閑話 3
“実はな・・・”と切りだされた話の内容に、むぅっと考え込んだ。
「ダグ、それを私にやれ、と?」
「話せというから話したまでだが。しかしやってくれればこちらとしても助かるし、何より初めての事だから外野もしばらくは黙るだろう?」
確かに、言いだしたのは自分だし、大した事でもない内容だったが、う~ん・・・。
≪御子様。 私も見とうございます。≫
≪私も≫
≪僕も≫
わきゃわきゃと精霊たちは大喜びで周りにたかってくる。
「解った。しかし私が決めるぞ。」
「ありがとう。助かる。ではマージを付けるから彼女に言いつけてくれ。」
しばらく待っていると、ノックの音と共に上品な声が聞こえて来た。
「マージでございます。」
「入って。」
扉を開けて入ってきたのは、熊系の獣人でふくよかな感じの女性だった。
どっかで見た事あるな、誰かに似てるな、と思いながら話していると、ふと思いついた。近所の子が境内に持って来て遊んでいたシルバ○アファミリーの人形だ。エプロンドレスを着て、茶の体色で、ふくよかな優しげな表情。
そう考えると、途端に親しみというか懐かしい感が蘇るのと同時に警戒心がぐっと薄れてゆく。そうはいっても無表情なんだけど。
“これなどは・・・”と言って持って来ていたドレスの山から差し出されたモノは、一見真っ黒ながら刺繍糸で華やかさを出しているとろりとした素材で出来ているドレスで、他のものよりは若干膨れ具合がましだった。
(若干、ね。ましって程度ですが・・。)
どれもこれも中世ヨーロッパ的なお椀の裏返しみたいに膨れたドレスばかりで、それを着ているのを想像するだけでも瓦10枚は割れる。元々女の子っぽい服装はしない方だったから、持っていた私服だってパンツやジーンズが多かったし、シャツにしたって腕が長いのと中性的な顔立ちなのとでメンズモノが多かった。
「あ!それいい。それ貸して。」
そう言って、”では採寸を・・”と近寄ってくるお針子さんたちを振り切るようにしてドレスを身体の前に合わせた。鏡で合わせてみてから、
【装着・変形マーメイド】
ドレスが光って次の瞬間にはもう着てますって寸法だ。残念そうな顔つきの皆には敢えて知らんぷりしつつ(だって採寸されるの嫌だし、されたらマッパは必至でしょ?ばれるじゃん。)、
「マージ。これって誰かの?」
「いえ。急な事でしたので、出来合いのドレスしかご用意できませんでしたが、これは誰かのではなく店の売り物です。ですが最高の品質を使ってありますし、店主はこの世界では有名なドレスデザイナ-ですので、品は確かかと。」
「うん、そうみたい。でね、これって勝手に手を加えたらまずいのかな?レンタルだったり、変えてたら弁償とか?」
もうすでに装着の時に術で変形させておいて今更なのだが聞くと、驚くべき言葉が返ってきた。
「いえ、もうすでに代金は支払い済みですので、これらは全て零様のものですわ。」
(誰ですか?足長オヂさんは。)
多分そんな顔をしていたのを読まれたのだろう。
「もちろん!ダグラス王ですわ。」
・・・女装用の娯楽ドレスを買い取りだなんて、変態ですか、ダグ。
ダグラスの話というかお願いは、建国祭でのダグラスの相手だった。
つまりは夜開催される国内外からやってくる貴族や招待客などをもてなす為のパーティーでの同伴役。
ダグラスは大陸一大きな国の王でありながら、今のところはまだ独身だし決まった相手がいるわけでもない。もちろん世襲制ではないから、ダグラスとそういう関係やら妻となってもダグラスが引退してしまえば、ただの人である。ダグラスが王位にいる間だけの期間限定権力ではあるが、それでも魅力的、だと感じる相手は多いもの。群がってくるのだそうだ、甘いものに集る蟻のように。
それでも今までは側近を傍に置いたり、自身の威圧感で他を圧して近づけないようにしていたらしいが、それもなかなかに疲れるとのこと。で、いい感じに目の前に獲物がやってきた、と。
(“獲物”って・・・。まぁいいけどねぇ。王さまって大変だねぇ。)
基本チャラチャラした感じやひらひら系が駄目なので、すっきり添うデザインに変形し、何かあって動けなくなるのが嫌なので、深くスリットを入れた。それで足さばきを邪魔するものはない。
「では湯あみを!」
と張り切った様子で風呂場に入ってくる侍女たちを押し出して、一人ゆっくり湯に浸かる。
何でも貴族以上の人たちは侍女に身体を洗って貰ったり髪を洗って貰うのは基本らしい。が、そんな事はこの世界の常識であって、たとえ相手が女性だろうが、身体を触られるのは嫌である。
人から羨ましがられる長い手足も、自分では長すぎた。細い身体だって凸凹がなさすぎで、食べても太らないと羨ましがられた体質は筋肉は付いていてもアバラが浮いていた。長い指を誇る手だって、大抵の男性よりも大きい手だった。女性ではすらりとした身長も、ヒールを履けば男性を見下ろしてしまっていた。
(・・・大抵コンプレックス強いよな、私。)
完全にガードを張って閉ざした扉の中で、自分の身体を改めて見る。
