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彼方の地から  作者: 竜胆
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5  「タマでもポチでも。」

「愛し子様。」

それは、つい2日前突然に顕れた彼への呼び名だ。

黒い髪に黒い瞳。すらりとした肢体に中性的な面差し。

「何? メアリー。」

見上げると木の上で枝に寝そべるようにして、ぶらんと片足を垂らしている彼を見つけた。

「使者が来ております。」

そう言うと、ふーんと言いながら動く様子がない。もう一度「愛し子様。」と呼びかけると、“面倒だなぁ”と言わんばかりに上体を起こし枝から飛び降りてきた。

目の前に立たれると、そう身長は変わらないのに自然圧倒されるような感じがして2歩下がる。

「メアリー。」

すっと彼の手が伸びてメアリーの髪に触れると、何かを掴んで目の前で開かれた。乗っていたのは、この季節珍しくないテントという虫。髪についていたらしい。

「きれいな髪だね。・・・髪を切るのはよした方がいい。女性の髪には魔力が宿ってるよ。」

そう言って彼は神殿の方へと歩いて行った。


けしてやたらと威圧的なわけではないが何となく人目を引き、そして近寄りがたい雰囲気が出ている。彼が人を厭うているわけではないのは神官長との関わり具合で解るが、親しく声を掛け合うという感じは持てない。


『愛し子様だよ。』


エセル様に呼ばれて神官長が神殿警備隊の建物へ入った後、一緒に連れていらっしゃった時におっしゃった言葉。

“誰の“愛し子様であるのか、と聞けなかった。その醸し出す雰囲気が常人と違っていたから。神官長自らが先導して気を遣いつつ階段を登る姿を見れば、察して余りある。

最初はまだ子供かと思ったのだが、どうやらそうではないと解ったのは食事を運んだ時だった。落ち着いた物腰とまるで年を経たような瞳の深さ。クリスを導いた時の叱責のきつさと、その後の慈愛。

見惚れるほどだった。


「・・・あぁ愛し子様。一生ついて行きますわ。」






「愛し子様。お初にお目にかかります。」

(・・・『愛し子様』・・ね。気恥ずかしいんだよねぇ、それ。背筋がぞわぞわとするってゆーか・・。まぁ仕方ないんだけどね。)

名は体を縛る力があると赤のエンヤが言っていた。

≪万が一にもガイアスの子であるお前を縛る力のある人間がいるとは思えないが、教えないに越したことはない。≫と。

気になるようなら通称を名乗ればいいとは言われているが、思いつかないまま今日まで来ている。

目の前に膝をついているのは3人。


「リンドル国王 オズワルド。何の用?」


今さら何だ、と聞いてやる。

すっかり痩せ衰え、国を、貴族を御する力も失った哀れな王。そばに控えるのは此度の騒動の原因となった皇太子の妃と第3皇子。皇太子は、テスの怒りで事件が起こった時神殿で死んでいる。

王族相手にぞんざいな口をきく自分に、ピクリとオズワルド以外の二人が反応した。

「此度の件、精霊王は何と?」

「それを聞いてどうする?お前に取りなす力があるとでも?それとも会いにでも行くか?見ることすら叶わぬ相手を。」

パウロが自分の席を用意してくれたのだがそこには座らず3人の前に立つ。


≪煽る気か?≫

≪どういう腹積もりなのか、探ってからでも遅くないでしょ?≫


話しかけてくる金のオーズにそう返しながら3人を見る。

≪どっちにしろガイアスに引き合いわせるどころか口利きをしてやるつもりもないし。≫

≪・・・成程な。テス、お前の獲物だとさ。さすがガイアスの娘だ。よく似ている。マルスを置いてゆく。好きに使うといい。≫

そう言ってオーズは自分の神殿へと帰って行った。後には同じく金に輝く青年が残った。金の瞳に、くるっくるの金の髪。優しげな印象を与える外見とは裏腹に、目が腹の中を現わしているかのように感じた。

≪腹黒そう。≫

≪御褒め頂き光栄です。御子様。≫

≪褒めてないし・・・。マルス、テスの領分だ、手を出すな。≫

≪・・・!御意に。≫


それらの会話は思考の中でのみ行われたもので、他の人間に悟られることなどなかった。

「我が息子の不始末につきましては、私の恐れ多いことと感じております。テス様のご加護を戴いたにも関わらず・・・・。」

反省している、だからと話は続く。要は自分たちの国を元のように加護してほしい、贄として皇太子を捧げたのだから、とか何とか・・・。

(馬鹿だなぁ。)

と思う。  

テスを宥めてガイアスに取り成しを頼むと言っているのだ。

「あれが生きていれば今後もテスの加護が続いたというのに、愚かだな、お前たちは。」

自分の言葉に耐えかねたように第3皇子が立ちあがった。さっきから聞いてないような素振りをしていたのも気に障っていたらしい。実際聞いてなかったけど。

「父上がこうまでして頼んでいるというのに、平民の分際でっ…!」

パウロとエセルが庇うように前に出てくるのを片手を上げて制して、向き直る。

「分、と言ったか?お前は弁えていると思うのか?…ただの人間だろう?お前は。」

ゆっくりと視線を上げてゆく。それに沿って第3皇子の身体が持ち上がってゆく。もちろん誰も触れてはいない。自分も指一本動かしていない。

やがて自分の身長くらいまで空中に引き上げられた第3皇子に、階段の途中から見上げたまま言葉を掛ける。

「国をどうする?お前が継ぐか?それとも、兄が死んでこれ幸いと抱いた皇太子妃の腹の中の子が?」

妃が息を飲んでお腹を庇うような素振りを見せた。夫が死んで喪も明けぬうちから、盛んだこと。

「国はいずれ復興しよう、そこに民がいるからな。しかし、お前たちがのさばるのは罷りならん。もう次に国を継ぐ者の選出は始まっている。それはお前たちの預かり知らぬところでな。」

