25「魔王の話」
アレスキスは剣を握り締めガロンを見つめる。迷っている暇は無いがガロンは昔から知る人物で簡単に見捨てることなど出来なかった。
「どうするんだ」
「・・・・」
「私が少し時間を稼ぎましょう。あまり長くは出来ませンガ」
『ちょっとまって!』
「エ?」
『エ?じゃないわよ!ナイフ落としたわよッだから嫌だったのよ、あなたに武器を貸すのは!』
タミアの足元にはアーキクァクトから授かったナイフが落ちていて、歩くたびにするすると腕に繋がれた紐をつたってナイフが後を追っていた。
「アア、すみまセン」
タミアはナイフを拾い、じっとガロンだった黒い靄を見据える。人型の靄は魔力の少ないタミアにはあまり視覚に捉えることが出来なかったが、暗殺者の彼には関係なかった。暗闇での活動の中で頼るものは視覚ではなく己の勘で目の前に対峙するそれも勘を頼りに戦っていた。
「おっさん多分五分ともたねぇよ」
「わかっている・・ライ君、キミは」
「俺は隊長と付き合いは短い。・・・・何とも思わないことは無いが傭兵をしていた頃には仲間が死ぬことは珍しい事ではなかった」
だからといって死に慣れている訳ではないと小さくつぶやいた。
アレスキスの端正な顔立ちは困惑・焦燥の感情で歪み、剣を掴む手は強く握りすぎていて感覚もあまり感じない。
個人的な感情は捨てて立ち向かう時だった。
禍々しいアーキクァクトの聖剣を抜き両手で構え、タミアと戦う黒い靄に向ける。斜めに構えた聖剣を振りぬいて大地を蹴ったがいきなり現れた障害物に攻撃を阻まれてしまう。
「これは・・・・」
突然アレスキスの前に出てきたのはピンク色の扉だった。どうしようかと考えているうちに扉が開き一人の男が足を踏み入れてきた。男はアレスキスの名を安堵したかのように呟いたが、目の前にいる身長は2mもあろう筋骨隆々な人物は騎士団の制服を身に着けていたが見覚えはなかった。
「アレスキス、ライまだ生きてた!」
筋肉質な男の後ろからアマリエが顔を出し二人のもとへ駆け寄る。
「アマリエ姫!・・・・と後ろにいるのは誰かな?」
「ティスカ」
「え?」
「ティスカ・ジゃーリィ」
大切なことなので二回言った。ついでに人違いがあると困るので家名も付け加える。
「あまり詳しく説明している暇は無い」
「そうか!ティスカ君は一回り大きくなって帰ってきた。これで納得しよう」
「・・・・」
話についていけないライはガロンとタミアの様子を観察する。彼にもガロンの姿はかすみの様にしか見えなかったが、タミアの返り血を浴び先程より姿を捉えやすくなっていた。これなら矢も当たるかもしれないと考える。
「アマリエ姫、なぜここに・・・?」
「ガロンの鎧を封印しにきた」
『・・・・あなた珍しいモノ持ってるじゃない』
アーキクァクトはアマリエが抱える黒と白の剣を目ざとく見つけ品定めをしている。
いつのまにかその場にいるアーキクァクトの存在についてアマリエもティスカも突っ込みたかったが一刻の猶予も無いことを理解していた為好奇心をどうにか押し止めていた。
「この魔剣を刺せば鎧を封印してガロンを助けられる」
「本当か!」
アマリエは頷きアレスキスは安堵のため息をつき少女の頭を撫でる。
「魔剣は普通の人が触ればすぐに死んでしまう。だから私にしか扱えない。でも今みたいに暴れているガロンには近づくことは出来ない、どうすれば・・」
『あら、だったら当初の作戦通りでいいじゃない。金髪のイケメンがもやもやを切り裂いて、エリカの旦那様が魔力を喰らう矢を打つ、で動きは止まるはずだからその隙に魔剣で封じればいいわ』
