LvEx02:降雪祭の贈り物
ふあ、と欠伸を一つ。
深夜、普段なら寝ている時間だが、今日は昼寝もバッチリして眠気は今のところ無い。だが子供である以上、何時眠気が襲ってくるか判らないので、油断は禁物だ。
何故俺が夜中に起きているかと言えば、此れから『降雪祭』に纏わる言い伝えのイベントが始まるからである。言い伝えなので、本当なのかは知らない。
初めて聞いた時は、聖誕祭の間違いかと思ったのだが、降雪祭で良いらしい。
ぶっちゃけて言うなら、冬至のお祭りだ。
各神殿が四旬節から精進潔斎して身を清め、本祭で祈りを捧げる。因みに秋は収穫、春は豊穣、夏と冬は天候である。同時に平和も願ってたりするので、重要な行事と言えるだろう。
そんな降雪祭だが、名前の通り雪の降る祭だ。暖冬だろうが厳冬だろうが関係無く、当日は必ず雪が降る。魔導師団が雪雲を呼び、降らせる。
優風国には、風使いと呼ばれる風水師がいる。風水と言っても占いではなく、天候を操る職業の総称で、操る対象に因って呼び名は変わる。風なら風師、雨なら雨師、雷なら雷師といった具合だ。だが天気は大体風によって変わるので、風使いと呼ぶのが一般的である。
そんな風使いだが、当然雪を降らせる事も出来る。以前は魔導師団だけで行っても、雪どころか雲ひとつ呼べず、青昊の降雪祭となり、風使いを当日呼び寄せた事も有ったらしい。
今は厚遇で念の為呼び寄せるが、幸い? 風使いの力を借りる事は、俺が生まれてからは無い。
さてそんな降雪祭だが、前夜祭と本祭、二日にかけて行われ、前夜祭は雪乞い?の儀式。雪が既に有る場合は感謝の祈りが捧げられ、本祭にも雪が降る様に祈る。
街には出店が並び、王族はパレードに駆り出されるが、夜は静かなものである。
舞踏会は本祭の夜に〆として執り行われるが、前夜祭は家族で一年に感謝を捧げ、ナンキンパイを食べてホットレモネードを飲む。そうすると翌年無病息災で過ごせるそうな。…カボチャ食べて柚子湯に浸かるみたいなもんか。
因みに降雪祭は二日だけであるが、準備自体はその前から始められるので、出店は少しずつ増え、商店は飾り付けし、各家々も飾りを作る。モチーフは星、リンゴ、雪、針葉樹、とほぼクリスマスツリーとリースだ。
雪待月に入ると、準備がボチボチ始められる。
で、だ。
此処で漸く俺が起きている理由だが。
真夜中を過ぎ、降雪祭当日に最初に降った雪を手に入れると、雪の精霊が現れ、祝福と共に一つ願い事を叶えてくれるそうだ。本当かどうかは知らない。古い伝承にはそう有ると、最近読んだ本で知った。
現在では祝福は兎も角、翌朝プレゼントが届けられる、子供お楽しみイベントとなっている。見事に冬至とクリスマスがちゃんぽんだ。
そして俺はその最初の雪を狙って起きているのだ。
願い事は決まっている。
無病息災、家内安全。
健康で平和に暮らしていけるって、下手したら金を積んでも出来ないからな?
ウチって言うと変だが、曲がりなりにも王族なので、金銭面での不自由は無い。血税で暮らしているので無駄使いはしないようにしているが、一般家庭から見たら豪勢な暮らしぶりだと思う。貴族としては質素だが。
そんななので、正直物欲は無い。寧ろ健康第一、と思う。
じっと毛布に包まり日付が変わるのを待っていると、冬至の日と一年の終わりにのみ鳴らされる鐘の音が響いた。
バッと表に出て上空を見ると、真っ暗な夜空から白いものが舞い落ちる。昊からの便り、雪だ。
手を伸ばし、一片を掌で受け止める。スウと雪が溶けきる前に、今年一年の感謝と願い事を口にした。
―――ま、何事も無く伝承は伝承か。
そう、思っていたのだが。
「君らしい願いですね? 蔵人」
部屋に戻ろうとした俺に、楽しげな声が掛けられた。
振り向くと其処に居たのは、水の杜の主。ラディン・ラル・ディーン=ラディン。
思いがけない人物の登場に、開いた口が塞がらない。
「何で……?」
「最初の一片、ですよ。呼び出したのは君です」
ニコリと微笑まれ、理解する。
「あんたが雪の精霊?」
「みたいなものですよ。私は水の杜の主、雪とも繋がりはありますからね」
クスクス笑うラディンだが、正直胡散臭い。だって実際にこうして現れると言うなら、忘れられかけた伝承となっている筈がない。
俺の疑問に気付いているのか、ラディンが言う。
「最近は信じる人も少なくなりましたし、居ても欲にまみれた願い事ですからね。叶えるも何も、其れは自力でどうにかしろって事です。其れに実は作法と言うのも有るんですよ」
「作法?」
「ええ。受け止めた雪が溶けきる前に、言い切れるだけの細やかな願いを叶えます」
「カネかね金って願われたら?」
「それ、細やかじゃ無いですよね?」
うん確かに。だとすると、こうして現れたって事は俺の願いは叶えられると言う事か。
直前になって変えた願い。
みんなが笑顔であります様に。
笑顔でいると言う事は、幸せだと言う事だから。そう、願った。
「細やかかと言われれば、疑問ですが、出来ないお願いでは無いですからね。でも此れは私が叶えてあげると言うより、君が叶える願い事です」
「俺が?」
どうやって? と目で問うと微笑みの後告げられた。
「貴方が幸せであるなら、周りも幸せですよ」
本当に?
そう問い掛けようとしたら、目が覚めた。
気付いたら俺はベッドの上で、毛布に包まって眠っていた。
夢、だったんだろうか。だとしたらリアルな夢だ。
ボンヤリとしていると、ノックと共にマーシャ達が現れて珍しい事に両親もやって来た。
「クラウド、お早う。珍しいな其方がボンヤリしているとは」
「お早うございます、父上、母上。…ちょっと夢を見ていたらしくて」
「まあ、どんな夢かしら?」
「ええと……楽しく笑ってる夢です」
正確には楽しく笑えるように願う夢だが。
俺の言葉に両親は顔を見合わせフフと笑った。
「良い夢を見たのね、笑っているわ」
母にツンと頬を突つかれ、笑っていた事に気付く。そして、ふと見れば両親も侍女達も笑顔でいる事に気が付いた。
―――本当だ。俺が、笑顔なら周りも笑顔だ。
少し、小さな幸せを噛み締めた。
初出:2015/12/25