26 「海、ですか。マジですか・・・。」
朝焼けが差し込む部屋に目を凝らすと、すぐ横で聞こえる寝息にほっとした。
夢ではなかった、と。
確かにこの手の中にある、と。
その白い肌を抱き寄せる。
愛し子ゆえその肌に印を残すことは出来なかったが、代わりに、と俺に贈ってくれた印は俺が詠星に贈った場所と全く同じ場所に。
・・・行くのだな。
そう感じた。
神と会い、許しを得たのはもう昨日の朝のことだ。真名を教えてもらい、ベッドに詠星を押し倒したのはその後すぐ。
言いつけ通り、誰一人としてこの部屋にはやってこなかった。扉の向こうにディーンの気配は感じたが、すぐに解ったのか去っていった。その際また人払いをしたのは解っていた。
ミラに命じて絶対結界を張った。
誰一人として今を邪魔させる訳にはいかなかった。
薄く明るくなる部屋の中、気が付くと詠星が目を開けていた。
・・・・。
「お前・・・?」
「・・うん、また大きくなったらしい。」
手を大きく広げ、陽に翳す。その腕は少し長くなっており見れば身長も伸びているようだ。
胸に手を当て“おぉ!”と言っている詠星に色気がないなと思いながら、それもまた彼女らしいと思う。
ゆるりと起き上がって俺の腕の中から抜け出すと、窓に寄って薄いカーテン越し外を見る。
薄布を一枚纏っただけで身体の線を陽に浮きあがらせている詠星は、色気があるというよりはむしろ神々しかった。
「ダグ。」
ベッドの上、胡坐をかいて俺もまた座る。
「何だ?」
「行くよ、今日。」
「そうか。」
・・・やはり、か。
嫌な勘ばかりはよく当る。が、
「帰ってくるよ。私は一度場所を覚えれば、すぐ飛べる。野宿は嫌いではないが魔獣が面倒だし、雨だって冷たいし、それに・・・。」
不意に影が差して、顔を上げれば詠星が俺の顔を覗き込んでいた。
「泣くだろう? ダグが。」
ふふっと微笑んで詠星が言った。
「お前、美しいな。もっと笑えばいいのに。」
言ってから、言うんじゃなかったと思った。それを傍で見ていられないのに、他に微笑む彼女は考えたくないと。
「そうか? ダグは目が悪いんじゃないか? 」
本人が無自覚でよかった、と心底思った。
用意したドレスなど着ていく事も持っていく訳もなく、それら全ては星の間のクローゼットに置いたまま。でもそれは“帰ってくる”と言った詠星の言葉を裏付ける証拠の様な気がして、
『(置いてくけど)いい?』
と聞いた詠星に
『あぁ。ただ帰ってきたら着てくれよ。』
返した言葉に、いつもの無表情で肯いていた。
「どちらへ?」
そう聞いた神官に、
「海でも見に行くよ。・・・ダグ、ディーン。」
振り返った詠星は俺と宰相を呼ぶ。
「はい。」
「二日の内に隣から使者が来る。」
隣、と言いながら詠星の視線は森の向こうのコンドルトを指していた。
「うん?」
身長が伸びた詠星。見かけは少年のように術を掛けてあるらしいが、それは体型だけのこと。背中当たりだった髪は一気にお尻まで伸びていた。落ち着いた瞳の光に顔立ちが追いついてきた印象が残る。
「・・・森の中に狩猟用の休憩所があるだろう?」
「・・・解った。」
そこで会えと言っているのか。肯くと不意に纏う空気感が変わった。
魂と魄が現れた。
「番となったか?」
魄がいう。
「安心するがいい、我らが護る故。我らはあれに見いだされ命を貰い共にいる。我らの命と等しき娘。必ずやお主に返そう。」
魄の言葉に肯く。
2人の事は詠星から聞いた範囲でしか知らないが、詠星が元いた世界での神の部類に入るものだと聞いた。
詠星がいた世界では、“神”と呼ばれる者たちはそれこそ多くいるのだそうで、“八百神”というくらい。
詠星がそこで今までを過ごしこの世界にやってきたのだと聞いた時は、びっくりはしたがだからと言って詠星への気持ちや態度が変わる訳ではない。
むしろ精霊王たちに感謝した。
詠星を呼んでくれたことに。
こうして出会えたことに。
「ダグ。」
行く、と瞳が語っている。
「・・あぁ。」
「泣くなよ。」
からかう声音で言う詠星に、
「泣かん。・・・帰ってくるのだろう?」
そう問いかける。
「あぁ。・・・何かあったら呼べばいい。手助けは出来ないが、茶々入れは出来る。」
