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彼方の地から  作者: 竜胆
28/34

25 「お前が欲しい。」

 たとえ、相手が悪い奴だとしても、魔術師が力でもって個人的な感情のままに相手を害することは禁じられている。

それをクレオは実行した。

グラン家を出てから、ずっとそのつもりで探していたのだ。証拠と隙を。

友と妹に迷惑をかけぬよう、家を出て一人で始末をつけようとした。たとえその身が果てようとも、虚無に落ちようとも構わなかった。

そんな時、自分の元へ訪ねて来た妹が攫われた。力を使って見つけた時には、もう手遅れだった。

気を失っている妹と、その身を抱きいやらしくほくそ笑む男爵家の跡取り息子。扉を破って入ったクレオに、

「これでクリスは俺のものだ。グランとて穢された娘を嫁には貰わんだろう? 俺のものだ、俺の・・。」

純潔を失った験である血を流す妹を、宝物のように抱きしめ頬擦りする男に抱いたものは確かな殺意だった。

「死ね。」

という言葉が終らぬ間に、男の首は飛んだ。支えを失ったクリスティーナの身体が崩れ落ちるのを抱え直し、とりあえずクレオは自分の部屋へと戻った。

気絶していた妹が目覚めた時、酷だが話しておかなければならないと、己の身に起きた事、それによって自分が手を下した事を伝えた。

「グラン家を出るんだ。」

迷惑を掛けてはならない、と。

お前はもうそれを望める身体ではなくなったのだから、と。

ゆるりと肯きながら取りあえず帰ってゆく妹の後姿を見送ったクレオは決意した。

証拠をつき付けて、裁判でもって家の再興を果たすのは諦めようと。

この手で全てのケリを付けよう、と。

グランを愛している妹には可哀想だが、あの子も連れて行かねばならないだろう、と。

結婚前の娘が純潔を失うということの重大さは誰だって知っている。それが婚約者持ちなら尚更だ。後ろ指を指され生きていかなければならない妹を残して死ぬ事は出来ない。あの子はきっと耐えられないだろうから。 

優しい娘だから、子を殺す事は出来ないかもしれないが、生まれてくる子は親の敵。けして愛せはしないだろう。ならば生まれた子とて可哀想だ。それならばいっそ皆連れて行こう、と。

 

 「お、れが罪の子だから、ですか?」

家の再興がなされないのは、と震える声で問う俺に愛し子は首を横に振った。

「今家が再興されて見ろ。矢面に立たされるのはお前ではなく、クリスティーナだ。そんな事が出来るか?お前に。 グランがそれをさせると思うか? 彼は真剣に彼女だけを愛している。それこそ抱え込むほどに、だ。それにクレオは禁を犯した。それは償わなければならない。家の再興はクレオの罪が消えねばなされない。」

伯父の罪が消えるなどという事があるのだろうか。

「家が没落をしたのは嵌められたせいだが、家が貴族社会から抹消されたのはクレオが誓いを破ったからだ。魔術師の誓いはそれほど重い。貴族だからとか平民だからとか関係ないんだ。お前が己の力でもって家を再興させようとするその行いは、貴族の傲慢に他ならない。貴族ならば裁きもせずに相手を殺してもいいと?抹消された記録を塗り替えてもいいと?」

愛し子の言葉に息を飲む。

「何が罪の子、だ。そうやって己を貶めながら浸っているから、そんな考えが沸いて来る。お前が罪の子だと、誰が言った?グランか?クリスティーナか?」

「・・いえ。」

「お前を不当に扱った人間がいたか? ちゃんと周りを見ろ。その目は節穴か?飾りか?役に立たぬ目なら捨ててしまえ。」

怒ったような大きな声ではなく、ただ淡々と静かな声で愛し子はそう言って俺を見た。

その静かさが怖い。大きな圧力を持って俺を追い詰める。

「我を怖いと思うのは、お前が後ろ暗いからだ。罰を与えられると恐れているからだ。」

違うか? とその瞳は問うている。

 言葉を返せないでいると、静かな声が割って入ってくる。

「それで、罰とやらは与えるのか?」

王の声だった。

愛し子は王の方を振り返り、

「当たり前だ。」

と言った。

己の力を私欲に使ったのだからな、と。

「誰も死んではおらんぞ?」

王が問いかければ、

「結果論だろう?たまたまダグが標的だった、そこに我がいた。ダグ一人ででも負けはしなかたろうが、お前を庇うためにもし誰かが飛び込んでいたら、死んでいたかもしれん。それも仮定の話ではあるが、許されることではない。私欲の為に使ったという行為自体が罰せられる行為だからだ。ロバート。」


