29 「王族として。」
フォクシア大陸 ノース国。
大陸の半分以上を占めるその国は、またその半分を深い森に囲まれ海岸線には高い崖が存在する天然の要塞のような作りになっている。
しかし、戦争時であれば有利に働く地形も、こと貿易となると不便さを露わにする。
崖になっている海岸に船を付けられるはずもなく、反対側のサース国に頼らざるを得ない関係だった。サース国で積み荷を下ろし、商人によってノース国へ運ぶ。それは国交断絶になって久しい今もって続けられている唯一の交流であった。
「所詮は国の意向云々よりも、生活が大切だという事さ。」
人は喰わねば生きてゆけず、日々の生活の中では沢山の必要な物だって出てくる。
そしてそれらを入手する手段がないのであれば、あるところを頼るしかない。ノースにとってサースはそれに当たる。
その代わり、ノースの鉱山からとれる鉱石をサースの港を使って輸出しているのだ。その荷馬車は3日に一回は街道を通る。
「それがあれか?」
アッシュ・・・もといルノーは歩きながら振り返って通り過ぎて行った荷馬車を見送る。
「そうだ。お宅の国の王宮の床にも使われている石だよ。しかし・・・。」
道案内としてついて来ているナーガの言葉尻を取る。
「5つあった鉱山のうち3つは閉鎖。今現在稼働している鉱山のうち一つは海水が上がって来て掘る事は出来ず、たった一つしか稼働していない。その上、つい先日落盤事故があったばかり。ノースの床下は穴だらけで、どこで落盤があってもおかしくない状態で、このまま掘り進めるにも懸念がある・・・。」
「では・・・?」
街道が切れ、こんもりした林の前、人通りが少ない道に入る。
「さて、此処でルノーに質問だ。 君が国王と仮定してみて、自分の国に資源が乏しく、その資源すら安心できるものでなかったとして、さぁ君ならどうする? 国民を、自分たちを生かす手段として何を考える?」
「“俺が国王なら?”・・・国交を回復させて貿易や観光で外資を入れる。」
「優等生的解答だね。 でも考えようか? 以前はそうやっていたんだ。でも国王の暴走にとってその道は断たれている。では?」
優等生の解答だと言われて、ちょっとムッとした感じだったが、
「ならば手段を力づくで手に入れよう。」
と答える。
「・・だよねぇ~。正解。」
“これあげる。”と飴玉を差し出して手に握らせている。
「お前っ・・・!って・・それって?」
ルノーの視線が関所のある方向へと注がれる。
彼・・・零の視線は何故か俺に注がれた。
「そうだよ。ノースはサースを乗っ取ろうとしている。」
・・・何故それを知っている。他国民が。
「ライオネルでは、それを見越して兵を鍛えているよ? 別にサースに肩入れをする為ではないけどね。ダグラス王は物の数に入れてないけど、万が一海を渡ったらそこはラオイネルだろう?掛かる火の粉を振り払うのに躊躇する人じゃないからね。 同じ獣人ならその気性は理解しているんじゃないかな?ナーガ。」
「かのダグラス王は建国王の再来を歌われる厳しい人だと聞いている。勿論一介の騎士である俺たちなど会った事もないが。 大国らしく己から戦はけして仕掛けないが、一旦ライオネルに関わると一切の容赦はない、と。」
俺の言葉に零が頷く。
「大国故に己の影響力をよく知ってるからね。実際ラオイネルが本気になって戦をしたら、相手の国は跡形も残らないよ。おそらく、ではなく絶対。」
零はそう言いながら林の横に足を進める。そこには、かつて屋敷であったモノの成れの果てがある。俺と零が初めて会った場所。
焼け落ちた屋敷は盛んだったころの面影はなく、ただ所々にその片鱗が見られるだけだ。
「クルージスト子爵屋敷跡、だ。公に語られてはいないが、此処に指示をして火を付けさせたのはトール国王だと言われている。」
「彼、か?」
辛うじて壁に焼け残っている絵画に目を向けていたルノーが振り返る。
「ガイ・スィ・クルージスト子爵。」
「トールの至宝を横取りした色男だよ。まぁ実際格好いいよね。」
「この事件をきっかけにして、ノース国から獣人は追い出された。出なかったものは殺された。獣人にとって番はこの世でたった一人だけだ。それは相手が人族であろうが同じ獣人であろうが同じこと。当然ノースにも番がいた者があり、出るのを拒んだ獣人もいた。」
それらの獣人はみな殺された。番である人族を盾に取られ抵抗できないままに嬲り殺された。子も獣人であるのだから勿論。
残された番に当たった人族は国の意向で再婚せられた。結婚できる年齢の者は全て。
それに従わず反抗した人族もいた。獣人をこっそりと逃がした人族も匿っていた人族も。
「皆殺されたよ。トールの狂気に巻き込まれた人々はどれほどいるか解らない。」
「それをどうしてお前が知っている?」
俺の言葉に零が子爵の絵に向けていた視線を此方へと流す。
「さぁ、何でだろうね。」
