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彼方の地から  作者: 竜胆
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9  「代償は払って貰うから。」

 「で、何だっけ?用事。」

「聞いてないんですか?」

まるで同僚に言うような口調のエセルに焦る。

「あぁいいんだ。自分がエセルに“敬語禁止令”を出したんだからね。何といってもエセルは自分が初めて遭遇した人間だし、自分を監禁した初めての人間だから。感慨深いね。」

彼がそう言うと、エセルが焦ったように言葉をつなぐ。

「監禁・・って、仕方がないじゃありませ・・じゃなかった、仕方がないだろ、結界内のあの森に見知らぬ人間がいたんですから。怪しんで質問した私に答えたあなたも結構いい加減な回答でした!副長権限で収容した私に罪はないと思う。しかも収容した部屋からだって簡単に出たじゃないか!」

言葉が混ぜ混ぜになって、逆に子供っぽいエセル。

「だって牢屋だったじゃない。綺麗な方ではあると思うけど、お腹空いてたのにあんな食事じゃ・・・。だからさっさとパウロに会っちゃえって思ったからさ・・・。いいじゃない、過ぎたことは。」

「その過ぎたことを持ちだした張本人のくせに。」

まるで小さな子供の時みたいに拗ねているエセルに遥か昔となった姿を思い浮かべた。

「で?」

といきなり話が振られびっくりして彼とエセルを交互に見た後、我に返って本来の目的を思い出す。


「陛下がお会いしたい、と。」


薄く微笑みながらも完全な無表情な瞳で彼は返してきた。

「何で?」

「昨日の神官長召喚の折に、ご一緒して戴けるものと思っておりましたが、いらっしゃらなかったので本日私が使者として参上いたしました次第です。ランバード神官長より、“愛し子様がご訪問されている“と伺ってから、”是非会いたい。”と毎日のように陛下はおっしゃっていらっしゃいます。」

とそこまで話すと、彼はコテン、と首を傾げて言った。

「じゃぁ、来れば?そちらが。」

(・・・っな・・・!)


「・・・っていう自分を不敬だと思う? あのね、自分はこの国の人間ではない。その王に仕えている訳でも仕える気もない。だから聞きたくない命令は聞かないよ。そんなことの為に来たんじゃないよ? なのに何で自分が会いに足を運ばなくてはいけない? これを聞いて”じゃあこの国にいることは罷りならん”と言うんなら、いいよ、出て行っても。別にこの国にいる必要もない。自分がこの国に来た目的はパウロだから。パウロに新しい名を授けることが目的だったんだから、それはもう済んじゃったし?」


まるで態と言っているように聞こえる。

怒らせるように、そしてその後の態度を見るように。

試されている、と思った。俺の力量を。

「・・・ではございましょうが、私からも是非愛し子様には王城へ来ていただきたいのです。」

真っ直ぐな瞳が射るように俺の顔を見詰めている。だからこっちも負けないくらい真剣に見詰め返す。


≪マルス。≫

彼がまた不思議な言葉を口にする。それに従うかのように、彼の横の空間に一人の男が現れた。金の神と金の瞳。ひと目で解る属性に威圧感。精霊だ。

≪・・・・・・。≫

「・・・ふぅん。なるほどね。・・・エセル。」

「何ですか?」

「王太子と同級生だって? エセルの方が格好いいって、よかったね?」

と。

「誰が言ってんですか、それ・・・。」

「精霊たち。頭の方もエセルがいいって?それでかなり嫉妬されたって話だね。犬猿の仲って?」

初めて彼が笑うところを見た。にっこりと焦っているエセルを見てさも嬉しそうに。そして言ったのだ。


「エセルがついて来るならいいよ。ただし自分を呼びだす代償は払って貰うから。」


「“代償”とは?」

不吉な言葉に聞き返すと、彼は、

「お楽しみは後からだよ。」

とそれこそ怖いくらい優しく微笑んだ。






 なぁ・・と横からの声で、やっと回復した身体を持ちあげる。

さっきまでの鍛錬で相手をしてもらったはいいが、ケタ違いだった。自分自身も周りも、呆気にとられるほど威力が違いすぎた。これで全力ではないというから、だったら全力だとどうなるのかと聞いてみたら、

「わかって聞いてる?“誰”の愛し子なのか。」

と、返された。あからさまに皆言葉に出さないが、解っている。


彼は、いや彼女は我が世界の唯一神“ガイアス”の愛し子。

数々の精霊王たちが膝をおる“神”の”唯一の娘”。


そう、娘であるにも拘らず、その風貌や言動から皆“男”だと思っていることを伝えると、

「知ってるよ、それでいいんだ。あぁ、口調は元々こんなだよ。ミハもバラさないでね?バラしたら、ミハが覗きをしたってバラすよ。」

「あれはっ、けして・・・!」

焦って噛んだ。

「解ってるよ、自分の着替えを覗くほどミハは女に困ってないもんね。聞いたよ。モテるんだって?“クールで女性に優しいミハイル隊長”。 花街を歩けばタダでいいって待つ女の人が大勢いるんだって?」

ブッと、愛し子の前だというのに吹き出してしまう。

「な・・なっな・・・。」

「な?”7人”?へぇ、それって多いの?少ないの?」

絶対解ってて言ってる顔だった。

「違う! 誰に聞いた! エセルか?トムか?それとも・・・。」

「メアリー。」

意外な名前に、固まる。

”メアリー”・・・愛し子様付き女官。ランバード神官長が街で拾って養子にして育てた赤毛の少女。花売りをしていた母親が死んで、家賃が払えなくて家を追い出され行く当てなく路地の暗がりで死にゆくだけだった4歳の少女。それをたまたま通りかかった神官長が拾い上げ、手当てをし養子に加えた。ランバードの養子は6人いる。最後がクリスだ。皆親がいない子ばかりで、神官長はその子たちを我が子と呼んで育て上げた。