その言葉をアーキクァクトが言い終えたあとタミアが呻き声をあげながら後方へ吹き飛ばされ、倒れたまま起き上がることは無い。
「タミア!」
「私の番みたいだ。皆健闘を祈るよ」
アレスキスは今度こそ剣を構え、向かってくるガロンに向けて聖剣を振り上げた。
「鳥頭、これもってて」
『誰が鳥頭よ!ってこの聖剣見覚えがあるわねぇ・・・・』
『あまりじろじろ見ないで頂けるかしら』
『その声ブス聖女じゃない!なんで聖剣なんかになっているのよ』
『あなた・・・・スノウに付き纏っていた変態鳥じゃない!なんて中途半端な格好しているのよ!』
『なんですって?これは美の究極体なのよ、その言葉きっちりブス聖女にお返しするわ!』
どうやら二人(?)は顔見知りみたいだった。なにやら因縁があるようで罵り合っている。アマリエは勝手に聖剣をアーキクァクトの胸に押し付け、魔剣を鞘から出しティスカに目線で合図をした。
「ティスカは鎧から開放されたガロンを助けて」
「ああ」
「行こう」
アレスキスの聖剣での一振りはガロンの剣により阻まれたが、黒い靄を纏う剣は聖剣の輝きにより砕かれ消えた。残りは一撃だけ。
剣が消えた一瞬の隙をつき周りに浮かぶ靄を切り裂いた。しかし鎧を砕かなければ矢が刺さらない為アレスキスは剣をもう一度構えガロンの鎧に向かって斬りかける。口の中は血でいっぱいになり吐き出しながら意識を手放した。
アレスキスが命をかけて作った機会をライは逃すことは無く、魔力を吸収する宝石がついた矢はガロンの鎧の隙間に命中した。
『アマリエちゃん早くいかないとお父さんがもたない!』
「わかってる!」
なれない両手剣を持ちアマリエとティスカは急激に魔力を奪われた為に膝をつくガロンのもとへ向かって行った。
矢の鏃に付いた宝石がガロンを魔力を回復する暇もなく食い潰す。身を守る黒い靄をたぎらせ回復を試みるもその靄すらも宝石は喰らいはじめた。
アマリエが近づいても反応を示さず己のことで精一杯な様子だった。
魔剣を振り上げ力いっぱいに振り上げ、アレスキスが傷をつけライが矢を打ち込んだ鎧に突き刺した。魔力を喰らう宝石は砕かれ消滅する。それと同時に封印の魔方陣が浮かび上がり漆黒の鎧はほろほろと解け消えていく。
そして遂に鎧は全て消え去り騎士団の制服を纏ったガロンが姿を現す。
「ティスカ!」
「わかってる!」
「ついでに後ろに転がってるタミアも助けて」
アレスキスは倒れたあとアーキクァクトがすぐに駆け寄り介抱していたが、ガロンの影に隠れ倒れていたタミアの存在を皆すっかり忘れていた。
ティスカはガロンとタミアを抱え安全な場所まで移動する。
漆黒の鎧は消え去ったが中から黒い杯が出てきて禍々しさを放っていた。黒の神杯。大量の魔力を溜める事を可能とする魔王の証だった。
魔剣は封印できると言ったが黒い神杯は封印を拒み、アマリエ自身も飲み込もうと抵抗し脅かす。魔剣と神杯の境界線は歪み、魔剣も魔力が尽きたのかしゃべり出すことは無い。
「うっ・・・・!」
封印を施す魔方陣はアマリエの魔力も奪い始めた。両手で掴む魔剣を手放しそうになり必死に自らを励ましながら耐えるが視界は白く霞み、意識も遠のく。
「魔剣、まだ?魔剣・・・・」
返事は返って来ない。今魔剣を手放せば全てが台無しになるだろう。封印の魔方陣はアマリエの魔力をほとんど飲み込んで尚魔王の神杯を封印出来ずにいた。
咳をすれば口の中は血の味が広がり吐血する。剣を持つ手は汗なのか血なのか分からないが濡れており力を込めて握ることが出来ない。
封印も最終段階なのか青白く輝くが、神杯の抵抗か風が強く吹き荒れる。アマリエにとって向かい風となる暴風は立つ事もままならない位に強く、彼女の体力までも奪い始めた。
