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呪われた帝国騎士と異世界の商人  作者: 江本マシメサ
本編「呪われた帝国騎士と異世界の商人」
19/33

19「逃げる・逃げない」

「これを預かってほしい」

『アマリエちゃんよろしくね!』


 アマリエは頷きながら黒く重い剣をガロンから受け取る。



 そんな二人を隊員たちは生暖かい目で見守っていた。


「奥方に大切な剣を託すなんて感動的だな」


 アレスキスは一人うんうんと頷いていたがティスカの目は死んでいた。


「いや、あの黒い剣いつも隊長が執務室で蹴り倒しているやつですし…」


 ライは目の前のやりとりを無視して馬の腹を蹴る。アレスキスも続きティスカも慌てながら後を追った。





 結界の前には息の荒い竜が6体収まっている。この時間帯は眠っていると言っていたが竜の目はバッチリと冴えていた。




 結界に収まっている竜の大きさはまちまちで2m~5m位だった。

 この竜は世界各地に出現し、首が長く緑の鱗に覆われている事から『緑竜』と呼ばれていた。 

 体の小さい物程獰猛で動きも素早く、一瞬でも油断をすれば長い尾で体を弾かれ、猛毒を出す牙に噛みつかれて絶命する。

 そんな危険極まりない魔物だったが、緑竜が突然現れる事は珍しい話では無い。

 魔王の直接の眷族と言われる竜種の出現は滅ぼされた魔王の呪いだと昔から言われていた。





 結界の前にはガロンとタミア、少し離れた場所にアレスキスとライが馬上で弓を構えていた。

 そのさらに遠い位置に馬に跨がったティスカと同乗するアマリエが控えている。




 魔術部隊の陣営から結界を解放する合図である光が上空に向かって放たれた。


「来るぞ」



 6体の竜が放たれ立ちはだかるガロンとタミアの元へ襲いかかって来る。

 先頭を走る竜にアレスキスの放った矢が飛んでくる。が、厚い鱗が矢を跳ね返した。


「やはり駄目か」

「眼だ」


 ライは竜の眼に向かって弓を引き矢を射った。唯一鱗に覆われいない眼に鏃が刺さり竜の動きが鈍る。その隙を突いてタミアはアレスキスが先ほど矢を打ち込んだ時に出来た鱗が少しだけ剥がれた場所にナイフを打ち込む。

 タミアの持参したナイフには毒が塗られていて竜は即効性の毒が回り絶命した。

 二匹目をガロンとタミアで相手をしていたが特別に獰猛な一匹は先ほどから激しく動き回り攻撃が当たらない。ライやアレスキスの放つ矢も他の4体の竜を狙うので精一杯だった。





 離れた場所で待機するティスカとアマリエは目の前の光景から目を離す事は無かった。

 二人共戦闘への参加は足手纏いになる為必要無いと言われていた。


「一匹倒したです」

「…凄い」





 もしかしたら6体全て倒せるかもしれない…ティスカは思った。しかし


「何だ」

「なに…」





 上空と地面に赤く光る魔法陣が浮かび上がった。


「な…」

「あれは」



 上空からは翼竜が現れ空を黒く染め、地面からは蛇の様に地を這う竜が大地を覆い隠した。




 ティスカは馬の腹を蹴り街の方へ走らせる。今乗っているのはガロンの黒い馬で癖のありそうな顔をしていたが主人の「二人を頼んだ」という約束を守ってティスカに従った。





「ティスカ何故逃げる!皆が」

『アマリエちゃん!喋ったら駄目。舌を噛むよ』

「っ…!」


 ティスカは無言で馬を走らせた。







「は…?何よアレ」


 イリア・サーフは目の前の異変に瞠目する。魔法部隊の陣営からでもガロン達が居る場所の異様さは見て取れた。他の竜にかけていた結界も消え去り、辺りは昼間にも関わらず太陽は無くなり暗闇に包まれていた。


