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8.異世界人の本懐

「お前はよく分からないやつだな、ハル」


 リュウトは地面に這いつくばっている俺を見てそう言った。返事は求めていないのだろう。ほとんど独り言のような感じだった。


 結論から述べよう。説得は失敗した。

 聖女達が貸し切りにして攻略しているという知らせがあった迷宮に今度はわざと乗り込んだ俺達は、俺がリュウトの説得に失敗した後、乱戦になった。

 結果、俺は今の有様だ。リアは聖女と今も交戦中のはずだ。怖いだろうに俺の計画に乗ってくれた。


「今の聖女に尽くす価値があるのかよ」


「さぁな」


「あんただって同郷殺しなんてしたくないはずだ」


「かもな」


 リュウトは聖女と違って、人を苦しめて悦ぶ趣味はない。それは短い間だけど一緒にいた俺には保証できる。

 ならば、リュウトが聖女の側にいる理由は何か。


 自分の存在を承認してくれる唯一の存在だから。

 だから仕方なくか? 違う。それだけじゃないはずだ。だとしたら、俺達の交渉をのめば解決できる。

 俺達のことが信頼できないから交渉をのんでくれなかった可能性。否定はできないけど、それだけじゃリュウトの聖女に対する忠誠は説明できない。


“お前と同じ理由だよ”

 リュウトは初対面で俺に聖女についた理由を問われたときそう答えた。その時は聖女によって承認されているからだけだと思っていた。

だけど違うとしたら? 俺がリアを守ろうとしたのは別にリアが俺の存在を承認してくれているだけじゃなかったはずだ。

 だとするとリュウトもそうなのか。

 リュウトは聖女をアイシャと呼ぶ。他の人間が聖女としか呼ばない化け物の人間側を見ている。俺はそのことを特に気にしていなかった。だけど、そうか。そうなのか。


「お前、聖女を愛しているのか?」


 その問にリュウトは微笑を浮かべた。


「ああ。だが、正確には違うな。俺は聖女を愛しているんじゃない、アイシャを愛しているんだ」


 その答えの意味は何か。

 聖女ではなく、アイシャを愛している。身分ではなく本人をということだろうか。いや、違うだろう、そうじゃない。

 リュウトはこの世界が長いはずだ。そして今代の聖女はまだあまり長くない。だとすると、リュウトは聖女になる前のアイシャをという女を知っているのではないだろうか。

 あの言い方ではまるで聖女とアイシャが別人のような言い方だった。


 これは馬鹿らしい仮説だ。だけど、俺はそれを考えなくてはいられない。

 本当に聖女とアイシャが別人だとしたら?


「なぁリュウト、聖女って何だ?」


「俺にもよく分からない。ただ、俺は一種の呪いみたいなものだと思っているよ」


 呪いのようなものとはどういう意味なのか。

 聖女になることで、アイシャという人物の人格が変わったということは考えられないだろうか。歴代聖女は全て同じ人格で、元となった人間の人格を上書きする可能性。

 もちろん俺の勘違いという可能性も高い。でも、この妄想が事実だとしたら。


「お前はとんだ忠義者だよ」


「どうかな。なぁ、ハル。お前はもう向こうの世界の記憶なんか残ってないだろうけどさ。向こうで俺達が自分の存在を無条件に肯定してもらえる日っていうのは、一般的には誕生日だけなんだぜ。そしてその日すら祝ってもらえない人間もいるんだ。誕生日すら家に帰っても札が一枚テーブルの上に置いてあるだけの人間が、確かにいるんだ」


「は?」


「分からないよな。ハル、お前は案外向こうでも恵まれたやつだったのかもしれないぜ」


「らしくないな、リュウト。何が言いたいんだ?」


「無条件で存在を肯定してもらえるっていうのは他のどんなことよりも嬉しいもんだってことだよ。それが初めてのことで、こんな世界だと尚更な。それよりもハル、向こうもそろそろ終わりみたいだぜ」


