22 「何でこうなる!」
姉の子だとダグラスは言い、
「零。」
「ん?」
「お前も加護を与えることは出来るのか?」
(来た!)
聞かれると思ったんだよなぁ。ほんと勘がいいなこの人。
「リーヴェに、か? お前ホント解ってて聞くから性質が悪い。・・・与えたが?」
言うなり、ダグラスが机にっぷっ潰した。
(何で?)
≪ヤキモチ、ではないかと。≫
≪は?≫
ミラの言葉に呆気にとられる。
だってユファの加護を貰っているから、私の加護などいらないだろうし、加護は元々一つしかもらえないモノだ。
一人の人物が複数の精霊の加護を貰うという事は、ない。それが理だ。
≪いえ、そうではなく・・・こ奴は、どうも御子様に興味があるらしく・・。≫
言い難そうな感じでミラは言い、ダグラスを覗う。
(興味・・・って・・。まぁ変ってる存在らしいから興味を持って見られるのは、もう慣れたけど?)
≪・・・・・そう、ですか。≫
何ですか、その残念そうな子を見る目は。
ミラさん?ちょいと?
「零。」
「ん?」
「“零”。」
「ダグラス、無駄だ。言霊は私には通用しない。何かあるのなら、ちゃんと話せ。私を縛る事は許さない。」
ソファに座って、執務デスクに両肘をついているダグラスを見上げる。
「うん、わるい・・・ごめん、なさい・・・でも、う~ん・・。」
(ウガァ~ イライラする!)
「はっきりしろ、王なら!」
「何でこうなる!」
与えられた居室で、等身大の鏡の前で、零は叫び声を上げていた。
「似合うな。」
「・・・じゃない!」
キ~ッという感じで今にも髪をぐしゃぐしゃにしそうな勢いの零の手を取って扉へと向かう。
「時間だ。よろしく頼むぞ。」
「仕方ない。が、口調をかえる事まではしない。私は“おほほ”とか“ですわねぇ”などと話しているのは自分で気持ち悪い。」
「いい。そのままで。名は・・・。」
「“テリアス”。いい名だろ?」
“テリアス”・・・“謎”という意味を持つ言葉。そしてもう一つは“至宝”。確かに神の愛し子は“至宝”だ。
にやりと言った言葉がぴったりの笑みを浮かべて零は俺の掌に載せた手をするりと抜き、どうするのかと見ていると俺の曲げさせた肘に腕を絡めた。
“この方が歩きやすい”と言って。
廊下に出ると、近衛隊長のダンと副官のルーカスが立っていた。一礼を済まして顔を上げる二人は零を見て固まる。
「言うな。何も言うなよ二人とも。私が一番思っている事なんだ。」
先を制するように零が無表情のままそう言うと、
「な、にを、ですか?」
やっとそれだけを口から滑り落としたダンが聞く。
「似合わん。・・・女装することになろうとは・・・これではお願いではなく、罰ゲームだ。」
横でスカートの裾を持ちあげていた侍女のマージがふっと微笑んだのが解った。
「いえ!・・・いえ、あのとても美しいと思いますが。見間違えました。」
ダンとルーカスが口々に言うのを、零はきりきりと眉を吊り上げて制する。
「言うな、蹴るぞ。」
一見黒一色に見えるドレスは、その実全体に銀糸で刺しゅうを施してありふわりと広がるデザインではなく身体に添うようなタイトなデザインで仕上がっている。片足は腿の辺りまで切れ込みが入り、歩くたびに真っ白い肌が目に痛いほどに眩しい。恐ろしいほどに尖ったヒールは高さがどれほどなのか、180代の零が190は超えているようだった。
「歩きにくくはないか?」
「大丈夫だ。久しぶりだからな、ちょっとコツを思い出すのに苦労したが。」
「は?」
「いや、それよりもお前は意中の人物はいないのか?王たるもの・・・。」
と説教が始まりそうな雰囲気だった。
「とはいえ、世襲制ではないからな。そうそう煩くも言われんし、どうしても後継ぎがいるという事もあるまい。」
「・・まぁ、そうだが・・・。お前の子ならそれ相当に強そうなんだがな。」
胸辺りぎりぎりまで出ているデザインに、胸元には銀の鎖で宝石が施されたネックレス。細く美しい鎖骨が曝されている。肩も半分出ていてそれは背中までつながっていてそこも大きく切れ込んでいた。
長い黒髪は緩く態と散らしたようにして纏め上げてあり、今日は黒いままだ。しかし瞳は白銀。これは俺とドレスに合わせてくれたのだろう。
「生んでくれるのか?」
つい悪戯心でそう言ってみると、
「子供は好きだが・・・大体生めるのか? 人とは違うんだぞ。」
意識しているのかどうなのか、零はそう零した。
それはごく小さな声で、本人は意識せずに出た言葉。もちろん周囲の人間には聞こえないよう遮断したが。
改めて零を見た。
その肌、その腰を・・・。美しい瞳や髪は。その柔らかそうな膨らみは・・。
(女か?)