【返還】


急に身体が重くなって膝をつく。

愛し子が俺に向かって翳した掌に、光の珠が浮かんでいた。それが俺の身体が重くなるに従って大きくなってゆく。

「お前の力を返してもらう。ただの人となれ。そして罪を償え。何をどうすることが罪の償いになるかは、己で考えろ。子供ではないのだからな。但し、国に帰る事は罷りならん。あの家に帰る事は許さない。お前はコンドルトへ行け。 ・・・ロイズ。」

名を呼ぶと、一人の男が現れた。騎士らしいその男は自分がどうして塔にいるのか解らなかったようだが、愛し子を見て膝をつく。

「御用ですか?」

「コンドルトへ行ってもらいたい。こいつを連れてな。」

「おいおい、それは俺の部下だろう?勝手に使うな。」

苦笑しつつも、怒ったようではない王の声に宰相が口を挟む。

「ロイズはこれから3日間休みでしょう?その間どこへ行こうが勝手、ですな。」

「ディーク・・・お前・・・。」





 コンドルトの宰相であるランドに手紙を書きそれをロイズに託すと、零は腹が空いた、と俺を振り返った。

(どこまでも自分のペースだな、こいつは。)

思わず苦笑が漏れ、その髪を撫でる。

「ん?」

「いや、どうせ時期夜明けだ。朝餉を早めに頼んで、少し寝るといい。零を星の間へ。」

言って零が出て行ったのを見送った後、慌てたようにでシークが寄ってきた。

「陛下。」

「まぁ待て。言いたいことは解っている。」

塔の階段を降りながら、ここでは話せない、と暗に伝える。

階段を降り、長い廊下を歩いている間、いらいらとした感じでディークは後をついて来ていたが、執務室に入った途端、俺より先に人払いをした。

「どういう事ですか?」

お聞かせ願おう、と息巻く顔に肯いてから執務室の椅子に座った。

「星の間は、王妃の部屋ですよ。そこに零様をお通しするなんて・・・。いえ、零様が何だという訳ではないですが、まず大前提としてっ・・。」

「零は女性だ。」

「・・・は?」

「零は女だ。あれは見せかけではなく、本物だという事だ。」

今夜の体型の事を言うと、ディークは絶句している。それで今夜の会場に入る時に話していた内容をかいつまんで話して聞かせると、黙りこんでいたディークだったが。

「それは零様もご承知のことなのですか?」

「・・・な訳ないだろう。今からだ。ディーク、星の間から人払いを。当然俺の部屋からもな。それと俺がもし出てこなかったら、明日の朝は俺が呼ぶまで誰も入れるな。」

部屋に戻る、と言い残して俺は廊下へ出た。

 何と言えば伝わるだろうか。

愛し子は神の子。

誰か一人のものになる事はないだろう。がしかし、初めて“欲しい”と思った女なのだ。

愛し子だからではなく、神の力に惹かれた訳でもなく、ただ“零”が欲しい。

長い廊下を自室へと急ぎ、その扉を開いてから兵を遠ざけた。

呪を跳ね返す力を持つ衣を脱ぎ、逸る気持ちや高ぶる身体を鎮めるため、いったん風呂へ入る。

俺の部屋の寝室には二つの扉がある。

一つは俺が入ってきた扉。そしてもう一つは星の間に続く扉だ。

星の間は代々王妃の部屋であり、そこに入るのは当然王妃となる事が確定した者か王妃そのものだ。扉には鍵などかかっておらず(当たり前だが)どちらからでも出入りは自由だ。

俺はその扉の前に立ち、そのノブを回すべきか止めておくべきか考えようとして、止めた。

(俺らしくない。)

欲しいものは欲しいと、そう口に上らせるのが俺らしい。

そしてきっと零もそう思うだろう。

同志や友のような感情を上辺に被せたところで、すぐに剝がれる。

「ミラ、俺に力をくれ。」

そう一言呟いて、俺は扉を開けた。


 先に食べてるよ、と皿を空にしている零に微笑んで席に座る。

脇に立つマージに目配せをすると、テーブルの空いている場所にデザートを置いてマージは下がった。

「マージ、ありがとう。お休み。」

下がるマージにそう声を掛けて無表情ながら礼をすると、くるんと俺の方を見る。

「ダグ? 話は?」

(・・・・。)

「解るよ、ミラが緊張してる。 何?」

大きな長い溜息をつく。俺と同様にミラが心を読まれないように閉ざしたところで、元々愛し子に心を閉ざすことがない精霊たちに零が不信を抱く事位計算済みだ。

ただミラから伝わるのを避けたかっただけだから。

「零、お前が欲しい。」

俺の言葉をどう聞いたものか・・・。

「私は一国に留まる事は出来ない。」

「あぁ。」

「この国の為だけに力を振るう事はない。」

「解っている。」

「私がこの国は駄目だと判断すれば、この国ごとお前も滅ぶことになるぞ。」

「そう判断されないよう努力する。」

ふぅと零はため息をついた。その瞳は最初から変わらない。冷静で冷たく、そして優しい光を放っている。

「ミラはどうする気だ。私はオーズと揉める気はないんだが・・・。」

・・・・は?

