襖
俺がまだ一人暮らしを始めたばかりの頃の話だ。
その当時住んでいたのは築三十年になるアパート、見た目も古く、空き部屋がいくつもあった。
しかもいたるところにガタがきて立て付けが悪くなっていて、押入れの襖なんかは何度閉めても数センチの隙間ができてしまうのだ。
しかし家賃は安く、当時フリーターとして生計をたてていた俺でも遊べる金ができたので特に引っ越しは考えていなかった。
アパート暮らしを始めて1年過ぎるか過ぎないかのある夜、時計の針はもうすでに午前1時を超えたのになぜか眠気が来ず、俺は暇つぶしに携帯をいじっていた。
その時、ふと押入れが目に入った。
襖は、いつも通りほんの少しだけ開いている。
隙間の向こう側は真っ暗で何も見えない。
しかしそんなことは当たり前なわけで、俺は特に気にせずまた携帯に目を向けようとしたその時、
カタリ
何かが揺れた音がした。
一瞬風かと思ったが、音が聞こえたのは押入れの方で俺は思わず凝視した。
その時、またカタッと音がする。
俺はとっさに布団に潜り、ぎゅっと目を瞑った。
見てしまったのだ。襖が動くのを。
しかも、その真っ暗な隙間から真っ白な指が伸びるのを。
いや、いや、あれはきっと何かの見間違いだ。
必死にそう自分に言い聞かせ平静を取り戻そうとするも、そんな努力を笑うようにまたカタッと音がした。
そして、ずる、ずる、と何かが引きずる音が聞こえてきた。
それはまるで、這いつくばった人間が手の力だけで移動しているような音だ。
ずる、ずる、とそれは確実にこちらに近づいてくる。
やがて布団のすぐ近くまで来て、ピタッと止まった。
俺は周りの様子を伺うことも、眠ることできず、恐怖のあまり体をカタカタ震わせて一夜を過ごした。
結局、俺が布団から出られたのは朝日が昇って、部屋が明るくなってからで、襖の隙間はいつもより広がっていた。そう、人が一人通れる分だけ。
そのあとすぐに俺が引っ越しをしたのは言うまでもない。