言いながら詠星が俺の前にやってくる。
「我は誰のものにもなれん。しかし、お前は我のもの。」
少年のような少女のような風貌の人間が、王に向かって言う言葉ではないが、そこにいる皆は知っている。
彼が彼女が、普通の人間ではない事を。
だから誰も咎めはしない。
その中で詠星の声だけが支配する。
「お前が道を誤ったなら、我がこの手で屠ろう。お前が事を成し得たなら、我は祝福を送ろう。お前が死に際する時は、我が見送ろう。そしてお前がまた生まれ来る時は、必ず我が迎えよう。 生涯、我の番はお前一人。お前の番も我一人。・・・いいな?」
旅立ちの前のほんの一時のはずの空間に、まるで神聖な儀式の様な空気が流れる。
真っ直ぐに見詰める漆黒の瞳を見返し、しっかりと肯く。
「俺はいつまでもお前を待とう。そして必ずお前に戻る。≪詠星≫。」
俺が精霊語を話したことに周囲は驚いたように少しざわめいたが、それを制するように詠星の手から光が溢れた。
それはすぐに収束し、詠星の掌には真紅の指輪が乗っていた。
「左手を。ダグ。」
言われて差し出した手の4番目の指を取ると、詠星はそれを嵌めた。
「加護は与えられないが、印をつけることは出来る。」
これでお前を生涯縛ることにもなるが、と詠星は少し苦笑した。
外れることのない指輪だと。
抱きしめたい俺の衝動を見越したように、詠星はすっと視線を皆に流す。
「発つ。」
その瞬間、詠星の姿は消えていた。
ただ意識の中に浮かんだ海のイメージのまま、飛んだ。
目の前に広がるのは・・・。
・・・“海”、ですか? これ。
何でここでファンタジー色が強く出る訳!って叫びたいのを我慢しましたよ。
だって、だって・・・。
「虹色?」
『・・・だな。』
『ちょっと浸かりたくはないな。これ。』
魂と魄が出てきてそう呟くと、魄が一掬い水を掬った。
見れば掌の水自体は透明で、地球のと何ら変わりはない様子だった。では何故虹色に見える?
想像して欲しい。
陽の光を反射してきらきらと輝く虹色の波。それが見渡す限りに広がっているのだ。
ちょっと見、ファンタジーで綺麗で幻想的で乙女チックだろうが、リアルで目の当たりにすると・・引くよ。
足と浸けようと思えない。つーか辞退したい。
という事で、ここはひとつ甘えてみようかと思った。
≪アーリー!≫
・・・呼んでみました。
世界に溢れる精霊王たちの加護の力が溶けて虹色になっているとか何とか・・。
・・・マジですか。
≪受け皿みたいなもんなんだよ。だって基本人間世界には干渉は出来ない。精霊が関わってなければ、ね。父神から注がれる力は絶大で、それを世界の運営に回したって余るんだ。詠星の世界にあげてたって余ってたくらいなのに。≫
・・・確かに、そうでした。
それで生まれたんでした。
≪だから、此処に流す・・と言うか溶かす?感じ。 海は全ての大陸に繋がっているし、この水を人々は使うし、此処の生物を食すだろう?恵みが自然な形で体内に吸収されるってわけだ。≫
・・・それにしたって・・・・まぁ生まれた時からコレなんだから、誰も何とも思わないだろうけどさ。私以外は。
≪どこに行くんだい?≫
滴る水を払ってアーリーは聞いて来る。
・・・“水も滴るいい男”ってこんなですか?
流れる視線に艶っぽい濡れた声。
・・・何で貴方男なんですか・・・もったいない。
≪決めてない。ただ海見ながら歩いてみようかと思ってた。≫
≪じゃぁ、あっちの島に行ってみれば?≫
面白いものが見れるかもよ、と意味深な事をアーリーは言って消えた。
2番目に大きな大陸の名は、フォクシア。
それはこの世界にいる鳥の名に因んで付けられた名で、鳥の名はフォクシー、それが羽を広げた形に似ているからだとか。
そのせいか、此処には鳥の獣人が多く住むとか。
≪御子様、御子様。嬉しい、会えて。綺麗。眩しい。頂戴、光。≫
周りで飛び回っている光の粒一つ一つが叫んでいる。煩くはないが、こっちこそ眩しい。
瞬間力を放出して納めると、更に多くが寄って来て困った。
『馬鹿か、お前は。』
魂にゴツンと一発くらされた。
欲しがっているものに与えればそれ以上集まってくるのは当たり前だろうと。
・・・だって、この子たち可愛んですって!
