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聖女ミスリア巡礼紀行  作者: 甲姫
第一章:行路を織り成す選択の連なり
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04.

 暗い青に彩られる天に、仄かなオレンジ色が伸びる。夜明けの空を、聖女ミスリア・ノイラートは丘の上から眺めていた。木に寄りかかって立っている。

 早朝だからか、夏にしてはやや涼やかな風が吹く。

 地上に視線を移すと、見渡す限りの農地が目に入る。育ててる作物はさまざまなようで、畑の色が違う。ゲズゥ・スディル曰く、農地を抜けるには丸一日以上を要するらしい。

「民家がありますね」

 背後の岩に座す青年を振り返って言う。ゲズゥは短刀で自分の頭髪を切ってる最中だからか、ミスリアと目を合わせることなく軽く頷いた。

「運がよければ馬やら物資が奪えるな」

 何の感情も込めずに、彼はサラリと応じた。

「う、奪うなんてダメです! ちゃんと家主の方に頼みます」

 ゲズゥがあまりに自然に言うので、ミスリアは声を上げて叱った。

 世に言う「天下の大罪人」の善悪の線引きが一般常識とずれているのは当然といえば当然だろう。大まかに今までの態度からして衝動や感情で動くのではなく理性的な男に見えたが、理性で考えて暴力を振るうのだって十分ありうる。

「じゃあお前が一人で行くんだな」

 そっけない返事。もしかして気を悪くしたのかと内心焦った。

「その方が向こうも協力的になる。俺はまだ指名手配中と変わらない」

 ゲズゥはそう続けた。一瞬だけミスリアを見上げて、すぐにまた髪を切る作業に戻っている。

 そうだった。首都で昨日起きたばかりの騒動を、僻地の人間がまだ知るはずないだろう。「天下の大罪人」の顔を見れば迷わず通報するのが普通だ。

 国外へ出るまでは、油断できない。

 といってもその顔が、大陸でどこまで一般人に知れ渡っているのかいまいちわからない。此度ゲズゥが捕らえられたのはアルシュント大陸の中東地域だ。それを、彼の出身地である南東のシャスヴォル国が裁くということになったらしい。詳しい流れまではミスリアが手にした調書に無かった。

 用心するに越したことはない。

「わかりました。私が一人で行きますから――」

 言い終わらないうちに、ミスリアの腹部から空気が圧縮される音がした。

 赤面しそうな自分を予知して、思わず俯いた。

 持ち歩いてた食糧は、昨日のうちに食べつくしている。お腹がすくのも無理はない。無理はないのだけど、どうしても恥ずかしくなるのは何故だろう。

 ゲズゥがナイフを置く音が聴こえる。それから、何かをポケットから取り出しているような、ガサガサ音がした。

「ほら」

 顔を上げたら、小さなポーチが飛んできた。

 受け取ろうと手を出したけど一瞬及ばなかった。足元に落ちたそれを、拾い上げる。

 でこぼこした布のポーチをあけると、クッキーのようなものが入っていた。

「どうしたんですかこれ?」

 ミスリアは驚いて訊ねた。

 ゲズゥは答えず、全身についた黒い髪を払っている。立ち上がって、それらを埋めるように土を蹴った。緑の中に黒は目立つから隠しているのだろう。

 一思案してから、気づいた。

「もしかしてこれも、昨晩の夜盗からいつの間にか取っていたのですか?」

 散髪に使っている短刀だって、そうでなければならない。ゲズゥは身一つで出てきたのだから、与えられた服以外所持品が無かった。

 どうでもいいことだ、とでも言いたげな様子で、ゲズゥは短刀をくるくると指で回し遊んでから腰辺りの鞘に収めた。

 ミスリアは小さくため息をついた。あの場面で、そこまで抜かりなくて結構なことだ。彼女だったら、盗人とはいえ他人のものに手をつけるのを躊躇う。その点で、ゲズゥはまったく悪びれた様子がない。大罪人という経歴を思えばそれも当然。

