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彼方の地から  作者: 竜胆
25/34

23 「生命の芽」

 かかってこいといった女は、まだ俺たちの胸のあたりまでしかない身長で、でも何故か威風堂々として仁王立ちしている。大人の男たち、しかも手に剣を持つ俺たちの前に、己の身長ほどある剣をどこからか取り出した。

黒髪に銀の瞳。

一人が斬りかかっていったのを何なく交わし・・・

(え?)

両サイドから女に向けて、というか王目掛けて放たれた術に女が当たりに行った、ように見えた。会場のざわめきの中“馬鹿が”と呟いた仲間の声と、それを否定するような彼女の声。

「こんなものか? では私の方からいくぞ。」

ぶつかり合った術で靄が掛っていたようになっていた中から女の声が聞こえ、急に圧力が増した。隣で魔術師の仲間が膝をつく。

「・・・っく、」

「なぁにが“く”だ。 お前今笑ったろう? 子供風情が大人に敵う訳がないと、笑ったな? 思い上がるな。」

右にいた魔術師の圧力が増したらしく、彼はすでに床に潰されるように伸びている。

術を発動している今がチャンスだと思った仲間が斬りかかってゆく。

それを己の剣をすっと横一線に引いて・・・。消えた。彼は、消えた。

「ど・・。」

「飛ばしたわ。それとも?真っ二つに切られた遺体が転がっているのが趣味か? 今頃森の中だ。きっといい餌だろう?」

(魔獣のか?)

ここに至ってようやく俺たちは自分たちが相手をしているのがただの人間でも見た目通りの子供でもない事に気が付いた。が、

「遅い。そもそもお前たち程度でダグがやられると思っていたのか? 完全な捨て駒だと気が付かないお前たちは愚かだな。」

初動から気配を読まれていたらしく結界が二重に張られていて城どころか会場からすら出られない。

(何時?そんな気配は・・・。)

「我は詠唱などいらぬからな。・・・さて・・皆を森に送ってやってもいいが・・・。」

と言いながら、女はぐるりと俺たちを見回した。

「さっきのがエーリッヒ。お前がグイン、ドール、ハインツ。」

一人一人を指さしながら名を読み上げてゆく。そして名を呼ばれた者は次々に消えた。

「次にロバート。お前にはプレゼントがあるよ。」

「え?」

声を出した瞬間、キィーンと音がして、自分が透明な箱に入っているのが解った。2メル四方の箱の中に。

叩けど体当たりをせども壊れない結界の箱。

「ダグ、お開きだ。それと宰相を呼べ。ダンとルーカス。魔術部隊のクレアスも。我は一足先に執務室へ飛ぶ。ロバート、そしてヒース、付き合って貰うぞ。」

俺は箱に入ったまま、ヒースは何時の間にそうなっていたのか蔦の様なものが全身に巻き付いた恰好のまま、転移させられた。<pbe>

 王の執務室としては、実用重視でかなり簡素な方だろう部屋に女は座り足を組んでいる。

「お前は何者だ?」

ヒースが言いながら身体を捩る。少しでも緩まないかとしているのだろうが。

「無駄だ。 それはただの蔦ではないからな。お前の感情や行動を読んで蠢く。あまり反抗すると締め上げるよ。」

纏めていた髪をさらりと落とした女はすらりとした足を投げ出すようにしてヒールを脱いだ。

「いったい。全くこれは高くつくぞ、ダグめ。」

足をぷらぷらさせながらいう女。

「王の女か?娼婦か?王妃候補か?」

「・・・自分が何様だと思っている? ただの捕虜だろう?あぁ違うか? 助けも来ないなら捕虜にはなりえないな。なぁロバート。」

ヒースの上から目線な言葉にそう返して、女は俺をじっと見る。

(知っている? 何を? 秘密を、か? 何故? 俺以外は・・・。)

「答えてやろう、皆が来たらな。それまで黙ってろ、煩いから。」

それから、本当に全く何を言わなくなった女は、ヒースの口すら術で封じた。そうしておいて、何やら部屋の中のクローゼットをごそごそしているかと思ったら“これでいいや“と言って服を取り出しまた知らない言葉を呟くと、次の瞬間にはその服を着用していた。


