LvEx01:ぼくのあにうえ
異世界転生、やったぜキタコレ、ヒャッハー!
……と思っていた時期が僕にも有りました。
こんにちは、僕の名前はデュー・アルマース=エーデルリヒト。
輝石王国の第二王子です。
転生なんて言っている通り、僕には前世の記憶が有ります。
と言っても大した事は覚えていません。何せ名前も年齢も覚えておらず、一応男性だった様な気がする、と言う程度です。
覚えているのは、前世の僕は多分病弱だったのでは無いか、と言う事と、小説が好きな少年だったのでは無いか、と言う事。
理由は前世の僕を思い出せば、何時も本を読んでいたとか、友達の姿も見えず部屋の中に居るのが多かった、と言う事です。…ぼっちだった訳では無い筈です。
……冒頭の発言については反省しています。
前世で読んだ小説に良く有るシチュエーションだったのです。
僕が前世の記憶を思い出したのは、五歳くらいの時だと思います。
風邪を引いて寝込んだ序でに思い出した様で、小説で良く有る様に発熱はしましたが、記憶を思い出したからでは無く、風邪によるものだと思われていた様です。
そんな熱に浮かされている中、僕が思ったのは小説さながら、チート主人公の様に、魔力を最大にして魔法を使ってやる! とか、前世の知識を活用してNAISEIウェェーイ! とか、可愛い女の子を攻略してハーレムだぜ! 等と、今思えば本当に、本っっ当に恥ずかしい事でした。
目覚めた僕が真っ先に見たのは、烟る青灰色の瞳。
心配そうに僕の手を握り、優しく微笑む兄の姿でした。
四歳上の僕の兄、クラウドは弟の僕からすれば越えられない壁、コレにつきます。
父譲りの金髪に母譲りの青灰色の瞳。顔立ちは二人の良いとこ取りのような、未だ当時九歳だったと言うのにキリリとした表情に柔和な笑顔で、侍女や侍従、果ては重臣や騎士や魔導師の方々に可愛がられる人でした。
兄は努力の人で、何事も一所懸命に取り組みます。
そんな兄を慕う人は多く、側近となったブラウシュタイン侯爵子息で従兄弟のラインハルト様、カヴァリエレ伯爵子息のルフト様や他にも多々いらっしゃいます。
しかし記憶を取り戻したばかりの当時の僕は、愚かにもその事を重要に考えず、転生に浮かれ、だけどその事は秘密にしておこう、と考える様な莫迦でした。
僕が今に至るまで、兄を越えられない壁だと悟った理由をお話しします。
先ず魔力。
最初に僕が行ったのは、魔力の確認。体に廻る魔力が何れだけあって、どう伸ばせば良いのか。小説に良く有る設定なら、毎日魔力が無くなる程使い続けていれば、最大容量が増えると言うもの。
しかし中には逆に使い過ぎては増えないと言うのもあり、悩んだ末に当時魔法の使い手としても有名になりつつあった兄に何気無く聞いてみたのです。
「あにうえ、まりょくってなんでふえるの?」
「ん? どうして、か? そうだな、魔力が多ければ多いほどたくさん魔法が使える。だけど質も大事で、少ない魔力でも質が高ければ強い魔法が使えるんだ」
兄の説明によれば、質とは即ち呪文の練り方。正しく構築された呪文や魔法陣から発せられる魔法は、魔力の少ない人間にとっては重要だと言う。乱発された魔法より、ここぞと使われる一発の方が効果が高いと言う事。
何故増えるかについては、僕の考えていた通り、使えば使うほど増えるそうです。だけど使いきってはダメ、と言う事で既にその時何回か魔力を使いきっては昏倒するように眠っていた僕は……まぁ何とか間に合って、今も順調に成長中です。兄には遠く及びませんが。
兄が魔法を使っているのを見ている内に気が付きました。
呪文一つ、魔法陣一つとっても美しく構築された其れは、少ない魔力で効率良く発せられ、尚且つ無尽蔵では無いかと思われる程の魔力によって次々と繰り出されます。何よりどの魔導師も知らない不思議な魔法、兄によれば僕が産まれたばかりの頃にとある存在から貰った加護で使える特殊な魔法と言う事で―――それらに助けられた人が何人も居ます。
其れを知った時、僕は魔法で成り上がろうと思うのは諦めました。
二つ目、内政ですが。
僕は自分を過信し過ぎていました。
幾ら前世知識が有ったとして、使えなければ意味はありません。
兄は僕が天才だと褒め称えていましたが、そんなの兄の努力を前にしたらカスです。路傍の石にすらなりません。
