30 「この城を墓に変えてやろう。」
建国祭ってゆーのはね。
城下町を散策しながら、零が話してくれた。
20年前の事件以降、獣人をこの国から追い出した“その日”を“建国の日”にしたのだと。
「それは・・・。」
元々サージェスを出てここに集まった人たちの考えは、“獣人とは相いれない“というものだったろう?と。
そもそもその考えが傲慢だけどね、と笑う。口元だけ。
「“ヒトは獣人から生まれた“。」
「うん、そう学んだ。」
人であれば、幼い頃に必ず習う歴史。その1ページ目には必ず書かれている言葉だ。
だからと言って獣人が優れている、とも獣人の方がえらい、とも書いてある訳ではない。ないが・・・。
「一部の“人”には、それは受け入れがたいものだった、と聞いている。自分たちより明らかに優れた身体能力、頭脳、歴史。そして加護付きの多さも。そして、国を出た。」
その中で極端な考えを持つ者たちが集ったのがこの島だった。
この島にも獣人はいたが、獣人たちの中でもわりと穏やかな方の鳥獣人だったから。
島の奥に住むことで住み分けをしていたと聞く。
「たった500年ちょっとで、己たちのルーツを忘れる。そもそもどちらが上だの偉いなどと考える方が可笑しかろうが。どちら優れているという基準は何だ? 今はすでに違う民族としての歴史を刻んで生きているのだから、良き隣人として存在していればいいものを。 愚かだな。」
“愚かだな。”
そう零す零の顔は、天を仰いでいる。
他の人にはただ単に天気のいい空を見上げているようにしか見えないだろうが。
その言葉は俺には背筋が冷えた。
「これを建国祭というのも・・・本当なら潰してやりたいくらいだがな。」
振り返った零は清々しいほどに微笑んでいて・・・鳥肌が立った。
***
「身分証を。」
この日ばかりは王城の中にも一般市民が入れるという事もあって、あちこちの観光客や民が押し掛けている。
王城の3か所ある門も全部解放され、身分証さえ見せれば誰でも入ることが出来る。
ルノーと2人分の旅行者としての身分証を提示して、中に入る。
陰惨な事件を聞いていたわりに、王城内は明るく美しいものだった。
(まぁ、お祭りだしね。)
物珍しさから周囲をきょろきょろしているアッシュは、しっかり観光客にしか見えない。
「そうだ。会ったことはあるのか?」
と指をくいっと王城へと向ける。
「ないと思う。 うちとは対極にある政策だからな。」
「そう。ならいいけど、ばれても厄介だし。」
ざわついていた周囲が鎮まると、上のバルコニーから顔を出す人物。
「宰相のエッジだ。」
アッシュが囁く。
(ふぅん。)
「みなさん! 建国祭へようこそ。 今から国王陛下よりお言葉を戴きます。」
「魔術師だ。 真っ黒だな。」
精霊が、と呟くとアッシュはびっくりした顔をする。
黒く穢れてしまった精霊は力を失くし、そのうち死んでしまう、とエセルが言っていたぞとアッシュが聞いて来る。
「その通りさ。 すでに手遅れだな。 こりゃアークも怒るわ。」
「アーク神が?」
「うん、此処鉱山の国だろう? 神殿は、まぁ今はないけどここの守護はアークだ。 ・・・神殿が放棄された時にアークもこの国に関心が無くなって放置していたらしいけど、一部隠れて信仰していた信者もいたからね。」
(でもこれは・・・うわぁ怒ってる・・・。)
地面が揺れている。
出て来た国王を見た途端だった。
【迷彩発動】
叫んでアッシュの腕を掴むと一気に飛んだ。
土煙が収まった下の景色は、
「な・・っ何だ?」
私に掴まるようにして球体の中にいたアッシュが、その球体に膝をつく。崩れる様にして。
自分一人であったなら身体一つで飛んでもよかったが、アッシュは生身の人間だからそうもいかなくて、いぜん時の牢獄へ行った時と同じように球体にアッシュごと入る手段を取った。