零の顔を凝視すると至極真面目な顔をしている。

「・・・。」

「私の加護の事だろう?一人に二つの加護はないからな。」

「違うわ!」

つい反射的に叫んで席を立ってしまった。ミラが笑っているのが解る。

「何だ? 急に怒って・・・じゃ何だ?」

全身に入っていた力が急に抜けてしまい、情けないくらいしょぼしょぼと座り込んだ。

「・・・お前が欲しんだ。」

「うん。」

「お前が言ってるのとは全く違う意味で、だ。」

「うん?」

どういう意味だ、と視線が問うている。

「俺たちで言うなら、婚姻を交わして契りたいと言っている。例えお前が旅立とうが、王妃になれないだろうが構わない。“俺”個人がお前を好きだと言っている。」

俺の言葉を理解するまで、零はぽかんとしていた。

珍しい顔が見れた、と思うくらい無表情が崩れ首をちょっと傾けて瞳がきょとんとし、口が“は?”という感じで開いたまま。

「・・・え? ダグ、私が女だって?」

「知っている。それくらいわかる。」

「におい?」

「違う。お前が自分で言った。」

と説明してやると、あちゃぁ~と頭を抱えた。全く気が付いていなかったらしい。

そして急に真っ赤に染まっていく顔を見る。

≪いやいやいや・・・え? マジで? でもさ・・・え~? うん・・・うっ・・そうだけどさ。≫

精霊語で話をしているからミラとかと思っていると、ミラから答えが返ってきた。加護付きは自身の精霊とは話が出来る。

『御子様の父上でいらっしゃいます。』

・・・ガ・イアス神?!

どうやら零の脳内に父神が割り込んできたらしく、零と話をしているという。

≪ううん…そうだけど。でも、私は・・・、うん。いいのかな?≫

話しながら零は俺を見る。

真っ赤だった顔は収まっているが、その瞳は躊躇いがちではある。いつもの零の瞳の光が冷静で澄んでいる事に比べれば。

「ダグ、ちょっとこっち来て。」

呼ばれて傍へ行くと、そっと手を握られる。

「父が話したいと言っている。ダグだけでは無理だから私が中継する。」

“中継”という意味が解らなかったが、零の目の前に現れた光る珠が瞬いたのでそれに零が手を突っ込んだ。するとその珠からずるりと手が伸びて来る。手から腕・・肩、身体と頭・・・徐々に現れた人型は内から光りながらも真っ直ぐにこちらを見つめていた。

『獣人の王、ダグラス。娘が世話になっている。』

頭を下げる訳ではなく、そう話す声は頭に直接響いている。ミラなんかと話す時と同じだった。

光る手が、本当に愛おしそうに零の肩に置かれているのが見えた。

『零を欲しい、と?』

呆然と見ていたが、そう聞かれて肯く。

『この子は旅の途中。お前の居場所に留まる事も出来なければ、一緒に過ごす事も長くは出来ぬだろう。気まぐれにやって来て少し休めばまた旅立ってゆく子だぞ。お前はそれでいいのか?』

