LvEx06:としのはじめのためしとて
何でこうなった……。
…と思う事が多々ある俺デスガ。
流石にこれはねぇわ~、とちょっと遠い目をしてみたりする。
俺の左隣に座るデューは、司会のお姉様と楽しそうに会話。
俺もお姉様と会話したいです。だが俺の右隣は解説のオッサン。興奮気味に目の前で繰り広げられる技の数々を実況&解説。そして何故か俺に確認。
「さて、次は作品部門です。今年はどんな作品が登場するでしょうか!」
ファーン、とラッパが鳴らされ、出品者が登場。今年は十人。
ガチガチに緊張した面持ちの初出品者から、作品と題名が発表され、作品についてプレゼンテーションされる。俺はその特別審査員に駆り出されている。デューは見学としてついて来た。
主催者側としては未成年とは言え王族が二人居て、箔が着くと喜んでいる。…尤もそもそもの原因が俺なので、招待されて欠席します、ではチョッと申し訳無いと思っている……所からの出席である。
始まりは俺の幼少期に遡る。
自重と言う言葉は知っていても、自制するには精神力が足りなかった子供時代。
転生前の年齢? 精神年齢なんかクソである。
元々爺さんによる躾と教育で、他人より老成しているだの落ち着いているだの言われていたが、中身はアニオタゲーオタの両親の英才教育に因り常識を弁えたマルチオタクだ。『男は少年の心を忘れない』なんて嘯いた所で、結局は精神年齢はガキのままです、と自己紹介してる様なものだった。
現在は前世の常識・非常識を踏まえつつ、年相応ではないかと……思いたい。
まぁ何が言いたいかと言えば、若気の至り……と言うか、幼児の暴走、若しくははっちゃけ? つい全力で行動したのが原因。
新年も明け、冴えた冬の朝。
大人は連日の舞踏会や晩餐会、夜会に疲れ、子供は特に何が有る訳でも無い。精々五歳児が親戚以外に初披露される位で退屈を持て余す頃。
真青の昊に、凛とした空気。雲一つ無い良い天気、と思っていた俺の視界に、小さな雲一つ。
其れを見た瞬間、俺の中でとある衝動が沸き起こった
凧揚げしてええええええ!
……今思えば何故そう思ったのか、自分でもドン引きだ。
だが当時の俺は兎に角、凧揚げがしたくなったのだ。前世では小学生時代でも、碌にしていなかったのにも拘わらずだ。
何はともあれ、と俺が真っ先に行ったのは材料探し。骨組みの基と紙か布、糸が有れば何とかなるだろうと、部屋の中を探し回った。
糸は直ぐ見つかった。初めは侍女の誰かが裁縫用の木綿糸でも持ってないかと訊いて回ったのだが、途中で料理用の撚糸――所謂タコ糸――の存在に気付いて貰いに行った。当時は未だ料理長と懇意にしていなかったのだが、突然現れた幼児を追い出しもせず対応してくれたのは幸運だったと言えよう。…まぁ王城の厨房に俺以外の幼児が出入りしていたら、其れは其れで問題だと思う。
その後、セバス爺ちゃんから廃棄する書類を貰い、庭園の片隅に植えられていた竹を密かに手に入れ、準備が整った所で凧を作り始めた。
先ず竹を適当な長さにカットし、縦にどんどん割っていく。籤状になった所で、割っている最中に出来たバリを取って滑らかに。
書類の方は厚手なのが不満で、千切って水に浸けて繊維に戻してから、紙漉の要領で再生紙に。結果、厚みは然程変わらなかったのだが、漉いたからか多少軽くなったので良しとした。ちょっぴり魔法も使ったし。こう言う時魔法が有ると楽。
紙を乾かしている間に籤を四角く組んで紐で留め、大まかな形を作った所で今度は紙に絵を描……こうと思ったのだが、この時点で時間切れ。
幼児の俺に体力は無かった。よって作業は翌日に持ち越され、たっぷり寝た翌朝、天気を確かめ作業続行。
時間を惜しんで絵は止めて文字にした。と言っても俺が書いたのは漢字だったので、他人には絵だと認識されたと思う。
