8 「これ、いる?」
謁見の間にはえらく身なりのいい青年がいた。
「愛し子様。」
こちらへ、とパウロが導く椅子には座らず、横に立つ。
「誰?」
「この国の宰相であられますマーカス・ジュエ・ハークエンド様でいらっしゃいます。」
銀の髪に薄青の瞳。先ほどのミハよりはわずかに低い身長ではあるが、それでも2メートルは下るまい。
(何でこの世界の人間はこんなデカイわけ?)
≪星自体が大きいからですよ、御子様。≫
心話でマルスが返してくる。地球よりも十倍近く大きいんだって・・・。知らなかったよ。
≪この人、顔いいけど加護付きじゃないんだね?≫
後ろに立っているマルスへ問うと、
≪別に顔で選んでいるんじゃありませんよ。それも審査対象に入るというだけですから。“魂”の透明度で選ばれるのです。≫
呆れた風に怒った風に返される。
≪だって、魂って・・・。生まれたばかりの赤子は綺麗なんじゃない?穢れなんて・・。≫
≪”輪廻”ですよ、御子様。この世界では生まれ変わりは存在します。パウロがいい例ですし、記憶はなくとも魂は前世の罪も善も何もかもを背負います。ですから、生まれる前に”魂の格付け”があるんですよ。解りやすい例でいえば、クリスの両親はクリスを授かったことで魂の格が一つ上がり、庇って亡くなったことでまた一つ上がりました。それらは全て魂に刻まれ、新しい人間へと生まれ変わる浄化によっても消えることはありません。罪が許されるということはないんですよ、ここでは。≫
(シビア・・・。世界が違えば常識も違う。)
死してなお、罪は許されることはない、転生後も、とは。次の生で前の罪を償っていかなければ、またその次の転生でも・・と罪は引き継がれてゆくと。
≪彼の前世をご覧になりますか?理由が解るでしょう。≫
≪いや、まぁ機会があったらね。(…ってゆーか気にはなるけどそれこそ覗き見っぽい。)≫
「愛し子様にはご機嫌麗しく…。」
(…見えますか?型どおりのおべんちゃらは退屈だな・・。まぁそれが仕事なんだろうけど。)
でもすごいな、この人、と思うのだ。
思ってもいないことをすらすらと言えちゃう辺り、おそらく歳はそう上ではないだろうにちゃんと“仕事”してる。それが心がこもっていればなおいいんだろうけど。しかも“思ってません”って相手に解っても構わないという態度が大物です。
「う~ん・・それいつまで続く?失礼を失礼だって解っててやってるってことは、やめてもらってもいいってことだろ? パウロ、裏の池に新しい精霊が住むことになった。勝手をして悪いが、どうやら自分がやってしまったらしい。」
もういいやっ、てマーカスの言葉を遮ってパウロにそう言うと、それはまたどうして、と聞かれる。
「ミハと鍛錬した後、アーリーに呼ばれて池へ行ったのさ。”ここで汗を流していけばいい”と言われたから潜ってみたら池の底に綺麗な小さい貝があってね、拾って上がっていじってたらどうやら力を注いでしまったらしく、次の瞬間には生まれてた。」
肩を竦めて言うと、パウロは微笑んだ。
この人の笑顔は好きだな・・・最初からこの人はなんでだか好きだが。
「名は何と?」
「アーリーと自分で考えてつけたよ。あとで教える。女の子なんだ。綺麗だよ、パウロもみれば解る。」
なんて話を完全無視して話していたのだが、先の客のようにマーカスは切れたりはしなかった。
≪御子様≫
≪マルス?・・・・あぁ解った、ありがとう。≫
送られて来た映像を見て階段に座り、その数段下にいるマーカスに声を掛ける。
「これ、いる?マーカス。」
ぱっと目の前に現れた男二人を指して言ったのだが、マーカスは顔を上げてびっくりしたように彼らを見た。
(ふ・・ん。)
「”いらない”と言ったら、どうなさるのですか?」
と言うマーカスに、二人はギクッとしたように蒼褪めてゆく。
宙に浮かんだままの彼らからガマの油のように汗が落ちそうだ。
「それは、貴方が知る必要はないだろ?だって”いらない”のだろ? どっちにしろ彼らは使えないよ。加護も力も“抜いた”から。」