 お互いにできること、入れる場所や状況が違う。同時にそれは、片方に不可能なことをもう片方がカバーできるとも解釈できる。

 不安はまだ多いけど、旅をする上で微妙に相性がいいのかも、なんて前向きに考えたりもした。


_______


 本心では、林の方に近づくのがとてつもなく嫌だった。

 これが国外に出る最も簡単なルートでなければ、一刻を争う状況でなければ、絶対に避けて通っていた。

 やむをえないのだと自分に言い聞かせながら、ゲズゥは大樹の枝の上に横になった。

 たまたま見つけた仮眠場所で、聖女が民家へ降りている今のうちに休んでおきたい。なんだかんだで徹夜明けだ。

 二時間経っても聖女が戻ってこないのなら、探しに行くと約束した。

 いくらシャスヴォル国の農民が比較的おとなしいといっても、二時間も放っておくのは護衛として雑な仕事だろう。しかし、ゲズゥはそこまで気にしない。異変を察知したら折を見て様子を見に行こうぐらいには思っているが。

 ――乗っても失うものが無く、乗らないなら確実な死があるだけ――聖女の申し出は、ゲズゥにとってそういう話だった。

 自由気ままな生活を返上するのに抵抗が少なくて、自分でも驚いている。やはり、今までの人生に飽きていたのかもしれない。多少窮屈になっても、それ以上に新しい生き方を試したいのだろうか。

 よくわからない。考えることを放棄し、ゲズゥは目を閉じた。


_______


 ちょうど二時間後に目を覚ましたら、腹の上に陣取る小鳥が一羽見えた。小鳥は首を傾げ、何度かさえずる。

 なんとなく動かないでいたら、しばらく小鳥と見詰め合うことになった。

「えーと……ゲズゥさん? 何してるんですか」

 下から遠慮がちに訪ねる声で、我に返った。

 起き上がると、小鳥は一目散に飛び去った。

「ゲズゥでいい」

 彼は跳躍し、途中の枝からぶら下がったりして、素早く十ヤード(約 9.144 メートル)の高さを降りた。

 聖女は目を丸くしてそれを見守っていたが、ゲズゥが着地した途端に思い出したように抗議した。

「でも、年上ですから。敬称をつけるのが普通でしょう」

「必要ない。お前は俺の舎弟か」

「え……? 舎弟? 違いますけど」

 訝しげに聖女が言う。

 ゲズゥは特に補足の説明を加えなかった。ただ、さん付けが鬱陶しいだけなのだが。

「……では今後から努めて呼び捨てにします」

 諦めたのか、聖女は同意だけした。

 両手に抱えている大荷物でいっぱいいっぱいらしい。聖女は自身の大きさに近い袋を地面に下ろした。さぞや重かったことだろう。見れば、パンパンに中身が詰まった肩掛けバッグもかけている。時間ギリギリとはいえ、自力で戻ってこれたのは賞賛したいところだ。

 それにしても聖女自身着替えているし、早朝より清潔になっている気がする。風呂でも借りたのだろう。それなら、時間がかかったのもうなずける。

 ふくらはぎまでの長さの茶色スカートと動きやすそうな半そでシャツ、クリーム色のフード付ベスト、そして頭の後ろに束ねた髪。昨日より幾分か旅行者っぽい格好になっている。それでいてなぜか聖女の純白の正装よりも少女のあどけなさを演出している。