因みに書いた文字は『迎春万歳』
白地に赤く、(俺的には)目出度い感じになった。
骨組みに貼り付け、糊を乾かした所でフィセルの登場。反りが出る様に調節して四隅を確り縛り、バランス確認。念の為余った紙で足を付けて更に調整して完成である。
作業中一切邪魔が入らなかったのは、ぶっちゃけ侍女の怠慢である。丁度家庭の事情で乳母が引退し、怠慢侍女と切り替わった頃の話だ。俺が部屋で大人しくしていたので、嬉々としてサボっていた。…まぁ此れは余談。
コッソリ部屋を抜け出し、凧揚げに手頃な場所は無いものか、と庭園を彷徨いて見付けたのは、後で気付いたが馬場だった。
取り敢えず広くて障害物も無く、邪魔しそうな人間も居ない、と言う訳で凧揚げ開始。
この時見付からなかったのは、城の使用人達が新年休暇の最中で少なかったからである。
舞踏会や晩餐会の準備は昼過ぎから、片付けは深夜(と言うか丑三ツ時)から早朝に掛けて行われるので、その時間帯は人が居るのだが、其れ以外は最低限の人数で城の維持管理をしていた。お陰でのびのびと活動出来た訳だ。
フィセルを握り、タタタと駆け出す。
もう一人いれば相手に持たせて風を読みつつ揚げる所だが、生憎一人の為、風に向かって走る。スルスルと掌から糸が抜けて行くのが感じられ、振り返ると蒼天に白い凧。
もう走る必要は無いので、グングン揚がる凧を見ながら、糸を繰る。前世からの久し振りの感覚に、知らず知らず笑が零れる。
時間も忘れて凧揚げを堪能し、気付けば周りに人だかり。ギョッとする俺に、あれは何だとか、無事で何より、とか色々言われた。
一連の流れとしてはこんな感じ。
謎の飛行物体=凧の存在に気付いた衛兵達が、危険な物なら排除しなければ、と現場に駆け付けたら幼児が遊んでいて困惑。
↓
何であんな幼児が一人で馬場に? と保護者を捜そうとした所で幼児が俺だと気付く。
↓
世話をしている筈の侍女はどうした! と問題になりつつ、俺が物凄く楽しそうだったのと、危険では無さそう、と言う判断で其のまま見守られる。
↓
その内魔法使いが、凧が魔力無しで空を飛んでいるのに気付き、どうやって? とざわつき出す。
同じ頃、俺の楽しそうな姿に、子持ち連中が自分の子供を投影。そう言えば子供が外で楽しそうに遊んでいる姿なんか終ぞ見ていないな、と気付く。
↓
魔法使いからは凧の構造と原理が知りたいので、譲って下さい! と強請られ、子持ち連中が自分の子供にも遊ばせてやりたい、と言われ。
仕方無いので俺の部屋に数人呼んで、作り方を教える事になった。
教えている間、侍女は叱られていたが、静かだから寝ていると思ってソッとしていたとか言ったらしい。
そんな理由が通る筈も無く、その侍女は俺の担当から外され、他の侍女が付いたが……当時は侍女の質がヨロシク無かった様で……。と言うか、王子の世話をするのに、其れなりの地位が無くちゃ、と貴族出身の行儀見習いの令嬢を選んだのが失敗の元。
幾ら身分が高くても、腰掛け程度の職業意識しか無いお嬢様に幼児の世話は無理。その分俺は好き勝手に過ごさせて頂きましたが、侍女を管理する女官長とか侍従長は頭を抱えていたと思う。
乳母が引退するのは少し早かったヨネー、とその後語られ、デューの時は五歳まで付けられたのは良い思い出&チョッと羨ましい余談。
その後、無事凧の作り方と使用方法をレクチャーし、話は其れで終わった。…筈なのだが、何時の間にか教えた凧が『王室御用達凧』なぞと言うけったいな名前で市販され、冬の遊びとして広まった。
其れだけなら未だ微笑ましい話で済む(のかなぁ? 済ませたい)のだが、その後も俺が凧が広まったのに気付かず、毎年の様に作り続け、その内変形凧まで作った所為で、子供だけの遊びじゃなく、大人の娯楽と言うか道楽にもなってしまった。