 そう言われて気付いた。リアは既に追い詰められている。これで俺達は詰みだ。リュウトを救うことは出来ない。


「フェイッ!」


 俺はこの戦いに姿を現していない最期の一人の名を叫んだ。


「なっ!?」


 リュウトが焦ったような表情を浮かべる。

 近くの茂みから弓を手で弄びながらフェイは現れた。矢は既に撃った後だ。狙うは聖女ただ一人。


「聖女にたたみかけるぞ!」


 そう叫んで、俺は腰に差してあったダガ―でリュウトを貫いた。


「え?」


 場違いな声を上げたリュウトの腹部に刺さったダガ―を横に捩じり、斬り上げる。

 こひゅっ、と間の抜けた音がリュウトの喉から出る。

 歯ががたがたと震え始め、リュウトの体は支えを失ったかのようにくずおれた。

 俺の知る限り無敵の防御を誇る異世界人はこんなにも呆気なく倒された。他でもない俺の手によって。

 考えていた通りだった。リュウトの絶対防御には限度がある。守れるのはやはり人間一人分だ。あいつの影と同程度までしか伸びない。だからリュウトは聖女の方を気にしながら戦っていたのだろう。


「あらあらー、負けちゃったんですかぁ。じゃあもういりません」


 何事もなかったのかのように聖女はそう言った。顔色一つ変えずにそう言い切ったのだ。


 許せなかった。


 殺したのは俺だ。聖女ではない。だけど、


 許せなかった。


「聖女ォォォォォオッ!?」


 一心不乱に聖女に斬りかかる。


「お前、お前ぇぇぇぇえっ!?」


「何で貴方がそんなに怒るんですかね。殺したのは貴方でしょう?」


 リアが何かを叫んでいる。だけど分からない。俺にはもう自分の絶叫しか聞こえない。爆発した感情のままに聖女の首に向かって剣を叩きつける。

 だけどその刃が聖女の首を刎ねることはなく、刃の方が砕け散った。

 見ると、聖女の首は黒い影で覆われている。リュウトだ。

 思わず振り返る。リュウトは半透明になりながら、倒れたままだ。


 どうして。理解が出来ない。俺にはリュウトという人間が理解できない。


 どうしてここまで尽くすことができるのか。聖女とリュウトが愛した人間は違う。愛した人と同じ顔で、同じ体で自分の存在を否定されたというのにも関わらず、どうしてそこまでできるのか。

 愛とは見返りを求めるものではないのか。無償の愛とでも言うのか。


“お前と同じ理由だよ”


 違う。違うよ、リュウト。俺はお前みたいにはなれない。


「ハルッ!?」


 リアに飛びつかれて、地面を転がる。すぐ横を光の刃が通り過ぎて行った。どうやら助けられたらしい。


「バカ、何してるんだい!」


 フェイも駆け寄ってくる。


「悪い、もう大丈夫だ」


 立ち上がって聖女を見る。聖女はリュウトという大きな戦力を失ったにも関わらず余裕そうにしていた。


「あらあらー、もうこの体も潮時かしら」


 そんなことを言い、笑う聖女に俺はもう一度斬りかかる。

 聖女は馬鹿にしたように両手を広げ、突きを受け入れるような仕草をした。

 そのまま剣は止まることなく、聖女の胸部を貫いた。


「え?」


 あまりにもあっさりとした幕引きに唖然とする。

 それは聖女も同じようで、口から血を流しながら目を大きく見開いていた。


「リュウ、トくん」


 聖女の口から血とともに声が出る。印象が急に変わったことに驚き、俺は剣を手放した。

 地面に転がった聖女が這うようにしてほとんど消えかけているリュウトの方へと向かう。その手はリュウトの方へと縋るように伸びていた。リュウトの側へ辿りつくことなく、聖女は動かなくなった。

 消えかけていたリュウトも、今はしっかりとした姿でこの世界で遺体になっている。

 聖女が肯定したのだ。肯定の言葉など必要ない、いるだけで存在を認めてくれる無条件の肯定。


「何だよ、なんだよそれぇぇえっ!?」


 まるで俺が悪いみたいじゃないか。聖女はリュウトを利用していた悪人なんかじゃなく、やっぱりアイシャという一人の人間だった。


「光アレ」


 声がした。聞いたことのある呪文を、最近知り合ったやつの声が唱えている。

 そして俺は光の刃になぎ倒された。


「ハルッ!?」


 リアの悲鳴が聞こえる。

 俺は霞む視界の中で攻撃してきたやつの姿を捉えた。


 フェイ。お前が新しい聖女になったのか。リュウトの言った通り、聖女というのはやはりそういった類の呪いだったのだろうか。


 フェイが狂気を目に宿して近づいてくる。


「ゲームオーバー」


 口元を歪めて新しい聖女はそう言った。

 消えていく意識の中で、その声だけははっきりと聞こえた。


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