 「・・・テリアス、それ俺の服だな。お前勝手にサイズ縮めたろ?」

「大丈夫だ。脱いだら元に戻る。ドレスきついんだよ。」

「似合ってましたのに。」

「クレアス。飛ばすよ?」

「あの足の横に入っていたアレ、何ですか?」

「あぁ、スリットってゆーんだ。 あれが深く入る時は基本下着は付けないんだよ?見えたらダサいだろ?」

「“ダサい” って?」

「あぁ格好悪いってこと。せっかくのドレスに下着の線が出るし。」

「じゃぁさっき・・・。」

「履いてなかったよ。 ・・ってダグ、顔怖いなぁ。つーかスケベだな。」

「スっ・・・お前!・・・・まぁ、いい。それに関して色々後から話すとして、だ。こいつらは?」

目の前で散々関係ない、緊張感のない話をしていた面々7名はやっとこちらを注目する。

顔は知っている。

国王ダグラス。宰相ディーク。近衛隊隊長ダンと副長ルーカス。魔術部隊隊長クレアスと、おそらく副長のモニカ。そして・・・俺たちを捕えた、女だ。

「何でモニカ?」

「は・・・初めてお目にかかる私の名を・・・・光栄です。」

まるで王にするように膝をついて深く頭を下げる副長。

(?)

王の前で、王以外の者にそこまでの礼を取るという事が解せない。

「モニカ、立って。せっかくの綺麗な膝が押しつけたらもったいないよ。」

手を取って立たせる女に、副長は真っ赤になってポーっとしている。

「天然か? 女ったらしめ。」

「タラシてない。でもモニカ、綺麗な赤毛だね。よく似合ってる。」

髪を撫でながら女はそう言って副長をソファにエスコート。自分より小さな女にエスコートされていながらも副長は夢の世界から帰ってこないような表情をしていた。

「変な雰囲気を作るな! で!」

と王は女の肩を掴んで引き寄せて己の懐へ入れてしまう。

(やはり王のお気に入りか?)

 「山向こうからのお客様だよ。こっちがロバート。王宮魔術師。こいつはヒース。ヒース・デ・クルージア。現クルージア王の第3皇子さ。歳は17、母親は第2夫人のアン。元先代王妃付きの侍女だね。今回の襲撃はね、次期王の第1皇子の差し金なんだけど実は裏情報があってね。それを全部知ってるのがこいつ、ロバート。ね? ロバート。」

女がそう言うと、皆“やっぱり“といった表情でこちらを見た。王には加護が付いている、その精霊が教えていたのだろう。だがしかし女には加護は付いてないのに、なぜ解った?しかも名前まで。

「裏事情とは?」

近衛隊長が王に聞く。

「俺は知らんぞ。他国の事情など。そもそもクルージアなど相手にもならん。」

王はそう言うと肩を竦めて腕の中の女を見る。

女は元々表情が出にくいのかえてしてそう作っているのか、無表情のまま俺を見た。

「帰れないよ貴方、ロバート。」

「っな・・。」

そんなはずは、ない。

そういう約束だった。

「“約束”は守る気がある人たちだけのものであって、守る気がない奴にとっては、騙せるいいネタだよ。 尤もお前のお家再興は第1皇子のアレンがするといっても出来ないよ。」

(何故?・・・何故知っている。どうして出来ない。)

「お前は何も知らないのだね・・・あぁ聞かなかったのか。父親に反発ばかりした挙句に大切な事を聞きそびれたのだね。グラン家の当主はいい人だというのに。何不自由なくお前を育ててくれたろう?」

「こっちは?」

魔術隊隊長が皇子を指して聞く。

「あぁ、こいつはね、物事の表面しか見ないから間違いを犯したんだ。で、アレンが激怒して国から出した。二度と戻れないよ。」

「何を言ってる!」

ヒースが噛みついたが、それをゴツンと王が殴って黙らせる。

「アレンがか? あ奴は意外と気の長い方だぞ? あれが怒るとなれば相当の事をしないと。」

「“した”んだよ、相当な事を。アレンの妃候補の腹を蹴った。」

「「「は?」」」

宰相とダンとルーカスの声が重なった。

「その娘の腹には、子がいたんだよ、“アレン”の。つまりは次の世継ぎだ。 ・・・流れたよ、可哀想に。しかもこの先リーリィは子を望めなくなった。それを知ったアレンが怒ってこいつを死なせるつもりで今回の嘘ネタを吹き込んで出したんだ。」

嘘ネタ、とはこのライオネルが建国祭の後にクルージアに攻めて来るというものだった。理由は国土拡大。俺もそう聞いた。ただヒースと違うのはそれが“ウソ”だと知っていたことだ。ライオネルの王宮にヒースを送り込んだら、俺の任務は終了で、すぐさま街外れにいる仲間と合流して自国へ帰る手筈になっていた。