どう言う事かと言えば、普通の凧は揚げる高さを競い、連凧ではフィセル一本に幾つの凧が連なるかを競い、闘凧で糸を切り合い、造形の美しさを競い……ぶっちゃけ何でも有り。
そして何処からか俺が最初に作り始めたと広まり、気が付いたら凧揚げ大会が開かれる様になった。部門は、凧の揚がる高さ、造形、それと闘凧。
現在、その中の造形部門が始まった所です。
様々な色や形の凧に、会場中から歓声や野次が飛び交う中で粛々と審査が進む。
一番大事なのは、飽くまで此れは凧である、と言う事。幾ら綺麗に作ろうとて、飛ばない凧は只の飾りである。
出品者の説明が終わり、実際に揚げて見せ……を繰り返し、会場の反応と俺を含めた審査員数名の判断で、入賞者が決まる。大会は既に五回目だが、一昨年から俺が審査員として参加する事になり、その頃から参加者がどっと増えた。
賞金とか賞状、特典は審査委員長以下数名で贈るが、一番盛り上がるのは、最優秀賞と特別賞だ。此の二つは、俺が渡す事になっている。
特別賞は俺の独断で選ぶので、渡すのは吝かで無いのだが、最優秀賞は審査委員長でも良いんじゃないかなぁ、と思う。其れに何だか俺から渡すと、俺が王子で緊張しているのか、動作がぎこちないし、労ってもテンパり過ぎて吃るし。
昨年の事を思い出し、俺が緊張を和らげ様と笑顔を見せたら、会場がどよめいた。
何だよ!? 俺の笑顔、そんなにダメか!?
そう言えばデューに「兄上の笑顔は、ある意味凶器ですからね?」と言われたが、ソレか?! そこそこ真面な顔だと思うのだが、自然な笑顔だと怖いとか? 無意識の顔なんか判らないぞ!?
冷や汗を流しつつ何とか授与式を終え、一同が席に戻る中で俺だけ壇上に残る。あんまりやりたくないけど、やらないと締めにならない。
「それでは今大会の特別審査員、クラウド殿下の凧をご覧下さい!」
司会の言葉と同時に道具袋から凧を取り出し、空に揚げると、歓声が上がる。
「兄上、凄い! 恰好いい!!」
デューが俺と凧を見ながら叫ぶ。見物客たちもポカンと俺の凧を見上げて興奮している。
ふっふっふ。そうだろう、そうだろう。今年は予め俺も参考出品を、と言われて頑張って作ったからな!
俺の操るフィセルの先には、紙と籤で作った羽ばたく竜。
雲母を砕いた顔料で彩色したので、光が反射して輝いているのが良く判る。翼も可動式にしたので、風を受ける度に羽ばたく様に動き、まるで生きている様だ。我ながら良く出来たと自画自賛。
目を凝らして良く見れば、風の精霊たちが纏わりついて遊んでいる。紙の竜を壊さない様に、背中に乗ったり尻尾にぶら下がったり。お蔭で、と言って良いのか、風に煽られず安定している。
上機嫌で遊ぶ精霊に釣られて、俺もちょっとだけ悪戯心が湧き、上下左右にフィセルを動かしたり壇上を歩いたり。その都度変わった動きをする凧に、会場も湧いた。終いには興奮して壇上に来たデューを抱き上げてフィセルを持たせたり。
愉しそうなデューに俺もニッコニコ、会場も笑顔のデューが可愛いのか黄色い声援が飛んで、我が事の様に嬉しい。
やや暫く揚げて会場中に見せ終わった所で凧を回収し、デューと手を振ると再度歓声が上がった。
「流石殿下! 素晴らしい凧でした! 両殿下に今一度大きな拍手を!」
解説のオッサンの声に会場から拍手が俺たちに贈られ、もう一度手を振りながら壇上から降りると、天幕の中がざわざわしていた。どうしたのかと覗いたら、司会のお姉様が大惨事になってた。顔から服から血まみれである。
「ちょ、どうしましたか?! 誰か、医師、治癒師は!?」
何でだか流血しているお姉様を囲んで慌てているスタッフに指示をすると、何人かが天幕から飛び出した。しかし言った後で気付いたが、俺が治療すれば早いじゃん!
