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呪われた帝国騎士と異世界の商人  作者: 江本マシメサ
番外編「嫁きおくれた帝国術士と異世界の迷宮」
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一話「旅のはじまり」

(なんでこの人はこんなに偉そうなんだ)


 皇帝の前で尊大な態度をとる上司をなるべく視界に入れないようにしながら、若き君主が話す言葉を一字一句聞き逃さぬよう努める。


「それでね…ああ、楽にしていいよ」


 その言葉が掛かって初めてモトイはおもてを上げ、跪いた状態から立ち上がり、手のひらを軽く握ると、両腕を背中の腰の位置に置く帝国式の待機の姿勢をとる。

 斜め前にいる上司、イリア・サーフは先ほどから変わらず無礼な態度で皇帝を見下ろしていた。


「発見した遺跡、というよりは地下迷宮と言った方がいいのかな?」


 先日国の考古学調査団が発見したのは、人跡未踏の地下迷宮だった。

 迷宮の内部は魔物で溢れており、調査は困難とされていた。


「先日見つかった碑文のほかにも内部は東国の文字が壁に彫られているんだって」


 調査に当たり、戦う手段を持たない調査員が迷宮の探索をするのは不可能で、それなら騎士団で東国の言葉を読める者を派遣すればいいと話がまとまり、帝国騎士団唯一の東国出身者であり魔術部隊に所属するモトイ・セリシールに白羽の矢がたったという訳だった。

 

「派遣するのはモトイと騎士の二人で大丈夫だと思ってたんだけど、イリアがどうしても行きたいっていってね…よろしくね」


 皇帝はにっこりモトイに微笑みかけたが、その瞬間に横っ腹がきりりと痛みを訴える。

 イリアも共に調査に行くというのは初耳で、当の本人は皇帝を前に欠伸をしていた。


「あの…隊長と副隊長が二人も抜けたら大変なんじゃ、どちらか残らないともしもの時の対応が。隊の指揮は誰が」

「大丈夫よ、多分」

「……」


 責任感ゼロの答えが返ってくるのは予想通りで、聞いた自分が馬鹿だったと項垂れる。誰に対しても屈する事は無く、わが道を行くのがイリア・サーフという人間なのだ。

 調査の日数や魔物に関する情報を聞いていた所、皇帝の執務室の扉を叩く音が聞こえる。


「どうぞ」

「失礼しマス」


 入って来たのは調査に同行する騎士だった。


「チェンジ!!」


 イリアはその騎士を一目見るなり指差しながら「交代!」叫ぶ。


「ちょ、隊長何言ってるんですか!チェンジって飲み屋のねえちゃんじゃないんですから!」

「だってあの人ガロン・ガッパードの部隊の変なおじさんでしょ?」


 ガロン・ガッパードの部隊の変なおじさんことタミア・セリカはイリアの失礼な言動に怒りもせず、にこにこと微笑んでいた。

 

「そんな訳でイリア・モトイ・タミアの三人で調査に行ってもらうよ」

「了解デス」

「仰せのままに」

「ねえ他に騎士居なかったの?」

「隊長!」


 イリアは未だタミアの同行を認めてはいなかった。失礼な言動を繰り返すイリアにタミアは困った表情を向けていたが、幸いな事に気分を害した様子は無い。


「本来ならアレスキスが適任だと思ったんだけど、つい三日前に嫌がらせで総隊長に任命してしまったんだよね」


 半年前に行ったユーリドット帝国・大清掃で沢山の臣下よごれ左遷きれいにした為、内部は穴だらけになり、どこもかしこも人手不足だった。

 アレスキスの総隊長の任命も、適した人物が他に居なかった為に仕方が無い人事だったが、賛成する者もいれば反対する者もいた。まだ皇妃を寝取ったという噂が裏では蔓延っているのだろう。

