表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

1.生きることさえ罪だとしても

 可哀想な人。あなたは本当に可哀想。




 目の前に一人の男がいる。

 その男が誰かということは分かる。だけど、どのような人物であったかは知らない。知る必要もない。

 男の名前を桜葉陽生という。


「また鏡を見ているんですか? なんだか凄くナルシストっぽいですよ」


 数少ない知人に声をかけられて、鏡の中に映る自分から声の主の少女へと視線を移す。

 いつ見ても綺麗だと思うものがそこにあった。

 肩のあたりで切り揃えられた髪は降り積もったばかりの雪のようだ。雪景色を銀世界などと言いたくなる気持ちが彼女を見ているとよく分かった。

 大きな水色の瞳、高く通った鼻、形の良い薄ピンクの唇、ミルクのように白い肌。まだ幼さが少し残っているが、恐ろしいほど端整な顔。小柄で華奢な体躯。

 髪色もあいまって触れると消えてしまいそうな儚い印象を受ける。全体的に色が薄いせいか、本当に雪の妖精か何かのようだ。


 その彼女が今、白けた目でこちらを見ていた。彼女の名をリヴィアという。家名は知らない。

 俺はリアと呼んでいる。彼女はソファに腰かけて丸いクッションを抱きしめていた。


「俺達、異世界人は自分が常に自分が本当にここにいるのかどうか不安になる生き物なんだよ。俺の場合は特にね」


「すいません。そんなつもりで言ったのではないんです」


 はっとしたように体を縮こまらせてリアが謝る。それから上目遣いでこちらの様子を伺った。心なしか瞳が潤んでいるように見える。

 あざとい。

 だが、これは彼女の素だ。どうにも他人の顔色を窺う癖のようなものが彼女にはあった。


「こっちこそごめん。別に責めてるつもりはないんだ。何度も言ったように俺はむしろ感謝しているんだから」


 俺はこの世界の人間ではない。今流行りのいわゆる異世界人だ。

 ただ、俺には前の世界での記憶がない。その記憶はリアによって奪われたからだ。

 彼女はそのことに負い目を感じているようだが、俺としてはさっき口に出したように本当に感謝しているのだ。


 この世界では異世界人は誰かに存在を認めて貰わないとその場にとどまることさえ出来ない。消えかけていた俺を認めてくれたのは彼女だ。

 だけど、彼女一人の承認では俺はもうこの世界にとどまることができなかった。

 異世界人である俺は何をどう足掻いたって異分子であることに変わりはない。そこでリアはその異分子の要素を薄めることで俺をこの世界に定着しようとしたのだ。前の世界での記憶を奪われた俺は、事実この世界になんとか存在することができた。