地球に生きていた時よりは成長した身体は、確かに女性としての身体付きになってはいる。
胸だって大きくなったし、ここでは皆デカイので、見下ろす事もない。(見下ろされる専門である。)
それでも簡単に今まで培ってきたコンプレックスとは消えないものだ。ようは、腕っ節に自信はあっても女性としての自信はない。ので、身体を曝すのは嫌なのである。
(弱いなぁ、私。)
湯に浸りながらそう思っていると、目の前に空間が歪んだ。
≪詠星。お前は美しいぞ。≫
≪アーリー。・・・ありがとう。≫
青のアーリーの言葉に無表情が崩れて微笑む。
≪何を恥じる事がある。≫
≪恥じてはないよ。ただ・・う~ん地球ではね、男に間違われることもたびたびあったんだ。口調のせいもあるだろうけど・・・でもいいんだ。まぁ、ドレスが恥ずかしいんだよ。あんなの着ないもん、普通の庶民は。≫
パシャンとアーリーに湯を掛ける。それをひょいと避けてアーリーはまるで包み込むように後ろへと回った。
≪地球の様子では、まぁそうだったな。詠星も動きやすい服を好むしな。でも、この白く美しい肌は曝すだけの価値があるぞ。磨き上げてやるから、せいぜい悩殺してくるんだ。≫
湯がまるで意思を持つかのように自身の身体を洗っているのを感じた。くすぐったいような優しいような、未知の感覚もある。
≪・・・アーリー・・。ありがと。≫
ゆっくりと瞳を閉じた。
内から輝くばかりになった肌に驚きを隠せないまま、風呂から上がってドレスを身に付ける。下着はどうしようか迷ったが、どうやっても線が出るのが気に入らなくて、上下ともに付けるのを止めた。
(そういえば・・・。)
こっちへ来てから月のものがない事に今更気が付く。
(やっぱり人間ではないから?)
心当たりは全くないので、まぁいいかで済ませるとパウダールームを出た。
「ぎゃっ!」
「今度は逃げられませんよ。お化粧はしなくては・・・・あら? まぁ、なんて美しい肌でしょう。粉を刷くのはやめましょうね。でも・・・。」
とマージに大きな鏡の前に座らせられ、
「お目を閉じてくださいな。お粉が入りますでしょ。」
と目を閉じさせられた。
(まな板の上の鯉ってこんな感じ?)
そう思いながらもちょっとくすぐったい肌の上の動きを我慢していると、“よろしですわ”で目を開けた。
「おぉ!! マージ天才! すっごい女に見える。」
ついそう言葉を漏らしてしまうほど目の周りと口紅だけの化粧だというのに、まるでモデルのように仕上がっていた。
「御褒め頂き光栄にございます。あとは・・髪をどういたしましょうか?」
マージの言葉に、他の侍女を下がらせる。
「いかがなさいました?」
怪訝な表情をするマージに自分の事は聞いているのか、知っているのかと問うと、侍女の中ではマージだけが聞かされているのだと言った。
「そうか。じゃ、驚かないね。」
精霊付きではない為、見えはしないが知っているなら驚かないだろう。
「オーズ、髪やってくれるんだろ?」
「っオー・・・金の守護者様ですか?」
膝をつこうとするマージを制して、気配を促す。するとオーズは鏡を通して見える後ろに立っていた。
≪えらくアーリーに触らせていたな。≫
髪を撫でながら。
≪ヤラシイ言い方だな、洗ってくれてたんだよ。そしたらアーリーが髪はオーズにやって貰えって。巧いの?≫
≪そうさな・・・どうするか・・・。≫
言いながら髪をいじるオーズの指先を見ながら、同じく鏡に移りこんでいるマージを見る。マージの目には、いきなり目の前で誰も触りもしていない髪が持ち上げられ形を変えてゆくのだけが見えているはずなので、さすがに驚きで目が丸くなっている。
≪それならばこれを使うといい。≫
そう言って詠星の上から蔦付きの花が降ってきた。
「テス。」
詠星がそう言うとマージはますます目を丸くする。
≪横入りするなよ、テス。≫
≪いやだな、そうじゃないが、ピンなどで止めると髪が傷むだろう?それなら痛む事もないし、詠星が命じれば綺麗にまとめてくれる。≫
風を操って髪をばらしながら態と緩く纏めてくれているオーズの手元を見ながら命じる。
「オーズの指に添って髪に絡みついて?ゆるりと、でも解れない程度にしがみついてね?」
マージにも聞こえる様にそう囁くと、手のひらに乗っていた花蔦はふわりと浮いて髪に絡まり緩くでもしっかりと止まった。
「・・・すごいですわ。愛し子様、いえ零様。信じていなかった訳ではありませんが、実際目の前で見るのと聞くのとでは・・・。」
まぁねぇ? そりゃいきなりやって来た人間が、お前たちの神の子供だと言われたところで一体何人が信じるだろう。少なくとも地球では100人中100人が疑うよ。ここでだってそうだろう。証拠がなきゃ、ね。
苦笑していると、
≪来たぞ。消えるな。≫
オーズとテスが手を振って消え、そして扉がノックされた。
入ってきたのは、当然だがこの城の主だった。
「似合うな。」
悪戯が成功したかのような笑みを浮かべて。
パーティー前の女装事情でした。