 しかしその反対をする勢力もまとめてガロンの部隊に流し込んで、黙らせたのはつい数時間前の話だったという。 


「今手が空いているのはタミア位なんだ。実力は今の帝国内では一番かもね」

「そう。ーーまあ、いいわ。足手まといになれば捨てて行くから」

「セリカさん本当に、本当にすいません。悪気は無いんです」

「大丈夫でスヨ」


 悪気が無かったらなんのつもりなのだと自分の発言に突っ込みをいれたが、そんなチグハグな発言も気にする様子も無いタミアにモトイは心から感謝をした。


「ところでダンジョンの中の魔物は普通にコロコロしてもいいの?」

「かなり強力な魔物らしいからデータなんてとる暇は無いと思うよ。普通にコロコロしても大丈夫」


 コロコロって何だとモトイは思ったが、イリアはともかく皇帝の発言に突っ込みを入れる訳にもいかず、その怖ろしげな単語は謎のまま、皇帝直々の勅命は下された。


 明日の日の出と共に出発する事を告げ、タミアとは別れる。


「セリカさん、良い人ですね…良い人なんですが、ーーこんなものが足元に落ちていました」


 モトイは先ほどタミアの足元から拾った小瓶をイリアに差し出した。

 イリアはドクロの絵が印刷された透明な小瓶を太陽に透かして見る。


「多分カエンタケの粉末ね」

「カエンタケ?」

「毒キノコよ」

「……」


 イリアは毒入りの小瓶をモトイに渡すと、自分も明日の支度をするからと言って居なくなってしまった。その場に残された青年は毒の扱いに困惑したが、そのままタミア本人に返すのもどうかと思い、直属の上司へ返す事に決めた。


****

 タミア・セリカの上司があのガロン・ガッパードだという重大な事実に部屋の前に来てからモトイは気が付いた。

 ガロン・ガッパードといえば、いまやユーリドット帝国を救った英雄として有名な人物だが、その前から彼は色んな意味で有名な人物だった。

 現在のガロンは全身を覆う鎧はもう纏っておらず、素顔も晒した状態で騎士の仕事を続けている。皇帝の即位式に初めて素顔のまま出た時会場は、阿鼻叫喚の嵐に包まれた。


 その時の怖ろしい様子を思い出してため息をつく。

 しかしながらこのまま時間を無駄にする訳にもいかず、勇気を振り絞って扉を叩くと、低いドスの効いた返事が返って来て、モトイの緊張はますます強まった。 


「魔術部隊副隊長・モトイ・セリシールです」

「入れ」


 扉の向こうにあったのは、二メートル程離れた位置にガロンの執務机だけがあるという狭い部屋だった。 

 机の上には山の様に書類は積み上げられ、ガロンの強面の顔が紙に埋もれ半分だけ見えていた。


(半分だけでも怖ッ……)


 眉間に刻まれた皺は深く、赤い瞳はまるでモトイを敵対視するかの如く剣呑な光を放っている。瞼の下にはくっきりと隈が出来ていて、人相を殊更悪く見せていた。


 眉間の皺は押し付けられた仕事に対する不満の表れで、赤い瞳は魔王になっていた時の後遺症だったがそんな事情などモトイが知るはずも無い。

 ちなみに人相の悪さは生まれつきなのでどうしようも無かった。


「何の用だ?」

「タミア・セリカの拾得物を届けに伺いました」


 そう言いながら毒入りの瓶を執務机に置こうとしたが、書類に埋め尽くされ置く場所が無く、ガロンに直接手渡した。


「……」


 ガロンはあきれた表情を浮かべ、毒入りの瓶を鍵のついた引き出しへと仕舞う。


「迷惑を掛けた」

「いえ」

「ーー迷惑をかけたついでにもう一つ頼みごとがあるんだが」

「?」


 ガロンは引き出しの中から小刀ナイフ短剣ダガーが複数収納されたベルトをモトイに差し出した。


「これは」

「セリカの武器だ」

「…セリカさんに渡せばいいのでしょうか?」

「いや、持ち歩くのはセリシール副隊長にお願いしたい」

「は?」

「タミア・セリカは戦闘技術において優秀な騎士だが、落し物をする癖がある」


 それ以上ガロンはタミアについて語らず、モトイも強面の大男を前に断る事も出来ずにずっしりと重いベルトを受け取ってしまった。


 出発の朝、多大な不安を抱えつつモトイは馬に跨る。


「セリカさん、すごい荷物ですね」

「隊長が準備をしてくれまシタ」

「はは、ガッパード隊長が…意外ですね」


 あんな怖い顔をしたガロンが部下の荷支度をしてくれるなんて、人は見かけによらないとモトイは思った。


「タミア!モトイ!間に合って、よかったです」


 息を切らしながら現れた少女は、最近魔術部隊に移動してきたアマリエだった。


「タミア、餞別です」


 手渡したのはナイフが数本と大振りのダガーが一本で、タミアも有難いと笑顔で受け取る。


「モトイにはこれ!」


 差し出されたのは一冊の辞書ほどの厚さがある本で、表紙には見慣れない文字が書かれている。


「これは…?」

森林もりりん

「は?」

森林もりりん

「……」

「自分の魔力を使って買い物できる。困った時使ってください」

「なにを…?」

「注意事項は中に紙を挟んでいるから」


 遠くからイリアが叫ぶ声が聞こえ、アマリエは二人に向かって手を振る。


「モトイさん、行きましョウ」

「ああ、はい」


 こうして急ごしらえで集められた調査団の旅が始まる。

<解説>


コロコロ・・・「今から殺す、絶対殺す」を縮めた言葉。穏やかではない台詞を可愛らしく略してみました。

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