28 「お前ならどうだ?」
それはいきなりやってきた。
会談、という重要な会議の途中で、いきなり2国の国王と、1国の皇太子についていた近衛が振り返る。
「「零様。」」
「≪詠星≫」
3人の声が重なった室内に、光り輝く存在が現れる。
漆黒の髪は臀部まで伸び、黒曜石の瞳を巡らせると、
「ごめん、邪魔するよ。」
と相変わらず瞳だけは笑わない笑顔で言い、
【結界 範囲20メートル四方・防音・侵入禁止機能付き】
そう呟いて、その場に居る皆の傍にやってくる。
それに対して一番に動いたのは、ライオネル国王だった。
「≪詠星≫もう恋しくなったか?」
するりと長い腕を回し囲い込むと、その髪にキスを落とす。それを皆呆気にとられて見ていた。
そしてそれをされるがままに許す零様にも。
「馬鹿言ってるんじゃない。もう終わった?」
会談は・・という零様に、リーヴェと皇太子が肯くと、絡みついているライオネル国王をそのままに皆に口を開く。
「悪いがしばらくアッシュを借りる。その間アッシュの代理はエセル、あなたが務めて。アッシュには私と共にフォクシアに飛んで貰う。」
「ノースか?」
「・・・国王が板について来たかな?リーヴェ。ランドの指導がいいのかな?」
「恐れ入ります、零様。ところで、その・・あの、これは一体・・。」
と私が零様に纏わりついているライオネル国王を恐る恐る視線で促すと、一周りは大きいライオネル国王を下から見上げる様にしてその手を叩く。
「番だ。」
「≪詠星≫いいのか?・・・その・・。」
驚く皆に負けず劣らずうろたえた国王に、
「いい。ダグが嫌なら記憶を消すが?」
などと恐ろしいことを簡単に言ってのける零様。
「嫌な訳はない。声を大にして言っていいのなら世界中に触れまわりたい位なのに。」
「それもどうかと思うぞ。まぁ、言う機会があれば言えばいい。但しライオネルだけに肩入れをするとかないからな。皆もそう思っていてくれ。これは私個人の事情ゆえ、別にライオネルに特別扱いをするとかないから。いい加減離せ、ダグ。話が出来ない。」
新しく近衛のエセル殿が持ってきた椅子に腰かけると、零様はまずダグラス王に聞く。
「エリーゼはどうなっている?」
いきなりの話にもダグラス王は驚いた顔はせずに答えた。
「今は侍女頭として臣下の貴族にいで働いている。心身ともに元気だが。」
「・・・零様、話が見えません。」
エセル殿がそう言って話に割って入る。正直私にも解らない。ここでその話が解っているのはダグラス王とその側近であるディーク殿だけだろう。
「ノースに風穴を開ける。アッシュには一般人として私と共にノースに入って貰う。知っての通りノースは20年前の事件から獣人との接触を極端に絶っている。・・“人”の後始末は“人”にさせるのが相応しいだろう?なぁアッシュ。」
にっこりと笑う零様の顔はそれはそれは美しく、そしてとても恐ろしかった。
人の創設した初めての国サージェス。
その次期国王。
確かに後始末させるには尤もな人材だろう。
サージェスから零れた、いや世界から零れた“人”の集まりであるノース。
「私に、出来るだろうか。」
呟く声は部屋に響いた。
「相変わらずそんな事を言う口はこれか? 引き千切ってやろうかな。」
ギュッとアッシュフォード皇太子の唇を摘まんで笑う零様に、エセル殿が慌てた様子もなく微笑みながら口を挟む。
「困りますよ、まだそんな口でも使い道があるんですから。」
臣下の言う言葉としては不敬罪を問われても仕方ない言葉ではあるが、以前のアッシュフォード皇太子であれば怒鳴り散らすのであろうが、今は違う。
「・・・えへふ(エセル)・・・いろいど(ひどいぞ)・・・。」
「何をおっしゃっていらっしゃるのか解りかねますが・・・まぁいいでしょう。お貸しするのは構いませんが、零様、守って下さるのでしょうか?」
すっとアッシュフォード皇太子の口から指を放してエセル殿を見る。
