9「皇妃との不倫がバレた伯爵家当主」
「ガロン、外に変なの居るです」
朝、執務室に来るなりアマリエは怪訝な顔を見せた。
「…?」
『お父さん!タミアのオジサンの事だよ、多分今の時間祈祷していて』
「ああ、それなら無害だ」
「でも、変…」
「無害だ」
大切な事なので二回言う。アマリエは首を傾げながらガロンに報告書を手渡し机に魔導書を広げ読み始めた。続いて執務室の扉が開かれる。
「…隊長、何でタミアさん外に居るんですか?」
「タミア・セリカは今日から執務室前の守衛の任務を任せた」
「え、それって必要な…」
タミアは王宮入り口の守衛を勤めていたが祈祷する姿を第一皇女に見られるという騒ぎを起こした。皇女から気味が悪いから外せと命令を受け、配置に窮したガロンは自らの執務室の守衛をタミアに命じたのが、昨日の夜の事だった。
ガロンはティスカをじろりと睨み黙らせた。目は兜で見えないが何かを感じたらしく口を閉ざす。
ティスカは今日配分された書類の量を見て顔をしかめ、席につく。そしてさらに扉は休まる事無く開かれた。
「やあ、おはよう!ガロン君久しぶりだね」
「…ああ」
「相変わらずの堅物くんだなあ」
執務室に入って来たのは柔らかな金色の巻き毛の白い甲冑が似合う美しい男だった。彼の名前はアレスキス・ミタイナル。つい1ヶ月前まで皇妃の近衛をしていた騎士だった。
そんなエリート騎士であるアレスキスが何故ガロンの執務室に居るかといえばやはり問題を起こしたからで、その問題とは皇妃様との不倫だった。
「ミタイナル、処分が決まった。伯爵家の称号及び財産の剥奪、以上だ」
「そうか!」
「…………」
『やだ…お父さん、この人ちっとも気にしてない、意味分かってるのかな?大切な事だからもう一回言った方が良くない?』
「…………」
ガロンの生家ガッパード家とアレスキスのミタイナル家は親戚だった。避暑の為ミタイナルの人間は年に一度ガッパード家の領地に来る。7歳年上のアレスキスは陽気で人当たりも良く、明るい太陽の様な容姿は人好きする。幼い頃からガロンの憧れだった。
そんな彼が不倫なんかの為に失脚し、ガロンの部下になる事になるとは夢にも思わず、やはりアレスキスの扱いにも困っていた。彼がガロンの部隊に来てから1ヶ月、なるべく人目のつかない場所への巡回を命じていたが、それでもアレスキスは目立ちまくり皇妃との不倫の噂も瞬く間に広がった。彼は結婚もしていない。今年で38歳、剥奪された伯爵家の財産などは凍結される事になるだろう。
「ところで私はどこに住む事になるのだろうか?」
「兵舎だ」
「使用人は?」
「居ない」
「困ったなあ…」
「…………」
「私は使用人が居ないと何も出来ないんだ」
「…………」
アレスキス・ミタイナルは筋金入りの典型的な貴族だった。着替えから食事、出掛ける支度から湯浴みまで生まれてから全て使用人任せで一人では何も出来ないと言う。
「…………」
ガロンはロゼッタを見た。全力で顔を逸らされてしまう。アニエス。最初からこちらを見ておらずどしゃ降りしている窓の外の雨を眺めながら「今日はお洗濯物乾かないわあ」と呟いていた。続いてティスカを見た。見たことの無い素早さで首を振っている。アマリエ、タミアは問題外。残るはガロンしか居なかった。
「しばらく俺の部屋で暮らせ。生活の仕方を教える」
ガロンは喉から声を絞り出しなんとか言葉を紡いだ。いくら憧れていたとはいえ男の世話を焼くのは嫌だった。嫌だったが、仕方ない。アレスキスは憧れの騎士ではなく、ガロンの部下だったからだ。
「ありがとう、ガロン君」
アレスキスは太陽を思わせる笑顔を見せた。
暗い部屋に一人、浮かない表情をした女性が供も付けずに佇んでいた。そこへ一人の少年が現れる。
「母上、アレスキスは?」
「…もういません」
皇妃を見上げる少年は金色の巻き毛と青い瞳が美しい少年だった。皇妃は皇太子である息子、ルーベンスを抱きしめた。
「父上も今更ですよね、認めてしまえば楽だったのに」
「ルーベンス…」
皇太子ルーベンスは皇帝の遺伝子を受け継いで無い事は見て取れた。金色の巻き毛、猫の様なアーモンド型の青い瞳、その美しい顔はアレスキス・ミタイナルそのものだった。
今になって何故アレスキスは近衛から外されたかといえば、皇妃の懐妊が原因だった。一人目は許す事が出来ても二人目を許す事は出来なかったらしい。
何故皇妃の愛人を皇帝が黙認していたかといえば、皇帝と皇妃の間に子供が出来ない事が原因だった。皇帝は側室との間には姫が三人いたが何故か皇妃との間には子は出来ず、黙認せざるをえなかった。しかし理由はそれだけでは無い。ミタイナル伯爵家は公爵家より下の貴族の中で、皇族の血を唯一受け継ぐ家系で、アレスキスも皇位継承権を持つ者の一人でもあった。
アレスキス・ミタイナルは皇帝にとって本当に厄介な男だった。
「楽しみですね」
ルーベンスは母親のお腹を撫でたが、皇妃の顔が晴れる事は無かった。