ともだちをなくした日
勇者の一撃を受け、魔王が膝をつきます。
傷口からはじゅわじゅわと魔力が溢れ出ますが、もう再生することはありません。
「今だ!」
ウィルの声に、盗賊と騎士が魔王へと襲いかかります。
魔法使いは詠唱を始めました。
わたしも最後の力を振り絞って回復魔法と補助魔法を唱え続けます。
そして、ついに魔王が倒れました。
傷口から魔王の身体が崩れ、闇が溢れます。
戦闘態勢を解かずに私たちは魔王を見つめました。
「人間どもめぇ…!我…我は死なぬ!我は再び蘇る!」
「させないよ」
じゅわじゅわと崩れながら怨嗟を吐く魔王にミアが答えました。
トン、とミアが杖をつくとミアの身体へと魔王の闇が収束していきます。
それに合わせて、魔王の崩壊は加速しました。
「何を…!貴様…!貴様ぁぁぁぁぁ!!」
「ミア!?」
魔王が断末魔の叫びをあげますが、それよりもわたしたちはミアが心配でした。
城内であるのに強い風が渦巻き、ミアの身体を包みます。
埃が舞い上がる悪い視界の中、目を凝らしてミアを見ます。
その顔には古代の呪のようなものが刺青でもしたように刻まれていました。
風でローブの捲れた腕にも同じような紋様が浮かび上がっています。
「あのね。魔王の魔力は強すぎるんだ。濃すぎるっていうか、不純物だらけっていうか」
ミア、と悲鳴を上げるわたしたちに向かって、静かにミアは話しだしました。
「そのままだと毒になるし、放っておくと凝縮して魔王の核になってしまう。それが魔王の復活だね。だから、濾過して、薄めなくちゃならない」
そこまで言われれば、ミアが何をしているかくらいわたしたちにだって分かります。
ミアは自分自身を濾過機にしようとしているのです。
「ミア!あなたって人は…!」
「怒らないでよ、エリカ。こうするしかないって、これが出来るのは私しかいないんだからさ」
ミアの周りを風と闇が包み始めました。
ゴウゴウという風の音にも関わらず、ミアの声ははっきりと聞こえてきます。
「お願いなんだけどさ。濾過しても破片が出ちゃうことがあるんだ。それの始末、頼んでいいかな」
「破片じゃなくて!その元を何とかするように考えようぜ!?」
「あー、ごめん。もうこれ止められないんだ」
ウィルが叫びますが、ミアは何事もないように返事を返しました。
ミアの身体を包みこんだ闇はだんだんとその大きさを縮めていきます。
「大丈夫。濾過が終わったら帰ってくるから」
「っ、そんなの、いつになんだよ!?」
「んー、まあ、そのうち」
「馬鹿野郎!」
シドが顔を真っ赤にして叫びました。
今回ばかりはシドに同感です。
ミアは頭がいいのに、大馬鹿です。
「後の事は、任せてください」
「うん。よろしく」
いつも通りの笑みを浮かべながら、震える声でルカが言います。
もう闇はわたしの握りこぶしほどの大きさしかありません。
「エリカ。ウィル。シド。ルカ。行ってきます。またね」
闇が消える瞬間、まばゆい光があたりを包みました。
反射的につむってしまった目を開けると、そこにはもう何もありませんでした。
「ミア…?」
呼びかけても応える声はありません。
ミアはもういないのです。
「ミアっ…!」
シドが崩れおちました。
手が傷つくのも構わずに床を殴りつけます。
ルカは両手で顔を覆って天を仰いでいます。
抑えきれなかった涙が幾筋も頬を伝っていきました。
私は、私とウィルは。
お互いに縋り付きながらミアの名前を何度も何度も呼びました。
魔王を倒したこの日。
わたしは、はじめての友達をなくしたのでした。