「あんな大量な竜が突然出てきた?なにそれ…そんなの聞いたことないわ」


 突然竜が現れるのは珍しい現象では無い。しかしいつの時代も確認されるのは50にも満たない数で、目の前の光景は有り得ない事だった。


「500…いやそれ以上居ますね」

「チッ…」


 イリアは一目も憚らずに舌打ちをした。


「隊長…」

「…よ」

「え?」

「街の人に向けて避難の合図の光線を撃ちなさい!全員何も持たないで撤退よ」


 魔術部隊の隊員たちは集まり撤退を開始する。


「隊長は…」

「もちろん逃げるわよ。殿しんがりなんてするわけないわ」





 撤退する魔術部隊の先頭を走るのは白い馬に跨がるイリアだ。

 竜の大軍の出現に誘われて砂蜥蜴が部隊の前に這って来たが、人間を丸呑みする牙が届く事は無い。

 先頭を走るイリアの周りには青白く閃光する蛇の様な物体が馬と並行して走り、砂蜥蜴を襲う。

 雷蛇と名付けたイリアの攻撃用魔術で、彼女の視界入る『敵』だと判断する存在全てに襲いかかるえげつない魔術の一つだった。




 イリアはマキシードの丘の近くにある街も素通りする。



「隊長、街の人達の避難を手伝わなくても大丈夫なんですか?」

「ええ。街の人達の誘導は駐在する騎士と自警団がするって言ってたし、街に詳しくない私たちが行っても邪魔になるだけよ」


 副隊長と話す間も雷蛇地面を跳ね、襲い来る砂蜥蜴を切り裂いていた。


「このままスノウ砦まで一気に行くわよ」


 スノウ砦は帝都を守る要塞で、マキシードの丘から馬を走らせて半日程の距離にある。


「総隊長の大部隊もそろそろ帝都を出ている筈だしうまく行けば合流出来るわ」

「…総隊長今日結婚式じゃなかったですか」

「…そうよ。初夜もお預けで竜退治なんていい気味だわ」


 騎士団の総隊長ハインツ・マードックはティスカが討伐で死んだ時の事も考えて結婚式だけは早急に行った。そうすればティスカの妹マリオン・ジャーリィはマードック家の人間になり一年間喪に伏さなくてよくなるし、彼女自身も兄の心配をする必要など永遠に無くなる。悪い事は一つも無かった。


「総隊長も考える事がえげつないですね」

「あら、知らなかったの?昔からそうよ」


 ハインツとイリアは同期で騎士団に入団し、お互いに相性が悪いと思い合う仲だった。もちろん今回の結婚もイリアにとっては面白い物では無く、ティスカの噂と相俟って不快に思っていた。




「そんな事より翼竜とか居ましたが本当に砦で塞ぎきれるのでしょうか?」

「問題ないわ、あの砦には〈白きエリクシルの勇者の盾〉があるもの、魔王の眷族達は弾き飛ばされるに決まってるじゃない!」

「神杯〈エリクシル〉を持つ勇者…それはおとぎ話の伝説では」

「あるのよ、それが」


 イリアの家に伝わる魔導書にも勇者の盾の伝承は書かれており、それについて研究を重ねていた時期もあった。信憑性は高いとイリアは答えを出している。


「だから急ぐわよ!!」


 砂蜥蜴を蹂躙する雷蛇を操りながらイリアは言った。






 マキシードの丘の近くにある街は阿鼻叫喚に溢れていた。

人々は荷物を纏め、馬車に乗り、馬に跨がり、走って逃げる者もいた。その顔は恐怖に染まり余裕のある者など一人も居ない。

 そんな状態の街にティスカとアマリエはいた。二人はその状況を茫然と眺めている。





「ティスカ…何故逃げ出したです?」

「…隊長が異変を感じたら逃げろって言ったんだ」

「…何故戦わない?」

「…………だ」


 人々の叫び声でティスカの声がかき消される。


『ない…』

「は?」


 アマリエでは無い高い少年か少女か判別出来ない声がしてティスカは周囲を見渡す。が、誰も居らず首を傾げた。



『怖がってはいけない…』

「魔剣、どうした?」


 背中に背負っていた魔剣を取り出し語りかける。


「お前、何を」


 そんなアマリエをティスカは訝しげに見つめた。


『お父さんは人の負の感情から魔力を作り出すんだ!こんなに沢山の人達が怖がったりしたらお父さんは…、それに多分もう限界が来ている』

「限界?」

「アマリエ、お前何と話している?その声はどこから…」


 アマリエの人外とコミュニケーションを可能にする〈同調〉という能力によりティスカにも魔剣の声が聞こえていた。しかし今はティスカの問いに答えている場合では無かった。




『今までお父さんとしか視界を共有した事が無くて、昨日初めてアマリエちゃんと視界を共有した時初めてお父さんを見たんだ』


 魔剣が見たのはガロンの鎧の隙間から大量の黒い靄が出ている姿だった。


『あの靄に全体を包まれた時お父さんはお父さんで無くなってしまうんだ』

「そんな…」


 アマリエと魔剣の会話はティスカには理解できなかったが、彼はある決心をする。


「アマリエ、その馬で隊長の実家に行くんだ」

「…何故?ティスカは」

「俺は隊長の所に戻るよ」

「…………」

「荷物の中に地図がある。赤く丸がついている所が隊長の実家がある場所だ。その馬に乗っていけば隊長の家族が受け入れてくれるらしい」


 ティスカは荷物の中から剣と短剣、少量の水や食料を取り出して背負った。


「ティスカ、駄目すぐ死ぬ、無駄、無理、無謀、馬鹿…」

「分かってるよバカヒメ…」


 アマリエはティスカの服の袖を掴んで離さない。






「だから一緒に戦う。私とティスカと魔剣とこの本で」


 アマリエは辞書の様に分厚い本をティスカの目の前に出した。

 その本には魔法通販情報誌〈森林〉と書かれてあった。

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