26「そして物語はめでたしめでたしで終わる」
ロゼッタはガロンの執務室でソファに座り皆の帰りを待っていたが、つい1時間前小隊全滅の知らせが届きその場から動けずにいた。 そんなロゼッタにアニエスは自宅に帰るようすすめたが、首を振り「待ってますから」と力なく呟く。
「ロッゼッタ、食事を準備するわねぇ・・」
「いえ・・・・」
アマリエが死地へ行くことになってから4日、ロゼッタはまともに食事も喉に通っていない。アニエスが無理やり食べさせていたから倒れずに済んだものの、全滅の知らせを聞いた今、待っていた時以上に食事など摂る気分にはなれなかった。
そして彼女はガロンの部隊の全滅を信じていない。現実を受け入れる精神状態ではなかっただけなのかもしれないが彼らは必ず帰ってくる、そう信じていた。
部屋で待っているより城の正門の前で待とう、ロゼッタはそう思いソファから立ち上がると後ろにある扉を振り返った。
「・・・・?」
執務室の扉はいつのまにかピンクに塗装されていた。突然の異変を不振に思いロゼッタは扉の取っ手に手を握ったが動かない。
「なんですか、これは」
その時、あんなにも硬かった取っ手が動き扉が開く。中から若い隊員が着る騎士団の制服を纏った筋肉質の大男が顔を出した。
人間離れした筋肉を持つ男の姿にロゼッタは叫びそうになり口元を押さえた。そして筋肉質な男に続いてがたいのいい血まみれの怖い顔つきをした男が入ってきて彼女は遂に悲鳴をあげてしまう。
突然現れたのは異空間から『どこ DEMO 扉』を使って帰ってきた来た、『マッスル DA シナモン』を飲んだティスカとガロンだったがロゼッタがわかるはずも無い。
「ロゼッタ!」
「・・・・アマリエさん?」
怪しい男たちの後ろからアマリエが飛び出してきてロゼッタの前まで駆けて来る。
「ほ、本当に・・・・?生きて」
「みんな生きているです!」
「さっき現地から早馬での報告が来てガッパードさんの部隊は全滅したって聞いて」
「ガロンもかろうじで生きている」
後ろの二人の男性を見る。正直どちらがガロンか分からなかったが、多分血まみれの怖い顔の方がガロン・ガッパードなのだろうと推測した。
そして部屋に入ってきた隊員達が血まみれなのに気づく。
「み、皆さん怪我をして・・・・」
「大丈夫、怪我は鳥が治してくれた、です」
「鳥・・・・?そうですか・・・・よかった、本当に」
ロゼッタはガロンと同じく血まみれのアマリエを抱きしめた。「ロゼッタの服に血がつく」といい体を捩ったがそれでも強く抱きしめ離さなかった。
しばらくして落ち着き皆に紅茶を淹れてから、アニエスを呼びに行くと言って執務室から出て行った。
「私も上に報告に行ってくるよ」
唯一アーキクァクトの力のおかげで全快し、おまけに騎士団の服まで修繕してもらい、一人だけ身なりが綺麗だったアレスキスが提案しガロンも頼むと見送った。
数分後、執務室の扉が勢いよく開いた。
「・・・・・・!」
入って来たのは侍女の制服に身を包んだ見慣れぬ10代後半位の少女だった。少女は肩で息をしながらガロン達の顔を一人ずつ丁寧に見つめる。
「せ、生存者はここにいる方だけでしょうか・・・・?」
「そうだが」
その瞬間に少女の大きな瞳から涙が零れ膝からくずれ落ちる。
「兄さん・・・・ティスカ兄さん・・・・死んでしまうなんて・・・・!」
目の前の少女はティスカの妹、マリオンだった。上質な侍女の制服が皺になるのも気にせずに床に伏せ声をあげ涙を流す。
隊員達は一斉にティスカを見るが、当の本人は筋肉質な自分を実の妹に見られるのが恥ずかしいのか、言うなとばかりにぶんぶんと首を振った。
「私が早く噂話を聞かなかったら結婚なんてしなかったのに!・・・・ハインツ様がこんなに酷い人だとは思わなかったわ・・・・・・・・あのどちらの方がガッパード様でしょうか?」
「俺だ」
マリオンは涙を拭い立ち上がると、ガロンにむかって深く頭を下げた。
「兄が、お世話になりました」
「いや、ジャーリィ・・・・ティスカはよく働いてくれた」