つまりは、今は人目に付かないように空中ででかいシャボン玉に入って浮いているような状態な訳だ。
「アーク。」
目の前に立ちはだかるようにして立つ、その姿。
こちらへ背を向けて、眼下を見下ろしている。
≪詠星≫
≪何?≫
≪人とは愚かであるな。≫
≪うん、そうだね。でも人は変わることが出来る存在でもある。≫
足元に座り込んで眼下を凝視しているアッシュを見下ろす。
城の半分が沈んで、崩れ人々は逃げ惑っている。
城の横にあるアークの神殿は、アークがさっき力技で崩して跡形もない。
王がいた執務棟は残ってはいるが、後宮部分は完全に崩れてしまっている。
≪あれ、狙った?≫
≪頼まれたのでな。久しぶりの祈りを聞き届けようと来てみたのだが・・・。≫
≪そう・・・彼女だったの? やっぱり。≫
≪我は引く。あれらがいる間は二度とこの地を顧みることはせぬ。≫
見るのも嫌だと言わんばかりにアークはかき消えた。
「もしかして地下鉱山か?」
アッシュが問う。
「違うよ。アークがやった。もういらないって。」
“何を?”とアッシュの瞳は問うている。問うていながら、予想している答えではないといい、と期待している。
「ノース。」
一言言うと、やはりか、といった顔で地上を見下ろした。
***
地上に降りると、無事だったらしい王族たちもが中庭へと出て来ていた。
その真っ只中に2人もの人間が空中から現れたのだから・・・。
「何者だっ!」
「衛兵! 怪しい奴らが・・・。」
と口々に叫んでいる。
と、
≪おいで。危ないから。≫
零が精霊語で囁くと、目には見えないが何やら集まって来ている様子で。そうだと解るのは零が何もいないはずの周囲に首を巡らせながら囁き続けているからだ。
「何を?」
「避難させたんだ。消滅したくなければ隣へ行けって。」
「消滅?」
俺の言葉に、だって・・・と零は薄く笑った。
「壊しちゃうから。」
もう、どこを?とは聞けなかった。
「貴様っ、私の精霊を・・・。」
宰相のエッジがそう言って遠巻きにしていた人々の中から出てくると零の前に立つ。
「“私の“? お前のではない。 あれらは精霊王たちのものであり、父のものだ。 魔術師ごときが戯言を言うな。あれほど汚していてよく言えるな。」
「“父”? 何を・・っまさか!!」
にっこりと眼だけが笑っていない笑顔で、零は一瞬光った。
その後そこに立っていた零の姿は本来の姿、つまりは黒曜石の如き瞳と漆黒の髪に戻っていた。
「・・・誓約を破った者には相応の償いを。その魂、転生を許さず、救いを許さず。虚無の海に沈め。」
零が言った途端、宰相の身体が崩れるように足元に落ちた。
「・・・れ、い。」
「堕ちた。 カイロスは仲間が出来て嬉しいだろうね。まぁお互い気が付きもしないだろうが・・・。 ノース王 トール・ド・ラ・ノース。」
零が前を向いて僅かに大きな声で問いかける。
「アースが捨てたこの地は滅びる。 お前のせいでな。 異母妹への恋情に溺れ罪を犯したお前に相応しく、この城を墓に変えてやろう。」
茫然と立つ王の前、そう宣言した零に王は飾りで挿していたのであろう剣を抜く。
「エッジに何をした?」
剣先をつきつけられても零に驚いたり怯んだりした様子はない。
「誓約を破った償いを促しただけだ。 精霊を汚したものはその身で償う責を追う。そして、罪なき人々を殺し排斥し加護付きすらも殺したお前もな、ノース。 しかもそれら全てがお前の私欲からのものではな。」
【範囲結界・ノース王城】
【識別ゲートオープン】
「皆よく聞け。今結界を張ったが、罪なき者ならば出ることが叶う。叶った者はサースへ行け。今から粛清を行う。」
小さな声であったにもかかわらず、その声は直接頭の中に響いて来るようで、集まっていた観光客始め城の者たちも結界壁の前に押し寄せた。が、七色に輝くその壁に躊躇して誰一人壁に触れることが出来ずにいた。