「うちの皇太子は、今やっと自分の足で立って歩き出したばかりのひよっこと同じです。以前と比べて変わったとはいえまだまだ甘いことには変わりありません。大国の皇太子として守られることに慣れ、自身の腕で戦う事は今だしたことは御座いません。ダグラス王やリーヴェ王の様に自身で戦場に出向いた事がないのです。」
「それは仕方なかろう?サージェスはこの何年か戦になったこともなし、戦をしかけたこともない。それは皇太子のせいではなかろう、国王の治世が良いせいだろうて。」
ダグラス王が言えば、若輩者よ、と縮こまっていた皇太子が肩を聳やかす。
「そうだ、だから場数を踏ませてやろうと思ってな。獣人のダグやリーヴェでは入れないし、おそらく戦争になる。この2国相手に戦争を起こせば、滅びるのも速かろうが、そうなれば犠牲になるのは民だ。愚かな一握りの人の為に多くの民が失われるのは我慢できない。アッシュはまだ学ばなければならない。これからクリフォードに劣らぬ王になる為には、な。」
ソレイクに都合して貰った、と言いながら差し出された通行証には
〔 名 : ルノー・ゾイド
種族: 人族
階級: 子爵 三男
国 : サージェス 〕
とあった。
「これって・・・。」
俺が呟くと、
「ゾイドというのは、出家する前のソレイクの実家だそうだ。まぁ今は廃嫡になっていて実際には子爵家はないがな。 一般市民にするにはちょっとばかりアッシュは品が良すぎるし、それ以上ランクを上げると色々集られても面倒だしね。二人は友人同士で旅をしているという触れ込みで入るからそのつもりでいて。明日ノース入りする。くれぐれも横槍入れるなよ。 特にダグ!」
零がそう言って横に座るダグラス王に肘鉄を喰らわせていると、ダグラス王は大きな身体を丸めるようにして零を囲い込んだ。
「うちの近衛にも人族はいる。」
「あぁ知ってるよ。でもあれは駄目だ。加護付きだから私をぞんざいに扱えない。畏まられていても具合が悪いんだ。」
「ノースでは女に限り人攫いがあると聞くぞ。」
「うん、ソレイクも言ってた。最初っから女では入らないよ。まぁ必要に駆られたらバラすかな?」
鬣の様な毛並みを零に擦り付けながら、ダグラス王は恐らく並の人間であったなら息が止まるであろう強さで零を抱きしめた。
「人攫い?」
その言葉を聞いたエセルが眉を顰める。
「そう。あそこ、女が少ないんだ。だからだろう? 何訳解らないって顔してるんだ、アッシュ。女攫って子供産ませないと国の人口は増えないだろう?」
あからさまな言葉に赤くなったのは俺だけ。
皆知っていたのか?そんな非人道的なことが行われていたと言うことを?
エセルを見た。
「・・・聞いてはいましたよ?実際本当かどうかは解りかねますが。」
皆を見る。
「まぁ、知っていますよ。身分は問わないそうですね。取りあえず子供が産める年齢の女性であれば誰でもいい、といいますか・・・。節操がないというか、形振り構っていられないといいますか・・。」
コンドルトのランド宰相の言葉にダグラス王が吼えた。
空気が震える。
「ダァグ。私がおいそれとそんな手管にやられるとでも?」
グルグル・・・・と喉が鳴っている。
「私が誰か忘れた?」
ぎゅっと腕が絞られる。
それが何となく可笑しくてつい笑みが零れた。それは皆同じだったというのに、何故か俺だけが睨まれる。恐ろしい。
「こいつは?」
「仮にも一国の時期王を捕まえて“こいつ”はないよ?ダグ。大丈夫だよ、アッシュには想い人がいる。」
言われてびっくりして、茶をひっくり返してしまった。
・・・何故? 何故知って・・・いや、まさか・・・。
「そうですよ、ダグラス王。未だもって話しかけることすら出来ないヘタレ王子ですが、もうかれこれ5,6年越しの片思いですがね。」
エセルまでがそう言い、慌てて立ち上がって、そしてはっとして座り込む。
「なんだ、せっかく呼び戻してやったというのに、まだそんなか?」
「そうなんですよ、だいたい学生の時からぐじぐじ眺めてばかりだったから、卒業と同時に結婚されてしまって泣くことになるんですよ。」
エセルの追い打ちに文句を言いそうになってはたと気がつき、零を見る。