萌えます、ってこんな感じ?
『それはよいが、どうする?』
どちらへ向かうのか、と魂魄に聞かれ、森の端を見つめる。
『あっち。何か気になるから。』
海岸線を南に歩いているとざわざわと声がした。岩の陰から顔を出してみると、どうやら漁師たちが船から荷物を下ろしているところだったらしい。
・・・漁師か。
七色に輝く海には、やはり七色の魚がいるらしい。色とりどりの魚が見えて、あれを食べられるのか?と思ってしまう。
地球にいても、南国の人たちはああいった魚を食べていたことは知ってはいるが、実際うちの食卓にそんなカラフルな魚が載ったことはなかったし、食したこともなかった。色から察するに“甘そう”だと思ってしまうのは自分だけか。
と、
「何だい?旅の人かい?」
気が付いたらしい女性に声を掛けられる。
「えぇ。」
・・・よかった、さっさと髪と瞳の色を変えておいて。
今は緑の瞳と紺の髪だ。
魂と魄も消えている。
「まだ子供じゃないか?大丈夫か?」
漁師だろう男性も寄ってくる。
小さいが10代後半だと伝えるとえらくびっくりされたが、冒険者だというとわはは・・と笑われた。
「目指してるってわけだね。えらいじゃないか。泊まるところは決めたのかい?」
・・・やっぱり子供扱いか。
いたしかたないとは言っても、これで19だと言えばそれこそびっくりされるだろう。人族だとしても、まだ小さいと。
まだ宿は決めてない、というと一つの宿を紹介された。どうやら女性とその夫がやっている宿らしい。一緒に行こうと誘われたので、ついて行ってみることにした。
街並みが見えて来ると、ライオネルほど獣人が多くはなかった。やはりあそこは獣人の国な分、多かったのだろう。そういえばサージェスでも兵には多かったが、一般的には目立つほど多いという事もなかったな、と思う。
「サージェスからかい?島に渡るのは初めて?」
「そうです。」
街の左奥に神殿が見えた。
・・・此処の神官は確か・・・。
名前を思い出していると、“着いたよ。”と背中を押される。
見上げると“鳥の詩”と書かれた看板が下がった、やたらと可愛い外見の建物が立っていた。
壁は薄い黄色で、窓枠が青。屋根も青で、上に載っている風見・・風見魚(?)は赤だった。
・・・土地柄?
まぁ風の方向さえ分かれば何だっていいのだろうが、情緒が・・・。
「あんた。お客さんだよ。部屋空いてたよね?」
その声に奥から出て来た人は、見上げるほどに大きな・・・獣人でした。
・・・おぉ!! 初 鳥人間!!
鳥獣人です。
「2階の奥が空いてるが。一人か?」
立っている髪はおそらくトサカなんだろう。根元が白でモヒカンのように立っている毛先にいくに従ってだんだんと濃い赤になっていってる。
耳には”どんだけぇ~?”って声が聞こえそうなほどリングピアスが下がっている。
そういや鳥さんはオスの方がお洒落さんでしたね。メスの気を引く為にダンス踊る、巣を作る、貢物を送る、と涙ぐましい努力をする姿をテレビで見たことがあります。私が見ていたテレビでは、それでも振られて悲しそうな背中が痛ましかったですが、彼は見事射止めたようですね、女将さんを。
「はい。3泊ほどお願いできますか?」
・・・カウンターが高いですよ。まるでちびっこです。
「おうよ。 3泊なら12ルビーだが飯は?」
「朝と夜、お願いします。」
「じゃぁ15ルビーだ。これ鍵。そこに階段を上がって一番奥の部屋だ。日当たりがいいぞ。飯はいつも色々並べるから、好きなもんを自分でとって食べるようになってるからな。」
・・・バイキングですね。
「はい。じゃ先払いで。・・・で、地図ありますか?」
荷物の一つも持ってないと旅人に見えないだろうと上着を入れて膨らませたリュックを背負っていたのだが、それも部屋に入ってすぐ放りこみました、便利空間に。
地図を広げると、今いる場所はフォクシア島の南の国 サース国。ちょうど翼を広げた鳥の左の羽あたり。
この島は全体が斜面のようになっており、低い方がサース国で、ちょっとした森を挟んでノース国が高地にある。
でも半分という訳ではなく、サース国の方が小さい。砂浜があるのもサース国だけらしい。
・・・まぁ行ってみるか。
遅くなりました。申し訳ありません。やっと4つ目の国です。




