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彼方の地から  作者: 竜胆
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4  「デザートはまだですか?」

 ≪危ないだろう!≫


「つい。すみません。」


伸ばしきった脚を元のように胡坐に戻して空気椅子に座りなおすと、若干離れて茶色の人も座った。反射的に蹴り上げたのだが、届かなかった。というか測ったようにぎりぎりのラインまで下がられた。


≪力というのは形があるものではない。が、詠星は人としての型が定まっている。いわゆる”個体”だろう?モノのやり取りなどしたことはないからな。でもそのままにして詠星が消滅するのだけは避けたかった。地球にいて消滅するのであれば、こちらへ連れて来るしかなかったんだ。≫


龍神さまが構築した詠星としての人間の器には、ガイアスの力は大きすぎた。溢れる力に詠星の身体が飲み込まれ、人としての詠星は消滅してしまう、と龍神さまが泣きついたのだという。人としての器は外見の大きさのことではないから、身長が伸びようが体重が増えようが変りはしない。


≪ガイアスは最後まで反対した。“もし無事に来られなかったら?”“人間として生まれたのだから人間として死んだ方が幸せではないか?”とね。しかし、お前は人間として死ぬのではなく、消滅するのだ。影も形も欠片も残らない。それは幸せか?人間として死んだといえるのか?我らは何度も話し合った。そして実行したのだ。≫


≪詠星を此方へ呼ぶ。貴女を壊して再構築することをね。≫


・・・何かあったな、そういうの。


(仮面ライダーだっけ?改造人間って。・・いやデビルマンか?)


兄貴のフィギアコレクションをもっと勉強しておけば良かったな。








「僕は…何をすればいいのか、解らない。」


クリスが弱弱しい声でそう言ってぽろぽろと涙を零し始める。その頬を白い指で拭いながら、彼は厳しい表情を崩した。


「生きてゆけばいいんだよ。精いっぱい自分の足で前を向いて歩いてゆくんだ。誘惑に負けず、ズルイ近道をせず・・・。自分の意思で選びとって真っ直ぐに歩いて行くことが君と彼の力になる。留まったままでは君の生きる力が減ってゆく。そうなれば彼は消えてゆく。そういうことだ。騎士になるのもいいし、神官になるのもいい。普通に結婚して家族のために生きてゆくでもいい。君は何にでもなれるしどう生きるのも君の自由だ。ただ責任を持つことだ。君自身と、彼に、ね。 いいんだよ、手放しても。こっちの世界に帰ったからといって彼は消えはしないから。」


そう言うとクリスはぶんぶんと頭を横に振った。嫌だ、と。離れたくない、と。


「どうすればいいのか、解らないけど…。僕ちゃんとする。逃げないようにする。それじゃダメ、ですか?」


「・・・いいよ、それで。どんな困難があっても逃げちゃだめだよ? 苦しくても辛くても、生きていれば当たり前だ。君を守って死んでいった家族には味わえない感情なんだから、むしろ有難いと思いなさい。そして君が生きることで彼らもまた生きることになる。見えない君に教えてあげよう。君のご両親はここにいるよ。」


言った途端、弾かれたように周囲を見回すクリス、私はその場限りの…と言わんばかりに、彼を睨みつけた。彼は相変わらずの無表情で解っているよ、というような顔をして私を見ながらクリスに触れているのとは逆の手で空中を一撫でした。すると・・・


「パパ!ママ!」


クリスの左右に女性と男性の影が浮かんだ。それは半透明で頼りなかったが、確かにクリスとよく似た面差しをしている。クリスは二人に手を伸ばして、その二人もまた同じようにしたが触れることはできなかった。


「ごめんね、万能ではないんだ。ただ君に彼らが伝えたいことがあるらしいから。自分に触れてごらん?怖いか?」


ううん、という感じで首を横に振って、クリスは彼の手に触れる。と、私たちには聞こえないのだが女性の影が口を開いて何かを話しているのが解った。そして男性が次に話し出し、片手を彼に差し出した。彼は繋いでない方の手でその影に重なるように手を差し出して、ぎゅっと握りしめる。次に彼が掌を開けると、シャラッと軽い金属の音がして細い鎖が零れ落ちる。


「これ、パパの…。」


父親のネックレスらしい。確かに何もなかったのに。彼はそれを広げてクリスの首に架けた。


二人に返事をするクリスの言葉だけしか聞こえなかったが、不意に彼らが薄くなり始め、クリスの顔が歪んで涙が零れ始める。そしてゆっくりと微笑んで彼らは消えた。クリスは彼を見上げ、彼と目が合うとそのまま彼の腹部に顔を埋めるようにして泣いていた。


「愛し子様・・・。」


「泣いてもいいが悲しんではいけない。彼らは消えたんじゃないからね。・・・彼らは転生の輪に入ったんだ。やがて生まれ変わるよ。それが何時かは解らないが・・・。転生の輪に入るには厳しい審査がある。ご両親は心の綺麗な人たちだったんだね。大丈夫だよ、彼らはいま父の元にいる。魂は浄化の作業に入る。浄化され無垢な魂となってやがてこの世に生れ出る。 ≪リィン≫。」


≪はい、御子様。≫


≪お前の霊力を高めよう。彼に与えて減ってしまった分をね。でなければ消えてしまうだろ?受け取るかい?≫


≪よろしいのですか?私などに・・・。≫


≪お前も等しくガイアスの子だろう?泣くよ、あの方は。お前が消えてもね。≫


精霊と何かを話していた彼は、精霊の額へ手をつけて何事か唱えた。すると、今にも消えそうな薄さだった精霊が輝きを増し、濃く生命力溢れる様相へ変化した。それによって精霊の顔立ちがはっきりと見え、その瞳が緑色なことが解った。


(馬鹿な・・!)


