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彼方の地から  作者: 竜胆
22/34

20 「いや怪しいだろう?十分」

 

 “ヒトはライオネルから生まれた“

それは、全部が間違いではない伝説だ。

しかしライオネルから生まれたのは“人”ではなく、“知能の高い獣”だった。

世界を創ったガイアスは世界を愛でた。その命全てを愛していた。

その中でも、大きな獣に襲われながらも一生懸命に命を繋ぐ小さな獣を愛していた。

それがカルトカール、つまりはカルトカールの祖先の獣であった。肉食の獣に命を狙われながらも、仲間の為に木の実を集めて回るその小さな獣をガイアスは愛でた。その力が注がれるほどに。

やがて注がれた力によって知能を得た獣はコミュニティーを作るようになった。外敵から身を守る術を考え、仲間全体を守りながらも彼は孤独だった。

だって彼は一人だったから。仲間はまだ“匹”だったからだ。そこで彼は人ならざるガイアスに頼んだ。

『皆も同じにしてほしい。』と。

それが始まり。

それが獣人の始まりとなった。

心優しい彼はどんどん仲間を増やしていった。そしてそれは自分たちと同じ獣によらず、全ての獣に向けられた。

その獣が“ライ”。

この国の原初の王。

力が強い、のではなく心が強い王だった。

ただ一人、ガイアスの加護を受けた、知能の高い獣。

ガイアスの加護はほかの精霊王の加護と違い、代々受け継がれた。(他の精霊王の加護はその人物一代限り。)つまりカルトカールの子孫は代々ガイアスの加護を受け続けた。ディレスの父、ディークも当然。

ガイアスの加護の内容は、“力”ではなく“知”だった。カルトカール家が宰相の地位に付いたり、学者や神官を多く輩出しているのはそういう意味もある。

悟りを開いているかのような子供だったディークも例外なく賢く聡い子供だった。実の両親が避けてしまうほどに。それでも学校で友人を得、仕事をし、家族を得た。愛しい女性に自分の子が宿った時などの喜びようは今でも友人たちの酒の肴になるほどだ。

 「でもね、マリーベルはあまり身体が強くないだろう? 元々子が望めるほど強くなかったんだ。でも彼女は産む事を強行した。周りが、あんなに喜んだディークさえも“今回は諦めよう”と諭したが彼女は逃げた。 堕ろされるのを恐れて、友人を頼り家族の手の届かない場所に。」

そう、この国の王の元へ。夫の友人だった王に縋った。産まれるまで匿って欲しい、と。

王は承諾した。但し居場所は教える、無茶はしない、ディークと話し合うと約束させて。城に勤める皆の知る所となった逃亡劇は、そのまま皆に見守られることになった。その出産まで。

「自分より母親を選んだ父親を怨むかい?」

そう聞くと、複雑そうな顔をしながらも彼は首を横に振った。

「日頃の父親を考えた時そんなことは夢にも思わないかもしれないが、彼は何時も叫んでいた。“自分をそのまま愛してほしい”と。自分を見てくれない両親に対して。子が親の愛情を求めるのに理由なんかない。だって親なんだから。子なんだから。当たり前に与えられるはずだったものを奪われた人間の気持ちは誰にも解らない。それを与えてくれる唯一の人だったんだ、マリーベルは。彼には誰にも代えられない存在だった彼女が、自分のせいで死んでしまうと、彼は半狂乱だったよ、君が産まれる時。」

君が産まれるとき・・・空が紅く染まり出した朝方早く、静寂を切り裂く君の産声の横でマリーベルの命が消えようとしていたんだ。そう言うと、彼は息を飲んだ。何時も能天気で陽だまりの様な母親が・・と信じられない気持なのだろう。

「“ごめんなさいね”とマリーベルは言った。“貴方を残してゆく事を許してね”とディークに。彼女は知っていた。ディークが望んでいたものを。だからこそ産んであげたかった。 