「まさか・・・最初っから知って?だから、彼女を?」
「当たりぃ。 でもお膳立てしてやるのはここまでだ。後はお前の覚悟だよ、アッシュ。彼女は医者らしい潔癖症だ。他の女を抱え込むのはよした方が良い。下級貴族だから、と貴族どもがごり押ししてくるだろうが、受け入れるな。でなければ彼女は離れていく。 後宮は作るな。 そこも父王を見習えよ。」
サージェスの一般的な貴族の服装に着替えて来た俺を、まるで男が女を品定めするように上から下まで眺めると、“うん”と一言。
「じゃーね。また来る。泣くなよ、ダグ。」
そう言い残して、あっさりと景色が変わった。
「こんな・・・。」
「一度来れば、ね。 さぁてソレイクに会ってから出発しよう。」
サウス国の神殿に居たソレイクという神官は、俺の顔を知っていたようで膝を折ろうとしたのを慌てて止めさせる。
それに対して、具合悪そうな顔をしてはいたが、その後神殿部隊が入ってきたため、膝を折る訳にもいかない様子で、立っていた。
入ってきた人物は見事に真っ青な男で、曇りのないその瞳を零に向けた。
零は、と言えば肩を竦めて俺へ耳打ち。
「神殿部隊のナッシュビル。ナーガ・ナッシュビル。 鳥獣人だよ。」
言われて爪を見れば、確かに爪の先が紫色に染まっていた。鳥獣人は、他の獣人や人族とは違い、爪に色がついている。それは鳥の種類によって様々であるし、また同じ種類だからと一緒の色とは限らない。
ただ、必ず色がついているのは変わらないので、ひと目で解る。しかも色がついているのは男だけだ。女性の鳥獣人にはついていない。
「零さんは・・・ノースへ入るそうです。案内してあげてくれませんか?もちろん、関までで結構です。」
ソレイクが言うと、青い瞳が煌めいた。
「いつ行く。」
「今でもいいよ? ルノー、休みたい?」
といきなり話を振られて焦る。
「やす・・み?」
・・・たいとはどーゆー意味で?
「君、着いたばかりだろう?急ぐ旅でもないし?飯でも食う?」
・・・あぁ、そういうことか。
「彼は?」
ナーガの視線が初めてこちらに向けられた。
・・・迫力のある色だな。
その青い瞳を見てそう思う。真っ青だ。しかもかなり濃い。海の色だ。
少しツンと立っている短髪はまるでトサカか飾り羽のようだ。
そして威圧感が半端ない。
「友人の、ルノー・ゾイドです。」
本当の名前でないとなると、途端に名乗りにくく感じるのは何故だろう。
「女の尻ばかり追いかけて、やっとさっき到着したんだ。」
「っな・・・。」
「冗談だよ、怒るな。」
「・・・口が悪いな。」
それだけをやっと言い返すと、
「貴族じゃないからね。君とは違う。」
「貴族か?」
ナーガは、少し剣のある言い方をした。
・・・貴族嫌いか?
「私の親戚なんですよ。サージェスのゾイド家は私の実家です。もっとも、加護付きで生まれた私はすぐに神殿に預けられましたが。」
ソレイクが助け船を出して、やっと引き下がるかのようにナーガは剣のある視線を納めた。
「20年前の事件を知っているか?」
もう夕方だから、明日の朝早く出た方がいい、とナーガが言うので、2人して宿に入った。
零が取っていた部屋は二間続きになっていて都合がいいし、同性の友人同士なら同室の方が怪しまれないから、と同じ部屋に泊まる事になった。
「いや・・・大きな事件が?」
何処に直し込んでいるのか、真っ黒な空間から取り出されたのは確かにエセルに渡された俺の荷物。
「そうだね、他の国までは知らないだろうね・・・ノース国とサ-ス国の悲劇話さ。」
それは20年前。
あの館で起こった。
一夜にして全焼した屋敷。けして小さくはないはずの屋敷は、見事に焼け落ち、当主は死亡。奥方は・・・。
「あ、昼間の・・・。」
「そう、ライオネルに居る。エリーゼ。 エリーゼ・スィ・クルージスト。 嫁に行く前の家名はド・ラ・ノース。現ノース国王の妹だ。」
それは一人の王女の一目惚れから始まった物語だった。
それだけであれば、一目惚れした相手と目出度く結ばれて終わる筈だった微笑ましい話なのだが、そこに外野が乱入して、話は目出度しでは終わらないことになってしまったのだ。
