LvEx03:新年祭の夜
新年と言えば。
俺の感覚からすると煤払いから始まり、道場を浄め餅つきをして大掃除、御節の仕込みやら某国営放送の男女対抗歌番組、除夜の鐘に初日の出、初詣なのだが。
転生後は未だ幼いからと言う理由で、夜更かしも無く掃除も城付きのメイド達が何時も行っているのでわざわざやる必要もなく。世間が忙しいと言うのに、俺は暇をもてあましデューと遊んだり、魔導書を読み耽ったり訓練に勤しんだり、何時も通りであった。
一応、新年に向けて必要なものを分けたりとか服を新調したり処分したりしたので、準備をしていたと言えなくも無い。
……すみません。新しいレシピだと言って、料理長に伊達巻を作らせました。あと黒豆と田作りも。
どうも行事がある毎に、ふと前世の習慣を思い出して食べたくなるらしい。特にそんなに好きだった訳じゃ無いんだが、妙に食べたくなって。
流石に重箱の内容全部は作り方も知らないし(調べれば良いんだろうが、其処まで食いたい訳でも無いのだ)手軽に手に入れられる材料が其れだっただけだ。
食べてみて思ったのは、雑煮も食べたいなぁ、だった……。
つくづく日本人だ、俺。ふっくら黒豆ウマー。
さて。話を戻して新年だが。
子供の俺は兎も角、大人たちは忙しい。
特に貴族は夜会があるので、深夜まで大変だ。
晦日の宵から始まる夜会は、深夜に終わり朝が来ると新年である。そして一日目はほぼ寝て過ごして、家族団欒の日となる。但し大人はまた宵から深夜まで夜会がある。
新年からの夜会は、王族と公爵家、古くから続く名家は三日間出席する。その他は出席したい家は出るが、二日目以降は親戚回りや上司や有力貴族への挨拶等で昼間の時間が取られてしまうので、三日連続と言う家は先ず無い。ハードなのは先に言った王族と公爵家だけだ。
因みに此れが庶民ともなると、挨拶回りは有るとして、夜は家で過ごすのでかなり楽だと言える。
因みに日本の皇室の一般参賀の様なものは、国によって有ったり無かったりだ。エーデルシュタインでは朔日の正午に国王陛下、つまり父が新年の挨拶をするが、バルコニーから拡声魔法を使って広場に集まっている国民に言祝ぎ、手を振って終わり。
パレードとかは無く、挨拶も一回だけなのは、その後に控えている夜会に備える為だと思われる。
俺は未だお子様なので夜会には出席出来ず、深夜まで頑張っていた両親に会えたのは昼も過ぎようかと言う頃だった。
「父上、母上。デュー。新年おめでとうございます」
「クラウド。其方も大きくなったな……余に良く顔を見せよ」
「いらっしゃいな、クラウド様」
「だー、うー」
言われるままに近付くと、微笑む両親に頭を撫でられ、抱き締められた。うぉう、母の胸が。…良い匂い。
其れにしても相変わらずの美男美女である。父は何処かの皇帝とその弟に比べたら多少落ちるが、美形に変わりは無い。母に至っては二児の母とは思えぬ可憐さとスタイルの良さ。日々父に愛されているからか、美しさに磨きがかかっている。
弟も可愛いし、何だか俺だけ醜いアヒルの子の気分だ。…白鳥になれるのか、俺?