“許さない”とディークは言った。“僕を残してゆくのは許さない”とマリーベルに。 

“死ぬる時も一緒だ”と誓ったのにと。

“死ぬる時は一緒だ”と誓っただろうと。 そしてディークは捨てたんだよ、君とマリーベルを引き留める為に、愛する者を自分の手に取り戻すために・・・加護を。」

「・・・え?」

 ディークはその場にいた皆の目の前で、神に叫んだ。

『我の加護をもってこの二人を攫って行くな。我の全てを奪って行くな。加護を返す! 地位も名誉も金を要らぬ。すべてを返す。だから、だから・・・!』

と。

ディレスの頬には涙が流れていた。

父親の叫びが聞こえてくるようだった。

子供の目から見ても照れるほどに仲が良い両親にそのような過去があったなどと、想像もしなかった。

「ガイアスはその叫びを聞き入れた。加護を取り上げる代わりに、マリーベルの命を戻した。引きずられていた君の命もね。但し、相手は神だ。代償失くして益は得られない。・・・ディークの右目はその時失われた。」

“代償失くして・・・“彼はそう言った。

神は代償を支払わせる。 けして無償では助けない。 それはこの世界の理だ。

沢山の恩恵を与えられて生活をしている人々に、忘れさせない為のモノ。 神がいる事を。精霊たちがいる事を。この世界は自分たちの為だけのものではない事を。

「・・・その結果将軍職を辞し、カルトカール宰相閣下として、王近くに勤めることになったのです。元々“知“の部分の強い方でしたので、問題なく。但し加護を失い、瞳の色は加護を示す白銀から青色へ。そして王は人々が面白おかしくこの話を広めることを嫌われました。それでその場にいた者、事情を知る者すべてに誓約書を書かせ緘口令を布かれました。『一切の口外無用。守れぬ者には死を。我の手によって必ず与える』と。」

ポツンとケイソンは言い、これも当て嵌まりますかね、と笑った。

「ディークがお前に“好きな道を進みなさい”と言ったのは、何もお前に期待していないからではなく、見捨てた訳でもなく・・・好きに生きさせたかったからだ。お前に武将としての才がなかった時ディークは喜んだんだよ。少なくとも戦で死ぬる事はない、と。軍部に聞かれでもしたら叩かれようが、ディークはお前を愛している。ただ、下手なんだよ、自分が愛情を注がれて育ってない為にどう表現したらいいのか解らないんだ。それをお前に解れというのも以前ならば無理だろうが、今なら汲み取れるだろう?お前は恵まれているんだ、そして愛されている。」

泣いている頬をペシペシと叩く。

(しっかりしやがれ。)と気持ちを込めて。

ガイアスの加護はガイアスに返された。今世界にガイアスの加護を持つ者はいない。ガイアスはもう人に加護を与えることはない。

もうガイアスは独りではないからだ。精霊王たちがいて、そして私がいる。けしてガイアスを独りにはしないから。

世界でたった独りで獣を愛でていた大昔とは違うから。

「好きに生きたらいいんだ。お前は“武“が立たなくとも“知”は立つ。加護を失っても尚カルトカールの血は落ちてはいない。・・・・なんて話を私にさせたんだ、代償を払って貰わないとな。」

「は?」

二人のぽけっとした顔を見てにやりと笑った。

「ケイソン、また飛ぶぞ。今度は墜ちるかもな。」





 ガタリ・・・と音がして振り返ると、ケイソン隊長が転がっていた。

「あーぁ、やっぱ駄目だったな。大丈夫か?ディレス。」

「はい、私は平気です。彼は特別駄目らしいんですよ。」

「そんなんでよく隊長が務まるな。・・・大丈夫なのか街の警邏は。」

いきなり現れた自分の息子に、ディークが叫んだ。

「ディレス!一体・・・彼は?いや、ケイソンは?」

「ケイソンは気絶だ、飛んだからな。 ディレスは大丈夫だと今言っただろ? ・・・ディーク・カルトカール宰相閣下。代償を払って貰おうか?」

 (おそらく笑った、というか微笑んだ、のだろうな。)