「日持ちする食糧と、着替え、方位磁石、道具……」

 聖女が袋の中身をざっと確認する。

「気前がいいな」

「ちょうどあの農家の娘さんが病を患っていまして、治癒を施したお礼にたくさんいただきました。お金を出してもよかったんですが先方が是非にとおっしゃいまして」

 なるほど、実に便利な力だ。即席で取引材料にもなるか。

「外に男性の旅の供が待っていると言ったら、男性用の着替えなども用意してくださいました」

 その男が何故一緒にこなかったかに関しては、怪しまれないように適当な嘘でもついただろうか。

 もう少し時間があれば洗濯していきたかったんですが、みたいなことを聖女が言っている。

「国境を越えたら河でも使え」

「はい」

 呆れられると思ったら、すんなり賛同した。

 旅行中の家事に於いては譲歩や柔軟性が不可欠。無駄に育ちの良い人間はそれに欠きやすいから困るが、聖女はそうじゃないようで何よりだ。

「あ、そういえばもう少し進んだところに馬を売る方がいらっしゃるとか。行ってみますか?」

 着替えを渡しながら、聖女が明るく言った。

「……お前の旅だ。お前が選べ」

 ゲズゥは衣服類を受け取った。

 突き放したような言い方かもしれない。案の定、聖女はどこか寂しげな顔をした。

 馬があれば移動が格段に速くなるし楽になる。しかし、買うのでは他人と関わる必要が生じる。またしても聖女が一人でどうにかするしかないわけで、ゲズゥの意思は関係なかった。

 少ない言葉からそこまでの意図を汲み取れないだろうけど。

 ゲズゥは魔物の血液などで汚れた上着を脱ぎ捨て、灰色の長袖シャツに袖を通した。四角状の長い裾は本来の彼だったらあまり好んで着ないタイプだが、この際受け入れよう。何せ、労せずタダで得たものだ。

 下着を替えるためにズボンをおろし始めたら、聖女があたふたと回れ右をした。こっちが腰布しか巻いてなかった状態で出会ったくせに、今更大げさな反応をする。

 替え終わって彼は褪せた紺色のズボンを履きなおし、藁サンダルと細い編みベルトも身につけた。

 なんというか、着替えるだけで大分気分がよくなる。欲を出せば飛び込める水場が欲しい。

 もう何日……いや何週間? 水浴びをしていないのか思い出せない。とっくに汚臭を発していよう。いつもなら気にしない点だが、聖女のほうが花みたいな爽やかな香りがするのでやや自意識が強くなる。

「あの……」

 聖女が何か言いたげだ。まだ、振り返る気になれないらしい。

 無視して、ゲズゥは黙々と身なりを整え続ける。

 短刀、曲刀、聖女が持ってきた水筒、その他の道具諸々を収めた。脱ぎ捨てた服を丸めて入れてから、袋の口紐を調整する。このくらいの大きさなら運ぶのも楽だろう。右肩にかけるように背負った。

 ようやく、聖女が振り返った。困ったように眉根を寄せている。

 何度か瞬きをしてから、言い出した。

「実は……乗せて貰うことはよくあっても、自分で馬に乗ったことが無いんです。私が育った島にいませんでしたし」

 薄っすらと言わんとしてることは伝わった。

「手綱を引いて連れてくればいい」

 試し乗りをしてみるかと問われれば、頑として断ればいいだけのこと。そうするとほぼ商人の勧めだけで決めねばならないのが難点だが、ゲズゥにだって馬の質を識別する観察眼がないし、一緒に行くメリットが少ない。

「乗れますか?」

「……人並みには」

「ではお願いします。ありがとうございます」

 聖女は深々と礼をした。

 礼をされる筋合いがあったか? とりあえず、黙って受け取っておいた。

 着替えも終わったし話がひと段落ついたので、ゲズゥはゆるりと歩き出した。

 その後ろを聖女がてくてくとついてくる。

 ふと空を見上げたら、綿みたいな淡い雲と青い空が目に入った。数ヶ月に渡った牢獄生活の所為で、外の景色がどういう風に変動するのか失念していたらしい。雲の流れひとつがひどく新鮮に映る。今日の空が昨日見た空とまったくの別物だと思い知る。

