1話 運動の前には準備体操を
空は青、中庭は……。
風に揺すぶられ、凍えている子供の歯のように鳴り続ける窓から外を見下ろす。名前も知らない木々は赤、黄、茶とそれぞれの色を見せ始め、夏までは芝が生い茂っていたあたりは落ち葉の絨毯のように。
教室では過保護すぎるくらいにエアコンが唸りながら自ら暖めた空気を吐き出す。いくら外が寒いからとは言え、押し付けがましい熱風は気分が悪くなる。
そうそう、木枯らし一号が関東を吹き抜けたそうだ。我らが九州とは言えど、どちらかといえば北寄り。制服の上からコートを羽織っても、透き通る寒さの中、長時間外に居るのは困難だろう。
頭も、隣の席も、空。
ここ数週間、ジュンが登校する回数はめっきり減っていたが、今週に入ってからは一日も来ていない。チホは先週からだ。2人にはプリントやらノートのコピーやらを届けてはいるから学業については特に不安はない。それ以上に単位という壁が2年後に響いてくるだろう。
「じゃあ、予習と宿題はきっちりやってくるように」
腕時計に目を落としながら先生は言う。教育熱心とは言えない人だ。いつも早目に授業を進め、一通り話終えると自習時間を設けて呑気に本を読んでいる。そして、このざまだ。
「それじゃ、チャイム鳴りそうだからこの辺で」
無責任にも、そう言うと自分のテキスト、出席簿とか文庫本を抱えて出ていった。2秒と待たずに鐘は鳴る。
そうして、もう何年もの間幾度と無く聞かされてきた電子音と同時に、ほとんどの生徒が教科書やノートをしまう。そうしてパンやら親が作った弁当、つまりは昼飯を取り出す。
教壇で昼食を摂る者が3人。こいつらはいつも、その音と同時に立ち上がり、自分の椅子と良からぬ物の詰まったバッグを持ち、猛ダッシュでその席を確保する。誰もそんなところで食べたりしないのに元気な連中だ。今日も例外ではなく、黒板の前で飯を食ったらチョークが飛んでくるような気もするが、それもお構い無しだ。
「てか、オタク部の奴等ってキモくね?」
わざと聞こえるように声を張り上げる。誰に聞こえるかについては、まあ教室にいる生徒全員に、と言っても過言では無い。
わざわざつまらない事を口に出して、つまらない同意を求めるのなら、内輪なSNSに書き込めばいいものを。
人心掌握というか群れるというか。多くの人間は少数の強いやつのおもちゃになる事を恐れ、今遊んでいるそれを取り上げない方が共同体の為だと知っている。いや、自分の
「いやー、あれは無いわ。あと、誰だっけ? 部員のデブと変な女子、もう不登校らしいぜ」
その部の長の前でそんな口が叩けたもんだ。ただ、変に刺激するとあいつらの思う壺だ。さっさと部室に行って弁当をかっ込むとしよう。またあれをくらうのは御免被りたい。
「あ、手が滑った! ごめーん」
バックを手にかけた瞬間、何かが俺の制服に当たった。
見ると、白、赤、黄の跡が。それを確認すると、連中は誇らしげに戦果を語り出した。
ああ、これくらいならいいさ。評価、まだマシ。これ以上にえげつない物が飛んで来ないことを祈る。
「やったな、俺は肩だ!」
「俺は2個当てたぞ!」
FPSのキル数を自慢するかのように口を閉じない。今の内に早いとこ部室へ行こう。
席を立って、バッグを取ろうと身を屈めた瞬間、頭頂に何かが当たり砕けた感触と共に、どろりとしたものが頬を伝った。
やりやがった、クソ!