「何だ?じろじろ見て気持ち悪い。」
いつもの調子に戻って零が俺に視線を向ける。
(悟られてはならない。ミラ)
心の声に蓋をする。
「緊張はしておらんな?」
全然関係ない事を言って広間の扉の前に立った。
(愛し子は女。零は、女性。)
「うっわぁ~・・・壮観だな。」
と言った零の言葉がどういう意味なのか聞いてみると、
「絢爛豪華。これでもかっ!て着飾った女と鼻が曲がりそうなほどの香水の匂い。獣人は鼻がいいはずだろう?大丈夫なのか?」
だと。何とも色気のない言葉ではあるが、同意してしまう。俺が何時も思ってる事だからだ。
「皆誰かの目に留まることを期待しているんだ。来てるのは社交界にデビューしたての子供とか相手探しの男女ばかりだからな。これに晒されて標的にされてる俺たちの身にもなってみろ。辟易する。」
俺がそう言うと後ろに付き従うダンやルーカスも肯いている。
「ふ~ん・・・あ!でもルーカスは相手が決まってるだろ?」
「「「は?」」」
3人の声が重なったが、微妙に意味合いが違った。
「あれ?言っちゃだめだったか?・・・あぁ、悪い!・・・でもいいじゃん、認めてやれよ、ダン。」
それじゃ言ってるも同じだ。そこまで言われちゃ、相手がダンの姉だと解ってしまう。軽く零を睨む。
「きさまっ!」
「いや、あの隊長、え~と・・・。」
救いを求める様な表情に零が割って入る。
「ダン、死はいつも隣にある。それは誰にだって訪れるもので避けられないものだ。そしてそれはいつ訪れるかヒトには解らない。お前たちが約200年という生を長いと感じているのか短いと思っているのかは知らないが、確実にやってくる別れの時に、後悔だけは残してはならない。ああすればよかった、とかこうしたらよかった、とか。その時思っても遅いんだよ。だったらマリアの好きにさせてやれ。」
ダンの姉マリアは、2年前夫を亡くした。結婚して半年だった。
理由は隣のコンドルトの内戦だった。彼の両親がコンドルトに旅行へ行っていて取り残されてしまった為に救出に行ったのだ。その結果、皆死亡した。近衛ではないが、兵士だった夫の死に、マリアはショックを受け塞ぎこんだ。
それをずっと慰めていたのはルーカスだった。ダンたちとルーカスは幼馴染で小さい頃よりの知り合いだ。その関わりの2年間で二人の間に愛情が芽生えたとしたって不思議ではない。
しかし、ダンはもう兵などの仕事に付いている男に大切な姉を嫁がせるのを反対していた。また同じように悲しむ姉を見たくなかったのだ。だから2人は言い出せず今まで来ている。
「れ・・・。」
言いかけた名を飲み込むダンに、俺も言葉を添える。
「亡くなった両親の分も自分が姉を守っていかなければ、と思うお前の気持ちは解る。だったら、マリアが望むようにしてやれ。マリアは子好きだ。あれに子を持つ喜びを与えてやれ。」
マリアは貴族の子息子女を教育する学園で教師をしている。
「王・・・。」
「お前が必要でないと言っているのではない。勘違いするなよ?ルーカスにとってお前は大切な友人であり同僚であり、信頼できる上司だ。マリアにとっては愛すべき弟で頼りになる弟であり兄であり、と言った存在なんだ。2人とも、お前に賛成してほしいんだよ。待っているのが嫌な訳ではない、認められないのが悲しいだけだ。それでも待てるのはお互いに愛し合っているからだし、2人にとってお前が大切だからだよ。」
穏やかな、優しいといえる声で零はいい、ダンを見上げる。
「私は・・反対している訳では・・。ただ・・。」
「“淋しい”んだろう?自分が独り取り残される気がして。 馬鹿だなぁ。」
と言った零の表情は美しかったが、ちょっと寒気がした。何をする気なのかと思いきや、
「取り残されなければいいだけだ。 ほれ! 行け!!」
呆気に取られている俺たちの目の前で、ダンの背を思いっきり押し、獲物を待つ婦女子の獣の中に放りこんだ。にっこりと笑いながら。
((鬼!!))
