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彼方の地から  作者: 竜胆
23/34

21 「高くつくぞ。」

 「何故この国に来た?」

ライ王が拓いた国、ライオネル。

獣人の国として大陸一の広さと強さを誇る国。

その王の執務室で皿に盛ってあるケーキを平らげたあと、出て行こうとしたら・・・。

「“何故?”って・・・森を歩いていたらたまたま子供の叫び声が聞こえて・・・魔獣を倒したら“売れば?”って付いて来たんだよ。 元々はコンドルト側の森にいたんだ。」

ダグラスに聞かれ、そう答えた。コンドルトで街見学をしていたんだ、と。(嘘じゃないよね?したから。まぁその前に色々あったし、後にも色々あったけど。)

その色々の部分を話すと面倒なことになるし・・・面倒事はいやだよね。

・・・と思ってたんだけど! 無駄でした・・結果的には。

 「見学“だけ”ではないよな?・・・ロイズ、入れ。」

その言葉と共に入ってきた人物によって、ぶち壊しでした。

最初、呼ばれた事に心当たりがないという風な顔をして入ってきた人物は、こっちを見るなりビシーっと背筋が伸び、最敬礼か!と突っ込みたくなるほどに緊張を隠しもせず、よりにもよって名前ではなく、

「愛し子様! またお会いできて光栄です。」

と、これまたどこのお伽話だ、という様に片膝を床について頭を下げた。

「ローイズゥ~・・・“零”だと言ったろ?言ったよな? その名で呼ぶなと言ったよな?」

「はっ!はい、そうでした、申し訳ありません、零様。」

(遅いよ・・・台無しだよ。私は水戸〇門みたいに人に混ざって旅したかったのに。 それともワザとか、ワザとなのか?)

がっくりと力が抜けて机に項垂れる私に可笑しそうな含み笑いと、驚愕の声が届く。

「本当ですか?」

「零が愛し子?」

「え?あ・・・えぇ?」

の驚愕の声の出所はディークとディレス、それにケイオス。そして含み笑いは喰えない王様。喧嘩を売ったに等しい二人に至っては、もうただ震えている。

(別にこれ以上何かする訳でなし、黙って出て行こうとしていたのに。)

「ダグ! 知っててやったろう?」

「偶然だったんだ。ロイズがコンドルト入りをしていたのは、ただ友人を助けたいからだったし、今回もたまたま帰国したから、もしかしたら何か知っているかと聞いてみた。」

(それは精霊を通じて、という事か・・・。)

精霊ならば、そりゃ話すだろう。コンドルトで会った“零”なる人物が自分たちの王の兄弟であると、愛し子であると。証拠にロイズの精霊はニコニコしてまた会えた喜びだけを前面に出しているし、ダグラスに付いているのは恭しく頭を下げている。

≪・・・ミラ、頭を上げよ。せっかくお前が黙っていてくれたものを台無しにしてすまないな。お前の相棒は全く喰えない奴だよ。≫

精霊語でそう言えば、ダグラス付きの精霊が困った顔で頭を上げる。そして一歩前で進み出て、私の手を取るとその甲に口づけた。

≪御子様。どうかお怒りになりませんよう。この者は悪気があった訳ではなく、ただ興味があったのだと思います。けして御子様を悪いようには・・・。≫

毒舌の精霊を付けた、とユファは言っていたがなかなかの美形だし、態度は花マルだ。

≪うん、解ってるよ。怒ってないから安心して。それに悪い様にされたら暴れるまでだ。お前たちには迷惑だろうがね。まぁそういう事もあるまい?この国は今は安定しているし。≫

「ミラと話しているのか? ミラは何と?」

と言うダグラスに、

「お前が悪い奴ではないから怒るな、と心配しているよ。全く、ミラにまで頭を下げさせて・・・お前は何を望んでいる?ダグラス。」

威圧感を上げてそう聞くと、ディレスやロジャーはふらつく。

「その前に、ロジャーとクラウドには躾が必要だな。・・・我に喧嘩を売ったろう?高くつくぞ。」

くるりと二人を振り返ると、もうすでに気絶寸前と言った顔をしていた。






 敵う筈のない戦いをしている。身体はその翌日どころかその瞬間からギシギシと悲鳴を上げているというのに、やめられない。

「ダン!そこだ。・・遅い!」

ガシャ・・ン。

剣が宙を舞って地面に落ちる。

相手は息一つ切らしてないどころか上がってもいない。汗など一つも掻いてない。

遥かに小さな身体をしているにも拘らず、その存在感は他を圧倒する。

(愛し子。)

3日前、王の執務室に現れたその人物をそう紹介された時は、皆我が目を疑った。

“神の愛し子が現れた”と言う話は聞いていたが、もっと、こう・・・厳ついというか、人離れをしている者と思っていた。

(確かに人離れはしているが・・・強すぎる。)