一拍おいてカルシウムでできた白いモノが床に衝突、虚しい音をたてる。
「うっわ、当たったよ」
それを投げたであろう本人がにやにやしながら実況する。
「あちゃー、学校で髪洗わないと」
粘性のあるそれが額を突っ切り、眉間に達してやっと手で拭った。手の甲は黄色と透明なそれが糸を引いていた。
黒いハンカチで手と頭のタンパク質を拭き取る。少しだけぬめりが残ってるような気もする。が長居は即ち次の攻撃の被弾を意味する。
続きは部室で、だ。学校でシャンプーをするのは月が変わって6回目になる。
何処の誰からか知らない嘲笑とひんやりとした気分の悪くなる液体に包まれながら廊下を駆け抜けた。
「おーっす」
引き戸を開けながら挨拶をかける。部室は中央に集められた机と椅子がそれぞれ5セットある以外はほとんど物置のような状態だ。いや、本来物置だった、と言う方が正しいのかもしれない。
「ダイチ殿……。やっと来たでござるか」
こいつはジャック。アメリカ出身で体格は悪くなく、身長も高い。本当は剣道部志望だったが、色々あって我が部で活動している。
少々日本贔屓なところがあり、将来の夢が侍。こいつの語尾とそれを聞いたときは驚いたが、まあ夢を持つのは悪い事じゃない。
「すまんすまん。ポーカー、やるか?」
謝りながら水道に急ぐ。はやくこの忌々しい液体を落としたかった。
「それよりダイチ殿、もしかして――」
俺の頭を凝視しながらジャックは情けない声を出す。
「ああ、また卵くらった」
「ぬう……。また奴らが……」
ジャックは親指の爪を噛み、眉をひそめる。全く、人の心配より自分の心配をしたらどうだ? 俺はこいつの制服についた白い粉を拭いた跡を見逃さなかった。
「まあ、どんなに嘆いても仕方ないさ」
蛇口を捻ると、冷水が勢いよく飛び出した。季節の変化を表す水温を直に感じているとジャックが叫んだ。
「駄目でござる! 部長がそんなことを言ってたらいつまでもこの状況は変わらないでござる!」
「わかってるさ。それに、お前かてやられてるんだろ? まだ学ランに粉が、ほれ」
ジャックの制服を指差すと本人も洗い忘れに気がついたようだった。
「くっ……。情けない……」
ジャックは慌てて学ランを脱ぐと椅子にかけ、ハンドタオルをポケットから取りだし、俺の隣でそれを湿らせ席に戻ってそのまま汚れを擦り始めた。
「お前はこの状況が辛くないか?」
髪に指を通しながら訊く。しっかり落とさないと後々生臭さとあの暖房で胃がそのまま出てくる感覚に襲われる。
「ははっ、拙者は小学生の頃からこんな状況だったゆえ、もう慣れたでござるよ」
ジャックは自虐的な笑みを浮かべながら黒いそれを2度、埃をはらうように叩くと勢いよく羽織った。そのままボタンをとめると、席についてランチボックスを取り出した。
「そうか……。あっちに帰りたいと思ったことはないか?」
「いえ、気掛かりだったグランパも今日から日本で住むからもう未練も無いでござる」
そう言うと、プラスチック製の箱からサンドイッチを1切れ取りだし、ぽつりと呟いた。
「まあ、物心ついた時には日本にいたから、特に思い入れも無いでござる」
ジャックと話している間に、ぬめりはとれ、さっぱりした。バッグからタオルをとって頭を拭きながら席に座る。
「おじいさんは日本のことが嫌いなのか?」
バッグを探り、目当ての物を見つける。教科書を優に越える大きさのそれは、布で包まれている。
「そんな事はないでござる。母上から、グランマと離れたくないのだと聞いたでござる」
弁当箱はずっしりと重かった。いつも通り、のり弁だろう。
「ふーん。婆さんはこっちに来れないのか?」
バンダナで固く縛られた弁当箱からなんとか箸箱を抜き取る。どうやったらこんなに結べるのか……。謎だな……。
「今ごろ棺桶に入って地中で眠ってるでござる」
「あ、いや、すまんな」
「いえ、大丈夫でござる。グランマが亡くなったのと拙者が生まれたのとは入れ違いだったでござる」
「ああ、そうか……」
内蓋には、すっかり湿気った海苔が何枚も張り付いていた。
飯を食う時、お互い趣味は違えど語り合ったものだ。
ジュンはこのSFがこんな展開で前作との繋がりが云々。
ジャックは昨日見た時代劇の殺陣がこれこれこうで興奮したとか。
チホは……。まあ、優秀な聞き手に回っていた。