話していた時とは少しだけ表情が動いた。それを眺めながらデスクに肘をついたまま様子を覗っていた。

茶の髪に青い瞳。この世界ではありふれた色だ。

細い体躯に長い手足。年齢的には10代半ばか、人間だからもう少し上、くらいか。異様に肌が白い。

「“代償”?・・・君は一体何を・・・。」

「私に監視を付けたろう?まぁこいつらだが・・・。残念だったな、レストランから知っていた。態とらしく人まで使って話しかけさせてご苦労な事だ。怪しいと踏んだか面白いと踏んだか知らんが・・・こっちはせっかくの街見学を邪魔されて立腹中だ。ディレスにおやつを奢ってもらったから、少しはましになったが。」

「少し、ですか? あれで。」

横でディレスが呆れたような表情をしている。

「甘味は脳を活性化させるんだ。お前はもう少し採った方がいいぞ。筋肉馬鹿では仕事は務まらん。」

(おや?)

ディレスの表情が以前と違う事に気が付く。以前は何かに押しつぶされそうな顔をしていたのに、今はどうだ。全くそれがないばかりか晴れやかな表情だ。どこかひきつった感じだった笑顔が普通に笑えている。

肩の力が抜けたというのが一番合っているか。

「ディレス、こちらへ。君はどうやってここに、いや何故ここに?」

父親の様子がおかしい事に気が付いたディレスは、父親が何を疑っているのか解ったようにその侵入者の前に立つ。

「父上、彼は怪しい者ではありません!」

(いや怪しいだろう?十分に。)

「質問に答えようか? ここに来た手段だが、“飛んで”来た。二人を巻きこんでな。何故来たかは、さっき言った。」

「“代償”ですか?一体・・・。」

「・・・お前の全てを代わりに語ったからだ。こいつが受け止め、成長するために必要な試練として。お前たちは過保護すぎる。子はそれほどか弱い者ではない。」

「全て? まさか・・・。」

「お前が妻と子を助けるために、最大の加護を失くした事だ。世界唯一の加護をな。お前はその事を知ればこの子が自分を責めるとでも思ったのだろうが、知る事はこの子の糧となる。それほどまでに愛してくれていると思う事がこの子の力となる。間違えるな。守るばかりでは意味がない。親バカはいいが馬鹿親になるな。」

自分より小さな、胸辺りまでしかないような子供に諭されて、ディークは茫然としていた。その前でディレスは胸を張って立っている。

「父上。俺・・私は、貴方と同じような文官になります。なるよう努力します。それで全てを報いる事が出来るとは思っていませんが、それでも。」

「ディレス。」

感動の親子、はいいが・・・。

「“代償”とは、なんだ?」

問いかけに侵入者は初めて俺を見た。

神々しい、青。


 「良く食べるな。」

何人分になるのか、平らげた皿は次々と侍女が運んでいくので解らないが。

侵入者・・・零と名乗ったその人物は、甘いものばかりを一息食べると、フォークを置いた。

「ごちそうさまでした。」

食べたそれらの代金を全てディークに付ける、というのが代償らしい。確かに王宮お抱えの職人の手によるものだから、大した金額にはなるがそれでも安い代償ではないか。

「零。お前は何者だ? あんな転移術など聞いた事もない。 それに父が緘口令を敷いた21年前の詳細を何故お前が知っている。その頃生きてはいないだろう?」

複雑そうな顔をしつつも美味しそうにゾーイを飲んでいる零に言うと、

「そうだね。 でも知っている。皆は語れないとケイソンが言うから私が話した。 私はどこにも属さない、旅人だからね。」

先程より砕けた口調ながら、その存在感は変わらない。

「ではその旅人が無礼だろう?王に対するその口調は!」

堪り兼ねたように、部屋付きの騎士が今にも剣を抜きそうな勢いで言う。

「お前たちが王に敬意を払うのは、“お前たちの王”だからだろう?“私の”ではない。私は人によって態度を変えたりはしない。自分より小さく、幼く弱そうに見える、から私に対して強く出るお前たちとは違う。貴族だとか、人だとか獣人だとか、そんなモノは私には関係ない。王も民衆も男も女も、私にとっては皆同じだ。 親の威を借りて威張るのはよした方がいいよ、ロジャー・ウィルソン。お前がその地位にいるのは、実力ではなく親の力だと知っているか? 私から見ればケイソンの方がよっぽど強い。その飾りの剣で私に傷一つ負わせることなど出来ない。」

