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4.どうしようもない俺だけれど

 白銀の髪の上に猫の耳が堂々と顔を出していた。

 よく見知った整った顔立ちをしている彼女だが、その顔には見たこともない表情が浮かんでいる。

 目じりでは涙が光っているが、その瞳は死を覚悟しているかのような強い覚悟を覗かせリュウトの側でニヤついている聖女を睨み付けていた。


「かかった」


 睨み付けられている聖女は確かにそう言った。


 その言葉が本当だとしたら、聖女はこうなることを予想していたということだろうか。

 聖女には分かっていたというのか。リアがこの場に来るということが。

 もし自惚れでなければ、彼女がここに来た目的は俺だ。聖女は俺の記憶から俺にも予測できないことを読み取ったのか。

 俺のせいだ。俺のせいでリアは殺されてしまう。


 弓を捨て、リアはダガ―を二本腰から抜いてリュウトに斬りかかる。リュウトはあっさりとその一撃を躱し、右足でリアの片足を引っ掛けてバランスを崩させた。


「返してください!」


 地面に転がったままリアが叫ぶ。


「その人は私の家族なんです! 私に必要な人なんです!」


「ハル、貴方が魔女にとどめを差しなさい」


 聖女はリアを見下ろしながら俺にそう命じた。


 俺は――


「妙な考えをするのはやめた方がよろしくてよ。消えたくはないでしょう?」


 聖女の言葉が、リュウトに斬りかかろうと腰のロングソードに手をかけた俺の動きを止めた。

 一息ついてから俺はロングソードを抜き、リアのところまで歩いていく。


「さあさあ、切り殺しなさい」


 聖女の声が耳に響く。

 リアの側までたどり着いたところでリュウトが剣を俺へと向けた。余計な動きをすれば斬るということだろう。


「ハル?」


 リアが俺を見上げて、名を呼んだ。その瞳がさっきまでとは打って変わって不安に揺れている。


 バカだなぁ、お前。

 何で来ちまったんだよ。俺のことなんかほっとけば良かったのに。俺みたいに自分のことしか考えられないゴミ屑のことを家族なんて言っちゃってさ。


 俺はロングソードを振り上げる。


「ハル、私は生まれてきてからずっと嫌な事ばかりでした。でも、あなたに会えたことだけは良かった」


 リアは少し微笑んでから、覚悟を決めたようにキュッと目を閉じた。

 後ろから聖女が殺せと口汚く罵るのが聞こえてくる。

 それを無視して俺は目を閉じた。



 お前なんか要らない。



 俺はかつてそう言われたことがある。

 この世界は俺達に優しくない。

 異世界人だってだけで差別だってされる。


 だけど優しくないのはこの世界だけだろうか?


 そもそも人というのは他人にどこまで優しくできる生き物なのだろう。

 前の世界では、俺は他人からの本当の優しさなんてものを受けたことがあるのだろうか。こんなに自分のことだけしか考えて来なかった醜い存在なのに。

 否定の言葉は当たり前のものだったのかもしれない。


 自分の存在が消えるのは怖い。凄く怖い。

 俺は自分が可愛い。

 自己愛の塊だ。

 だけど、


「私に必要な人なんです!」その言葉が嬉しかった。


 ただただ嬉しかったんだ。


「お゛おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ」


 吼えた。

 ロングソードを振り切る。斜めに振り下ろす形で、狙いはリアではない。リュウトだ。

 リュウトが目を見開き、急いで俺の首にあてていた黒い剣を振る。

 体をひねっていたのが良かったのか俺が首を刎ねられることはなかった。代わりに肩からバッサリと斬られたが。

 俺の一撃はもう一方のリュウトの腕に当たったが、逆にロングソードの方が折れるという結果になった。


 熱い。

 体から水分が全部蒸発しちまうんじゃないかってくらい。

 熱い熱い熱い。

 リアが何か叫んでいるのが見える。

 何がなんだか分からない。異世界に来てから傷なんてしょっちゅうだったのにこんなことは初めてだ。

 ちょっと前まで腕を切り飛ばされてもけろっとしていられたのになぁ。


 そうか。これが、俺がここにいるってことなのか。


 嬉しいな。嬉しい。だってまだここにいるんだぜ。

 そう考えたらまだ頑張れるよな、俺。

 とりあえずリアを守らないと。


「リュウトォォォォォォォォオッ」


 まだ叫べる。不思議だ。


 リュウトの顔が引きつっている。

 おいおい、そんな化け物を見るみたいな顔をするなよ。俺からしたら、あんたの方が化け物だっていうのに。


「お前はここにいない存在だ、お前なんか要らない」


 こんな状態なのにその聖女の声ははっきりと聞こえた。


 熱さが薄れていく。視界もクリアになってきた。自分が消えていくのが分かる。それと同時に周りの状況も把握することが出来た。

 リアが泣いているし、リュウトは狼狽えていた。聖女は何故か敵意剥き出しの目で俺を睨んでいる。

 とりあえずは、リュウトと聖女をどうにかしないといけない。

 俺の存在が完全に消える前に、それだけは絶対に為さないと。


「擬似化ヴァンパイア」


 傷が治っていく。力もさっきより明らかに強いだろう。

 だけど、これだけではリュウトに勝つことは出来ない。

 ならばどうする?