 サンダルで草を踏みしめる時に、時たま足の指の隙間をくすぐる、草の葉の冷たさも忘れていた。

 そんな些細な感覚さえ、生きていなければ味わえないもの。

 ちらりと聖女の方を見やった。すると、茶色の瞳が訊ねるように見つめ返してくる。

 少女が首を傾げると、ゲズゥはしれっとして再び前を向いた。


_______


 厩舎にて馬にブラシをかけてる女性は、手を止めて会釈した。

「こんにちはぁ。これはまた可愛らしいお客様だわー」

 最初に話した農家の人といい、地方の訛りのようなものがある。

 そばかすの多い中年女性はミスリアに明るく手を振ってきた。

 こんにちは、と返し、ミスリアは遠出用に馬を買いたいという事情を話した。

 女性は快く応じ、いま一番の良質だという馬たちを呼ぶ。

 彼女は上からの視線に気づかない。

 ちょうど厩舎を覆うようにそびえる大樹の中にゲズゥが潜んでいると知らなければ、ミスリアだってまったく気づかないかもしれない。見事に気配が消えている。

 その様子は、昔絵本で見た黒ヒョウにどことなく似ていると思った。

 いい隠れ場所が見えるので今度は近くに潜んでおく、と言い出したのはゲズゥの方だったので、そういうことになった。

 厩の女性がミスリアに注意を向けてた間に、ありえない速さで彼は樹を登った。ほとんど音を立てなかったことといい、慣れていそうだ。

(別に見張って無くても大丈夫なのに、心配してくれてるのかしら)

 ほんのちょっとだけ期待した。

「この子なんてどう? おとなしい子だし、脚が丈夫でスタミナあるからね。いい毛並みよ。触ってみる?」

 勧められた黒馬にミスリアはそっと手の甲を触れた。黒光りする毛並みは、確かにいいものだった。

 他にも何頭か見て回るうちに、少し離れた小屋の方から男性が出てきた。

 畑仕事に向かう途中と思しき格好をしている。片手には鎌を持っている。

「おお、客が来てるのか……」

 言いかけて、中年男性は固まった。警戒心を表している。

「嬢ちゃん、ひとりか?」

「え? 私ですか?」

 質問の意味も、何故訊かれるのかも、ミスリアには何が何だかわからない。ゲズゥは相変わらず気配を発していないので、見つかったとは考えにくい。

 男はミスリアに向けて鎌を構えた。慌てて女が間に入った。

「何してるの、あんた」

「鳩で伝書が来ただろ? 十四、十五歳ぐらいの女の子と二十歳ぐらいの男の二人連れに気をつけろってさ」

「この子は一人よ」

「それはそれでおかしいじゃねーか。女の子の一人旅なんてさ」

 ミスリアは無意識に、半歩さがった。

 ――伝書鳩でお触れが回っている? さっき行った家はたまたま届いてなかったまたは見てなかった?