「外野?」
王か?と聞く俺に、首を横に振る零。
「兄だ。トール・ド・ラ・ノース。その頃はまだ王太子だった。」
そう言って話し出した。
その頃はまだ二国は仲が良く交易も盛んで、人と獣人とに分かれて住んではいたが、行き来もありノースにも少しは獣人が住んでいた。
ノースではその頃、王が退位してその息子が跡を継いだ。
それがトール・ド・ラ・ノース。王の一人息子であり、自分の思い通りにならないことはない、と憤っていた若い男であった。
新王には妹がいた。
妹、とは言っても腹違いであり、その妹の母親は妾妃の中でも地位の低い女であった。
先代王には息子は一人、しかし娘は3人いた。
一人は新王の姉。この人は他国へ嫁いでいる。
あとの二人は妾腹の子であり、一番下の妹に当たるのがエリーゼだった。
正妃の子と妾妃の子という関係ではあったが、皆それぞれ仲は良かった。もとより王が後宮を持ち複数の母親が違う子を成すという事自体は珍しいことではない。王に求められるのは、何より後継を残すことだからだ。
男ばかりであったなら、後継争いも起こったろうが、幸い男子は独りトールだけだったのも幸運だった。
新王のお披露目の舞踏会で、エリーゼは一人の男に会う。
ガイ・スィ・クルージスト。
サウス国の貿易商であり、子爵の位を持つ鳥獣人だった。
見上げるほどの長身に、綺麗な青い爪。
海の色のような深い青い瞳は吸い込まれそうで、後ろで一つに結ばれた髪は金茶の淡い光を放っていた。
ガイとダンスをしていたエリーゼは一目で恋に落ち、ガイもまた片腕に抱き上げられそうなほどにか弱い王女に恋をした。
一番下の王女だった事もあり、話はとんとん拍子に進んで、先代王も後押しをした。
祝福モードの式の中、ただ一人暗い瞳をして見守っていた男がいたことを誰一人知る事がないまま。
子爵という身分ながら貿易で潤っていたガイの家は裕福で、温かい家庭を夢見ていたエリーゼの思い通りに1年後には子供を授かった。
その辺りから、エリーゼに帰省を促す王の言葉が届けられるようになる。
『子は実家で産んだ方がいいのではないか?』
『人と獣人は違うから、人の医者の方がいい。』
届けられる手紙は、日を追うごとに執拗となり、その度エリーゼは返事を書いた。
兄であるトールが重責で窮屈なのだろう、と心配して書かれた手紙はトールの部屋のデスクにうず高く積まれ、その中でトールは少しずつ狂っていった。
そしてその狂気のまま、矛先はガイへと向けられた。
「トールはエリーゼを愛していたのさ。」
「は?」
俺の間抜けな声は暗い部屋に溶けた。
「腹違いの妹を“女”として好きだったという事さ。」
・・・妹を女として?
「それにピンとこないお前は正常だよ。でも、居るんだ。そしてトールは愛しいエリーゼを取り戻す為に子爵家に火を放った。」
その頃にはサウス国でも少数ではあるがガイと隣国の王の確執は知れるところになっており、皆が心配していた事態になった時、気がついていた獣人たちは助けに入った。
紅蓮の炎の中から救い出されたのはエリーゼ一人。
その人をガイの言葉通りにライオネルへと運び、王を頼った。
「ダグの父親の代の事だな。 王はエリーゼの身を守る事を最優先に囲い込み、安心して出産させた後には、腹心の貴族の館に預けた。 そして子は・・・。」
零に、
「獣人、だよな?」
聞く。
「あぁ、今は19、エセルのように神殿部隊の兵隊だよ。 父親譲りの青い瞳に、同じ色の髪。加護は付いてないが、立派に育って働いている。トールが血眼になって殺したがっている男だ。」
「何故?」
零はふっと笑った。
「“愛しい女が生んだ。他の男の子”だからだろ? 嫉妬深いな。・・・・アッシュ。」
バサッと布団を被って零が言う。
「お前ならどうだ? 彼女がもし、前の夫の子を連れていたら。 その子を殺したいと思うか? ト-ルの気持ちが解るか?」
・・・“俺”なら?
大変遅くなりました。
次回、ノース国サイド。
壊れた人が登場します。