だって僕が誉められた事と言えば、足し算引き算が出来た。その程度です。それくらいの小学生程度の知識、前世知識があれば誰だって出来るでしょう。教わった事が全く無いと言う以外は。
逆に言うなら、僕は知らない事が多過ぎました。
治水? 税制? 農業の彼是? 僕は全く知りませんし、判りません。そして僕が口を出せた事は既に兄が提案していた事で。
僕はNAISEIを諦めました。
そしてハーレム、ですが。
これは、兄には勝てました。上辺だけですが。
確かに僕の回りには可愛い女の子が沢山居て、ハーレム状態です。でもその中の何人が僕を思ってくれているんでしょうか。若しかしたら全員が、兄目当てで僕に近付いているのでは? と勘繰りたくなります。
兄は僕がモテて良いなぁ、羨ましい等と言ってますが、僕としては兄上どんだけ鈍感ですか? と声を大にして言いたい。
兄は自分がモテていると言う自覚は有りません。
何故なら親衛隊と称して兄に傾倒している集団が居るのですが、これが見事に男ばかり。兄の事をアニキと称して慕っているだけなら未だしも、近付く女性を悉く排除しているのです。
お陰で兄の周囲は男ばかり。
もし近寄れるとしても、それは婚約者や恋人が既に居る、お相手が居る方ばかりです。そしてそんな方々は僕の回りに居る令嬢とは格が違います。品格然り教養然り、身分や立場がたとえ下としても、彼女たちの方に軍配が上がります。
ですが兄はそんな事には全く気付かず、俺もモテたい等と……。ダメです、兄上は、兄上のお相手は最上の人でなくては許しません。これは親衛隊とも合意している事で、兄の近くに野心溢れる悪女など近付けさせません。誰もが認める淑女で無ければ、兄には相応しくないでしょう。
まあ兄が真に望むのであれば、その限りでは無いです。今は単にモテたいと言っているからそうするだけで。
そして兄がこんな風で、僕の周りの女の子がアレで。ハーレムなんて言わない。付き合うなら僕を好きな子一人で良いと思うようになりました。
ハーレムなんて糞喰らえ、です。
序でに言うなら。
兄は剣の腕も格別です。幼い頃から鍛えた腕は、騎士団の団長でも敵わない程で、兄は手加減されていると苦笑していますが、そんな事は全く無いです。本人(ナイトハルト叔父)に聞きました。
そして。
僕は悟りました。
チート主人公は僕ではない。兄だと。
兄上、あなたまで転生者だったのですかーーー?!
兄に対する彼是を両親に話していたところ、二人は顔を見合わせて言ったのです。
兄が転生者だと。そしてそれはかなり早い時期に本人からカミングアウトされ、転生者視点で内政を手伝って貰っていたと。
僕は其れを聞いて、兄を狡いと思ったのですが、良く聞いてみれば兄の基本能力は、本来僕よりもずっと下で。努力に努力を重ねて今の兄になったのだと言われました。
僕は自分にチートが少し有った為に誤解していたのですが、其れを聞いて恥ずかしくなりました。
だって努力して兄は力を得たと言うのに、僕は兄の努力を見ずに結果だけ見て、諦めたのですから。
だから僕も決めました。
未だ僕も間に合う筈です。努力して力を手に入れようと。
そして兄を支えるのです。
今日は兄の準成人の日です。それと同時に立太子の儀が行われます。
成人の日と違い、各家で祝われる準成人ですが流石に王子の準成人をひっそり祝うと言うわけにはいかず、立太子の儀と共に公式行事として行われる事になったのです。
白と禁色の正装を身に纏い、真っ直ぐ立つ兄は、王太子として何処に出しても恥ずかしくない、自慢の兄です。
「兄上、そろそろお時間です」
僕が声を掛けるとゆっくりと振り向き微笑みます。
キラキラ光る金髪に優しさを湛えた青灰色の瞳。すらりとした長い手足に鍛えた体。
兄の笑顔に何人かの近衛と侍従が顔を赤くしています。
「デュー。良い子だな。飴ちゃん要るか?」
其れなのに、甘いテノールでこんな発言をする。
「要りません。時間ですよ、兄上」
「デュー……しっかりしちゃって……。やっぱりお前が王太子になった方が……」
「莫迦な事を言ってないで、行きますよ!」
「判った判った。ツンデレなデューは可愛いなぁ」
優しく僕を何故か溺愛する兄ですが、勘違いも甚だしいので少しづつ勘違いを訂正させていこうと思います。
初出:2015/11/01