6 「あなた、いいね。」
神殿づたいに、裏のこんもりとした小さな森を抜けると、とたんに声がたくさん聞こえてくる。
(あぁいたいた。)
「エセル! エセル・ソード!」
呼ばれた声に振り返れば、澄ました顔をして彼が立っていた。
ここは神殿隊の鍛錬場だ。森に囲まれて、周囲に被害が行かないよう配慮されている。
「どうなされたのですか?」
駆け寄って行けば、周囲がざわめいた。
「見に来てみた。」
ちゃんとやってるんだねぇ・・と無表情ながら感心したような口調で言う。馬鹿にしている風ではない。
ふっと視線を感じて振り向けば、皆が鍛錬の手を止めてこちらを見ている。初めて見る彼に興味津々な様子だったが、副隊長の私がいるから声は掛けられないようだ。
「神官長は?」
「お仕事だよ、今お城みたい。」
「それって・・・御一緒されるはずではなかったのですか?」
確かそう聞いていた。
「そうだっけ?」
「そう聞きましたが。」
「えぇ~?聞いてないなぁ・・・。自分も入れて?」
空惚けた様子でそう返してくるのに、ため息をつく。その返しから、行きたくなくてランバードに押しつけたのがありありと解った。しかも“入れて”とは、もしかして・・・。
「だ・・。」
「どっちにだ。」
だめですよと言いかけて被さってきたその声に横を見ると隊長が立っていた。今朝から宮殿に行っていたはずだが。
「う~ん・・・どっちでも? ミハイル・ブロスワーズ。”風神のミハ”? へぇ・・面白い渾名だねぇ。」
≪ねぇ彼って・・・。≫
≪ライガの獣人です。主人の一番のお気に入りですよ。≫
≪嫉妬だ?≫
≪そんな下等なことは・・。≫
≪じゃあ何で私をぶつけようとするのさ?≫
マルスは言葉に詰まったように、フンと横を向く。
意味は二つあるのだろう。1つはミハイルが気に入らない。2つには私が気に入らない。自分の主人の関心を持っていくモノは全て気に入らないのだ。
それは解らない感情ではない。ある意味、精霊らしいと思う。精霊は気に入ったものにしか関心を寄せない。あとは自分が魅かれるモノだけにしか、だ。ガイアスが私に構うのは、私を娘だと認めているからだ。自分のモノだと。その執着ぶりはおそらく人間のそれより強いと思う。だって精霊は子孫を残すわけではないから。ガイアスはこの世界が始まってからずっと一人だった。で、物足らなくて各精霊王を作った。自分の力の一部を分散させたのだ。
≪まぁいい。乗ってやろう。≫
「誰に聞いた?」
「あなたに加護を授けたオーズの身内の精霊から、だよ。ここにいる。」
「お前…いやあなたはランバード神官長が言っていた・・・いと・・・。」
言いかけた言葉を最後まで言わせず、私はにっこりと微笑んでミハイルに言った。
「素手の勝負を所望するよ。」
魔法なし、武器なしの素手勝負。
それがどういうことか解った上で言っているのか、この少年は・・・という呆れかえった表情の隊長ミハイルは、茶の髪に金の瞳でさすがに獣人らしい優れた筋肉をお持ちのようだった。
(いやぁ~眼福眼福。ってゆーか、ライガってあれだな、ライオンというより、トラ?)
別に身体に縞模様があるとかではないのだが、耳はある。本物のリアル・ネコ(トラだけど)ミミ。さらに尻尾。
(あぁ・・あの尻尾は勝負が終わった暁には、触らせてもらおう。お願いしちゃおう。つか、触る!、絶対触る!撫でたい、弄りたい、引っ張りたい。)
身悶える私はさぞかし薄気味悪かっただろう。若干、ヒかれてるのが解る。
「本当に、いいのですか?隊長は・・。」
エセルは心配してくれているのだろう。しかぁし!
「エセル。敬語禁止。これ決定事項。・・・・ご心配ありがとう。これでも素人ではないから。でも、まぁ?ミハイルほど大きな人相手にしたことないから、どうだかね?」
だって優に2メートル越えって・・・あり得ないでしょ、地球じゃ。そもそもどうやら子ども扱いされてるみたいだけど、声を大にして言いたい。19だよ!花の女子大生だよ!
確かに親友より胸は小さいが、サラシ巻いてますが一応あるんですけど!顔だって、中性的だとは言われてたけど、けして男性的ではないと思う!(思いたい、いや、多分。)
ミハイルが、甲冑らしきものを脱いだ。剣を置き、小手を外す。白い薄手の上下からは身体にも獣毛は生えてないのが解った。(だって肌の色だったもん。)
私も服を脱ぐ。そう、こっち来て服はどうしてるのかってゆーと、こちらの世界の規制の服を貰った上で、ちょちょいと改造しております。ちなみに裁縫はマイナス評価でした。 魔法ですよ、ま・ほ・う!!すっごい便利です。頭の中で思い浮かべて(こうしたいなぁ。)と思うと、その通りに変形してくれるんです。ブラボゥー 魔法! ビバ 魔法!