 男女はまだ言い争っているが、状況はおそらく悪い方に転んでいる。

 総統の言っていた「五日の猶予」の意味を考え直す必要がありそうだ。

 そばかすの女性が勢いよくミスリアを振り返った。

「ねえ、違うでしょ? 『天下の大罪人』を連れてたりしないよね?」

 そういう風に問い詰められると、絶句するほかない。こんな大きな嘘を突き通せる自信が無かった。

 ミスリアは笑顔を引きつらせた。

「答えられないってことはそうなんじゃねーか!」

 男の大声に馬たちが驚いている。

 その時、樹の上からガサッと音がして、くだんのゲズゥが降ってきた。

「なっ!?」

 男女が吃驚してる間にゲズゥは曲刀を抜いていた。

 素人のミスリアにも殺気のようなものが感じられる。

「……待ってください!」

 彼女がそう叫ぶより早く、彼は刀を振り下ろしていた。女性の背中を浅く斬り、次に男性めがけて刀を薙いだ。

「ゲズゥ、やめて! お願いです!」

 男は最初の一撃を鎌で何とか受け止めていたが、明らかに実力の差が出ている。足払いかけられて男性は簡単に落ちた。ゲズゥは容赦なくその腹に低い蹴りを入れた。

 そこで思い出したように、ゆっくりミスリアを振り返った。

「殺さないでください」

 涙目で訴える。

 ゲズゥは無表情のままなので、届いたかどうか知れない。色の合わない両目に今はぞっとする。

 彼は首を横に傾げて、一度コキッと鳴らした。次に地を蹴った。

 目の前からゲズゥの姿がまた消えたと思ったら、ミスリアは腰からさらわれ、気がつけば馬上の人となった。

 黒馬には鞍がないけど、手綱はある。

 ゲズゥは掛け声の代わりに馬の腹を蹴った。

「待て、馬泥棒……! 大罪人がっ」

 背後の必死な呻き声から一気に遠ざかり、確かに黒馬の脚は速かった。

 ミスリアはこんな速さでの乗馬は初めてで、ひたすらに怖い。

「あの人たち、お、追ってくるんじゃ……」

 罪悪感でいっぱいだった。二人の怪我も治してあげたいのに。

「舌かみたくなけりゃ口閉じろ」

 言われたとおりに口を閉じて、ゲズゥのお腹辺りにしがみついた。


_______


 追跡されにくいよう巧妙に回り道を組み込んだりして、そのまま日が暮れる時刻近くまで馬を走らせ続けた。

 定期的に休んできたとはいえ、馬の方に疲れが出ている。

「夕暮れまで一時間半でしょうか……」

 ミスリアは陽のほうを向きながら呟いた。

 隣でゲズゥが樹の根元に寝そべり、黒馬はそこらで草を食べている。

 貴重な休憩時間だ。日中は人間から逃げるように、夜中は魔物から逃げるように移動し続けなければならない。

 シャスヴォル国を出たら少しは人心地つくのだろうか。

 何かしら妨害されない限り、運がよければ明日中につけるかもしれない。馬を使って短縮できた時間は大きい。

「今のうちに寝るんだな」

「……はい」

 どこで、なんていちいち彼女は訊かなかった。

 自分が持っていた肩掛けバッグを枕にして、ミスリアも樹の根元に寝そべった。ゲズゥに背中を向けるように横になる。

 心地よい静寂が訪れる。

 でも、まだ眠れなかった。

「あなたが、聞きしに勝る強さで安心しました」

 慌しかったこともあり、必要最低限の会話以上を交わさないので、言い足りないことが溜まっている。今のうちにほんの一部だけ垂れ流してみようと思った。

「どうして一緒に来る気になったのか、できれば教えて欲しいです」

 起きていそうな気配はするけど、反応がない。ミスリアは構わず続けた。

「伝書鳩の件は困りましたね。総統さまのお約束はどこまで有効なんでしょう」

「……」

「本当はあの馬売りの夫婦も、姿を見られたからには口封じをすべきだということは理解しています」

 といっても、後になって考え直してから気づいた事実だが。

 頭で理解しても絶対に許したくなかった。命を奪うことだけは。

「あの」

 深呼吸してから、本日一番言いたかった言葉を用意する。

「人を殺すのはもう……やめて下さい」

 拳を握り締めた。出すぎたことを言っているのは自分でもわかっている。

 ミスリアはそれでも、願わねばならなかった。

 昨晩の夜盗は、どうなったのかわからない。頭を強く打った者もいたし、魔物の襲撃もあって決して無事ではすまなかっただろう。彼らはミスリアを襲った敵だ。しかし、自分のせいで命を落としたのかもしれないと思うと寝覚めが悪すぎる。

 今日に至っては、ゲズゥはただの一般人に鮮烈な殺気を向けていた。

 きっと彼はミスリアを殺すことにだって何の躊躇も無いだろう。教団からの報復や国からの処罰は歯止めにならないと思う。そんなものを恐れて生きるようなら「天下の大罪人」にならないはずである。

「――何で」

 数秒後、静かに理由を問われた。

 もう一度深呼吸してから、ミスリアははっきりと告げた。

「死後、間違いなく魔物になるからです。あなたは罪を重ねすぎてしまっています。私は、あなたにそうならないで欲しい」


_______


 間違っているからとか、誰かが悲しむからとか、どんなくだらない理由を提示されるのかと思っていた。毎回それで泣きながら邪魔されるのかと想像しても鬱陶しい。

 意表をついた返答だった。

 罪を重ねるのは止めた方がいい、みたいな似たようなことを以前にも言われているが、こんな理由を示されたのは初めてだった。

 ゲズゥは魔物が生じる条件などを知らない。多少興味を引く話だ。

 でも本当は死後のことなんて全然気にしてないし、そんなことより今は眠い。

 そうか、とひとことだけ答えておいた。

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