ここで昼食をとる部員がたった2人になった今では初めの方に味気の無い会話をして、それからは1言も漏らさず、咀嚼に集中している。
「あっ、来月には部活対抗マッチがあるでござる」
そんな沈黙は、最後のサンドイッチを飲み込んだジャックに破られた。
「ああ、部活対抗マッチ。知らないけど」
本当に知らない。なんだそりゃ。二等分にした卵焼きを分解しながら適当に返した。
「今日、生徒会の方が冊子をもって来られたでござる。なんでも、今年からの試みだとか」
ジャックは体を倒し、バッグを探りながら返事を寄越した。
「はー、中々楽しそうじゃないか。で、どんなことをするんだ?」
「ドッヂビーでござる。これが置いていかれ資料でござる」
ピンクの再生紙には見飽きたフォントの競技名と、フリスビーのイラストが印刷されていた。ぱっと見、総製作費50円程度のそれの表紙には、鉛筆で下位文化研究部用と書かれていた。
「へー、ドッヂボールみたいなもんか」
ルールは普通のドッヂボールと大差無かった。
最初は外野に1人、残りは内野。ドッヂビーをキャッチしたら5秒以内に投げなければならない。内野が当たったらアウト。そのまま外野へ行き、外野から相手をアウトにした場合、内野へ戻れる。
片方のチーム全員がアウトになるか、制限時間になったところで試合終了。内野の数が多いチームの勝ち。
違うのはボールじゃなくてドッヂビーを使うこと、そしてそれが2枚あることだ。
「これまたマイナーなスポーツだな。ルールはドッヂボールとほとんど同じだから分かりやすいが」
「メジャーなスポーツだと部活間で差が生じるでござる。それに、男女混合でも大丈夫なくらいハンディは無いようでござる」
「なるほど」
捲っていて、閃いた。これに出場して優勝すればあいつらも何か自信がつくかもしれない。いや、練習の為だと言えばその間、登校する気になるのかもしれない。
「なあ、これ俺たちも出場できるんだよな?」
「ええ、最後のページが参加の申込書になっているでざる」
裏表紙を開くと参加者名を書くであろう幾つかの枠の上に大きく申込書と書かれていた。
「よし、出場するぞ」
早速、筆箱からボールペンを取りだし、部活の名簿を見ながら全員の名前を書き込んだ。が、枠が半分近く余った。
「これ、どうするよ?」
ボールペンのノック部分で数回叩く。規定には8名以下、補欠は2名とだけ書かれていた。
「最大8人のゲームに4人でござるか……」
これは痛い。いくら能力差が小さいスポーツとはいえ、非常にまずい。8人参加の部が相手なら、勝つために最低5人はアウトにしないといけない。ゲーム始めで-4人の大きなハンデを負うことになる。
「まあ、打開策が無いわけでもない」
「ほ、本当でござるか!? やはりダイチ殿は頼れるでござる!」
ジャックの期待にすこし申し訳なくなる。これは物凄く卑怯で、クソで、そしてもう1つクソな行為だからだ。
「で、打開策とは!?」
ジャックが迫る。
「まあ、なんだ。練習だ」
「へ?」
「練習だ、練習! 誰も知らないスポーツなら練習、それしかないだろ」
それを聞くとジャックは2度ほど頭を掻くと窓から運動場に目を落とし、そのまま言った。
「そう来たでござるか……」
「あー、まあ、お前が嫌なら仕方ない。素直に筋トレ位に――」
「素晴らしい! 素晴らしいでござる! やはりダイチ殿は違うでござる!」
「お、おう」
予想していたのと違う反応に驚く。
「だ、だけどな、やはり生徒会の趣旨に反するというか――」
「何を言うでござるか、試合までに練習をしてはいけない、なんてルールはないでござるよ!」
確かにそうだ。規則が書かれたページを開き、安っぽい色の印字をジャックが指でなぞる。参加者は1ヶ月間フリスビーを投げてはいけない、なんて何処にも記されていない。
「だが――」
「いいでござるか」
俺の話を途中で遮る。目はまっすぐこちらを捉えて離さない。普段は見せない表情に、隠すことも忘れて身が引ける。
「これはチャンスでござる。大事な友人が戻ってくるのなら何百年も前の教えを捨てるくらいなら安いでござる」
ジャックは一息挟むと、そのまま続けた。
「それにここ、申請した部にはドッヂビーを1枚ずつ貸し出すとあるでござる」
目は穏やかに、口角は少し上がっているように見えた。いつもの彼だ。
「つまりは練習しようが問題ないという事でござるな。さあ、決断の時でござるよ」
部長が迷っててどうする?
