8「隠しきれてない暗殺者」
「おい」
男は太陽のある方角に向かい両膝をつき、上半身は地面にピタリとつけた平伏、というには少し奇妙な格好で伏せていた。
「おい」
全身を黒い鎧で覆われた男、ガロンが床に伏す男に声をかけるが返事は無い。
「タミア・セリカ、返事をしろ!」
びくりと男の体が跳ねる。そろそろと頭をあげた晴れやかな表情の男、タミア・セリカがガロンの方へ振り向いた。
「オヤ、隊長殿おはようございマス」
「…準備をしてない様だがまさか忘れていたとは言わないだろうな?」
「ハテ…?」
タミアは皺の入った目尻を押さえ考え込む。彼はガロンより5つ年上の36歳だと言っていたが、黒い髪は白髪だらけで、目元や口元には深い皺が刻まれており、年齢よりもかなり老けた外見をしていた。
「砂蜥蜴の討伐をすると言っていただろう」
「アア…はい、覚えています、祈祷が終わったら準備をしようと思っていまシタ」
垂れた瞳を細め、人好きする顔を浮かべタミアは微笑む。
「準備をして正門に来い、10分後だ」
「ハイ」
ガロンの部隊では彼が一番の古株で一番の実力者だとガロンは認めていたが、タミア・セリカも先ほどの変な祈祷以外にも変わった所のある問題児だった。
タミアが立ち去った場所に青い液体の入った小瓶が転がっていた。彼の私物だろう。ガロンは溜め息をつきながら拾い上げる。ラベルにはご丁寧にドクロが描かれていた。
タミアの祈祷の姿勢はユーリドット帝国には存在しない。喋りも片言で時々聞き取れ無い単語を呟く時がある。おまけに彼は落とし物が多い。預けた報告書や貰ったばかりの給料などは可愛い物で、先ほどの毒薬みたいな物騒な物も度々落としては偶然なのかガロンが拾う事になる。執務室の鍵のある机の中には液体の毒薬、錠剤の毒薬、粉末の毒薬、毒塗れナイフ、手裏剣、鉄扇、仕込み刀など穏やかでないタミアの拾得物コレクションが密かに集まりつつあった。
彼はもしかしなくても他国から来た隠しきれてない暗殺者だった。
「スミません遅くなりました、探し物が見つからなクテ」
「探し物?」
「エエ、この位の青い液体の入った瓶なんですが、隊長知りませんよね?ドクロの絵が入ってるんデス」
「……知らん」
手で丸の形を作ったままタミアは目尻をさげ肩を落とした。
悪い所なのか良い所なのか、タミアは正直者で嘘はつかない。4年前、資料によると騎士団には首席で入隊したらしいが、剣や大切な資料の紛失など例の困った落とし癖のせいで総隊長の信頼を無くし問題児が集まる部隊へと飛ばされてしまったという。
「サア行きましョウ」
タミアは元気良く馬に跨がったが、腰に差していた剣が落ち、その事に気づかずに馬の腹を蹴って走り出してしまう。馬のガロンが「あいつ馬鹿じゃね?」みたいな冷ややかな瞳をガロンに向けた。
タミアの剣を拾い上げ、ガロンも後を追う。
〈砂蜥蜴〉とはユーリドット帝国に一番多く生息する肉食で獰猛な爬虫類だ。砂の中に巣を作り、旅人や行商人を襲い糧とする厄介さを併せ持ち、稀に村や街にも現れ家畜や人を襲う事もあった。
今回の任務はミーレ村の近くに砂蜥蜴の巣が出来ていたという報告が届いたので、巣の確認と砂蜥蜴がいれば退治、という内容だった。
王都から馬を三時間走らせた所にミーレ村はあった。村の若者の案内で巣の場所へと急ぐ。
「あれです」
村の若者は砂が盛り上がった場所を指差す。盛り上がりの中心部分は穴があり、砂蜥蜴が潜む巣だという。
「分かった。退治はこちらに任せて貰おう、危険だからこのまま村へ帰ってほしい」
「すみません、お願いします」
村の若者が帰るとガロンは荷物から煙玉を取り出した。これを巣穴の入り口に放り込み、砂蜥蜴を巣から出す作戦だった。
「デハ、私が煙玉を入れてきましョウ」
タミアはガロンから煙玉を受け取り巣穴へ近づく。
「セリカ、忘れ物だ」
先ほどタミアが落とした剣を投げて渡した。
「アア、すみまセン」
タミアはガロンから剣を受け取り、再び巣穴へと近づいた。煙玉は衝撃を受けると煙が飛散するタイプだった。タミアはガロンに目線を送り頷いたのを確認すると巣穴に向かって力いっぱい投げた。煙玉ではなく自分の剣を…。
「……」
「…出テこないでスネ?」
煙玉を大切そうに持ち帰って来たタミアは首を傾げる。
「…………貸せ」
ガロンはタミアから煙玉を奪い取り巣穴に投げ込んだ。
巣穴からずるずると1m程の砂蜥蜴が3匹這いずり出て来る。ガロンは剣を抜き、砂蜥蜴の方に向かって構えた。
「アレ、私の剣はどコニ?」
タミアは先ほど自分で巣穴に剣を投げた自覚は無くキョロキョロと辺りを見回していた。
「これを使え」
ガロンは腰に差していた短剣を抜き身のまま投げた。
「アリがタイ」
タミアは空中で短剣を受け取り、そのまま砂蜥蜴に向かう。体をぐねぐねと動かし砂蜥蜴はタミアの足を喰い千切ろうと鋭い牙を鳴らしながら近づいて来るが、あまり素早くない砂蜥蜴の攻撃を避けるのは容易い事で、タミアは砂蜥蜴の頭に短剣を突き刺し柄の頭の部分を足で思いっきり蹴った。短剣は頭から顎下へと貫通し、砂蜥蜴は息絶える。
「フウ」
タミアが返り血を拭っている頃にはガロンが砂蜥蜴を二匹倒していた。
「帰るぞ」
ガロンは村に任務完了を知らせる花火を打ち上げた後タミアに撤退の指示を出していたが、彼は砂場の上に朝見た格好と同じ体勢で平伏していた。どうやら祈祷の時間らしい。ガロンは置いていこうかと考えたたが、祈祷をするタミアは無防備でほっとく訳にも行かなかった為に彼のお祈りが終わるのを馬のブラッシングをしながら待っていた。
((…… こえますか… きこえますか… お父さん… 魔剣です… 僕は今… お父さんの心に… 直接… 呼びかけています… お父さんは… 大切な魔剣を執務室にお忘れです… 何故、忘れてしまったのでしょうか、勝利は掴めているのでしょうか?… )
)
執務室にはガロンに忘れられた魔剣が涙声で届かぬ思いを主に送っていた。