノ子がアラクネノ巣ニ何用じゃ? …見れば冒険者まで引き連れて……(いたずら)ニ狩る気ナらば容赦はせヌぞ?」

「ごめん! 狩る気はまったく無いです!!」

 エロっぽい視線で言われた台詞に、慌てて謝る。いや本当に狩る気なんて無いからな! 俺の返事が気に入らないのか、アラクネが糸を引っ張り拘束がきつくなる。

「では何じゃ、ただ遊びニ来たと? それとも他ニ何か?」

 くいっと糸が引っ張られ、身体が更に浮く。もがく事も出来ずなすがままなのが悔しくて、一矢報いたくなるが下手に反撃して更に心証を悪くするのも不味いと思い、謝り倒す。

「ごめんなさいっ! 単なる様子見ですっ!! 俺がアラクネを見た事が無かったのでぇぇぇえええぇっ!?」

「ほう、興味本位かえ」

「否定はせんな」

「こらっ! そこで変な茶々入れるんじゃねぇっ!」

 一人で安全圏に居る奴が余計な事をのたまうので焦る。が、吊るされて何が出来る訳でも無く、ブラブラ揺れるだけで次第に揺れに酔い始める。それに気付いたのか、やっとグウィンが糸を外そうとしたが……ヤツが動くと、アラクネが糸を投げて捕獲しようとするので、近寄れない。一歩進んで二歩下がる、みたいな感じで後退するが、時々脅威の跳躍力で一気に距離を詰めるので、ジリジリと近付いては来ている。

 俺も拘束されっ放しと言うのも悔しいので、自力で何とか出来ないかと試み中。粘つく糸を解くにはどうしたら良いんだっけ?


 …等とやっている内に、気付けばアラクネさん、高笑いをしだして今に至る。

「ホホホホホホホホ!」

「やめてぇぇぇ! 揺らさないでえぇぇぇ!!」

 うぷ。


 何が楽しいんだ、と思いつつ蓑虫状態を脱出すべく魔法を使おうとしたが、気持ち悪さが勝って頭が回らない。そんな所で漸くグウィンの短剣が俺を絡め取る糸を掠めて、プチリと切れて落ちた。―――巣の上に。

「あ、しまった」

「くぉるぁああああぁっ!」

 ポンポンと弾んで転がって、アラクネの真正面に横たわる姿はまるで俎板の上の鯉だ。

「すまん、手元が狂った」

 悪びれもせず謝るグウィン。

 冷や汗を流す俺、とそれを見詰めるアラクネ。

 どうしよう、この三竦み。


「フッ」


 頭上で小さな笑い声が漏れ、するっと絡まった糸が解けた。

「ゑ?」

「ナニを呆けておる。立たりゃ」

 促されて慌てて立ち上がる。幸いと言って良いのか、解けた糸がカーペット状になっていたので、足元が安定している。

 助かったのか? と思いつつも油断は出来ないよなぁ、と警戒しているとアラクネが俺の顎をくいっと持ち上げた。

「美味しそうな童じゃが……さて、狩る気も無し、様子見だけ、と言うが再度訊くぞ。何をしニ、参った?」

「え、えーと、本当に様子見で……」

 真っ直ぐ瞳を見て訊かれたが、何処かへ移動して、と言うのも有るには有るが、根本的には本当にそれ(様子見)だけなので答えようが無い。心臓をバクバク言わせつつアラクネの反応を待っていると、首を傾げられた。

「おかしいノ。様子見と言うが其れナらわざわざ巣ニ立ち入る必要は有るまい?」

「…若し話せるなら、何処かへ移動して貰えるか頼もうかなー、と……」

「何故益も無しニ餌場を移さネばナらヌノじゃ?」

「……此方の都合だけど、人里に結構近いんで危険かなと思って……」

「確かニ其れはそちらノ都合じゃナ。此方が聞く必要は全く無い」

「其処を何とか……」

「そう迄言うからニは、何か目的が有るノであろ?」

「う……」

 ぐっと言葉に詰まる。


 …そうなのだ。実はちょっとだけヨコシマな目的が有った。

 グウィンに、『飼うか』と言われた瞬間、俺の持つ領地の事が頭に浮かんだ。セバス爺ちゃんに色々管理して貰っている領地だが、コレといって特産品が無い。一応穀倉地として麦の生産が盛んなので、それだけでも良いのだが、それだけだと面白く無いので、以前弟子(センちゃん)から貰ったカカオを料理長が何とか出来たらそれも特産品にしたいな、とか小麦が有るなら乳製品(特にバターとか生クリームとか)が有れば、お菓子作りが楽しくなるかな、と思い乳竜や牛の放牧をしようとか色々考えて、他にも何か無いかと思っていた所にアラクネの情報だ。

