24「勇者の話」
勇者スノウと聖女ヴィクトリアールの魔王討伐の物語は世界で一番有名なおとぎ話だったが、それが本当にあった出来事だと知る者は少ない。
勇者は孤児であったため正確な記録は残っておらず、聖女はどこぞの国の姫という事だったが世界中さがしてもヴィクトリアールという名の聖女であり姫でもある人物が属する国は存在しない。
そんな理由からこれらの物語は記録の存在しない古時代や神話時代のものを現代風に脚色したものではないかと主張する学者もいた。
「ティスカは読まなかったか?」
「読んだことはあるけど勇者の名前までは覚えていないよ」
『ところで根暗男・・・スノウはどこにいるの?ここはどこなの?』
聖剣はここがいつの時代でどこであるかも把握していないらしい。
『この時代に勇者はいないよ』
『え・・?』
「本では聖女ヴィクトリアールと書かれていた。なぜ剣の姿をしている?」
物語において聖女は魔王を退治した勇者と結婚した所で完結している。しかし聖女が勇者の聖剣であった記載は一切無い。
『わたくしは、ずっと二人でスノウと旅を・・・・うっ』
『聖剣ちゃん?!』
『頭が・・・・痛い!』
『え、頭?どこなのそれ・・』
聖剣は突然苦しみ出し息が荒くなる。魔剣の突っ込みのおかげで緊張感に欠けていたが、尋常ではない様子にアマリエとティスカはなす術もなく、ただただ見つめる事しか出来なかった。
『・・・・・スノウは居ない・・・・わたくしが、殺し、た?』
勇者と聖女が結婚をしてめでたしめでたしで物語は終わらなかった。
魔王を退治したあとスノウとヴィクトリアールは皇帝の許しを得て結婚をした。新たに皇族となったスノウに待っていたのは数多くの魔物の討伐の依頼だった。それは自国の領土では収まらず他国の地に蔓延る魔物の退治も行った。
忙しく世界を飛び回るスノウをヴィクトリアールは一緒に付いて行き支えたが、そんな生活を2年半続けた冬のある日に彼女は病に倒れてしまう。
ヴィクトリアールが病床に伏してからはスノウ一人で依頼をこなした。
旅を続ける先々で勇者は歓迎され人々は希望と期待を向けたがそれが次第にスノウには重荷になっていく。
世界中の魔物の討伐を始めてから5年という月日が経っていた。それはヴィクトリアールと結婚した年数でもあったが彼女との思い出は少なく、漠然とした毎日を過ごしていた記憶しかない。
そしてヴィクトリアールの病も良くなることは無く、意識もほとんど無い状態が何日か続いていた。
ある日スノウは皇帝から信じられない命令をうけてしまう。それはヴィクトリアールとの子は望めないので彼女の妹を側室として迎え、子を授けるようにという残酷な内容だった。あまりの衝撃から返事をすることも出来ず、ふらふらとした足取りで妻が眠る寝所へ向かった。
眠るヴィクトリアールの顔色は青く生気は無い。頬に触れれば冷たく本当に生きているのか疑問に思う。
彼女の生まれ、育った国だからいままで一人になっても戦ってこれた。なのに皇帝は別の女性をスノウにあてがおうとしている。そんなことなど受け入れられる筈が無い。
「なにが勇者だ。これではただの政治の駒ではないか」
その一言が始まりだったのかはわからない。勇者の証の一つでもある神杯は黒く染まっていく。
それは人々が希望を抱いても満ちることは無く、絶望を感じたとき満たされる異物だった。
スノウはそのまま妻を連れて彼女の国から逃げ出した。国から脱出する際帝都を守る要塞に聖なる加護を受けた『盾』を置いていく。『盾』は魔王の眷属を帝都の侵入を許さないだろう。それが最後の勇者としての良心だった。
だれにも立ち入れない場所に人に知られること無く移り住んでいたがヴィクトリアールの意識は戻らず、またスノウの自我も失われつつあり、常に破壊衝動に襲われ自傷しながら必死に耐える毎日を過ごした。
もう何日もヴィクトリアールの姿を見ていない。眠っているだけの彼女を視界に入れた途端殺してしまうだろうという恐ろしい考えを振り切るが衝動は治まらない。
世話をする人間もいなければ薬や食料ですらないこの環境ですでに息を引き取っているのかもしれない。スノウは自分がわからなくなる度に腹部にナイフを突き刺すが、痛みは長くは続かずすぐに回復をしてしまう。聖剣であれば死ぬことはできたが黒く染まった今、抜くことすらできないだろう。
『わたくしは眠っている間スノウの見たものや考えが流れ込んでいたの・・』
そしてヴィクトリアールは目を覚まし、勇者の聖剣に最後の聖なる力を込め、体中血と傷だらけで気を失っているスノウの心臓に聖剣を刺した。
『それが最後の記憶だからわたくしもその場で死んじゃったのね。でもどうして聖剣になっているのかしら・・・・?』
聖剣の問いに答えられるものはいない。勇者と聖女の壮絶な話にティスカとアマリエは言葉を失っていた。
『そもそもなぜ貴方たちは魔剣を所持して聖剣を手にしようと思ったの?』
『今から魔王を倒しに行かないといけないんだ・・・・』
『なんですって!・・・その魔王はまさか』
「スノウではないよ」
『そ、そうなの・・・』
これからどうするか考えるが聖剣のように強力な装備を揃えても扱えないから意味が無い。壁にぶち当たり沈黙がアマリエ、ティスカの間を支配する。
『アマリエちゃん、僕お父さんの鎧を封印する。倒すことは出来ないけど封印位なら出来るかもしれない』
「魔剣・・・・」
『ぼくをお父さんの鎧に刺してほしいんだ。多分眷族であるアマリエちゃんには攻撃してこないと思うから』
「・・・・」
アマリエは力強く頷いた。
「ティスカはどうする?」
「・・・行くよ」
『成功するかわからないからティスカ君は残ってなよ!』
「それでも行くよ」
ティスカの前に突然ピンク色の扉が現れる。
「うわ、なんだこれ」
「どこ DEMO 扉だよ。行きたい場所や人のところに一瞬で移動できる道具。さっき聖剣と一緒に買った」
怪しげな名前の扉を前にコンコンと叩いてみたりしたが、よく厨房などにある勝手口にそっくりなそれはただの扉にしか見えない。
ティスカは興味本位に取っ手を引いたがビクともしなかった。
「なんだこれ」
「取っ手は100kgあるって説明書に書いてる」
「はぁ?!」
「子供の悪戯防止だって」
「使えないじゃないか・・・」
子供所か大人まで引く事は難しいだろう。しかしアマリエは茶色い瓶に入った飲料をティスカに見せた。
「大丈夫、これ飲んで開けるから待ってて」
茶色い瓶には『マッスル DA シナモン』と書かれている。ティスカは頭を抱えたが意を決しアマリエから瓶を奪い去り一気に煽った。