にっこりと、おそらくは綺麗だと称される笑顔を浮かべて。
「大体、お前は幾つだ?」
歳すら知らない。
「聞いたらびっくりするよ?・・ルノーには言ったっけ?」
「いや聞いてないな。」
「19。」
「ウソだろ?」
その大きさでか? と言いかけたルノーを瞬殺。
俺はそれを見て辛うじて言葉を飲み込んだ。
細い手足に身体付き。白い肌が余計に幼く見せるのだろうか、とマジマジと見てしまう。
緑色の瞳は無邪気に見せるかと思いきや、瞬間鋭く達観しているような輝きを見せる時があり、今の髪は腰ほどの長さで遊んでいる。
白すぎるほどに白い肌はまるで女の軟さを連想させる。それ故、大事大事に育てられて来た人間かと思えば、冒険者だという。
「みんなの方が大きいだけだ。私は標準。」
言い切るあたり、気にしているのだろう。
「国はどこだ?」
何気に聞いた。
零は、ゆっくりと目を閉じた。そして開けた時には、閉じる前の愁いの様な光はなかった。
「どこ、と言われればサージェスになるのかな? 神殿に住んでいたから。」
その言葉に、何となく悟る。
サージェスの神官長は、身寄りのない子や孤児たちを多く手元で育てている聖人だと聞いた事がある。
そんな中の一人だというのだろうか。
それ以上聞くのを憚られ、歩き出した。
関所は侵入を拒むかのように高い塀で囲まれていた。
「止まれ。」
威圧感を漂わせた物言いで、3人を止めた門番は俺を見る。
「あなたの入国は出来ません。」
「解っている。私はこの2人を送ってきただけだ。旅行者だそうだ。」
その物言いに何時もの事で起こる気もなく、2人を紹介する。
「通行証を。・・・サージェスから?」
「「はい。」」
「目的は?」
聞かれた言葉に
「旅行?」
「冒険。」
2人の答えが分かれた。
「冒険ってお前・・・。」
「旅行って・・・いやだなぁお貴族様は・・・。」
またもや食い違う。
「・・ふっ・・・まぁいい。許可しよう。どうせ明日は独立祭で賑わうから、いい観光になるだろうよ。」
何時もは厳つい門番さえ含み笑いを零すほど、2人のやり取りは微笑ましかったからだ。
「ではまた帰る時に神殿に顔を出すといい。神官長も会いたいだろうからな。」
そう言って、これが最後にならぬように、と願いながら二人の顔を見る。
そんな思いに気がついたのか、零がにやりと笑って手を上げたのを見やって、俺は神殿への道を進んだ。・・・まだ今は入れない。
「独立祭?建国祭じゃなく?」
「あぁ・・・ちょっと待って。」
【盗聴防止】
『これで普通に話しても誰に聞かれる事もないよ、私たちの会話は外には他の他愛もない会話が流れるようになっているからね。』と零は言い、どうやら力を使ってこちらの会話が人に聞かれないようにしたらしいことは解った。
「それは加護付きならできることか?」
「出来ないよ。まぁしようとした事もなければ思いつきもしないだろうね、普通は。」
「さっきの言葉は?」
ん~っと考える零に『いや聞いてはいけない事なら・・。』と言いかけたのだが、
「違うけど・・・えーとね、私は此処に、ガイアースに来る前、別の世界にいたんだ。」
・・・別の世界?別の国、ではなく?
そこから零が話してくれたことは、理解するには難しいことばかり。
しかし、意味は解った。
「つまりは、ガイアス神と同じ力を持つ、と?」
「うん、そうなる。だって私自体が父の力の塊みたいなものだから。ただ・・・。」
「“ただ”?」
立ち止まった零が静かに紡いだ言葉は、驚愕に値するものだった。
「私は“破壊”が出来る。」
・・・“破壊”。
己より小さなその姿を見る。以前より大きくなったとはいえ、やはり小さな姿はさっき19だと聞いた時もびっくりしたが、そんな力があるようには見えなかった。
「父は“創造”しかできない神だ。その代わりに私は“破壊”が出来る。」
元々どこの世界の神も創造と破壊を繰り返すものだ、と零は言った。創造しかできないガイアス神という存在自体が歪なのだと。
その欠けた部分を私が持って生まれたのだろう、と。
同じだけの力が逆に作用する。
それは根底から破壊し尽くすという事ではないのか?
「だから私は世界を見て回る事にしたんだ。父が創ったこの世界が護るに相応しい世界か。否か。」
「い・・・否だったら?」
声が震えた。
動悸が激しい。
身体が震える。
「作り直すさ。正しい方向へ。何を“正しい”基準にするかは考え方が分かれるところだろうけどね。」
歩き出した零に遅れないようについて行きながら、考えていた。
“正しい”とは何だ?
少なくとも“正しくない”基準は解る、気がする。
見せられた隣の閉じ込められた王族の姿。
あれは正しくないだろう。
彼らは民を苦しめ私腹を肥やし、遊興に耽り・・・。そして国自体を疲弊させた。
己たちの為に民や国がある、と自惚れ奢り、結果世界から“いらない”と宣言された。
ではコンドルトは? その王は?