「だってあの女は・・・兄以外の・・。」

「そこが馬鹿だと言っているんだ。それをお前に吹き込んだのは同じ妃候補のラム家のラインだろう? ラム家は取り潰しになったぞ、当主は投獄。ラインは死刑だ。お前が殺されなかったのはただ単に王子だったからだ。馬鹿でも王の子だからな。・・・“私と王子は愛し合っておりますのに、あの女が割り込んできた上に、恋人がいますのよ? その男の子を身籠っていると専らの噂ですわ。 あぁヒース様、私、いかがいたしたらよろしいのでしょう?”・・・だろ?」

声までそっくりに言い回して、女はヒースへ言った。

「今頃はアレンとリーリィの婚儀が行われている。子がなせなくともアレンはリーリィを選んだ。王も頷いた。誰一人反対しておる者はいない。お前、よく知らなかったろう?ラインは最もアレンが嫌っていた女だった事を。家柄上無視できずに候補に入ってはいたが、アレンはあれと話したことすらないぞ、無視していたからな。それよりもリーリィとは学生時代からの付き合いで、その上アレンが迫りまくってやっと落とした女だったんだ。逃げられないように、わざわざ子まで仕込んだというのに、お前が殺した。」

ヒースは茫然とその話を聞いていた。“嘘だ!”と叫ぶには内部事情を知り過ぎているし、死刑までは俺も知っている事だから、おそらく嘘ではない。

「子を産めないという事でリーリィは辞そうとしたが、アレンが脅して止めた。

“お前が私の元を去るというのなら、私は王にはならない。幸いしたには弟が一人いるからな。”ってな。ベタぼれだな。それで家臣や王や王妃に説得されてリーリィは結婚に踏み切ったんだ。アレンとリーリィの子ならば、きっと賢い子だったろうにな。」

と話す女の言葉に、ヒースは反応せず、ただ“一人、ひとり”と呟いている。そう、アレン皇子の言葉だ。”下に弟が一人”と。本当であれば、”二人”だ。アレンとヒースの間にもう一人、神官をしているエロール皇子がいる。

それをあえて“一人”という言葉を使ったのだから、本当にヒースを帰らせる気はないのだ。死んでもいいと思っているのだ。

≪お?・・・あぁ解った。いいのか?へぇ・・・。≫

「誰と話している?」

(何で精霊語を?この女は精霊なのか?)

王の問いかけに女は答えた。

「父だ。リーリィの元へ行ってもいいと。」

どういう事なんだろう。父とは?

「・・という事は、治されるのですか?」

モニカという副長が言うのにコクンと肯く。

「治してもいいと。リーリィは魂の格が高いから。ちょっと行ってくる。ダグ、その二人塔の最上階に隔離してて。結界張ってある。」

言葉を残し、女は消えた。

(消えた・・・だと? 魔法陣などなかった。)

俺たち2人は驚愕で声も出なかった。そんな俺たちを引っ張って立たせながら近衛隊長が言う。

「もっと驚くぞ、あの方の正体を知ったら。自分たちが誰に向かって弓を引いたのか恐れ多いぞ。」






 厳粛な式の中、急に神官が黙りこみ空中を見つめた。

ざわざわと参列した貴族や家族たちが騒ぎだした時だった。目が開けていられないほどの光がそこに射し、思わずリーリィを抱きしめて座り込んだ先、光に包まれる様にして立っていた光る人影。

「誰・・だ!」

兵が慌てて駆け出してくるのに、神官が手を振って制する。その上、母上も。

「控えなさい!来てはいけません。」

そう言って神官ともども壇上から降りると、私たちをも引っ張って下ろし、その場に膝をつくように促した。

(何が?一体・・・。)

「愛し子様、眩しすぎてお姿が見えません。」

神官がそう言って、皆びっくりしてその眩しい光を見つめた。

神の愛し子が現れた、という話は聞いている。世界を見る為に旅立ったと。その事を神官に問い合わせた時、彼は言ったのだ。

『愛し子様は、“覚悟して待つように”とおっしゃっていらっしゃいました。怖い方ではありませんよ。見た目に惑わされると痛い目を見ますが。』と笑ってというか苦笑して言っていた。