「兄が・・・・?幼い頃は素直で兄弟想いのいい兄だったんです、だからどうしてああなってしまったのか、でもここでは昔のように過ごしてすごしていたんですね・・・・」
「・・・・」
ガロンはティスカに視線を送るがそれでも彼が妹に名乗り出ることは無かった。もしかすれば自分は死んだことにしておけば家族はうまくいく、そう思っているのかもしれない。
「私はこれから修道院に入ろうと思っています。兄の魂は安らかに眠っていないのかもしれません。だから私の生涯をかけて祈りを捧げようと思」
「生きている、ジャーリィは生きているんだ」
「え?」
ガロンは慌てながら後ろのアマリエに「いつ戻る?!」と勢い良く聞いた。彼女は三本の指を立てる。
「今は会える状態ではないが生きている、3日だ、少し待て」
「でも私は家族に酷いことをしようとした人と結婚生活なんてできないわ」
「だったらガッパード家の領地に行けばいい、ジャーリィもいろいろ片付いたら行く予定だ」
「・・・・」
「兄弟や家族、マードックともよく話し合え。皆生きているんだ、時間などいくらでもある」
「・・・・」
マリオンはもう一度ガロンに頭を下げ丁寧にお礼を言うと部屋から退室していった。そして彼女と入れ替わるようにアレスキスと皇太子が入ってくる。
「やぁ、ご苦労だったんね、ガロン・ガッパード。君はユーリドット帝国の英雄だ」
「・・・・」
「いや、事情は分かっている。でも英雄になってもらうよ?皇帝を引きずり降ろすために」
皇太ルーベンスはアレスキスによく似た顔に微笑みを浮かべ、ガロンに拒否をする隙を与えなかった。
一ヵ月後、皇帝は皇太子の手によりさまざまな不正を暴かれ王座を剥奪されてしまう。側室は全てルーベンスの息のかかった臣下に降嫁させ、皇姫は同盟国へと嫁がせた。
皇妃も例外ではなく処分は下されたが、彼女の嫁ぐ臣下の名は彼女が愛すたった一人の男だった。
彼に爵位は無く慎ましい暮らししかできなかったが、生まれてきた娘と三人幸せな生涯を過ごしたという。
ハインツ・マードックは今回の件で総隊長の座から下ろされ謹慎を言い渡されていた。その妻であるマリオンはハインツと離婚をするつもりだったが、自分の行った罪を認め真摯な態度で謝る姿をみせ、そんな主人を哀れに思い、考えを改めてハインツを支えることをマリオンは決意する。
カイリ・チェシャベルカに言い渡されたのは副隊長の地位の返還と、彼の生家でもあるチェシャベルカ公爵家への爵位及び財産の剥奪、国外追放という本人とその家族にとって厳しい物だった。
カイリの父親は皇帝の弟で、忠誠を誓った臣下だったためにこういう処分となってしまった。
宰相の長年の策略はルーベンスにばれていた。レキシス・ヴァルフォーレは罪を認め国の裁きに身を託す。残された一人娘は爵位を国へ返還し侍女の仕事を辞め、街の食堂で働き始める。はじめは平民の暮らしや習慣に慣れず失敗もしてきたが彼女の傍には口の悪い騎士がいていつでも助けてくれた。
イリア・サーフはルーベンスに自分も罪を認めるから左遷でも辞職でも命じてくれと上から目線で言ってきたが詳しい調査で彼女は今回の事件には関わっていないことが分かり、引き続き魔術部隊を任せることとなった。そんな決定にイリアは焦り「婚期をのがすから辞めさせなさい!」といったがルーベンスは「もう逃しているから心配ないよ」と残酷な言葉をかけた。
そして焦った結果、ガロンの部隊魔術師アマリエを呼び戻し後継者としての教育に本気を出すこととなる。
タミア・セリカはガロンに丁寧な手紙を残し祖国に人知れず帰国した。しかし一ヵ月後地図を失くしたようで迷子になりガロンの執務室に現れた。
「どうした?」
「スミません、道に迷ってしまって・・・・あの、アルゼン国までの帰り方知りませんヨネ?」
「・・・・」
ガロンは額に皺を寄せため息をつく。そんな国知るわけも無いし正直になんでも話してしまうのもどうかと思う。
「コノ一ヶ月の間私はこのまま暗殺者を続けてもいいのだろうかと悩んでいまシタ」
「・・・・」
タミアは道にだけでなく人生にも迷っていた。