マーカスと彼らは目に見えて驚いた顔をして私を見た。
「できる・・のですか?そのようなことが。」
マーカスの声に真実の気持が混ざる。
「”出来る”よ。貴方が我を“愛し子”と呼んだその意味を考えればね。」
ハッと息を飲んだマーカスに対して、
「う、そだ。できるはずがない!」
二人は口々にそう叫んだ。まぁね、解ってたけど。
「ならば試せばよい。」
宙から降ろされた二人は、可笑しいほどに呪文や操駆をしながら力を行使しようとしている。それをパウロと彼は面白そうに微笑んでみていた。馬鹿にして微笑んでいるのではないのは表情で解る。目が嗤ってないからだ。
「加護を取り上げられた人間がどうなるか、知っているか?」
彼らに、ではなく、俺に彼は尋ねている。
「いいえ、見たことも聞いたこともありません。」
「そう?いたらしいぞ?マルスが言うには。まぁ、消えちゃえば同じか。」
「”マルス”?」
「あぁ、風の眷属がな、ここにいる。見るか? 見えなくとも見えるようには出来るよ、今だけならな。」
と言いながら、人の返事は聞かないでタンタン・・・と階段を下りて来ると、俺の両目に軽く息を吹きかけた。
開けていいよ、と言われ目を開けると意外に近い場所、彼のすぐ後ろにその眷属が浮かんでいた。
金の髪に金の瞳。優しげに見えるようで、人の気持ちを解さないであろうほどに厳しい雰囲気。
そしてかなり上位であろう力。それは輝き方で解る気がした。
≪御子様。≫
彼が何かを口にする。それは俺たち人間には聞き取れない言葉のようだった。
≪あぁ。パウロを。≫
言ってすぐだった。
「愚かだな、ジューン。」
魔術師の片方、壮年の男の方が短剣を持って彼に斬りかかっていた。いや、斬りかかった姿勢のまま見えない壁の向こう側でその壁を叩いている。
もう一人は知らなかったのか、驚いたまま固まっていた。
「あれがお前たちが探していた間者だぞ。どうする?”いる”か?」
完璧無表情な彼が俺を振り返っていた。
ジューンはミハイルたちに拘束され、牢へ連れて行かれた。その際、彼が「心配ないよ、彼はもう“力”がないから。」と言付けていたが、加護持ちであるミハイルには解っていたようだった。加護つき同士は互いの精霊が見える。では彼は?
「見えないよ、自分についてる精霊は。加護付きと違って契約をしている訳ではないからね。・・・ベント。」
もう一人の元加護付きの名を呼ぶ。
「は・・・はいっ!」
平伏している彼は顔を上げることすらできないようだった。当たり前か。
「君、加護を返してほしい?」
「へ?あ、はいぃっ!」
その時、また彼・・マルスが何やら彼に言っているのが見えた。それに彼が肯いてベントへ言葉を掛ける。
「条件があるけどね。今までついていた精霊とは格が下がる。つまり力が下がるということだ。今までのような力は使えないよ。それは君への罰だから。受けなければ貰えない、受ければ貰える、格が下がるということだけど。それでも返してほしい?」
何故?という顔をしている彼と、多分俺も。
「君は知っていた。・・と言うか薄々勘付いていたろう?ジューンがおかしいことに。疑いながらも一緒についてきたね?真実を知ろうとしない者は愚か者だ。しかし真実に気が付いていてなお目を瞑ろうとする者は罪を負うべきだ。君は自分の保身に目がいって精霊を穢した。君の穢れは精霊が負う。それが我らには許せない。神殿で誓いを立てた時、パウロから言われたろう?それを犯した罪は重い。君の魂は一つ穢れた。このままでは次の生で加護は得られないと思え。」
ズシンと圧力が圧し掛かる。その言葉一つ一つにベントが恐れ戦いているのが伝わってくる。が、
「それでも! それでも私はシールと共に今まで育ってきました。精霊は私の身体の一部。失って生きてゆくことは考えられません。どうか…どうかお願いします。」
伏して頭を下げる彼の言葉に嘘は感じられなかった。そしてその横には薄い影が。
「ではシール。お前は?お前はどうしたい?」