 命を、存在を救われた。本当に感謝しかない。いや、感謝するしかない。

 だから俺は繰り返す。


「感謝してる。言葉だけでは伝えきれないほどに」


「そうですか」


 リアはそう言って視線をずらした。声音は不機嫌そうだったが、内心はそうでないのは一目瞭然だ。

 それは彼女の最大の特徴である頭の上についている二つの猫の耳が動いていることから分かる。

 リアには四つの耳がある。頭の上についている猫の耳と頭の横についている人間の耳だ。

 照れている彼女がなんだか可笑しくてついからかってしまいたくなる。


「ああ、もう感謝しかない。全部リアのおかげだ」


「うぅ」


 リアはうつむいてしまった。頭の横についている耳が赤くなっていた。


「この思いをどうやって表そうかといつも頭を悩ませるくらいだ。この感謝はもう愛といっても過言ではない。リア、愛して……」


「調子に乗らないでください」


 柔らかい衝撃を顔が受ける。どうやらクッションを投げられたらしい。調子に乗りすぎたようだ。

 リアの方を見ると一瞬視線があったが、すぐに逸らされてしまった。


「感謝の大安売りですね。安っぽいを通り越して皮肉に聞こえます」


「悪かったよ」


 苦笑いをしながら、後頭部を搔く。調子にのるのは悪い癖だ。


「もういいです。私はほら、懐が広い女ですから」


「えー、自分で言っちゃう?」


「む。否定しますか? それはちょっと傷つきます」


「いやいや否定はしないよ。というかメンタル弱すぎでしょ」


 リアの猫耳がしゅんと萎れたので、慌ててそう告げる。


「冗談です。ほら、今日も仕事に行きますよ」


 そう言って彼女は悪戯っぽく笑った。




 この世界での俺達の仕事は、人の文明が入ってない迷宮と呼ばれる場所から資源を調達するという簡単なものだ。人はそれを冒険者と呼ぶ。

 迷宮の中で繰り返されているのは暴力だ。正直に言えば、冒険者なんていうのはあまり賢い人間がなる職種ではない。

 さらに言えばリアは暴力というものを苦手としている。はっきり言ってこの手の職種には向いていない。

 それでも俺達が冒険者をやっているのは、リアがそれ以外の職につくことが難しいからだ。


 彼女は今真っ赤なローブを身に纏い、それに付いているフードで頭を隠してしまっていた。正確に言えば隠しているのは頭の上に生えている猫の耳だ。

 それはこの世界ではあまり歓迎されていないものだった。しかも彼女の髪の色は白銀だ。これは、彼女が異世界人とこの世界のものとの間に生まれた子どもだということを表している。

 猫の耳と白銀色の髪。この二つを同時にもってしまったことは彼女にとって最大の悲劇だっただろう。何でも大昔の神話の中に出てくる悪魔の特徴と同じだそうだ。と言っても、リアはこの話をあまりしたがらないので詳しくは知らないのだが。

 まぁ、当然と言えば当然だろう。誰も自分が迫害されてきた話など進んでしたくはない。


 それに俺にとってはどうでもいいことだ。リアがこの世界の人間に嫌われていようとしても、俺の存在を保っているのは彼女だ。

 俺は彼女に縋るしかないのだから。そうしないと俺はこの世界にいられない。


「どうかしましたか?」


 俺の視線に気づいたのかリアがこちらを不審げに窺ってくる。どうやら見過ぎたようだ。


「いや、今日もリアは可愛いなと思ってさ」


「あまりふざけていないで集中してください。ここ、迷宮なんですよ」


 視線を鋭くさせ、リアが冷え切った声音でそう言う。


「了解、りょうかーいっと」


「むー、ほんとに分かってるんでしょうか」


 リアはなんだか不満そうだ。

 そうは言っても今日はやたら魔物と遭遇しない。どうしたのだろうか。

 今日来たここは森型の迷宮で、俺達冒険者の手が入ってからそんなに経っていない。いくらなんでも数が少な過ぎる。


「あっ、見て下さい! あれポーションの素材の花ですよ」


「そうなのか」


「あっちにも咲いてます! これ、今日は魔物が少ないぶん楽に素材だけ回収できるんじゃないでしょうか。ついてます」


 あっちこっちに走り回りながらリアは俺が名前すら知らない花を摘む。

 冒険者といえば魔物と戦い、打ち勝つ。そしてその素材をもって金を得て、装備を強化してさらに奥へと進む。当然目指すのは最下層。といったようなイメージが強いのだが、彼女はあまりその傾向がない。