その様子を見て、零はため息をつくと壁の前まで移動し菓子を持っていた子供に話しかけた。
「これ綺麗だろう?」
「うんっ、すごく綺麗。触ってもいいの?」
「いいよ。君ならば触れるだろう。」
その両親と思しき二人が横に立っていたが、零の顔に見惚れていて動作が遅れた。その一瞬に子供は壁の外に出ていた。
「触れないよぅ。 でも温かかったよ?お兄ちゃん、ママとパパも通れる?」
「あぁ、多分ね?」
言うなり、零は2人を壁の方へと押しやった。二人は突然の事に身を守るように両腕で身体を掻き抱く。と、ガシャンと足元に何かが落ちた。
短剣だった。
落とした父親の方は子供を大事そうに抱えて振り返り、腕を伸ばしてそれを取ろうとする。
「あぁ、取れないよ。武器は通過できない。 ・・・大事なものか?」
「い・・いえ、ただの護身用で。」
「では申し訳ないが、また新たに購入してくれないか? これは有害なものを外に出さないようになっている故。」
「は、はい。」
「見ただろう?罪なき者にはこれは害を成さないが、そうでない者はこれに触れたらこの世から消えることになる。さぁ、善良なる者は去れ。」
言われた途端、皆は壁を通過し始める。
ほとんどの人間が通過する中、叫び声が上がった。
「きゃあ~・・貴方っ!! あなたぁ。どうして、なんで?・・・」
見れば叫び声を上げているのは、貴族と思しき女性だった。年の頃は俺と変わらない位の。
「・・・家督を得る為に兄弟と父親を殺したんだ。当然だろう?」
零は静かにそう口にする。
「大丈夫だ。一人じゃないよ、お前もすぐに後を追える。なんせ彼の兄に毒を飲ませたのはお前だからね。通れないよ。」
優しげに、綺麗だと皆が見惚れるほどの微笑みで零はそう言って彼女の背を押し、彼女は壁に触れた瞬間、目の前から消えた。
全身から寒気が襲った。
それは覚えのある・・・そうコンドルトの旧王族達を見たときにも感じた感触だった。
総毛立つ身体が我知らず震える。
指の先から冷たくなっていくような、全身から冷汗が吹き出すような。
「恐ろしいか?」
零の声が横から聞こえる。
「・・・あぁ。」
ふっと零が笑った。先ほどまでの冷たい笑みではなく。
「本当はね、こんなことしなくても一瞬で裁ける。これは見せしめだ。我らは常に見ているよ、ということを解らせるための、ね。 人は愚かだ。 そして忘れやすい。己の矮小さ非力さを厭うあまり、それ以上の力を持つ者を妬み恐れ排斥しようとする。それが己の弱さだと何故気がつかない? そこを認めなければ前進はないというのに。」
零の視線は前方に・・・今やほとんどの人間が消えるか避難した閑散とした王城の中庭中央へと注がれている。
そこに立つ、恐ろしいほどに歪んだ形相をした一人の男。
手に持つ剣は怒りからかカタカタと震え、肩から下がっていたローブは邪魔だと言わんばかりに落とされている。
「トール。エリーゼは生きているぞ。海の向こうで慎ましやかに穏やかに過ごしている。愛しい男の残した息子を育て上げてな。」
その言葉に、剣が上げられる。
「ならば、奪い返しに行こう。」
憑かれた様な表情からは、もはや為政者の威厳は窺がえない、いや最初から。
「愚かな。 エリーゼを遠ざけた者たちを葬り、政を私欲に使い、獣人やその家族親族までもを切り捨て・・・そこまでして一人の女が欲しいか?」
宙に伸ばされた零の腕に剣が現れる。
身丈ほどあるその剣は、零の結界の如く七色に輝きを放っている。
「あれは俺のものだ。俺の・・・生まれた時からそう定められてっ・・。」
「・・・ないわ、馬鹿者。 彼女はお前の妹だ。例え母親が違おうともそれに変わりはない。エリーゼの代わりにお前の犠牲となった、イーシャと同じようにな。」