「お嬢様方、ダン・ナッシュクロウは意外と甘えたがりだ。よろしく頼むよぉ~!」
そんな言葉まで添えて。
ダンを餌食に、零の腰を捉えて中央へと進む。
俺たちの登場で静まり返った会場の中、少しずつざわめきが広がっていった。
(誰だ?)
(初めてだろう?王が同伴など・・・。)
(あの黒髪。見事な・・。)
(王とお揃いですな。瞳が。)
ざわつく中、始まりの一言を俺が告げる。それは決まりだから仕方ない。
「皆よく集まった。今夜はゆるりと寛いでくれ。」
言って初めに開始の合図として踊らなければならない。それは零にも言ってあった。踊れるか?と聞くと、マージと目の前で踊らされた。一度見ればおそらく出来るというから踊って見せたのだが、実際どうなのかは“本番までのお楽しみだ”とはぐらかされて見てはいない。
「お手前拝見、だ。」
俺が言うと、
「とくとご覧あれ。」
零はそう返して俺が差し出した掌に添えた。
流れる様な音楽の中、零の背に手を添えてゆっくりと一歩を出す。それに零はぴったりと添って来て、添えている手に縋るような感じはなく、それよりもぎゅっと握っていないと逆に手を離れて消えてしまうような感じさえあった。
「ダグ?」
救いあげる様な瞳は、嘘でも今は俺と同じ色。
回転に合わせて髪がふわりと広がる。
花の香りがする。
「何か付けているのか?」
「いや、元々香水の類は好かん。」
足を出す度に、切れ込みの入った服からは零の白い足が曝される。それに会場の男たちの視線が釘付けになっているのが解る。
≪あぁ。≫
「わかった。」
俺の声と零の声が重なった。
踊りながら気配を窺がっていると、零がふっと握った手に力を込めて俺を見、視線で促してくるから顔を近づけた。
「わたしに・・・。」
「いや、お前は俺の後ろに引っ込んでいろ。」
「お前、王だろう?前線に立ってどうする。」
「俺にはいつもの事だ。」
顔を近づけて話していると何時の間にか音楽が消え、先ほどとは違うざわめきが広がっていた。
足を止めて周囲を見ると、ぐるりと囲まれている。
(5,6人か。様子見だな。)
そう判断して零へ腕を伸ばしてその細い首を捉えて抱きよせる。後ろへ庇う事は囲まれている為余計に危険だからだ。抱き込んでしまえばその方がいい。
【結界発動・半径50ドーム状に。内側へ40。・・・魂 魄】
解らない言葉を発する零の目の前の空間に二つの光るものが出現した。
「ダグラスを守れ。」
「・・・・ッテリ・・。」
零と言いかけたのを飲み込んでやっとそれだけを口に出すと、くるりと振り返ってにっこり笑う。
「ご要望は?」
「この中で一番事情を知っていそうな奴を独り。あとはいらん。」
俺の言葉に刺客たちの表情が変わった。
真っ黒い方が、俺の横に立つ。
「お前は?」
「ん~・・守護獣ってとこ?この世界で言うならな。 俺は魂。あっちで零の後ろに立っているのは魄。俺らは対の獣だ。」
「守らなくてもいい。」
「うん、まぁ俺たちもそう思うがな、ほれ、見ろよ。零ったら嬉しそうだろ?邪魔すんなよ。後から怒られるぞ。」
肩を竦めて言う魂に、その尻尾と耳のせいか親しみを感じる。
「さあ、かかっておいで? 誰から来る?」
そう言って一歩前に出ると、子供に馬鹿にされたと思ったのか一人が斬りかかってきた。それを交わして空中に手を翳す。すると部屋に置いてきた刀がしっかりと握られた。鞘から外すと嬉しそうに輝いている。
どうも私が扱うと意識というか生命というか、が生まれるらしくこの子も意識を持っているようだ。
だから・・・。
「緑青丸。よろしくたのむよ。」
バレちゃいましたよ。




