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7.分かったつもりになっているだけだから

 フェイ・アルスタークという人間について話そう。

 と言っても、俺自身が彼女について語れることは実はそう多くない。それでも多少はこの少女について俺の中で整理しておかないと、いきなり共同戦線を組むなんてことは厳しいものがある。

 つい先日俺の前に現れたこの少女は、リアとはそれなりに付き合いがあったらしい。

 ここで注目すべき点は彼女が次期聖女であるということである。人間崇拝にも似た思考回路を代々受け継いでいるに近い聖女にしては、フェイがリアと付き合いがあったという事実は珍しいことだろう。

 現に俺にもわりと協力的だ。彼女自身は別に異世界人が嫌いだということはないらしい。


 だけど俺はあまりそれを信じていない。なんせ初対面のときに俺は彼女に聖女と同じ雰囲気を感じた。

 それは単に髪と瞳の色が聖女と同じ金色だからというだけではあるまい。

 フェイは次期聖女という立場でありながら、現聖女を排除して自分の就任を早めようとしている。俺にはそれが恐ろしく思えた。

 確かに彼女と現聖女はある程度歳が近い。もしかして普通に過ごしていたら、フェイに聖女の立場は回ってこないのかもしれない。

 でも、それだからといって相手を排除してまでなりたいとおもうものなのか。聖女という立場はそれほど魅力的なものなのか。俺にはそうは思えない。野心の差だろうか。

 少なくともこの世界に来てから、聖女という存在に対するイメージは崩壊した。さらに言えば、聖女という言葉の定義も見失いそうだ。


 フェイは恐らく俺より歳は二つか三つ下だろう。13,14歳といったところか。見た目で判断しているから、実際の年齢は違うかもしれないが。

 見た目といえば彼女はあまり女の子らしくは見えない。自分の見た目には無頓着なのか、髪に関しては長さすらろくに揃ってない有様だ。体は小柄で、顔立ちは中性的なので、初めて見たときは少年だと思い込んだ程だった。

 一人称が僕などという男性的なものだったのも、それに一役買っていたと思う。


 さて、俺がフェイ・アルスタークという人間について語れることはこんなものだろうか。

 最初に述べたように俺が彼女について喋れるのはこんな少量程度だ。

 彼女の方からリアに話しかけることはそれなりにあるのだが、俺とは日常会話をすることすらほとんどない。最初の方こそ話しかけられたが、どうも俺は彼女にとってつまらない人間だったらしい。

 その彼女に俺は今、呼び出されていた。


「現聖女の居場所が分かったよ。いつもみたいに迷宮を貸し切りにしてたから、凄く見つけ易かった」


「そうか」


「それで、明日いよいよ乗り込もうと思うんだけど、一つ君に聞いておきたいことがあるんだ」


「聞いておきたいこと? リュウトの説得のことか?」


 そう問うと、フェイは何が可笑しいのか口を大きく開いて笑った。八重歯がのぞく。

 そうかと思うと急に顔から笑みを消す。そのせいで先ほどの笑顔が作りもの臭く感じられた。


「ねぇ、ハルベルト・クロウラ―。君はこの世界の人間になれて幸せかい?」


「は?」


 考えたこともなかった。この世界に召喚されて、元の世界との繋がりを失い、この世界の人間になる。この一連の流れに俺の意思は介在しない。

 異世界に来れて幸せか?

 過去を捨てられて幸せか?

 この世界の住人になれて幸せか?


 人生をやり直せて幸せか?


 幸せと答えるべきかもしれない。もしかしたら、元の世界では辛いだけの人生だったのかもしれない。そうだ、何よりこの世界で俺はリアと出会えたじゃないか。

 彼女は俺を認めてくれる。大切だと言ってくれる。

 それはとても幸せなことだ。


 そうだろう?


「ああ、幸せだ」


「ふーん。そう。そうか。まぁ、君はそれでいいのかもね。過去もないし。けど、これではっきりしたよ」


「何を言ってるんだ、お前?」


「僕もやっぱり、異世界人は嫌いだ」


「は?」


 フェイは明確にそう言った。

 俺は、彼女は異世界人のことが嫌いではないと思っていた。だけどそれは的外れな見当だったらしい。


「でも、お前はリアのことを」


「彼女はまぎれもなく僕らの世界の人間だよ。半分異世界人の血が入っていたとしてもね。でもハルベルト、君はこの世界の人間になっても、やっぱり異世界人に違いはないよ」


「意味がよく分からない」


「君達異世界人は、みんな基本的にこの世界に来て喜ぶんだよ。でもそれっておかしいと思わないかい?」


「どういうことだよ?」


「何でどいつもこいつも帰りたいと思わないのかな。君達の世界で異世界召喚や異世界転生がどういった扱いなのかは知らないけどさ、正直頭がおかしいと思う」


 そうなのだろうか。新しい人生を喜ぶことは間違ってるのだろうか。


「みんな、元の世界では辛い人生だったのかもしれないだろ」


「そうだろうね。でも、辛いことから逃げたやつが異世界に来たからといって幸せになれるとは思えない。人生にやり直しなんてないんだ。ハルベルト、僕はたまに思うんだよ。この世界の神様は君の世界の神様と、ゴミを引き取る代わりにお金をもらう契約でもしてるんじゃないかって」


「そんな言い方ないだろうっ!」


 思わず叫んでいた。

 だって、それではまるで俺達が捨てられたみたいじゃないか。


「違うかな? 実際この世界に来る異世界人は屑ばかりだろう。正直まともな神経をしているとは思えないよ」


「お前……」


「だから僕が聖女になっても異世界人の扱いがよくなるとは思わないで欲しい。僕は、僕の目的のために君に協力するだけだ」


 返す言葉が見つからなかった。

 胸の中が凄くもやもやするが、何も言い返せない。

 いつかの本能的にかばってしまった異世界人を思い出してしまった。こっちの世界の仲間に見捨てられて、消えて行った異世界人の青年。

俺はあのとき、彼の魂はせめて元の世界に帰ることができたらいいと思った。


 異世界に来れて幸せなんて考え、間違っているのかもしれない。

 そもそも来れてなんて表現がおかしいのだ。


「まぁ、明日は期待してるよ、ハルベルト。どうか僕をがっかりさせないでくれ」


「……あぁ」


 俺は胸にわだかまりを抱えたまま明日に臨むことになった。




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