 そのくせに冒険者として有名になり、自分のことをこの世界の人間に認めさせるのだというバカみたいな目標を掲げている。

 認められた後は、誰かを笑顔にさせられるような仕事をやりたいのだと彼女は語った。フードなんか被らずに堂々と。

 冒険者を辞めるために冒険者として大成したい。何とも皮肉なことだ。


「本当に酷い世界だよ」


 自然に自分の口からこぼれた言葉に背筋が寒くなる。こんなこと誰かに聞かれたらまずい。

 異世界人はただでさえ曖昧な存在なのだ。この世界の住人に拒絶されれば消えてしまいかねない。


「ハルも少しは手伝ってください。頑張れば、今日の晩御飯のおかずが一品増えますよ!」


 少し遠くからリアが呼びかけてきた。腕にはいっぱいの花を抱えている。いつの間にそんなに集めたのだろう。


「おう」


 小走りで彼女に駆け寄り、近くに生えている花を摘む。薄い青色の花だ。確かにポーションと呼ばれる薬品もこんな感じの色をしていた気がする。

 今まで消耗品として扱ってきたから気にかけたことはなかったが、こうして落ち着いて見てみると綺麗だなと思う。

 異世界人に厳しいこの世界だけれど、注意してよく見てみればいいところもたくさんあるのではないかと思わせてくれる花だった。

 背後に気配を感じたので振り向くと、リアが俺の手元を覗きこんできていた。


「それ、ポーションの材料の花じゃありませんよ」


「え」


 思わず体が固まる。

 そんな、じゃあ俺のさっきの小さな感動はどうなる。

 俺の内心など露知らずリアは無慈悲に繰り返した。


「だからそれは全然別の花です。ほら、そっちの葉っぱはふちのところがギザギザになっているでしょう? それ、鋸歯っていうんですけど、ポーションの材料になる花にはないんです」


 自分の持っている花の葉をよく見てみると、確かに葉のふちがトゲトゲしている。対して彼女が持っている葉のふちはつるっとしていた。

 どうですか。とでもいうように何故か自慢げに胸をはるリアに俺は肩を落とした。思わずため息がでる。


「はぁ」


「えっ? えっ? 私、何か悪いこと言いましたか」


 目に見えて焦り始めるリアが可笑しくてつい声を上げて笑ってしまう。

 猫耳なのに子犬みたいな印象を受けるやつだ。すぐ人の顔色を窺う。


「もうっ、何なんですか」


 急に笑い出した俺を見て安心したのか、今度は怒り始めた。


「いや、なんでもないよ。ただ、花が綺麗だなって」


 そう言ってリアの方を向くと、彼女は一瞬目を丸くした後にすぐに細めて頷いた。


「相変わらず変な人。でも、確かに綺麗ですね」


 そんな風にしていたせいか、俺達は背後からの接近者に気がつかなかった。


「おやおや、わたくし以外に人がいるなんて意外ですわ」


 突然の知らない声に振り向くと、そこにはブロンドの長い髪をもつ背の高い女性がいた。所々金の刺繍が入った高そうな白い法着に身を包んでおり、頭には金のティアラがのっている。


「せ、聖女様!?」


 前にいるリアが声を張り上げた。そして、俺の背後に回り込み、フードをより深くかぶる。

 彼女の言葉に間違いがないのであれば、目の前にいるこの女性はこの世界の人間を支える要になっている英雄の一人だ。俺も一度だけ見たことがある。

 だけど、そのときに見た聖女はこの女性とは別人だったはずだ。


「あらあら、代替わりしてからあまり経っていないのによくわたくしが今の聖女だと分かりましたね」


「それで、その聖女様がここで何をしていらっしゃるんですか?」


「何って、迷宮攻略ですわ。残念ながらここはハズレでしたけれど。貴方達こそここで何をしているんですの? ここは今日は貸し切りにしていたはずなのですけれど。協会からお聞きにならなかったのかしら」