そもそもジャックの信条をだしにして勝負から逃げたかったのかもしれない。こうしている間もいつもの笑い声と負けた時の事が頭をよぎり、俺の決意をじわじわと、だが確実に溶かしつつある。
だが、もう俺たちは負けない。そろそろこの生活にも終止符を打ちたいものだ。2人で食う飯より4人で食った方が遥かに美味い。美味い飯を食うためならどんなことでもするさ。
差し出された紙を受けとる。
「ああ、そろそろ蹴りをつけよう」
放課後、下位文化研究部の2人は生徒会室と札の掛けられた扉の前にいた。
ああ、クソ。なぜか緊張する。相手が自分より2つばかり歳上で、それだけの人望がある人間だ。おおよそ見当はつく。暇さえあればトランプを弄り、卵をぶつけられる劣等生とは大いに違うことが。
深呼吸を1つ、それから控えめに2度、冷たい鉄のそれを叩く。
「失礼します。下位文化研究部の者ですが部活対抗マッチの参加届けを持ってきました」
ドア越しに返事を待つ。
「はい、どうぞ」
失礼します、となんとか口からだしてドアを開く。
生徒会室、というよりはドラマで見る会社の社長室と言った方がしっくりくるだろうか。
燦々と太陽光が降り注ぐ天窓、ファイリングされたこれまでの活動や会費の記録が並べられている本棚、壁一面にかけられている歴代生徒会の写真、向かい合うように置かれた大きく包容力のある皮張りのソファーとそれ挟まれているガラスの机、そして木製で部屋の主と言えるような立派なデスク。その上には大きすぎるモニターと真っ黒なキーボードが鎮座していた。
立派な内装を品定めしていると、声がかけられる。
「やあ、いらっしゃい」
それらの主で、そして生徒代表である好青年がダイチとジャックを歓迎した。なるほど、さすがは会長だ。制服には一切の乱れが見られず、髪も短くさっぱりとしている。眼鏡越しの双眸からは自信が満ち溢れている。
コーヒーメーカーを弄りながら、そこに座ってて、とでも言わんばかりに顎でソファーを指す。
断るわけにもいかないので会釈をしてゆっくりと座る。さすがだ、ここまで座り心地が良いとは思わなかった。前に置かれた机に持ってきた冊子を置く。曇りひとつないそれは、毎日手入れされていることが伺える。
ゆったりと身を任せていると純白のカップを2つ持って向かいに腰かけた。思わず背筋が伸びる。
「丁度、皆出払っていたから話し相手が欲しいと思ってたんだ」
微笑を浮かべながら眼鏡をはずすと、クロスで磨き始めた。
「あ、よかったらコーヒーでも」
言いながらレンズに息を吹き掛け、最後にもう1度拭き取るとクロスをしまい、つるを耳にかけた。
「頂きます」
仄かに茶色味のある黒い液体に口をつける。控えめな苦味に思考がクリアになっていく。
美味い。コーヒーは好きだが特に拘りがあるわけでもない。自販機の前で微糖かブラックかで指を遊ばせるくらいだ。そんな保存料に染まった俺の舌でもわかる。
「おいしいでござるな……!」
ジャックがいつもの語尾に気がつくと小声で謝った。
「いや、誉めてくれてありがとう。あまり人に淹れる機会が無いから不安だったけど。下位文化研究部、だったっけ」
会長は肘を膝に乗せ、指を交互に組み、その上に顎を置く。
「はい、部活対抗マッチに出場したくて」
一先ずカップを置き、持ってきた冊子の最後のページを開いて渡す。会長は頷きながら目を通すと、顔を上げて声をだした。
「うん、不備は無いんだけど……」
会長の左頬がつり上がっている。突っ込まれることは予想していたが、事が事だけにやはり説明するのはしんどい。
「ええ、サブカル部――あ、長いんで部員はこう呼んでいるんですけど、ご覧の通り4名しか居ないんで」
「僕には2人にしか見えないが、カップが足りなかったかな?」
俺とジャックを交互に指したあと、ごめんごめん、と謝った。
「事情は知ってるよ、来てないんだってね。いいよ、続けて」
微妙なセンスだな、思いながらも掌を向けられたので続ける。
「“書類上”は4名しかいないので参加できるかどうか」
「それなら大丈夫だ。ルールは8人以下、下限は設けていないよ」
さすがに0だと無視するけどね、と付け加えて。
「それじゃ、これは受け取っておくからね。一ヶ月後、楽しみにしているよ」
右手を差し出される
「あ、ありがとうございます」
「もう安心でござるな!」
ジャックが俺の肩を何度も叩く。あまりに激しく動くので身を預けていたそれのスプリングが擦れる音が耳を突いた。
「それと、これがドッヂビーね」
