11「色々爆発大作戦始まる」
「何をしているんだ…」
朝、執務室に行けば地面にべったりと土下座をする様な格好をする塊が二つあった。片方はタミア、もう片方は少女でタミア同様ぴくりとも動かない。
「おい」
「アマリエさん、もう大丈夫でスヨ」
タミアの言葉と共に少女、アマリエは上体を起こし無愛想な男、ガロンに挨拶をする。
「何故お前までそんな事をしている?」
「救いたい、です」
何を救いたいのか聞こうとしてガロンは押し黙る。アマリエの故郷はもう存在しない。救うのは神ですら難しいだろう。ところがとんでもない救いをアマリエは願っていた。
「アマリエさんは隊長を救いたいと仰っていマス」
「…俺を救う?」
アマリエは無表情に頷いた。彼女の琥珀の瞳には感情は感じ取れず、真意を伺う事は出来無い。
「俺は、救われたいと思ってはいない」
ガロンはアマリエの腕を掴み立ち上がらせた。彼女はまっすぐに鎧を纏う男を見つめ何か言葉を紡ごうと口を開くが、思った言葉をユーリドットの言語で伝える事ができなかった様で、眉間に皺を寄せ俯く。
「その格好は若い女性がしていい物ではない、やめるんだ」
「でも…」
「だったら神に救いを求めるのではなくお前自身が俺を救ってくれ」
ガロンはアマリエの背中を軽く叩くと執務室へ入って行った。残された少女は茫然として閉ざされた執務室の扉をみつめる。
「…人は人を救う、出来ますか?」
タミアもアマリエの背中を優しく撫でると「貴女なら出来まスヨ」と小さく呟き部屋への入室を促した。
「あ、隊長おはようございます」
「ああ」
『お父さん〈おはよう〉って言われたら〈おはよう〉って返すんだよ』
ガロンは魔剣の役に立つ生活の知識を無視して漆黒の剣を乱暴に執務机へ立てかけた。机の上には前程では無いが書類が積まれていて嘆息する。
その中にわざわざ封筒に入れられた書類があり、封を開けば特別な印が押された書類が入っていた。ティスカが少し前に騎士団の総隊長が持って来た書類だと説明する。
『お父さん、それ何?仰々しい印鑑がついてるけど…』
ガロンと視界を共有する魔剣が問う。3年小部隊の隊長を勤めるガロンも初めて見る承認印だった。
それはマキシードの丘、砂の上に生きる獰猛な竜の討伐を命ずる書類だった。ご丁寧にも参加要員として全ての隊員の名が記されており、誰一人残る事を許さない内容が記されていた。
「隊長、何でしたそれ?」
「…………」
マキシードの丘の竜の話は誰もが知っていた。被害も複数確認され、死亡する人の報告も後を絶たない。
騎士団精鋭の中隊が討伐へ派遣された話を思い出し、遠征先の名称を何度も読み直すが間違いなく書類にはマキシードの丘と記されていた。中隊が竜を一匹も倒す事ができなかった所か一人として本国へ戻る事が無かった話を他部隊の隊長から聞いたのはいつだったかガロンは考える。
「…………」
「隊長?」
「…いや、後で話す」
「そうですか」
いつも以上に語らないガロンにティスカは違和感を覚えたが、後で話すと言われた以上従うしか無い。そこへ何やら考え事をしていたのか上の空なアマリエが入って来る。ティスカに挨拶をし、おかしな執務室の雰囲気に首を傾げつついつも通り席に着き、魔導書を開いた。
「やあ、おはよう」
続いて執務室へやって来たのはアレスキスで、晴れやかな微笑みをガロンに向ける。つい2日程前からガロンの部屋から独立し、初めての一人暮らしを始めたばかりだった。
「総隊長からガロン君の所に行く様に言われてね、何かな?」
「…皆揃ったら説明しよう」
「そうか!」
アレスキスは来客用のソファに座り、アニエスが用意した紅茶を優雅に飲み時間を潰す。
「だから違うって言ってるでしょ!」
「だったらなんであのクソ騎士が俺に突っかかって来るんだよ」
『またエリカちゃんとライ君喧嘩してる…』
いつもなら執務室を通り過ぎ喧嘩声は遠ざかっていたが、今日は執務室の扉が開きライが入って来た。
「逃げる気?」
エリカはライの腕を掴んだが執務室からの視線に気がつき、慌てて手を離した。
「あら皆様お揃いで…、それではマーク様お仕事励んで下さいね!失礼します」
エリカは慌てて作った笑顔を振りまきながら去って行った。
「先ほどの女性は奥方かな?是非とも紹介を」
「誰が誰の奥方だよ!!」
激昂するライにもアレスキスは動じない。
「元気でいいな君は!そういえばはじめましてだな、私の名前はアレスキス・ミタイナルだ」
タミアの代わりに王宮の守衛を任命されたアレスキスと、城の中の巡回騎士であるライが会うのは初めてだった。
育ちの良い貴族を思わせるアレスキスの振る舞いにライは不機嫌な顔を隠そうとはしなかったが、低い声で「ライ・マークだ」と名乗りアレスキスから遠い位置にある壁に寄りかかってガロンに用事は何かと睨みながら聞いてきた。
「…総隊長からの命令だ、明日全隊員でマキシードの丘の竜討伐に出掛ける事となった」
ガロンはいつの間にか書類を握りしめていた。部下の顔は見れない。
「ガロン」「隊長」「ガロン君」「おい」
隊員達は一斉にガロンを呼んだ。
「…すまん」
「?なんで謝るんですか」
軽いティスカの言葉に顔を上げて見れば隊員達はきょとんとした表情をしていた。
『お父さん、もしかしたらみんなマキシードの丘の事件の事知らないんじゃない?』
「…………」
そんな馬鹿な話ある訳が無い。いくら問題ばかりの部下達でも噂位は聞いているだろう。ガロンが開きかけた口を遮るかの様にティスカが質問をした。
「マキシードの丘って遠いんですか?後全員行く必要あります?」
「…………」
ガロンは握りしめた書類を静かに伸ばし、数日前に他の部隊の隊長から聞いた話を織り交ぜながら懇切丁寧に任務の説明をした。
『お父さん、大変!タミアのおじさん外に居たままだよ』
気の長いガロンだったがこの時ばかりは舌打ちをしてしまった。