「私は生涯を神に奉げる身、もし結婚したとしても家庭より妻よりも神を取るでしょう。ですから、結婚はしません。そんな私に神が下さった家族がこの子らです。ありがたいことです。神とこの子らに巡り合うために私は生まれてきたのです。」

ランバード神官長の凄いところは、それを心から言っていることだ。神職だからとかそういう義務感や世間体、建前などではなく、心からそう思い行動し、何一つ私利私欲に走らない。なるべくして神官長になった方だと皆が思って尊敬している。1年前に養子になったクリスはまだだが、あとの5人は皆成人し、メアリーのように傍にいる者もいるが、街へ出た者、我らのように騎士となり誰かを守っている者それぞれだが、皆やはり清廉潔白な人間ばかりだ。

「可愛かったよ?メアリー。 嫉妬しちゃってたのかな?ちょっとばかり口調がきつかった。自分のことで勘違いをしてたみたいだけど、その誤解も解けたんだし今度から睨まないでね?」

その言葉にうっとなる。睨んで・・?

「・・・ましたか?」

「・・・ました、すっごく。頭から噛み付いてバリバリ喰われそうだった。別の意味でメアリーも喰われそうだよ。」

最後のニュアンス。

「横取りしそうな心当たりが?」

その言葉にこっくんと彼女は大きく肯いた。が、しかし。

「条件があるよぉ。」

と。

「何なりと。私が出来ることでしたらば。」

「二つ。」

こちらが肯くと、

「第二隊のアーシド、同じくマックライン。あとさっき名前でた、トム・レイノス。」

そんなに?

「驚いちゃだめだよ、だってこれこっちだけね。あと王城にもいるから。・・・だから条件その一。」

と彼女は指をピッと自身の鼻の前で立てて、注意を引く。

「早くアスレッドの花束を持って来い。本数は・・・知ってるよね。色は彼女の好みに会わせろ。」

「はい。」

「その二。街で一番美味いと評判の“メイカーズ”のケーキ。丸で一つ自分に買ってきて。両方とも期限は1週間後のメアリーの誕生日までに。」


「御意に。愛し子様。」


なぁ・・・と話しかけられたのはその後のことだった。

「国王ってどんな人?」

宰相閣下が来たことか、と視線で問うと。

「まぁね、知っておかないと。」

としらっと返す。

「お知りになられても、態度を変えられることはないと推測出来ますが・・・。」

こちらもしれっとそう言うと、彼女は肩を竦める。

「鋭いね。まぁ予備知識?」

何で疑問形なのかは不安があるが、自分の率直な意見を述べる。どうせ嘘をついたところで、愛し子にはばれるから。

「部下の私が言うのもおこがましいですが、よい王ではないかと思っております。他国に対してむやみに好戦的ではなく。ただ、少々慎重すぎる方かと。貴族の突上げに困ってらっしゃったり、3年前の北部の時も、救済措置を遅らせてしまったりと。その決断の遅さがあの虐殺を生んだと思っております。しかし慎重だからこそ、大きな間違いは起こしておられません。」

聞かれれば不敬を理由に処罰を喰らってもおかしくないほどに、あからさまに言ったつもりだ。

「おぉ、歯に衣着せぬ言い方。正直者。」

茶化した感じで言う彼女だが、にやりと笑う。

「探りは入れてらっしゃるのでしょう?」

と聞けばあっさり。

「うん。いろいろ。でも人から見たらって点が欠けてるからね。あの子たちはある意味中立だけど、人ではない。人の心の機微は解らないから。」

「そうですか。では陛下よりも王太子殿下にお気をつけられた方がよろしいかと。悪い方ではないんですが、やはりそういう教育を受けていらっしゃる分、何というか・・。」

「”高飛車””我儘””傲慢”な王太子? ”あれが次期王ならば、国内は乱れる。”? 噂が絶えないけど、噂されるってことはそれだけ注目浴びてるってことの裏返しだよね。良くも悪くも。あと何だっけ? あぁ“女癖が悪い”だっけ? 」

わはは・・・と彼女は笑った。


「水浴びをしたらエセルを借りるよ。」






 「我を呼びつけたな。」

不意に声がしたと思ったら、目の前に輝く人が立っていた。横には知った顔が。

「どこからっ!」

「用は何だ、クリフォード王。」

男か女か、どちらともとれる中性的な顔立ちに、漆黒の髪と瞳。すぐにランバードが言っていた“愛し子”だと解る。

「不敬だろう?」

そう叫ぶと、初めてこちらを見た。何の感情も籠っていない、物を見るような視線。そんな視線を不躾に向けられるのは初めてだ。

「王太子殿下でいらっしゃいます。」

知った顔…エセルがそう言うと、「あ?そう。」だけで流されてしまう。

「クリフォード・フォン・デ・サージェス。会いたいと言っていた要件は何だ、と聞いている。」

そして無視。

「い・・愛し子殿か?」


「いかにも。・・・あぁいらぬ事をしない方がいいぞ、怪我をする。」


言った時には遅く、侵入者に慌てた衛兵と魔術師が攻撃した後だった。

「・・・遅かったな。」


信じられない光景が目の前に展開していた。






次話、ちょこっと戦闘です。

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