 聖女を先に殺すか。聖女を狙えばリュウトは守らざるを得ない。

 どうせ消えるんだ。捨て身で攻めればいいさ。


「聖女ォォォォォオッ」


 その喉笛を搔き切ってやる。聖女に向かって一心不乱に走った。

 リュウトが焦ったようにこちらへと駆けだす。

 だがもう遅い。俺の方が先に辿りつく。


 ロングソードの刃が聖女の首に触れた。これなら殺せる。


 だけど、俺の欠けたロングソードはあっさりと弾かれた。

 確かに当たりはしたのだ。だが、真っ黒に変色した聖女の首は欠けた刃など通すことはなかった。


「なっ!?」

「惜しかったですわね、化け物。光アレ」


 嘲笑うような顔をした聖女がそう呟き、光の束が俺の上半身があった場所を貫いた。


 だけど、存在が薄れ過ぎた俺にその一撃が届くことはなく、光の束は空を切った。

 もう俺の体はほとんど消えている。全力を尽くしても一撃も与えられなかったけど、前回はニヤついていただけの聖女に手を出させてやった。


「あらあら、もうそんなに消えていたんですの」


 でもここで満足しちゃ駄目だ。リアを守れない。

 急いで振り返ると、視界にダガ―が腹部に刺さっているリュウトとこちらに向かって走ってくるリアがうつった。


「ハル!」


 何故リュウトにダガ―が有効だったのか分からないが、リアが無事であったことに安心する。


「リア、お前だけでも逃げろ」


「嫌です。一緒に帰りましょう。私はハルを迎えに来たんですから」


「でも、俺は直に消える」


「消えません。ハルはここにいます。私がここにいるハルを肯定する限りずっといるんです!」


 そうは言っても聖女が言っていたように、純粋なこの世界の人間の否定と、半分異世界の人間の肯定では、否定の方が強い。


「無理だよ、そんなこと」


「出来ます。その人はハルの本名を知りません。なら、私の肯定の方が強いはずです」


 そうだったのか。でも--


「残念、知ってるわ。桜葉 陽生、貴方の存在を否定します」


 そうだ。俺は聖女に記憶を見られている。だから、聖女の否定の方が通ってしまうのだ。


「そんな!?」


 リアが悲鳴を上げた。

 聖女は今の泣きそうなリアの表情を見て凄く満足そうだ。


「もういいよ、リア。俺は最期にリアに会えただけで満足だ。君に会えて本当に良かった。俺は幸せだ」


 消えかけだからこそ本来なら茹で上がってしまいそうな言葉もすらすらと口から出てくる。きっとこれが本心なのだろう。

 そんな俺の様子を見たリアが出会ったときのような少し迷うような表情を浮かべて立っている。


「ごめんなさい。私は今からあなたに酷いことをします。あなたは私のことを後から恨むかもしれない。だけど、それでも私にはあなたが必要なんです」


「魔女ォ、お前ぇ何さらしとんじゃぁっ!」


 聖女が普段と違う口調で吼えた。

 吼えながらリアに近づこうとしている。だが、何故か近づけていない。何かが邪魔をしている。

 俺はもう自分の体を認識できない。たぶんもうほとんど残っていないのだろう。だけど、額にリアの唇が触れた気がした。


「桜葉 陽生、あなたの名前を奪い、新たな名前を与えます。姓はクロウラ―、名はハルベルト。今よりあなたをハルベルト・クロウラ―というこの世界の住人となりました」


 ふんわりとした温かな感触に包まれている感じがする。

 見れば、リアに抱きかかえられていた。リアの背からは白い翼が生え、俺とリアを包むように丸まっていた。


「リア?」


 俺はリアの頬に手を伸ばす。手に水滴がついた。

 手がある。それもはっきりと。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 何故かリアは涙を流して謝る。俺にはその理由が分からない。

 どうすればいいのか分からなくて髪を搔いた。そして気付く。髪の毛が白い。いや、完全な白ではないな、白銀色というべきか。反対にリアの髪が黒くなっていた。

 おかしいな。俺の髪は黒かったはずなんだけど。


「そうだ、聖女は?」


 あたりを見渡して見ると、聖女が親の仇でも見るような人相で突っ立っていた。

 聖女の隣には顔を真っ青にしたリュウトが腹部を押さえながら立っている。


「だからお前は忌み嫌われるのだ、魔女ォ」


「大丈夫です。私もあなたが嫌いですから」


 リアが聖女に対して舌を出して「イーッ」と挑発する。嫌に強気に出るなと思ったらその足は震えていた。


「リア、大丈夫か?」


「ええ、帰りましょう」


 そう言ってリアは俺を抱きしめて、地面に水晶を叩きつけた。

 俺はそれが何か知っている。転異水晶。砕くことであらかじめ用意した魔法陣の上へと一瞬で移動できる魔法の道具だ。ただ、俺達には手が出せないほど高価だったはずだ。

 光に包まれる。


「ハル、残念だ」


 リュウトは傷が酷いのか顔を歪めて言った。こんなリュウトは初めてだ。


「悪いな、俺は気分がいい」


 これは本心だ。聖女なんかに認めてもらうより、リアに認めてもらう方がずっと嬉しい。


 俺はようやくリアのもとへと帰れたのだ。

 色々な問題を山積みにして。


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