零がそう言って剣を一振りすると、目の前に女性が現れた。
「・・・願いが届けられたので、すか?」
両手を胸の前で組み、零の前に跪く。
疲れ果てたようなその様子で在りながら、美しい人だと思う。
「イ-シャッ!! おまえっ・・・。」
王の叫び声に、彼女は零の前に庇うように立ち振り返ると兄である王に言葉を投げた。
「私が呼んだのです。私が・・・来ていただく様にっ、裁いていただくように・・・。 最初から間違っていたのです。 お兄様が何時か解って下さると、それまで支えようと・・・・浅はかな考えでした。己の力など・・・。 神に見放され、私たちはここで滅んでしまえばいいのです。」
震える身体で、それでも剣先の前に立ちながら彼女は言い切った。
「煩いっ!!煩い、煩い・・・。」
グッ・・と籠る様な声が聞こえ、目の前に立っていた華奢な身体が崩れ落ちる。
開けた視界の先、剣先から赤い血を落としながら王が立っていた。彼女の脇には零が屈みこんでいる。
「・・・い、愛し、子様。・・どうかっ・・呪われた、我が 王 家を・・・無に・・。」
腹を刺されている為に、血を吐きながら言う彼女に、零は微笑んだ。
「そのつもりで来た。 お前の命を代償に、全てを消しさってやろう。 思い残すことなく転生の輪に入れ。今度こそは幸せになるんだ。 普通の、平凡な女で、平凡な幸せを掴め。 その時、お前の可愛い息子も戻ってこよう。」
零の言葉に、彼女は大きく瞳を見開いて、微笑んで息絶えた。
彼女の亡骸に手を翳すと、その身体はさらさらとした砂となって消えた。そうして・・・。
「っ零!!」
ガキンッ と激しい音がして、俺たちと王の間に人が立っていた。
真っ青な髪と染まった爪。
神殿の刻印の入った剣で王の剣を受けて、払い落すその後ろ姿。
神殿近衛 ナーガ・ナッシュビル。
「ナーガ。」
零が呟くと、
「何でこんなことになってる?何があった?」
瞳だけ振り返ってこちらに厳しい視線を向ける。
「襲撃は夜決行だったんじゃないのか?」
質問には答えず質問で返す零に、ギクッとした顔をする。
「だから早めにけりつけようとしてたのに。」
と。
「何で・・知って・・。」
固まっているナーガを置いて、零は王へと言葉を放った。
「トール。お前の可愛い甥っ子だよ。ナーガ・ナッシュビル。いや、ナーガ・スィ・クルージスト。 エリーゼとガイの一人息子だ。」
王の動きが止まり、瞳が零れるほどに見開かれた。
「知っていたのか?」
「うん。」
「何故?」
「その説明は今じゃない方がいいかもね。」
言った途端王が斬りかかってきた。
再び大きな剣同士がぶつかる音がする。
「きさまがっ・・・死ね。」
渾身の力で降り降ろされた剣を、しかし日頃から訓練している上、獣人であるナーガは易々と受け止めた。
そうして、剣を払い落とし、横からその身体を薙ぎ払う。
グフッと大量の血を吐き散らし王の身体が落ちる。
その倒れた王の身体に、零が手にしていた剣を突き立てた。
「この者、未来永劫転生を許さず、その魂に安らぎを与えず、虚無の海に沈めることを神の愛し子である我が宣する。 またこの者に従った者、この地と精霊を汚した全ての者に粛清を。その命でもって贖え。」
その宣言が終わった時、目の前では残った者達が王の身体と共に砂に変わって流されてゆく。
そして・・・。
「っな・・・。」
全てが崩れ落ちてその端から砂に変わって跡形もなくなってゆくのを見ていた。
零の結界の中で。
目の前に広がるのは、元から何もなかったかのような草原と、建物が無くなったことによって見えるようになった海。
ただ一つの家すらも残ってはいなかった。
その上、地下坑道が潰れたことによって地面が平らになっている。
「愛し子様、だったのか。」
「うん。」
「じゃぁそっちは?」
「ルノー? 彼はサージェス次期王 アッシュフォード。」