彼の言葉にシールと呼ばれた精霊は顔を上げ何やら話している。薄いながら色は解る。緑の真っ直ぐな髪の同じ色の瞳の精霊。
「そう・・・ではお前の力を削ごう。それでいいか?ベントの罪はお前の罪。導いてやらなかったお前のね。また二人で協力して成長すればいい。」
言って彼が手を翳すと、精霊から薄い膜のようなものが彼の手に吸い込まれていく。それに従って精霊が小さくなってゆく。
「ベント。シールはお前を選んだ。感謝しろよ。お前のせいで穢れたシールはそれでもお前と共に生きることを選んだんだ。彼の力は恐らく今までの半分だろう。心して力を成長させるんだ。保身に心を揺らすな、君は少しそこが弱い。二度はない。次は有無を言わさず取り上げる。でなければシールが消滅してしまうからな。」
「はいっ・・・はいっ! ありがとうございます。シールごめん、ごめんなさい。」
そう言ってベントは今度は泣いて伏してしまった。ため息をついた彼にランバード神官長は微笑んで「私が・・。」と言って彼を連れて出て行ってしまった。
何時から知っていたのか、と聞くと彼はまた軽い口調に戻っていった。
「ここにはパウロと自分の結界が張ってあるから。どちらかに不信や反感を持ったり、敵意を持った状態で侵入すればその時点で。 そうだよ、だから貴方も。」
と漆黒の瞳が向けられる。
漆黒の瞳と髪。
”精霊の愛し子が現れた“
そう話が広まったのは最近のことだ。
そんな事は今まで一度だってなかったことなので俄かには信じられなかったが、今朝ランバード神官長が名を戴いたこと、そして今現在神殿にいることで城内は騒然とした。
精霊の加護付き自体数が少ないのだ。その“力”はそうそう見ることができるわけではない。その上“愛し子”などと。
(信じられるか?)
それが一報を聞いた時の俺の心境だった。俺には加護がついてないから、もちろん精霊など見えない。だから元々加護付きの人間の言うことすら半分聞いているくらいの気持ちだったからだ。
「私が?」
「”馬鹿なことを“と言い、パウロを嘲った。”とうとう身内から変な奴が出た“と弟のエセルを家から追い立てるように出した。”寝言は寝て言え”と危険があると忠告した加護付きを突き飛ばし戦場へ向かった挙句、案の定大怪我をして結局加護付きに治療してもらったね? まだ言おうか?」
それは今までの恥を聞かされているようで猛烈に恥ずかしかった。いいえ、と首を横に振る。
してきたことを思い返せば、ただの子供の駄々だ。ただただ羨ましさから出た行為。自分ではなく弟へついた加護への嫉妬。
「謝れば?兄弟だろう?」
その後はいつ呼んだのか(後から聞けばエセルの精霊に直接呼びかけたらしいが)、エセルが静かに現れて俺の横に膝をついて彼を見上げた。
「エセル、彼が話があるんだって。」
勝手にそう言ってしまう。
「・・・・何でしょうか、ハークエンド卿。」
家から出た後騎士団に入ったエセルは、ハークエンドから籍を抜いた。それを知ったのはかなり経ってからだったが、その時初めて自分の行動に責を感じた。
辛く当った子供時代、幼いとはいえエセルは賢い子供だったから俺に嫌われていると解っていた。だから俺に近寄らなかったし、極力目立たないように暮らしていた。騎士団に入った後、あれはじっと家を出る年齢になるのを待っていたのだと解る。城ではなく神殿の騎士団を選んだことからも。精霊など・・・と普段から言っている俺が罷り間違っても神殿へ足を運ぶことなどあり得ないからだ。つまりは・・俺と会いたくないからだ。当たり前だ、俺だって逆の立場であったら嫌っている相手になど会いたくはない。
籍を抜いたと聞いた後、何度か城で仕事中に声を掛ける機会はあった。その時返された言葉は、
「何でしょうか、ハークエンド卿。」
今繰り返される、この言葉だった。
感情の籠らない瞳。感情の現れない顔。こんな弟にしてしまったのは俺の罪なのだと。
「喧嘩をしたのなら、悪いと思った方が謝ればいい。子供だって知ってるぞ?」
ツンデレを虐めてみました。