そんな言われように少し眉を下げる零だったが、おそらくそうなのだろう、否定の言葉はなかった。

それでも・・・。

「いい。」

『お前の国に加担する事もなく、一人占めできるものでもない。但しお前の最後を看取ってはやれるだろう。この子は我らと同じ故。』

つまり寿命がない、と。

我ら、と神が発言した時、周囲に光の集団が現れる。それは零に手を繋がれているからこそ見える、精霊王たちの姿だった。零と神を囲う様にして立つ集団に鳥肌が立つ。

それは本能的な“恐れ”だ。己の力の及ぶ領域ではない者に対する恐怖と崇拝の。

その感情から本性に立ち返ろうとするのを必死で抑える。

「それでも。お・・私は零が零だからこそ欲しいと思ったのであって、愛し子だからではない。」

『それが本心だと証明できるのか?』

それはよく知っている精霊王からの言葉だった。ミラを授けてくれたオーズ神。

「心が見えるのならば。」

途端かっと光が強くなり飲み込まれるような感覚があった。それは一瞬だけで、またすぐ見慣れた星の間に戻る。

『零を預けよう。』

現れた時と同じように唐突に光は消え去り、部屋の中には俺と零だけが立っていた。

「理解したか?」

一応念押しのように聞いてみる。

こっくん、と零は肯く。それが幼い子のようでふと笑えた。

若干引き気味の零を座らせ、一人分の席を空けて俺も座った。

「零、お前幾つだ?精霊に歳があるなら、の話だが。」

「19。 ダグ。」

「何だ?」

傾けたせいで顔の横から流れる髪を掬う。サラサラと手触りのいい髪は、指にかかる事なく通ってゆく。

「あなたの立場が悪くなったりはないか?国内ではなく国外で。」

そんなこと・・・。

「言いふらして回る訳ではないからな。言ったろう?俺はお前を王妃に据える気でいるのではない。ただの“零”が欲しいだけだ。ディーンだけには話すだろうが、それだけだ。 お前が気をもんだり、重荷を背負う事はない。時々思い出して訪れてくれればいい。俺はこの身が果てるまでお前を待とう。」

白い肌は父神譲りなのだな、と頬に触れる。柔らかくて温かで・・・。

頬に触れる俺の手に、零は頬を擦り付けるようにして瞳を閉じた。

「私はずるいよ? ただの“零”は何も持ってないよ? 貴方を置いて旅立ってしまうよ? 力を使えば国を滅ぼしてしまうだろうし、けして優しくはないよ? 最悪人の命すら奪うものだよ?」

「それを言うなら、俺の手はすでに血まみれだぞ。ここを守るため幾多の血を流した事もある。」

「でもそれは仕事だからだろう?」

「お前も、だろうが。神の代わりに世界を見て回り、その歪みを修正して回るのだろう?」

言うと、零は思いがけず涙を零す。滂沱という訳ではなく、ほろりと一つ。

それがコツン、と足元に落ちて涙らしからぬ音を立てた。

「・・・。」

拾うと、鉱物だった。

「それ、ダイヤ。あげるよ。私の涙って私の肌から離れるとダイヤになるんだって。」

クスッと零は笑った。そうして拾った涙を俺の掌に載せる。

「傍にはいられないけど、こうやってこれから先私の涙を貴方に送ろう。一緒にいる時は沢山甘いものを一緒に食べよう。 貴方の仕事を邪魔してみたり、一緒に抜け出してディーンに叱られてみたりしよう。」

言いながら一つ一つ新たに生まれたダイヤを掌に落とす。そして涙が止まった時、俺の指を1本1本折りたたんでゆく。

「いつか貴方が王の座から降りた時、一緒に旅をしよう。 そして貴方の命が尽きる時、私は傍にいて泣こう。沢山のダイヤを貴方に散りばめよう。 そして貴方が生まれ変わってくるのを待つよ。 お帰りって抱きしめて、また笑うよ一緒に。 それしか私には出来ないから。 一緒に逝ってあげることは出来ないから。」

ぐいっと零を抱きしめた。

「ならば俺はなるべく早く生まれ変わって帰って来よう、お前の元へ。 記憶をなくそうとも、きっとお前を探そう。 お前だけが俺の番。お前だけの元へ何度でも戻ろう。」

ふっと耳元で零が息をはいた音が聞こえた。

「ダグラス。」

腕に力が入ったのが解り、少し身体を放す。

「貴方が好きだよ。」

何時からそうだと思っていたのか知りたい気もしたが、それはまた次の機会でいい。今は目の前の零を放したくない。

「お前だけを愛すると誓おう。俺の血と肉と力と心をお前に奉げよう。」

それは獣人の愛の誓いの言葉だ。

「私は捧げられるものがない。あるとすればこの身と名だけだ。」

・・・名?

「この世でダグにだけ私の名を教えよう。父と王たちしか知らぬ名を。けして人前で呼ぶな。」

真名を与えると? 俺に?

しかし精霊語でな、と零は言う。それだけは発音できるようにしてやる、と。

≪エイセイ≫

≪詠星≫

≪詠、セイ≫

「ダグ、≪詠星≫。」

唇を触れさせて零は囁く。

≪詠星≫

「そう・・・っ。」

詠星が何かを言い終わる前に、その唇を塞いだ。


此処まで、大丈夫ですよ、ね?

チューだけだし・・・。

これ以上はこっちでは書きませんので、苦手な方ご容赦ください。ちなみにムーンで書いているものは、全く関係のない話です。リンクしてません。


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