黒い神杯は更なる抵抗をし風は強くなる。そしてアマリエにも限界が訪れた。
「い・・嫌だ、私はまだ何も救っていない・・・・もう皆がいなくなるのは嫌だ!」
彼女の意思とは関係なく風は吹き荒れ、魔剣の柄から手が解かれようとしていたが、アマリエの小さな手を上から握り締め、倒れそうな体を支える者が現れた。
「ガロン・・・・!」
「すまなかった」
ガロンの魔力も封印の魔方陣に吸収されるが、神杯が封印される気配は無い。
「どうして」
「・・・・」
ガロンも歯を食いしばり必死に耐えていた。先程のタミアとの戦闘で2撃程攻撃を喰らい、どういう攻撃かは不明だが鎧は傷付ずに中のガロンにのみダメージがいくという不思議な技をタミアは繰り出していた。その時受けた額と腹部からの出血が酷く集中力に欠けていたのかもしれない。
『その神杯はガロンさんの<魔力精製>の能力まで取り込んでしまったのです。だから封印の魔力がたりなくなった』
突然青年の声が魔剣の中から聞こえた。
「お前は・・・?」
『僕の名前はスノウ・・・・どうやらあの鎧とこの神杯の主は僕だったみたいです』
魔剣が生まれたばかりというのは異界堂の商人と製作者の嘘で、この魔剣は勇者スノウの魂を基にして製作された物だった。魂を剣に打ち込む際記憶が邪魔したため消し去っていたのだ。
魔剣は自らの亡骸でもあった鎧を破壊した瞬間に記憶と元の人格を取り戻し、今に至る。
『・・・・あとすこしで封印できそうです』
「もう俺の魔力はほとんど無い、これ以上使うと死んでしまう」
『僕にも<魔力精製>の能力があって希望とか楽しいことを思えば魔力を作ることができるのですが・・・・』
満身創痍であるガロンとアマリエにそれを強いるのは困難な話だった。苦痛に歪んだ顔を微笑みに変えることは難しく思う。
「・・・・」
「私は、帰ったら猫を飼いたい・・・」
アマリエはポツリと呟いた。
「アニエスが作るお菓子も食べたいし、ロゼッタとおしゃべりもしたい」
ガロンは?と視線で問う。彼女の顔は涙で溢れ口元は血を吐いた為赤く染まっている。ガロンはそんな少女が風で吹き飛ばされない様に剣を握っていない腕で強く抱きしめる事しか出来なかった。
『ねぇ、わたくしもあの神杯に刺してくれるかしら?』
『アタシに言ってるの?』
『そうよ』
『無理よ。アタシは清らかな女神なの、邪悪なモノに干渉しないって決めてるんだから!』
聖剣の提案をアーキクァクトは即座に断る。しかし聖剣も引かない。
『なんだか封印の為の魔力が足りないみたいなのよ。魔剣も一人でこんな空間に置き去りにするのも可哀想だわ、行く場所もないし・・・お願い』
『・・・・まぁ直接アレに触れる訳じゃないし、ちょびっと刺すだけよ?』
『ありがとう』
未だ魔力が足りず神杯を封印に出来ずにいた。ガロンは片膝をつきその上にアマリエを抱きかかえている。
「アマリエ、巻き込んですまなかった」
「名前、初めて呼んでくれた・・」
「・・・・」
『まあ!苦しんでるって思って助けに来たのに、なぁにこの甘酸っぱい雰囲気!ねぇブス聖女、こういうとき人間はなんて叫ぶのかしら?』
『リア充爆発しろ?』
『そう・・・』
そしてアーキクァクトの雄雄しい叫びとともに神杯を聖剣で貫いた。青白く輝く魔方陣は魔力を満たされ、黒き神杯は機能を停止した。
『その声はヴィクトリアール?!』
『・・・・・・スノウ!!』
『え、あなた達もなの・・・・?む、むかつく。これじゃアタシ恋のキューピットじゃない!爆発ッ爆発しなさい!!』
アーキクァクトが放った攻撃は魔剣と聖剣には当たらず、封印された黒の神杯のみを破壊した。




