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プロローグ

「お前なんか要らない」


 彼女は仇敵にでも対峙したような形相でそう言った。

 その赤い目にはいつもの彼女のように強い意志が宿っている。迷いなんて一切ないように見えた。


 つまりこの瞬間から桜葉陽生さくらばはるきという人間の存在価値は完全に無くなったということだ。

 その証拠にもう腕が透けはじめているのが見てとれる。


 人は一人きりでは生きてはいけない。元の世界では散々笑い飛ばした言葉だが、この世界ではそれが事実だった。

 異世界人は誰かにその存在を認めて貰わないと生きてはいけない。


 地面についた膝が震えるのが分かる。

 このままじゃ駄目だ。このままだと消えてしまう。死んでしまう。

 何とかして彼女に考え直してもらわないと。


「待ってくれ。これは」


 必死で口から言葉を捻り出す。だけど俺が喋るのに被せるように彼女が何か言った。

 そう、何か言葉を出したのだ。既にその意味は伝わらなくなっていた。同じように俺が発した言葉も彼女には伝わっていないだろう。

 俺の口から出たのは日本語だ。この世界の補助なしでは日本語が人に伝わることはない。伝わるのは同じ異世界人だけだろう。


「嘘だ。こんなの嘘だ」


 言葉が零れる。

 彼女の目が蔑むようなものに変わった。

 それで全てを悟ってしまった。もう駄目だ。


「嫌だ。こんなの嫌だ」


 溢れる言葉が止まらない。こんな言語、もうこの世界では口にしても何の意味もなさないというのに。


「消えたくない。消えたくないよぉ」


 気づいたらその場から走り出していた。

 誰でもいい。誰かに自分の存在を認めてもらえさえしたら。

 消えないですむ。死なないですむ。


「誰か、誰かぁっ! 助けてくれ、俺を認めてくれ、誰でもいい。誰でもいいからさぁ!」


 そう、認めてくれる人は彼女でなくてもいいのだ。誰でも構わない。そんなのは誰だっていい。


 誰だっていい?


 そんな馬鹿な話があるか。

 足が消え始めたらしく、バランスを崩して転ぶ。水たまりに顔から突っ込んだ。痛みも冷たさもない。この世界との繋がりが消えていく。


「あぅぁっ」


 顔を上げると水たまりに写った自分の顔が見えた。叱られた幼子のように泣き叫んでくしゃくしゃになっている。だがそこに幼子のような純粋さはない。自分のことのみを考えている醜さがそこにはあった。これでは承認欲求の化け物だ。


 認めない。こんな醜い自分は認めない。

 でも自分ですら認めてやれない自分自身を一体誰が認めてくれるというのか。

 酷い話だ。何の覚悟もなく異世界なんてものに連れて来られ、その危機感のなさや軽率さのせいで過ちを犯し、見限られた。


いいや、違うな。これは全て俺のせいだ。結局どの世界を生きようと、環境を全て選べるわけじゃない。今ある環境で輝こうとする努力を怠った、俺のせい。

 本当に情けない。


 自分の醜さを晒し尽くし、ようやく冷静になれた。死の間際に穏やかになるというのはこういうことだろうかと苦笑する。

 そして、俺はここで生きることを諦めた。

 最期の最後ぐらいは潔くあろうと考えた結果だった。

 だからこれは、救いなどではなかったのかもしれない。


「あなた、異世界人ですよね?」


 突然目の前に現れた少女はそう言った。顔はフードをかぶっているせいかよく見えない。

だけど、その言葉は確かに俺にも伝わった。伝わったのだ。


「お前、何で?」


 何で言葉が通じる。という意味で発した言葉には反応せず、少女は俺の側にしゃがみこんだ。

 顔が見える。俺とそう歳の変わらない女の子の顔だった。

 綺麗な顔立ちだが、何かを迷っているような表情をしている。


「私はあなたをこの世界にとどめることができます。だけど、それを行えばあなたにとって大切なものが失われてしまいます。それでも、この世界で生きていたいですか?」


 俺は――


 


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