少しだけ遠い目をしてしまった俺を誰が非難出来るであろうか。否無い。(反語)
「クラウドも今年からは忙しくなる。学校もそうだが、公式行事に参加する機会が増えるからな」
「はい」
父の言葉に大きく頷く。
そうなのだ。昨年までは免除されていたあれこれが、今年からは利かなくなる。流石に夜会は無いが、昼間の行事には連れられる事必至である。
尤も其れも園遊会に出席し紹介されてからであるし、学校に行くとなれば時間はそう取れない。今まで通りと言えなくも無いだろう。
両親に挨拶をしたあと、俺は厨房へ行ってみた。
今日も此れから夜会があると言う事で、厨房は軽食を作るのに大忙しだった。熱気が凄い。
晩餐会では無いので、踊る間に摘まめるものばかりだが、其れだって量が多ければ厨房は戦場と化す。殺気だった雰囲気に、声を掛けるのも憚られたので、黙って料理長宛の封筒を言付けた。
内容は、今年も宜しくと言う事と、お菓子のレシピだ。ふと思い立ち、新年の料理と言う事で、王様の焼菓子の作り方を調べてみた。
俺自身は今世はおろか、前世でも作った事も食べた事も無いが、従姉妹が食べてみたいと騒いでいたのを思い出した。生地の中に人形だか指輪を入れて、其れに当たった人はその年は幸運だとか何とか。ちょっと楽しそうだと覚えていたらしい。
俺も良く判らない料理だがレシピが有る事だし、料理長ならきっと何とかしてくれるに違いない。
そのあとはセバス爺ちゃんに挨拶したり、フォル爺に振り回されたり、フラッと現れたミク兄に連れられて母方の祖父母に会ったり……結構忙しかった。確か明日は父方の祖父母が来る筈だ。
父方の祖父母、つまり前国王と王妃なのだが、父が成人したと同時に引退して、北の王領で悠々自適の生活を送っている。権謀術数から解放されて伸び伸び暮らしているせいか、会う度に若返っている、と父が苦笑していた。
俺も初孫と言う事で大分可愛がって貰っているので、会うのが楽しみだ。
そしてまた宵が訪れ、華やかな夜会が始まる頃、俺は寝室へと追い立てられて布団に潜る。
頭の中身は残念な大人だが、身体は小さな子供らしく疲れを訴えている。其れでも何か予感がしていたのだろうか。目が冴えて寝付けない所へ、窓を叩く音がした。
バルコニーでも無い、枝が張っている訳でも無い位置に有る窓から音がして警戒するが、無視するのもどうかと思い恐る恐る窓の外を窺うと、見た事の有る人物……と言うか、神獣が居た。
以前会った時と比べて随分と小さくなっていたが、その姿は確かに東天の守護者、青龍であった。
慌てて窓を開けると、冷気と共にフワリと部屋に降り立ち、人の姿をとった。
「久しいの、客人よ」
「どうしたんだ、こんな夜更けに?」
「なに、センの遣いよ。此れを渡しに参った」
手を出せ、と促され素直に出すと、掌にずしりと重さの有る封筒が渡された……ってポチ袋?
「何だ、コレ?」
「お年玉だそうだ」
「は、えぇ?!」
思わず変な声が出たが、青龍はクツクツ笑って説明してくれた。
「センが言うには、其方の方が幼い故にセンから贈るのが筋だと。本当は直接渡しに来ようとしたのだがな……」
「だが?」
「蒼き狼星が離さなんだ」
「……皇帝陛下か……」
アノヒト本当にセンちゃんにベタ惚れだな!! てかアレか。ヘスペリアも行事としてやる事は一緒だろうから、今頃は夜会の真っ最中か。そりゃ新婚ホヤホヤ? の皇帝夫妻が御披露目も兼ねてるだろう夜会に出ない訳は無いだろうし、あの皇帝が傍から離す筈も無いな!
で、多分割と早い内に引き上げて、サクッとベッドに押し倒すんだろうなぁ……。そりゃあ俺の所に来ようにも来れないわ。(物理的に)
遠い目をして「お疲れって伝えておいてくれ」と言った俺に、青龍も苦笑しながら頷いた。
さてその後だが。
青龍が帰ったあと、お年玉の中身が気になり――何せ重量が結構あった――開けて見たらば、餅が一つ転がり落ちた。
更にポチ袋に封筒が入っているなと思い、其れも出して開けてみると、手紙だった。
懐かしい日本語で書かれた手紙には、新年の挨拶と顔を出せない謝罪、其れとお年玉についてだった。
まぁ確かに、餅をお年玉としていたのが何時の間にか現金になったので、意味合いとしては間違っていないが、どうしてあの弟子は斜めな事をやるのだろうか。一瞬期待したじゃないか。
だが餅は素直に嬉しい。雑煮は無理でも、焼き餅は出来る。海苔と醤油で磯辺にしたい所だが、生憎海苔が無い。
砂糖醤油にしとくか、と続きを読むと、別便で餅ともち米、海苔と醤油を送ったと有った。
ヒャッホイと大喜びで浮かれて……多分そのせいじゃないかな。その翌日から風邪を引いて、寝込む羽目になったのは。
治ったら絶対神殿詣でして、健康祈願してやる。
そう誓った俺は悪くないと思う。
初出:2016/01/18