 ぶっちゃけ、アラクネに布を織らせてみたらどうだろう? と思ったのだ。

 小説やゲームで敵モンスターとして描かれるばかりでなく、味方と言うか、協力者として出てくるアラクネは大概が織物を提供している。そしてグウィン情報に因れば、この世界のアラクネも交渉次第で同じ事が出来ると言うなら、上手く誘導して俺の領地に移動して貰って棲まわせる事と引き換えにすれば特産品に出来るんじゃね? と思ってしまったのだ。


 仕方無く俺の願望と言うか目的を訥々と説明する。

 言葉は訛っているがアラクネは知性の高い魔物らしい。頷きながら俺の話を聞いてくれ、少し考えてから「条件次第では移住するノも吝かでは無いぞ」と言った。

「条件?」

「そうじゃ。百年ほど前まではこノ辺りも静かじゃったが、どうニも人の子がわらわ達ノ棲処を脅かす様ニナった。とは言え新たナ棲処を探すノも当てが無うてナ」

 アラクネの話だと、ずっとこの森を棲処にしていたアラクネ達も、人間に追いやられて奥へ奥へと逃げていく一方で、餌も搗ち合い細々と暮らす事を余儀無くされていたらしい。

 餌は魔物や魔獣の他、迷い込んできた家畜なんかも対象で、時には人間も。ただ人間の場合は迂闊に餌にすると討伐隊が組まれてしまうので、極力避ける様にしていたそうだ。

「じゃあ俺が棲処と餌を保証すれば、移住して織物を作ってくれるか?」

「条件次第じゃナ。わらわからノ条件は三つ。安全ナ場所を提供する事、飢えナい様ニする事、それと―――」


 子種をくれ。


「…………は?」


 聞き違いだろうか。

 そんな俺の動揺をアラクネさん、アッサリ否定する。

「何も其方ニ子種を強請ろうとは思わヌ。其処ニ良い子種ノ持ち主が居るじゃろ?」

 アラクネの指す方向に振り返ると、隻眼の白豹。

「グウィン? 何で?!」

「わらわノ群は小さくてナ。そノ上今は雌しか居らヌ。移住するナらそノ前ニ子種を仕込んで移住先で群を大きくしたい。丁度今は繁殖期じゃしナ」

 雄を探すより手っ取り早いし、人間と交わると強い仔が多く生まれる、と言われたが……。ゑ、アラクネって胎生?

 突然の申し出に色々パニクっていると、グウィンとアラクネが交渉しだした。


「俺は構わんが、出来る(ヽヽヽ)のか?」

 …構わないんだ……。

「確かニ今は大きさが違うから難しいが、人化すれば問題無かろう」

 大きさの問題っていうか、人化出来るんだ……?

「お前だけか? 他の雌とも?」

 何()相手にする気だよ!

「わらわだけじゃ。父親(てておや)違いノ方が群ノ子等ニは良かろう」

 そういう問題かなああああ?

「じゃあヤルか」

 今かよ!!


 俺が固まっている間に交渉は成立し、二回りほど小さくなって完全な人型になったアラクネ(全裸)がグウィンに寄り添って木の影に消えた。

 網とは別に巣があるらしいヨ……。(子供)の前でおっ始めないだけの良識は有ったらしい。

 そしてその後、二時間程でグウィンとアラクネが戻って来た。二人ともスッキリした表情で。


「待たせた」

「…お楽しみでしたネ」

「悪くは無かった」

「厭味だよ! 判れよ!!」


 そんなやりとりの後、満足そうなアラクネは俺の話を受け、移住する事となった。織物の質や量に応じて報酬を与える事にしたので、悪くは無い話だろう。餌に関しては報酬用に育てて貰えば良い話だし、俺の領地は手付かずの森が結構有るので、群が大きくなって分かれたとしても、棲処にも困らない筈だ。

 詳しい話はまた今度、と言って、名残惜しげなアラクネと別れて、俺たちは街へ戻る事にした。

 因みに二時間放置の間、俺はキッチリ採取していましたヨ!

 お陰でガンガン【採取】と【鑑定】のスキルが上がったのは、良かったんだろう、多分。うん。


 その後はまぁ、キヴィマキ氏に「夜遅くまで子供を連れ回すんじゃねェ!」とグウィンが怒られたり、城に戻ったら捜索隊が組まれかけてたとか……楽しかったから良いんだ!

 あ、アラクネは移住後に二匹子供を産んだそうです。グウィンの子か、と遠い目をしたら、種はやったが血は混じっていない、と言われた。…アラクネの純血種で単体生殖をしたと思えば良いって言われたけど……良く判らねぇええええ!



 俺の領地で順調に増えたアラクネは、美しい糸や生地を沢山織って、輝石光国(エーデルシュタイン)の織物の一大生産地となったのだった。




初出:2017/03/12

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