聞いて、ナーガはすぐに膝をついた。
「よい。俺は今回はただの付き添いだから。」
そう声を掛けると、ナーガは立ち上がって零を見る。
「君たちが夜に襲撃をする気でいたから、じゃあ昼の間に決着を付けようと思っていたんだけどね。」
肩を竦める零に、大勢の人々が関所を走り出てくるので、何があったかと思い入り込んだとナーガは語った。
「今回のことは・・姫が?」
イーシャというあの王の妹が?と聞くと、
「うん。アークもずっと無視していたらしいんだけどね、あまりに悲痛な叫びだったから・・・。」
“滅ぼしてくれ”
“正してくれ“
と見捨てたはずの地から届く遠い叫び声に、無視できなくなってアークは訪れた。
祈りの元は王宮の奥。
自由に出ることすら叶わない豪華な牢獄にある姫からだった。
「イーシャはね、エリーゼの代わりに王によって閉じこめられた。エリーゼとイーシャは母親が一緒だったせいもあって、僅かばかり似ていたから。」
エリーゼを見失ってしまった王は、代わりにイーシャを囲い込んだ。
その言葉を聞かず、叫び声を聞かず、その身を我がものとした。
憧れていた兄からの仕打ちに、イーシャはだんだんと狂っていった。それでも王はイーシャを手放さない。抱いている間中、エリーゼの名前を呼びながら。
そして最悪の事態が起きた。
イーシャの懐妊。
王の決断は早かった。
認められなかった。
エリーゼ以外が産む自分の子を。
早期に薬によって流された子の事実は、容態が回復した後イーシャに伝えられた。
そして二度と子が産めぬ身体となったことも。
嘆き悲しむイーシャの前で、これで憂うることなく行為に及べると王は囁いた。
それが引き金だった。
王の目を盗んで、人気のなくなってしまったアーク神殿へ通い、イーシャは祈りを捧げた。
願うはただ一つ。
この国の崩壊。
一心に祈るイーシャの横に付き従ったのは、侍女で在り乳母でもあったメイサだけだった。そしてメイサの息子もそれに協力し、人に知られることなくイーシャの祈りは続けられた。
届くかどうかも解らない祈り。
神の見捨てた神殿からの願い。
ただ一心に。
「最初に気がついたのはアークじゃなくてアーリーだった。正確に言うならアーリーの精霊が、ね。」
神殿の祈りの間にある泉に浸かりながら祈りを捧げていたイーシャに気がついたのは。
それでもアークの怒りを知っていたからその祈りは最初無視され続けた。しかし、精霊は知る。己の水の中に浸かりながら祈る姫の本心からの祈りであることを。
黙っていることは出来なかった。だから自分たちの王であるアーリーに最初打ち明けたのだ。
そしてアーリーが祈りの間に訪れる。
アークの見捨てた王国に。
静観を続けて数年。アーリーはアークへと打ち明けた。
最初は耳も貸さなかったアークだったが、一旦気がつけば、祈りは届けられる。
そんな中だったのだ。私がこの世界へ来たのは。
海へ出た私にアーリーがこの国を勧めたのは、私が行けばアークが無視できないと解っていたから。
私もまた、解っていた。問題があるからこそ、アーリーがここを勧めたことを。だから誘いに乗った。
「最初はね、時の牢獄に閉じ込めてしまおうかと思っていたんだ。」
反省を促す為にもね、と言いながらアッシュフォードを見ると、ぎくりとした顔をする。
「でもね、あんまりイーシャが哀れだから。・・・滅ぼしてしまう事にしたんだ。」
正常な状態であったなら、政略でももっとましな婚姻があったろうに、その全てを奪われたイーシャ。狂った兄の犠牲となった哀れな娘。
「ナーガ。母にこの事は言うなよ。」
“この事”が何を指すのかは言わずとも解ったらしく、静かに頷いた。
こうして私の、愛し子としての初めてのお仕事は終わったのだ。
ノース国編、やっと終わりそうです。
遅くなりましてごめんなさい。