己の身を顧みず、戦地に赴いた。
例え力及ばずに死んだとしても、彼はそれで後悔はしなかったのではないか?
そして周囲は彼を認め、一介の騎士でありながら今では“王”だ。
彼の周囲に集まった者たちは元々は違う国の出身の者が多い。戦いの中で彼を認め従って来た者たちで、彼を王の地位まで押し上げたのも彼らだったという。
彼は最後まで王になる事を拒んで、でも零が現れて説き伏せた、と聞いた。
ではライオネルは? ダグラス王は?
絶対的な力を持つ者のみが君臨することのできる国で認められ、身分に関係なく王となるしきたりの中で彼は王となった。
どの国よりも強大な力を持ち、おそらく、いや絶対世界一強い力を持つ国でありながら、けして己たちから戦を仕掛けない。
ライオネルが本気になれば世界を支配できる力を持ちながら、他国に対しては対等に話を持ち、奢り昂ぶりがない。それは相手がどんな小さな国であっても同じ。
王として民と国を守る事のみに重きを置くダグラス王は、潔く見える。
ではサージェスは? 父であるクリフォードはどうだろうか?
穏やかな父の性格そのままの国になっていると思う。
早くに両親を失くして15で即位した父は、何をどう思って国を支えて来たのだろうか?
父の年齢を超えてなお守られている自分には想像もできないほどの苦労や苦しみがあったはずだ。
父も王として踏ん反り返っているような人ではなく、臣下の話をよく聞く王だと思う。母にも優しい夫だ。子供にも穏やかな父親だった。
王族として、何が求められ何が正しいのかは、以前零から聞いた。
そう生まれたのだから、それが使命であり逃れられない責だと・・・。
“パン”
音にびっくりして思考が中断された。
「ご飯。」
言われて見渡せば、どこか宿のような場所の食堂だった。
「城のすぐ傍にある、“ピークス”という宿だ。 この国ではかなりいランクの宿だから文句を言うなよ?」
存外にお前に合わせたんだ、と言われ頷いた。
「いつ?」
入った事も席に着いた事も何も覚えていない。
「2刻ほど前。 随分集中して考え込んでいたな?」
だから邪魔しなかったが、と零は言いつつ俺の皿に取り分けてくれる。
現金な事に匂いを嗅いで、腹が空いた事を思い出してくる。
「・・・ありがとう。」
「とりあえず先に食べよう。考えるのは後だ。空腹だと考えもまとまらないよ。」
例えばね、子供が盗みをしたとしよう。
それは正しくない行いだ。じゃあ、その子を罰すれば全部解決か?
そんな事を言われた。
「・・・そう、ではないのか?」
自信なく答えれば、それは物事の一面しか見ていない、と零は言う。
「“何故盗みを働いたのか。”の“何故”の部分を考えなきゃ意味がない。その後も盗みは続く。」
その子が盗みを働いた理由が問題なんだよ。と。
ただの楽しみや遊びなのだとしたら、その子自身が悪い。懲らしめてやればいい。でも、もしそうでなかったら?
その子が、例えば脅されていたとしたら?
あるいはもう何日も食べてなくって、止むにやまれなかったら?
「脅されていたのなら、悪いのはその子自身ではなく“脅した者”たちだろう? 何日も食べていなかったのだとしたら“そんな状況を作った者”たちのせいだろう? もしそれが親から捨てられていたのだとしたら?」
「親を罰する。」
「うん、じゃあみんながその子に物を売ってくれないんだとしたら?」
「店主たちを罰する。」
「孤児であるのを放置していたのだとしたら?」
「領主を罰する。」
「では聞こう。領主たちの罪は?」
・・・あぁそうか。
「見抜けなかった王の罪。」
「そう、それが正しい答えだ。 アッシュ。物事には必ず裏があって表がある。君が王になるのなら、その“裏側”を見なければならないし、それを見せようとしない者を側近に入れてはいけない。 綺麗な部分のみを見つめて王は出来ない。 誰よりも穢い部分を見て知って理解した者が正しい王だ。裏側から目をそらしてはいけない。
それをした時、必ずそれの犠牲者が出る。 蒸し返す訳じゃないが、北部の事にしたって都が見て見ぬ振りをしたことによってたった一人の子供しか助からなかった。
確かに君も愚かだったが、それを君に見せようとしなかった者たちがいたせいでもある。そして見せようとしたエセルやパウロを排除した。 その行為が“罪”だ。 そして“王”は“知らなかった”では済まされないと知れ。 今にも死にそうな老人も生まれたばかりの赤ん坊も、牢に入っている罪人だって皆“民”なんだ。 悪い事をする人間はどう豊かになっても貧しくともなくなる事はないだろう。でも国政が正しければ減らすことは出来る。 それが君の仕事だ。逃げ出すことは簡単だが、君が逃げ出せばまた別の人間が背負うだけの話だ。そう腹の中にいるあの子がね。 それか、君に将来生まれるであろう子供が、だ。」
アッシュのお勉強の巻、でした。