(煽ってやがる。)

真っ赤な顔をしてロジャーが剣を抜いた。

叫びかけたディークを一睨みで黙らせる。

ここは王の間だ。本来ならば抜刀はご法度。重い罪を受けることになる。

「その剣は何のために抜いた?王の為か?自分のプライドの為か?」

すっと音もなく零が立ち上がる。その時、ちらりと俺を見た。

その瞳が“いいのか?”と囁いているような気がした。 何が“いいのか?”なのか、俺には解り、そして零も解っていると感じた。

くっと口の端だけで零は笑いすーっとその瞳を細めると、腰の下げた剣を抜く。

「では私は、お前のその小さなプライドの為に傷つけられた者たちの為に剣を抜こう。」


 あっという間だった。最初は剣がかち合い、力負けするのではないか、と思ったが、それも振りだったらしく零は剣を流してロジャーの剣を交わすと、そのまま懐に入り込んでいきなり膝蹴りを喰らわせた。

沈み込んだロジャーの身体をドンと突き飛ばし尻餅をつかせると、剣を肩に担いだ。

「お前が馬鹿にする下級騎士にも劣る。」

バッサリとまた煽る。

ロジャーは歯ぎしりをしながら立ち上がり、猛然と剣を振り回した。それをひょいひょいと交わして、瞬間剣が合わさった時にはもうロジャーの剣は宙を舞っていた。

「・・・っあ!・・な・・。」

大人と子供くらいの差がある身長差を物ともしないで、零はロジャーをその珍しい剣で壁際まで追いつめた。そして“ガスッ!”という音で、零の剣はロジャーの顔のすぐ横の壁に突き刺さり、ロジャーはまるで貼り付けの猫のようになっていた。

「遅いし軽い。鍛錬が足らん。 所詮飾りの兵だ、といわれる訳はこれか? 税金の無駄遣いだろう。ダグラス。」

「そう言うな。箔の為にも飾りはいる。対国相手にはな。」

剣をしまいながらこちらを向いて歩いて来る零の背後に襲いかかる影があった。

叫びそうになる声を殺した時、流れる様な所作でその影を交わした零は、そのままそれの腕を掴んで、思いっきり投げた。

「卑怯だ!」

投げられたロジャーはそう叫んで上体だけ起き上がった。

「戦場に卑怯などない。そんなところが甘いんだ。他の剣士たちが戦場で命を削っている頃、女の尻ばかりを追いかけているからそんななんだ。金と親の力で女に言う事をきかせるのは卑怯なことではないのか?」

「・・・・。」

ぐぅっとロジャーは黙り込んだ。

と、呪が飛んだ。

零に目掛けて放たれたそれは、殺傷能力の高いものだった。

「それで終わりか? 私にそれが通用するとでも思ったか? クラウド。」

呪は零にかかるどころか、零の結界に弾かれた。きらきらと七色の結界が見える。

(・・・・・。)

零が指をくいっと曲げると、物陰から宮廷魔術師のクラウドがまるで引っ張られる様に引きずり出された。

「馬鹿な弟ほど可愛いか? 兄弟そろって本当に馬鹿だな。」

「そんな、わたしの・・・。」

二人が宙に浮いてゆく。零の視線に添って宙に浮かんで吊るされている。

「お前の術か?まぁまぁだな。しかし私には通用しないよ。どんな術でもね、誰の術でも、だ。相手の力量すら測れない馬鹿な部下はいらないだろう? ダグラス。」

「まぁそう虐めてくれるな。 コレでもいるんだよ。今から鍛え上げようと思っていたんだ。もう少しはましになるだろう?零。」

“零”と呼ぶ名に力を込める。

「・・・無駄だって。まぁいいや。壁の修理代はロジャーの給料から差し引いてね。」

こっちもかわされた。

ファーストネームだけ。ダグラスくんです。

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