 そう言って聖女が目を細める。


「そんな……」


 俺達は冒険者協会に登録していない。それはリアの外見のことがあるからだ。

 すぐ後ろでリアが震えているのが背中越しに伝わってくる。

 正直に言えば非常にまずい事態になっていた。先代もその前の代も聖女は異世界人反対派の人間であったという。

 だとしたら、今代もそうである可能性が高い。そのうえ、純人族以外の種族を過度に迫害したのも大分昔の聖女だ。

 言ってしまえば、純人信仰のようなものを持っていたらしい。

 そんな人間がリアのフードの中身を見たらどうなるか。俺の正体に気付いたらどうなるか。

 きっと良いことにはならないだろう。


「ひょっとして、登録していないのかしら?」


 返す言葉がない。


「答えなさい、異世界人」


 異世界人。聖女は確かにそう言った。

 俺は思わず身構える。


「まぁまぁ、随分と警戒されたものね」


 聖女が笑う。


 右腕の服の裾が掴まれた。掴んだのは後ろにいるリアだ。


「ハル、何だか嫌な感じがします」


 彼女は小声でそう言った。


 ああ、俺も同感だ。目の前の女は聖女というよりは悪魔に見える。とっとと退散した方がいいだろう。


「わたくしは今はあなたには興味がないわ。その後ろの女の子のフードを外してくれればそれでこの場を去りますわ」


「申し訳ありませんが。この子は顔に酷い火傷を負っていましてね」


「嘘はおやめなさい。臭うのよ、その女の子からよく知る魔女と同じ香りが」


 やはりこんな言い訳が通るわけがないか。

 それでも。


「嘘では……」


「リュウト」


 聖女の一言でその後ろから一人の男が駆けだしてきた。

 さっきまでそんな気配などなかったのに。


「なっ!?」


 とっさに手を伸ばすがその男に届くことはない。

 俺の反応も虚しく、次の瞬間にはリアのフードは外され、彼女は顔をあらわにしていた。


「やっぱり。みーつけた」


 聖女が嗤った。


「嫌、いやあああ」


 リアが叫ぶ。目は閉じられ、いつもだと桜色の形のいい唇はすっかり紫色になっていた。彼女の両腕は頭の上の猫耳を押さえつけていた。

 この反応は普通じゃない。フードを脱がされただけではこんなことにはなりはしないだろう。もしかしたら、リアとあの聖女との間に昔何かあったのかもしれない。


 それよりも、今はこの状況をどうにかしなければならない。

 体が勝手に動いていた。


「そいつに触ってんじゃねぇっ!」


 腰にさげている今日は飾りになっていた剣をリュウトと呼ばれた男に叩きつける。あっさりと腕一本で防がれた。どうなっているのだろう。

 男は片腕で俺の剣を受け止め、もう片方でリアを掴もうとしている。

 そこに左足で蹴りを叩きつけてやる。するとリアに伸ばしていた腕でそれを防いだ。


「あんた、何で。何でなんだよ。俺と同じ異世界人だろっ。何で」


 目の前にいる男は間違いなく俺と同じ異世界人だ。リュウトという名前、なによりも雰囲気がそうだ。

 この世界に馴染めていない。この世界に召喚されたものだけが持っている独特な雰囲気。

 俺達、異世界人同士だけに分かるその雰囲気が目の前の男が異世界人であると物語っている。


 何で異世界人が異世界人反対派の聖女の味方をしているのか。


「決まっているだろう。お前と同じ理由だよ」


 男は吐き捨てるようにそう言った。

 俺と同じ理由。

 俺がリアのために戦うのは当然だ。彼女が死んでしまうと、俺という存在は消えてしまうから。防衛本能みたいなものだ。

 ならばこの男は?