針で指を刺し刺し必至に縫った挙句、出来上がる頃には布が血で染まり、気持ちも身体もマイナスで、ついでに評価もマイナスだった頃には考えられません。
「では、始めようか。」
エセルが森で見つけてランバード神官長が連れて帰ったという少年のことは聞いていた。会ったのは、今が初めてだが。ここ4日間、おれは宮殿の部隊に稽古つけに行っていたからだ。
少年と言うには華奢すぎ。少女と言うにはふてぶてしそうだった。格闘場の脇に控えているエセルだって少年の時には女と見間違うほどだったから、それに比べれば中性的だ。
腕か襟を掴もうと腕を伸ばすと、ぎりぎり触れない距離に下がられる。
その足裁き、所作。さっきエセルに「素人じゃない」と言っていた通りのようだ。
カシュと呼ばれる胴に巻きつける形で着る服から覗く細い腕や、作り直したのであろう、おそらく元は同じようなタロン(パンツのこと。)が描き出す長くも細い足のライン。
『少女』だと言われれば、そうかもしれないと思うのだが・・・。
「手加減したら、ハッ倒しますよお。」
にっこりと向けられた言葉に似合わない笑顔と、その黒い瞳に映る負けん気の強さ。
どっちであろうが、知ったことではない。
(楽しめそうだ、久しぶりに。)
「そ・・の体術は・・何と・・?」
突っ込んだ腕を軽く取られ、脇に流されてしまう。さっきからそんな状態でまともに身体に触れない。
周囲は最初は囃したてたりしていたが、今では息を飲んで見守っている感じだった。
それもそのはず。隊長である私が先ほどからまともな一撃を加えられずにいるのだから。
彼の繰り出す武術というのは、見たこともないものばかりだった。しかし、それを言い訳にするには彼は強かった。飛ばすくらいの力を込めて突きをくり出せば、するりとそれをかわされるばかりか、受け流される。私にとっては精神的ダメージが大きく、彼にとっては私の威力が解りダメージがない。
「合気道って・・ゆーんだよ。・・さすがに避けてばかりじゃ倒せないよ、ね!」
”ね!”のところでふわりと彼の身体が浮いたと思ったら、次の瞬間には首に向かって回し蹴り。間一髪、腕で受けた。
「アイキドー?」
「うん、爺様に教えてもらったんだけど・・・。今の蹴りは・・空手ってゆー・・んだ!あぁ、くそ!」
回し蹴りから着地をしないまま、その足をまたもと来た方向へと切り返してきた。それもまた受ける。
「カラテ・・・、っ。」
腕を下げると目の前に構えをした彼が立っていた。肩幅に開いた脚はセオリー通り、両の拳を握りしめ、目が合うとにやりと笑う。
「あなた、いいね。すっごい楽しい。」
こちらこそ、だ。
「あーっ! 悔しいなぁ。まあでも当たり前か。」
地面に倒れ仰向けに空を見上げて叫んだ彼は、それでも言葉通りに悔しがっているというよりは楽しかったと瞳が言っていた。
「スタミナが足らん。もっと鍛錬を積めばまだいける。」
かくいう私もその横に座り込んでいるのだが。
「・・・だよねぇ…。爺様にも言われてたんだけど、こればっかりは、鍛錬じゃなかなか・・・。」
2リル(1リル=1時間くらい)ほど打ち合っていたが、がくんと彼の体力が落ちたので、私の勝利になった。
「しかし、私を2度も投げ飛ばしたのはあなたくらいだ。びっくりしたよ、こんな細い身体から繰り出された投げ技には。」
と伸びていた彼の腕を取る。本当に細い。ちょっと力を入れて捻れば折れてしまうくらいに。まるで・・・。
「シャワーを浴びていくか?気持ち悪いだろう、それでは。」
官舎には風呂もあるが、と誘うと彼は“いいや”という風に首を横に振った。
「この先に大きな池ががあるだろ? そこでちょっと泳ぐよ。・・・・”寄って行け”って煩いからさ。」
“何が”寄って行けと”煩い”というのか、彼が何者であるかを知っていれば聞かなくとも解る。
「ありがと。」
彼が立ち上がって服の埃を払いながら言って、手を差し出した。その手に自分の手を添える。
「こちらこそ。また来るといい。皆もあなたとならいい鍛錬になる。怪我をしない程度に。」
白く細い指がするりと離れて顔の横で振られた。
「うん、お邪魔するよ。じゃね。」
その後ろ姿に周囲の兵から声が飛んでいた。「かっこよかったよ。」だの「なかなかやるな。」、「今度は自分と。」だの・・・。それを見送りながらふとさっきの自分の心情を振り返った。
(”まるで“ 何だと思った?)
彼らは神殿警備隊で、第一部隊が魔法部隊、第二部隊は武器メインです。
武闘派のミハイルですが基本は第一魔法部隊隊長。獣人は基本型は人型二足歩行、耳と尻尾は常に出ている状態です。完全型は獣、二足歩行のまま獣毛が全身に生え、牙があるものは牙も生えます。