属性は瞳に顕れる。精霊と加護つきの属性は同じはず。クリスは青だ、水属性のはず。


「クリス、大丈夫だね?」


それが何を聞いているのかクリスには解っているらしく、しっかりと肯いたのを見て彼はパチンと指を鳴らした。途端クリスを包んでいた透明な何かが弾けたかのように、パリンという微かな音がしてクリスの身体が一回りほど大きくなった。彼の腹部の辺りだった頭が胸辺りにまで上がってくる。


「ど・・・いう・・。」


赤毛のメアリーが声を零した。


「彼がクリスを守っていたのさ。年齢と属性をごまかすためにクリス自体に魔法を掛けてね。そのせいで普通以上に霊力を消耗していたんだ。クリスの属性は緑。よって瞳は…。」


鮮やかなグリーンだった。透き通るほどに輝かしい色で、クリスの力の強さが解る。そして6つだと言っていた年齢も、9つだった。






「3年前の北部の惨劇を覚えていますか?」


ランバードの言葉に肯いた。その頃エセルはまだ神殿の部隊ではなく、王宮にいた。そこで話を聞いて行かせてくれるよう再三進言をし、やっと王宮が腰を上げた時には北部のその村は全滅していた。


隣国の傭兵がやったことだと発表があったが、実際には傭兵ではなく正規軍がやったことだ。隣国は深刻な食糧危機で『テスの加護を失った』と周囲の国からは言われていた。畑はやせ衰え何を植えても枯れるばかり。物価は上昇し、王宮内の食糧さえ底をつき始めて、やっと周囲の国に助けを求めたのだが、それまでのその国の王族の横柄さや貴族たちの態度の悪さから積極的に援助しようという姿勢に出る国は少なかった。が、王族や貴族はそうでも国民には罪はない、やがて周辺諸国は国民にのみ援助を始めた。これにより王族と貴族の権威は失墜、それ自体が潰れてしまったのだが、仕えていた正規軍は行き場がなくなり傭兵化していった。そして村や町を襲いだした。北部の惨劇はそんな中起こった事件の一つだった。目的は食料の確保と亡命、そしてテスの加護を受けた者の排除。


「全滅だと言われた村人の中で、ただ一人生き残ったのがクリスでした。彼は彼の精霊に守られて、隣の町にある神殿に保護されました。あそこの神官長は同期でね、私の元へとクリスは送られてきて見守っていたのです。再び襲われることを恐れて心を閉ざした彼に、私は生き残りがいると報告はしなかった。」


ランバードはそう言ってテーブルのカップからお茶を飲んだ。


「リンドルがテスの加護を失った原因は知っているか?」


テーブルの上にあった皿は全て空になっている。


(どこに入ったんだ?)


相変わらず細い彼の腰回りについ目を走らせながら首を横に振った。


「テスが子供好きだと知っているか?加護を失ったその日、テスの神殿にはひと組の男女がいたんだ。テスの加護を受けるべく生まれた緑の瞳の赤子を連れた夫婦がね。夫の名はアリー、妻の名はコレル。あの国の第二皇子とその妃だね。新たに生まれたその子に、テスが加護を授けて精霊をつけようとしていたその時、目の前で二人と赤子は殺された。神殿が血で汚され、土足で踏み荒らされ、そして赤子は両目を刳り抜かれた。それを指示したのはカイロス。自分の弟に加護つきが生まれて、自分の地位を失うことを恐れた故の愚かな行為だった。」


テスは怒ったよ、と彼は言う。緑の王であるテスは植物の王でもある。リンドルの食糧危機はテスの加護を失った故という話は本当なんだよ、と。


「加護つきはそうは多くない。だからこそ王たちはその存在を慈しむ。クリスについた彼はもちろん王の怒りの原因を知っていたから、クリスを、この国を守るためにも逃げたのさ。クリスの属性を変え、人の多い町をあえて選んで逃げた。“木を隠すには森の中、人を隠すには…”ってね。もしクリスが死んでいたら、次はこの国だったんだよ?」


知ってた?と彼はふっと笑った。あまり表情を変えない彼のそんな変化にドキッとする。


「な・・・ぜ?」


「助けに行くのを渋ったろう?パウロが何度も進言したし、君もだね。でも北部の警備隊に指示を出すばかりで行くのを渋った。理由を知らないとでも思っているのか?愚かだね人間は。都合がいい時ばかり精霊に願いを聞いてもらいたがり、都合が悪い時は気がつかなかった振りをする。・・・自覚することだよ、君たちは常に精霊に囲まれて生きている。この世界は人間が中心なのではない。君たちは”生かされている”ということに。」


だからアルファとユファに嫌われるんだよ、と笑った。夜の精霊と昼の精霊の名だ。


「あーところでパウロ。すっごく悪いんだけどね。」


表情は変わらないものの、気まずそうな声で彼は視線をエセルからランドールへと向けた。<pbr.

「何でしょうか、愛し子様。」


ランドールはニコニコ微笑んで彼を見る。それで安心したかのように彼は言ったのだ。


「デザートは、まだかな?」

(だからどこに入ってんだ。)

白の精霊=昼の監視者=ユファ

黒の精霊=夜の監視者=アルファ

緑の精霊=植物の監視者=テス

・・・名前が大変です。忘れそう。

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