7「遊び人貴族の三男坊」
「隊長、金貸して下さい」
『ティスカ君先月と先々月お父さんに借りたお金返してないよ!』
「…………」
ガロンのもとにやってきたのは若い騎士だった。名をティスカ・ジャーリィといい、ユーリドット帝国男爵家の出身だったが彼は7人兄弟三男坊だった為、両親の目が届かない事をいいことに、少年時代から遊び回り、18になった時にコネで騎士団に入るが集団行動に馴染めず、入隊後一年で問題を起こしガロンの居る部隊へと送られた問題児の一人だった。
協調性の欠落だけならまだ可愛かった。彼にはもう一つこまった癖がある。ギャンブルだ。給料が無くなるまで遊ぶのはいつもの事で、借金をしてまで遊びほうけてしまい、挙げ句請求が騎士団に届き大問題になった事もあった。
「隊長、銀貨20枚位貸して下さいよ~お願いしま、ぐひゅお!」
突然ティスカの腹部に光の玉が出現し、電撃の様な衝撃が走ると後方に飛ばされ壁に激突した。
ティスカを襲ったのはアマリエの魔術だった。この様に魔術が突然発動するのは珍しい事では無かったが、人に向かって放たれたのははじめてだった。
「ティスカ、すまん」
「ぐ、う…す、すまんじゃねーよ!謝ってんのかソレ」
「アマリエさん、こういう時は〈ごめんなさい〉って言うんですよ」
「ごめんなさい?」
「そうです。〈すまん〉は女性は使いません」
頼んだ訳ではないがアマリエの言葉使いはロゼッタが正していた。ロゼッタの言葉使いなら問題ないだろうとガロンも安心して任せている。
「ティスカ、ごめん」
「…何でバカヒメ、お前はいつも上から目線なんだよ」
「バカヒメ、違う、アマリエ、です」
「バカヒメで充分だろ。魔術も使いこなせない所か言葉も使いこなせないんだからな。全く、誰に言葉を習ったんだよ」
「ガロン」
「俺だ」
「…………」
「アマリエさん、言葉は感情を込めて言うのが普通です。先ほどの〈ごめんなさい〉には感情がこもっておらず、相手に謝る気持ちは伝わらないのです。」
「?分からない、マチェリカ、言葉言うだけ、伝わる」
マチェリカは海に沈んだアマリエの国で、マチェリカでは言葉に感情を込める文化は無いという。
「そんな国が、あるんですね…」
「急に理解するのは難しいと思うわあ」
アニエスが気怠げに言う。
「あなたは感情込め過ぎです。少しは隠して下さい」
「うふふ…」
ロゼッタの説教をアニエスはするりと避け、空いたグラスを回収すると部屋から出て行ってしまった。
「ジャーリィ、お前も明日から勤務先をここに変更する」
「は?何でですか」
「お前には書類の処理を手伝ってもらう」
今までティスカの仕事は街を見回る巡回騎士だった。勤務時間は真面目に巡回していたが、仕事が終わる時間と共にカジノへ行きギャンブルで全財産を使い果たしたり、記憶が無くなるまで酒を呑んだり、手がつけられない状態だったが、明日からはガロンが徹底的に監視をするという。
「お金も必要な時に必要な分だけ貸そう、以上だ。さがれ」
「そんな!自分に文官みたいな事は出来ないですよ」
「幼子でも出来る簡単なものだ、心配はいらない」
「いや、心配とかじゃなくて」
『ティスカ君!ここは素晴らしい職場だよ!女の子はいっぱい居るし、魔力はお父さんとアマリエちゃんのとで溢れかえっているし、女の子がいっぱいいるといい匂いするよね~お父さ、』
ガロンは机に立てかけてあった魔剣を蹴り飛ばした。
「ヒッ…わ、分かりましたよ。来ます、来ますから無言で怒らないで下さい」
魔剣がうるさかっただけで別に怒っていた訳では無かったがティスカを従わせるのに成功したらしい。はじめて魔剣が役に立った日の話だった。