しかもこれでも術など一切使っていないと言う。

一度術師が術で訓練を、と言ったらしいが、却下されたらしい。理由が、

『加減が難しいから、死んでもいいか? 最悪、お前だけでは済まないかもだが・・・。』

と真顔で返されたと言う。

それが本当かどうかは解らないが、防御や転移などは平気らしい。いざ攻撃、というと精霊王たち相手にしかしたことがないから、人間相手にどれほど影響があるか解らないと言う。

 獣人は精霊付きが多い。それは最初に愛された種族だからという。

なので、彼が訓練という名のシゴキをしていると、兵士の中で加護付きのやつらは、まず最初に彼に深く首を垂れる、しかも膝付きで。彼らに付いている精霊の影響で、彼の本来の姿が垣間見えると言う。

 「漆黒の髪と瞳だと言うのは本当ですか?」

もう立っていられなくて、木の下に座り込んでいる俺は、横にやってきた零様にそう聞いた。

「あぁ。・・・・あっちゃぁ~・・まずいのがやってきた。」

彼の視線を手繰ると、神官が慌てた様子でこちらへ走って来ていた。


ライオネル神殿の神官 トマス・バンガルド。

獣人にしては小さめな彼は、小さい頃の怪我が元で、片足が少し動きが悪い。ひょこひょことした独特の小走りで零様の元までやってくると、地面に土下座する勢いでその場にひれ伏した。

その場にいた兵士たちは何事かと周りを遠巻きにするように見つめている。

 「最初に、我が国にお越しだとは・・。」

「・・・ダグか・・。」

あいつめ・・と肩を竦める。どうやら神殿に使いを出したのは王らしい。

「はい、今朝報告を受けまして・・・。遅くなり申し訳ございません。」

「いい。元々街にいるはずだったのが予定が狂ったせいだしな。ユファにもミラにも頼まれてしまったから、仕方あるまい。迷惑を掛けるな。」

立つように促す零様に、神官はやっと膝を伸ばす。

「いと・・・。」

「“零”だ。言ったろう?」

「はい、零様。あの・・・クラウドの事ですが・・。」

「ならん。あれの罪はロジャーより重い。」

「ですが、あのままでは・・・。」

魔術部隊のクラウドが弟ともに罪を受けて神殿預かりになっているのは、皆知っている。弟のロジャーはこの訓練にも参加していてそこにいるがクラウドは一切神殿に入ったっきり出てこない状態だった。話を聞いて皆の中からロジャーが進み出てくる。

「零様、兄が何か?・・いえ、あの・・・。」

近衛の隊長である俺の前で話しかけたのがいけないかったと思ったのか、一歩下がるロジャーに、

「いい。兄弟なのだ、気にもなろう。零様?」

俺もそう促すと、零様はロジャーを冷たい瞳で見ながら言った。

「知ってどうなるものでもないと思うがな。 神殿に預けられているクラウドは、我が造った結界の中にいる。その中で罰を与えている。」

ただそれだけを言うと、トマス神官を見る。

「それを重すぎる、と文句を言いに来たか? お前はそれがどういう事か解っていっているのか? 同級生を助けたい気持ちは解らないでもないがだからと言ってあ奴を特別扱いはせん。我には人は等しく平等であり、あ奴が別段特別な訳でもない。精霊付きでもないしな。」

突き放した言い方に、トマス神官は喰い下がる。

「ですが、解っておりますが・・・。あいつのしたことは許されることではない事は・・ですが、あのままではっ・・・!」

「兄がどうしたのです?」

叫んだロジャーに零様が向き直る。

「お前の罪は罪として人として裁かれればよい。しかしお前の兄は魔術師だ。ただ人ではない。家柄も才能も考慮に入れられる事はない。魔術師として裁かれる。 お前は知らなかったか? 魔術師が罪を犯した時、どれほどの責め苦を負うのか? 知っていたか? 魔術師の罪の裁きは人より重い、ほぼ正常で戻ってくる奴などおらん。 そしてその存在は抹消されるし、転生も叶わん。死した後も罪が消えることはない。 これは魔術師が誕生した昔から一貫して変わらぬ事だ。 つまりは父が決めたことだ。それを我が変える事は出来ん。 大方その姿を見かねた父親にでも泣きつかれたのだろう? ・・・ロジャー、神殿へ行け。兄を見て己の罪の深さを思い知るがいい。 トマス。」

「はい。」

目の前に立つ己よりも背の高い神官に、零様は向き直る。

静かな瞳の輝きだった。

ただそっと諭すような。

「人の痛みを己の痛みとして受け止めるお前は正しい神官だろう。が、ならば彼らではなく、彼らに被害を受けた者たちに寄り添え。泣きつく場所もなく訴える手段もなく、泣き寝入りするしかなかった彼らこそ、寄り添うべき相手だろう? 間違うな、見えるモノだけが全てだと思うな。 お前は神官だ。 お前もまたただ人に非ず。 父たちは常に見ている。 お前たちを、皆を守るために、そして罰する為に。 忘れるな、神の加護はけして優しいものではないという事を。 恵みが安らぎが、そして困難が災害が、全てが神の意志であり加護であると知れ。お前たちの為に世界や神が“ある”のではない。」