息を飲み込む音が聞こえた。自分たち以外に、誰がと言いたいのだろうが・・・。

「元々国というのは民の為にあるものだ。王族の為にあるものではない。お前らとて最初はただの民だったろう?そんな簡単なことも忘れたか?世界があり精霊がいて、初めてお前たち人間は成り立つ。・・・知っていたか?加護持ちが死ぬとき、精霊もまた一緒に死ぬことを。寿命ならば仕方ない。が、テスの愛し子をお前ら人間が殺したんだ。ノール。」

「は・・・っい。」

第3皇子が辛うじて掠れた声を出す。

「この女の腹の子が死ねばお前はテスの気持ちが解るか?人は自分が体験したことでなければ実感できんだろう?」

「な・・にを・・。」

≪マルス。腹の子だけな。≫

≪御意。≫

皆にも見えるほどにマルスが光り輝き、その手にした剣で妃の腹部を撫でた。「ひっ。」と小さく声がした時には、自分の掌の上に小さな固まりが載っていた。

保健の授業で写真付きで習った胎児。まだ2,3ヶ月の。

「お前の子だ。妃の腹は空っぽだよ。」

驚愕に見開かれる目。それはパウロ以外の人間みなだった。

「斬るか?お前の兄がしたように。テスの愛し子にしたように。」







 「斬るか?お前の兄がしたように。テスの愛し子にしたように。」

深い怒りが伝わってくる。腹の中の子だという小さな固まりを掌の上に浮かべて彼はじっと空中に浮かんでいる第3皇子を見つめていた。

「その子には・・・罪はっ・・。」

皇太子妃がそう口走って詰め寄ろうとする。と、

「では聞くが、テスの愛し子に何か罪があったか?殺されたあの赤子には?・・・罪とは何だ?オズワルド ノール ユリア。」

3人の名前を呼んでそれぞれの顔を見つめる。

「罪がなくとも人は殺されていいのだろう?ではこの子もよかろう?少なくともこの子の親は罪人だろう?母親は夫の弟と契り、父親は兄の妻を寝取った。祖父は国を顧みず遊興に耽り、諸国からそっぽを向かれた揚句、息子の暴挙を止められずテスの怒りを買った。国を民を見捨てて自分たちだけ逃げたのも罪の一つだろう?」

謁見の間に怖いほどの静寂が漂っている。そしてその静かな空間に彼の言葉は続く。

「赤子は目を刳り抜かれた。そしてカイロスに踏み潰されたぞ。加護つきと精霊は一心同体。赤子が受けたのと同じ痛みを精霊も受ける。それがどういうことか解るか?テスの目の前でテスの愛し子は目を抜かれ潰されたのだよ。・・・ノール、ユリア。お前達の目の前でこの子を同じようにしてやればお前達は痛みが解るか? ・・オズワルド、ノールをそのようにすればお前は自分の罪が解るか? 先ほどノールが言ったな、“平民の分際で”と。解って言ってたか?我は何と呼ばれていた?お前は何と我を呼んだ?オズワルド。」

「い・・・愛し子様・・と。」

「“誰”の愛し子だと思って口にした?我は”人”か?お前たちは誰に何を頼んでいるのか解って口にしているのか?それが許されることだとでも?」

解っているのか、と彼は問う。

空気が怒りで震えている。静かな声であるにも係わらず、圧死するほどに重い。その私より小さな背が怒りで溢れ、そして悲しみで染まっているのが解る。

ドサッとノールが空中から投げ出された。

≪詠星。≫

精霊語が聞こえた。前回クリスの件が片付いたときに彼に何という言葉を話していたのかと聞けば「精霊の言葉だよ。」という返事だった。その言葉だ。人間には耳にしても意味は解らないし、話せないのだという。確かにどうやって気をつけていても聞く傍から音が霧散してしまう感じだった。

≪テス貴方に任せるよ。貴方にこそその権利がある。≫

彼が何かを言うと、急に空気の密度が濃くなった途端そこに緑の精霊が現れた。

“テス神“

その表情は常に穏やかだと言われている。豊穣の神、実りの神。が、


『我がわざわざ来てやったのだ、感謝するんだな。我は”これ“ほど気が長くない。すぐに済むぞ。』


頭の中に直接響く声に3人が青褪め、また彼が反応するのが解った。

≪”これ”って何だ! ”これ“呼ばわりか!≫

≪早く決めぬからだ、呼びにくくて仕方ない。≫

何を言っているのかは解らないが、テス神は彼を振り返って笑っている。それは穏やかな笑顔だった。

≪だって思いつかないんだよ。≫

困ったような表情の彼にテス神は口を開いた。

≪タマでもポチでもいいじゃないか。どうせ人間には意味は解らないんだから。≫

聞いた途端、彼は勢いよく私を振り返った。


「エセル!」

「はい・・・。」

いきなりで間の抜けた返事をしてしまう。

「許す。斬れ。」


私に死ねと言うのか。





 


赤=炎の監視者=エンヤ

金=大気の監視者=オーズ

う~ん、あと二人です。そして詠星の通称も何にしよう・・・。

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