 恐らく聖女の承認によってこの世界にとどまっているからだ。


「リュウト、早く捕まえなさい」


 聖女が怒鳴るように言った。自分で動く気はないらしい。


「リア、逃げろ」


 俺も同じようにほとんど怒鳴っているような形でそう言った。


「でも……」


「いいから行けっ! お前に死なれたら、どのみち俺も消えちまうんだよっ」


 リアが頷いて走りだした。猫耳がすっかり萎れてしまっている。彼女の後ろ姿を少し見た瞬間に頭に鈍痛がはしった。


「よそ見をするな」


 どうやら殴られたようだ。


「逃がすと思いまして? せっかくの再開ですもの」


 聖女が何かをしようとする素振りを見せたので、手に持った大して役に立たなかった剣を投げつけてやった。


「ちょっと、リュウト!」


 どうやら邪魔をすることは成功したようだ。


「よそ見をするなと言っている」


 代償として大きな隙ができ、左腕を切り飛ばされたが。

 俺の腕を切り飛ばした男が怪訝そうな顔をする。手刀で人体を切れるやつの方が不思議だ。


「お前、本当に僕と同郷か?」


 俺は宙を舞う自分の左腕を右手できちんとキャッチして答える。


「ああ、たぶんね」


 左腕をもとあった場所に押し付けるときちんとくっついた。聖女が驚いた様子でこちらを見ていた。

 男は相変わらず怪訝な顔をしたままだ。


「それにしては化け物じみているな」


「あんたの方が化け物みたいだと思うけどね」


「別に能力のことを言っているわけではない。それはそう言う特典なのだろう?」


「特典?」


 目の前の男が何を言っているのか分からない。特典とは何のなのだろう。


「別に隠す必要もないだろう。僕達の世界でよく言う神様から貰ったチートってやつだ。それよりも僕が驚いているのは、お前が痛みに大した反応をしないということだ。他の異世界人はちょっと手傷を負っただけで泣き叫んだりしていたものだが」


「あんたが言ってる神様云々は全く分からないな。痛みに関してはもう慣れたんだ」


「慣れた? そんな馬鹿なことが……いや、そういう能力なのか」


 本当に何を言っているのかよく分からない。

 そもそもそんな素晴らしい特典があれば俺はあいつに捨てられることもなかったはずだ。


「何言ってんだ。そもそも俺達はこっちにきてから痛いとか、お腹が空いたとかいうことは曖昧になってきているだろ。それに俺がやったことはあんたも出来るはずだ」


「お前こそ一体何を言っている」


 男が困惑した表情を見せた。

 反対に聖女は面白いものでも見つけたように輝き始める。


「俺達異世界人はひどく曖昧な存在だから、この世界において確かな何かになることはできない。だけど、それ故にこの世界にいるものになら何にでもなれる。だからさっきはアンデッドになったんだ。当然のことだと思っていたんだがな」


「そんなことがあり得るのか。そんな馬鹿な」


 男は愕然とした表情をしていた。もうすっかり攻撃の手は止まっている。


「リュウト」弾んだ声を聖女が出した。「気が変わりました。それ、捕まえてください」


「分かりました」


 どうやら標的はリアから俺に変わったらしい。ならせめて、リアが逃げ切れる程度の時間を稼ぐだけだ。

 再び向かってくる男に俺は――




「ってとこかしら」


 嗜虐的な笑みを浮かべて聖女はそう言った。彼女は椅子に座っている。


「お前、他人の記憶をよめるのか」


 俺はと言えば手足を縛られ、冷たい石の床に転がされていた。

 さっき聖女が喋り続けていたのは俺の記憶だ。あの後、俺はあっさりと敗北した。


「ええ、聖女ですもの。あんなことを考えながら戦っていたのね。貴方の前の世界の記憶がよめないわけも分かったわ。まさか存在を留めるために記憶を放棄するなんてね」


 寒い。背筋が凍るようだ。自分の考えていたことを全て知られることほど気持ち悪いことがあるだろうか。

 素直に目の前の女が怖かった。


「あらあら、怯えちゃって。可愛いわ。人から逸脱した形にはなれないようだし、何にでもなれるといってもそれは全部過剰劣化の模造品。可哀想な人、貴方は本当に可哀想」


「俺を捕らえてどうするつもりだ?」


「さて、どうするのかしらね? あの魔女のいそうな場所も大体分かったし」


「お前、何で……」


「何であの魔女を捕らえたがるのかって? まぁ、色々と理由があるのよ。そうそう、わたくし、異世界人が嫌いなの」


 そう言って聖女は満面の笑みを浮かべた。


「存在が曖昧だなんて気持ち悪いわ。いるかいないか分からないのなら別にいなくてもいいじゃない。あたしはそう思うわ。ねぇ?」


 目はつり上がり、聖女の白い歯がむき出しになる。口調は本当に憎々しそうだ。

 俺には聖女が悪意の塊のように見えた。そんな理由だけで本当にここまで憎めるものなのか。


「お前に俺達の気持ちが分かるかよ」


 思わず低い声が出ていた。


「別に興味ないわ。まぁでも、貴方にはまだ利用価値があるわね」


 そこで聖女は再び笑みを顔に貼りつけた。


「ねぇ、貴方、わたくしと取引をしません?」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