項垂れて帰るトマス神官の後姿を見送って俺はそっと呟いてみた。

「やめて、しまうってことは・・・?」

「“ない”。トマスはそれほど弱くない。」

「クラウドは?」

「見に行けばよかろう?ダン。お前の下だろう?魔術部隊は。但し楽しいものじゃないぞ。・・・そこの魔術師たちよ、お前たちも見ておけ。そしてお前たちの力はけして己の為に使うべきものではないと知れ。誓約の言葉に嘘偽りはなく、正しく罰せられる事を知れ。己の力に酔い、己の利益の為だけに力を行使した末路は例外なくそうであると覚悟しろ。それだけの力を得ている事を恐れろ。お前たちは常に精霊に見張られている事を知れ。彼らは嘘偽りを嫌う。誤魔化される事も逃げられる事もないと知れ。」

零様がそう言った途端、魔術師たちが消えた。

神殿へ送った、と零様は言ってその場から消えた。






 人と違う、特別な力を持った、いや持たされた者には、それなりの枷が付いて回る。

神官然り、加護付き然り。そして加護付きではない魔術師も同じこと。

加護付きとは違い、力はそれほど大きくもないが、それでも一般人とは違う。特別な力である事は違いない。それを行使する上で必ず神殿において誓約を誓うことが義務付けられている。


 一つ 私は、この力を正しく行使するものなり。

 一つ 私は私利私欲の為にこの力は行使しないものなり。

 一つ 私はこの力を皆の幸せの為に使うものなり。

 一つ もしこの誓いと破りし時は、神の名のもとに罰を受けるものなり。

 一つ その罰とは、己の力のよって不幸になった者たちのその不幸を全て己が背負う事なり。

 これらを私と神の名において守ってゆく事を神と世界に誓う。


 「名が光るだろう?署名した時。あれで神に認識される。まぁたとえ神殿で誓わない者がいたとしても、その存在は神の知るところになるのだがな。」

力を使った時点で・・・と言うと、扉を開けて入ってきた零が言葉を添えた。

「違う。生まれた時点、だ。力を持つ者が生まれると世界が知らせる。何故か解るか?」

(あ! それ俺のゾーイなんだが・・・。)

デスクの上のゾーイをグーッと飲み干した零は、おかわり、と侍女にカップを差し出した。

(いいけどさ・・・まだ飲んでなかったんだけどなぁ。)

困ったというか微笑ましい、といった感じで零と俺を見ていた侍女が返事をしてゾーイを入れる為に部屋の隅にある簡易の水場へと入っていった。

「いや。」

「精霊が好むからだ。あの子たちは力を好む。人間には視えないし感じないだろうが、力には色と香りがあるんだ。力の弱い精霊や生まれたばかりの精霊たちは己の好きな香りに寄って行ってしまう。 加護付きと違うのはその点だ。加護付きは精霊王たちが選りすぐりの力のある精霊を選んで付けるが、魔術師たちに寄ってゆくのはそれにも入らない力の弱い子たちだ。彼らは加護付きの精霊たちのように加護付きの人間の善行によって成長する事もなくただ漂っているだけで大した力もないが、それでも精霊だ、力を間違った方に使えば彼らは傷つき穢れてゆく。」

つまりは死ぬんだ、と零は言う。 可愛い我が子が死んでゆくのを精霊王たちが許すと思うか? と。

だからこその“枷”だと。

普通に暮らして皆の為に使いさえすれば、何一つ変わる事なく死ぬまで暮らせるが、一旦タガが外れるとそれは己の首を絞める力へと変化する。

 「・・・レーヴェに会ったろう?愛し子様。」

「何だ、気になるの?可愛い甥っ子だもんね。」

また急に調子が変わる。どうやら愛し子モードと普段モードで言葉が違う様に、少し表情というか感じが違う。

普段モードは限りなく人に近い。

(無表情だがな。)

「かわいいかぁ?あんま歳変わんない甥っ子なんぞ、兄弟と一緒だ。」

そう言うと、真ん丸に瞳を見開いた。

そうすると、途端に幼く見えるし、綺麗な瞳がよく見える。

零は執務室に入ってくる時だけは漆黒の本来の髪と瞳に戻るようになった。扉を潜りながら変ってゆくのを見るのは、最近の俺の密かな楽しみだ。

茶が漆黒に、青が黒曜石に。

「お前、幾つだ?」

(あ・・嫌な予感がするぞ。)

「26だが。 ちなみにレーヴェはあれでも24だぞ。うちは姉と俺がかなり離れているんだ。」

「にじゅう・・・6? 24? ・・・てか、それで独身って・・・かなり遊んでんだな、ダグ。」

ガタンと付いていた肘が落ちた。

「ちっがぁ~う! モテ過ぎで決めランねぇだけだ!」


 

  

零がどんどん自由人に・・・。書きながら話が出来上がってゆくので、先が自分で読めません。

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