てな訳で止血の呪文を唱えて、序でに血の付いた服とか周囲の汚れを消す。鼻を押さえている所を見ると、鼻血が出たらしいが何故鼻血?
「あ、ありがとうございます殿下ぁ……」
「いや、大事が無くて何よりですが、どうしたんですか?」
司会のお姉様が礼を述べるが、顔が真っ赤で涙目なのが心配だ。風邪かも知れないので、額に手を当て熱を測る。…結構熱い。熱が高くて鼻血が出た?
そんな事を考えているとお姉様が震えだした。
「風邪ですか? 熱が……それに震えまで……横になった方が良い! 済まん、その椅子並べて毛布を敷いてくれ!」
ヒョイと横抱きにして並べた椅子を簡易ベッドにさせて寝かせたら、俯せになって震えだした。
「グフゥッ……!! が、眼福……」
真っ赤になって辛そうだなぁ、と思うが風邪は治癒魔法が効かないので、医師待ちだ。
そんな事を考えていたら、そろそろ飽きたのかデューが退席を促した。
「兄上! そろそろ城に帰りましょう」
「お、おう。そんな時間か……。では皆さん、今日はありがとうございました。それと、お大事に」
会釈をして天幕を出ると、護衛に囲まれた。俺が王太子候補筆頭だからか、数年前から護衛が多くなった。…のは別に良いんだが、何故か妙に暑苦しい人間が多いのは勘弁して欲しい。
見送る観客に会釈しつつ馬車に戻ると、やっと一息つけた。
「流石に疲れたなぁ、面白かったか? デュー」
「はい。でも兄上の凧がやっぱり一番良かったです」
「そりゃ嬉しいな。…所で何で【清浄】と【消臭】魔法を掛けてるんだ?」
「…………先程の女性の血が付いていたので消毒です」
「そっか、ありがとう」
ちょっと潔癖症かなぁとも思うが、細かい所に良く気の付く良い子だ。このまま良い子で居てくれデュー。
カタカタと進む馬車の窓からは、空に幾つもの凧が浮かんで見える。しみじみ、広まったなぁ……と思う。時折カコンと言う音に続いて、小さな羽がクルクル空に舞っている。
実は凧揚げだけで無く、羽根突きも広まりつつある。…これも、暇をもて余した俺が以下同文。
無患子の種と、羽兎と呼ばれる魔物(蝙蝠じゃ無くて鳥みたいな翼のあるウサギ。食用の他、羽根や毛皮も利用され、魔昌石まで手に入るお得さに加え、簡単に狩れる冒険初心者向けの魔物として有名)の羽根で作った羽子を、羽子板で打ち合うシンプルさがウケたらしい。
バドミントンやテニスみたいなものも一応有るが、ソッチは貴族や富裕層向けの遊びとなっている。何故かと言えばガットがネック。ガットを作る技術も材料も高価なので、庶民には無縁の遊びなのだが、羽根突きは羽子板も羽子も自作出来るので、お手軽感が良かったらしい。
思うに異世界の娯楽が少ないのは、死と隣り合わせの生活が多いからかなー、と。魔物の脅威とか、余り無いけど国同士の争いとか。時には魔族との戦いもあるし。
そんな中で生き残る娯楽は、戦略的なもの――例えばチェスとか――だったり、賭博なのは仕方が無いのかも知れない。
まぁ幸いと言うのも変だが、俺が広めたのはこの二つだけだ。ボール遊びは異世界とか関係無く普遍的な遊びだし、素材に拘らなければ玉蹴りなんかは普通に思い付くと思う。
ただ大人も子供も出来る娯楽を、ついウッカリ広めただけで……。
…そんな訳で、次の週末は羽根突き大会に呼ばれてます。ハイ。
大きくタメ息を吐くと、デューが心配そうに見上げてきた。
心配スンナ、と頭を撫でて序でに抱っこもする。
流石に幼児扱いは厭がられる様になったが、子供の体温は癒されるんだよ! と言う訳で、気にせず癒しを充電。ヨシヨシと撫でている内に、ゆっくりと瞼が落ちていき、気付けば城に着いていた。
何はともあれ、新年明けて穏やかに過ごせている。
今年も迎春万歳! と平和に過ごしたい。
初出:2017/02/01