黄色い下地にピンク色のポップな文字が印刷されたナイロン布。それが張られたディスクを渡される。これなら確かに当たっても痛くないだろう。痛みを伴わない、他の多くのスポーツと違うところだろう。これもやろうと思えばそれなりのスピードを出せそうだが、まあ問題ないだろう。
「それで、話は変わるんだけど」
とりあえずディスクを隣に寄越す。受け取ったジャックもいろいろと弄ってはいるが目は会長に向いている。
余程深刻な話なのか、爪を見ては親指で擦ったり机をピアノのように3本の指で何度も弾いたりしている。
決心がついたようで、顔をあげ、俺とジャックを見る。不安そうな表情を見るに決心というよりは、どちらも黙りを決め込むこの状況を破る必要を迫られて、といった感じだが。
「あー、非常に言いづらいけど生徒会としても学校としても、その、活動していない部活を支援することは難しくて。つまりは――」
ここで心が折れたのか再び沈黙。よっぽどな事を言うつもりなんだろう。部活動の支援費用を出せないとか。形だけの部活であることは否定できないがそれくらいなら大したことはない。
「今年中に、その――サブカル部だっけ? 廃部する方向に会議が進んでいるんだ。残念ながら我々と教師の両方で、だ」
廃部、最悪だ。思い出した、部活動についていくつかの校則があった。胸ポケットから緑色をした安っぽい合成革の生徒手帳を取りだし、何枚かめくる。あった。
つまり、俺たちにとっての害は安息の地が無くなるという事だ。
ジャックが机を勢いよく叩き、身を乗り出す。カップからの黒い飛沫が曇りのないガラスに点を作る。
「な、なんとかならないでござるか!?」
会長に、落ち着いて、と肩に触れられて腰を下ろす。だが、目から不満の色は取り除けていない。俺も黙ってるわけにはいかない。最悪、昼飯を卵に怯えながら食う羽目になる。それだけは勘弁願いたい。
「確かに活動はしていないのと同じですがまだ1年も経っていないんですよ」
「それでも、教員と生徒会双方から3分の2以上の賛成があれば廃部に出来るんだ」
残念ながら条件を満たしている、と。
それから数分間、沈黙が続いた。俺とジャック、2人が何度かコーヒーを口にしたのを除いて、唇が離れることは無かった。
やっと言葉を発したのは会長だった。
「ついさっき思い付いたんだけど」
恐る恐るといった感じだ。俺はずっと持っていたせいですっかり熱を失ったカップを机に戻す。
「こういうのはどうだろう。このドッヂビーを盛り上げることができたら、期待を込めて存続、というのは」
そうだ、そうやって生徒からの評価をもらえればいい。教員、今や生徒の目を気にしてロクな仕事をしないのも多い。
「しかし、それも一過性のものだろうけどね」
ため息を1つつくと眼鏡を外した。暫くレンズを眺めたかと思うと、クロスを取りだし磨き始めた。
「一過性にしなければいいんですね」
「と、言うと?」
手を止めて顔をあげる。ジャックもよく分かっていないようだった。
「例えば、ボランティアやるとか社会貢献、みたいなのを色々と」
「その手があったか……」
会長が眼鏡をかけ直してから口を開く。いくらか気が楽になったように見える。――自分の代でしくじらせる事がか、単に俺たちを気遣っているかは分からないが。
「うん、それはいいね。学校としてもそれは喜ばしいことだ」
「じゃあ、その内活動報告でも纏めますんで。コーヒーありがとうございました」
立ち上がり一礼すると会長も腰をあげ、右手を差し出してきた
「ああ、頑張ってね」
「頑張ります」
一時は部室で缶コーヒーを啜る。ジャックは緑茶を胃袋に流し込んでいる。もう半分はなくなっているだろう。
「まずはあいつらを、だな」
やはり缶も悪くない。何が良いかと言うとメーカーと一緒に飲んでいるやつに気を遣う必要がない。気楽に話せるのはこっちだ。
尤も、話題にもよるが。
「ジュンとチホでござる、か」
ジャックが飲みかけていたペットボトルに蓋をし、両の手の中で遊ばせる。
「ちょうど明日土曜だしジュンとチホのとこ、行くぞ」
「明日は補修があるでござるよ!」
慌てて口にする。知ってるわ。
「補修くらいどうでも良いだろ。お前は小麦粉被るのと仲間、どっちが大切だ」
口が乾いてきたのでまた1口含む。舌にまとわりつく甘味と共にそれに誤魔化された苦味が口に広がる。すっかり熱は失われてしまった。
「う……。わかったでござる」
「それじゃ、10時に」
それだけ伝えるとエナメルを肩に、部室を後にした。
さあ、運動の前は準備体操だ。
コメディ展開はもう少し待ってください。気分が乗り次第書いていきます。