「だったら俺のもとで働け」
こんな問題児を世に放っておくのも危ないのでガロンはタミアの面倒をみることを決意した。
アマリエはイリア・サーフの所属する魔術部隊に配属され、そこで魔道を極め数年後には隊長に任命される。
イリアの後継者の出現に周りは歓迎し、期待にも応えたが彼女が婚期を逃す事はなかった。
ライ・マークは生涯騎士として帝国に仕えた。10歳年下の妻とは喧嘩ばかりしていたが仲睦ましい夫婦としてご近所では有名だった。
ルーベンスはアレスキスに国が奪った爵位をもとに戻そうかと提案してきたが断った。
彼の楽しみは自宅に帰り妻と子と共に過ごすことで、新たにはじまったささやかな生活は終始穏やかだったという。
元の姿に戻ったティスカ・ジャーリィは騎士団を辞め、約束通りガッパード家の領地で働くこととなる。
しかしくしゃみをすると筋肉質になってしまう謎の後遺症に悩まされたが、それがガロンの妹のツボにハマり後遺症のおかげで仲良くなれ、結婚までに至ってしまった。
そしてガロン・ガッパードのもとへは騎士団の問題児が積極的に配属されるようになり、小隊から中隊、数年後には大隊になっていた。
こんな問題児ばかりでこの国は大丈夫かと悩む毎日を過ごす。
10年後、騎士団の総隊長に任命されたガロンは忙しい毎日を過ごしていた。家に帰るのはいつも日付が変わる頃で休みも一ヶ月に一度か二度あればいい方だった。
今を乗り切ればしばらく楽になると、即位して10年たった23歳の若い皇帝はいうが、41歳のガロンが音を上げるのも時間の問題かもしれないと思っている。
自宅には妻が就寝せずに待っているだろう。結婚してから5年の月日がたったが子宝に恵まれる事はなく夜一人で寂しい思いをさせる事が無い様数ヶ月前に子猫を引き取り与えた。昔猫を飼いたいと言っていたのをガロンは頭の隅に記憶していたからだった。
しかしその一匹の猫がガロンの妻に火をつけてしまい次から次へと動物を拾ってきては飼い始め、猫4匹に大きな犬が一頭、鳥に亀など一気に動物屋敷へと変貌してしまったが、妻が寂しくないのであればそれでいいと思っていた。
ガロンの家には灯りが点され主人の帰宅も待っていた。扉を叩くと間をおかずに扉は開かれる。
『おかえりなさぁいア ナ タ 。ご飯にする?それともア タ シ ?』
「・・・・・・・・」
出迎えたのは頭は鳥で筋肉質な上半身は人間のもの、お腹からの下半身は膝まで赤い羽毛に覆われ、膝からしたは鳥の脚のような形状を持つ男だった。背中からは翼が生えておりパタパタと動いている。
鳥頭の男は白いフリフリのエプロンを身に付けかろうじで半裸ではない。鳥男はガロンの制服を脱がせ、埃を取るために丁寧にブラシをかけると寝室にある衣装を収納するチェストに持って行った。
鳥頭の男が居なくなると同時に猫たちがガロンのもとに集まりおやつの強請る。棚から干した小さな魚を取り出すと猫に与えた。動物はガロンのことを怖がらないからいい、足元でじゃれ付く猫をみながら思う。
扉の鍵が開く音と共に一人の女性が現れた。
「ただいま帰りました」
「珍しく遅かったな」
「ええ・・・・」
彼女こそがガロンの妻で26歳という若さながら魔術部隊の隊長も勤める女性だった。なぜか左腕だけ扉の外にあり、また何か拾ってきたのではないかと訝しむ。
「入って」
腕を引いた先には10歳位の少年が居た。白髪で肌も抜けるように白い。おどおどとした様子でガロンを見上げる。
「孤児院から逃げようとしていたので、院長と話し合って引き取って来ました、うちの子にしてもいいでしょうか?」
「・・・・・かまわないが」
そう言った瞬間に少年の顔は安心したかのように綻ばす。
「僕の名前はネージュ、ねぇお父さんって呼んでいい?」
少年の問いかけにガロンは苦笑いしながら壁に飾ってある黒い剣、魔剣を眺めた。魔剣がガロンに話しかける事は無かったが、聖剣の隣に並ぶ魔剣から以前のような禍々しさは消えていた。
「好きにすればいい」
ガロンはそういいながら少年の頭をやさしく撫でた。
END