「あぁ、悪い。・・・これでいいか?」

光が収まるというより吸収される様に緩くなり、愛し子が現れた。

見た目は少年? いや少女? 性別が解りにくいのかそれとも“ない”のか解らないが、人間に照らし合わせると10代の子供みたいに見えた。

この世に二つとない漆黒の瞳は、それ自体が光っている様に惹きこまれる。同じく漆黒の髪を靡かせて愛し子は立っていた。

「まさか来ていただけるとは・・。精霊の言葉を聞き、驚きました。」

母上がそう言って涙ぐむと、愛し子はさらりと笑った。

「ルーシィ、お前が毎日祈っていたのは知っている。聞こえたからな。雨が降ろうが風が強かろうがやってきたな。しかし身体の調子が悪い時はやめておけ。主治医の言う事は聞くものだよ。・・・お前の願いを叶えよう。父に代わって我がな。・・・リーリィ。」

泣いている母上に注がれていた視線がリーリィへと向けられる。その無表情は、しかしとても温かく感じた。それをリーリィも感じていたのか、小さく返事をして立ちあがる。

「辛かったな。よく耐えたな。偉かったよ。」

そう言いながらリーリィの頭に触れた。その手から金の粒子が流れ落ちている。リーリィはその言葉に泣きだした。気丈にしてはいてもやはりかなり堪えているんだ。

「アレン。」

「はい。」

「リーリィを生涯守り通すと誓うか? 例え困難な時も病める時も健やかな時も、お前は感謝の気持ちを忘れず、彼女だけを見つめていられるか?」

「はい、勿論。」

そのつもりだ。出会った時から。

「では、もしそれに反したと我がみなした時、お前は再び宝を失う事になるが?」

それでもいいか?と。

「はい! 私にはリーリィ以外考えられません。たとえこの先王になれなくとも、市井に下る事になろうとも、彼女だけを守っていくと決めているのです。」

そう大きな声ではっきりときっぱりと宣言する。それは愛し子だけでなく、これから先不埒な事を言い出しかねない貴族たちに対しての牽制でもあった。

「良い。ではリーリィ。お前に再び生命の芽を与えよう。それが王妃の願いであり、お前の願いでもあろう?」

ハッと息を飲む。“生命の芽”とは?

横を見るとリーリィはお腹を擦っていた。

キィーン・・と空気が張り詰めた。愛し子とリーリィの二人だけが光に包まれ、その光は温かく涙が零れる感情を起させる。

どれほどの時間だったのか・・・もしかしたらすぐの事だったのだろうが、皆夢見心地のような顔つきをしていた。

「王、王妃、アレン。皆もよく聞け。生命の芽はリーリィの腹に芽吹いた。この先リーリィは何人かの子を成す。心配せずとも男女ともに生まれる。リーリィを害するな。我はいつも見ている事を忘れるな。精霊は我に通ずる。・・・王妃に感謝せよ。」

最後の言葉は小さな声で私たち2人にのみ聞こえた。

「母上!・・は・・はう・・。」

涙が止まらない。

そんな私にリーリィが寄り添ってくれる。その細い指で涙を拭ってくれる。

「愛し子様。ありがとうございます!もうこれで・・。」

「それ以上は言うなよ、ルーシィ。お前にはまだ仕事が残っている。リーリィが生む子をしかと育てるのだ。ただ甘やかすな、我儘と甘えを間違えさせるな。国は民の為にあるとしかと教育しろ。この中にも心得違いをしている者がいる様だが、国はお前たちの為にあるのではなく、お前たちの為に民があるのではなく、民があって国は出来るのだ。民を大切にせぬ者に家族は、国は守れんことを心に留め置け。王族と貴族の役割をしかと果たせ。民が泣く時、国が滅びる。」

けして大きな声ではないと思うが、それは神殿の隅々にまで響いた。思わずひれ伏すくらいに威圧感のある声だった。

「エロール。これへ。」

真っ直ぐに弟を見て、愛し子は手招きをした。

「ダンテ神官。エロールに瞑想の時間を増やして。彼はもっと大きな力を得られる。貴方が導いて。殻を破れずに苦しんでいる。」

ダンテははいといいエロールを見る。

「では私がやった修業でよろしいですか?」

「うん。それがいい。・・・で、これを与えて。尽きるまで一つづつ。」

と若木の枝を神官に手渡した。

「エロール。半信半疑だったろうがダンテがやった修行はね、本当の事だ。ダンテが植えた枝は育って大きな木になり、この国に結界を張って守っている。それをお前が今度はするんだ。ダンテが導いてくれる。疑いを挟めば“声”は聞こえない。しっかりやれ。」

「はい!」

“じゃな、また来る。”

そう残して来た時と同じように眩しい光と共に消えた。

せっかくの女装があっという間でした・・・。

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