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彼方の地から  作者: 竜胆
21/34

19 「お金持ちだよね?」

 獣人の街だと聞いていたけど、意外と人間も多くいた。

「獣人と結婚する女性は多いですよ。何といっても獣人は優しいですからね。獣人の方としても結婚して生まれて来た子は獣人ですから。世界で獣人の比率は人間ほど多くはないですから。」

そうなのだ。獣人の異性と結婚して生まれて来た子は必ず獣人らしい。

それなら獣人の数が多くなるはずであるのだが何故人間の方が多いのかというと、獣人の子は2人しか生まれないのだという。ひと組の夫婦に最大で2人だけ。しかも獣人の特性である身体能力から、傭兵や軍隊に入るのが多いらしく、当然戦闘で負傷したり死亡する数が人間よりも多い。

(それじゃ、増えないよ。)

迫害されて殺されてきた歴史も過去にはあるが、今はない。ただやはり怖がられる事は今だもって多いらしい。デカイし強いし。

人は違うものを忌避する。自分たちより強く大きく逞しい獣人を。だからこそ、そう数を増やさない方がいいというガイアスの判断だった。その上、獣人は人間よりも寿命が長い。この世界で人間は120~130年くらいが平均の寿命であるのだが、獣人は200を軽く超える。過去には人間の倍以上の時間生きた獣人もいたらしい。平均では200前後。

(いやはや・・・平均寿命が80歳代で長生きだとか言ってた日本では考えられません・・。)

ギルドの受付嬢は簡単に街の説明をしてくれながら、ガイドブックをくれた。

「気を付けてくださいね。サージェスから来たんでしょう?ここはあちらほど治安は良くないから。」

ウサギ耳の彼女は、実はカーティスの叔母らしい。正しくは父親のいとこなんだとか。

「わかりました。ありがとうございます。夕方には戻るようにしますので、夕飯はこちらでいただきます。」

「いってらっしゃい。」



 サージェスにいた時にも感じていたが、ここでは更に感じる。

(まるで小人です。せっかく大きくなったのに・・・。)

更に周りが大きいなんて・・・。何で最初にこの国を選んだんだ。私は馬鹿だ・・・。

(・・・!)

その気配は解らないとでも思っているのか、結構大胆に後ろから付けて来ていた。

(ふぅ・・・ん。)

昨夜、寝入った頃に狙ったようにやってきた気配。

随分と扉の前や窓の外からの侵入を試みていたようだったけど。

(売られた喧嘩、よね?)

複数、とは言っても3,4人だが。

そういや店の中のレストランにもいたな。

(いくらかなぁ?)

いきなり切りかかってくるとか殺すとかそう言った感じの危険は感じないのだが・・。

(買っちゃうよぉ~知らないよぉ?)

いい気分ではなかったんだよね。こそこそってやな感じだし。

(引きずり出してやる。)

私は小物の店の角をいきなり曲がった。






 あんな子供の見張りだなんて・・・と目の前の対象を見ながら思った。

レストランのテーブルで、大皿乗っかっている“朝から食べるにはさすがにどうなんだ、それ”と言いたくなるほどの量をパクパクと休みなく働く手が口に運んでいるのを見ながら、後数人配置されている仲間に目配せをする。

街へ観光へ出かけると言っていた。先に一人二人が出て、通りからさりげなく後を付ける手段を取る。

 『全然駄目。何か術が掛ってる。』

昨夜窓から侵入して持ち物検査でもしちゃえば早々に任務は完了だと息巻いた仲間が、そう肩を落として帰って来た時のセリフだ。

魔術師としてはかなり上位にランクされる彼がそう言うのだから、実は一人ではなくあの子供にも仲間がいるのかもしれない。というのも、仲間の言う事を信じるならば、あの子供からはそう魔力は感じないらしいからだ。

『馬鹿じゃねーか?くれぐれも言いつけは守ってくれよ。でなきゃ俺たち全員の首が飛ぶんだぞ。』

“首が飛ぶ”とは、その言葉通り“首”の上からが無くなるという意味であり、けして仕事を失くすという事ではない。なぜならこの仕事を頼んできた人物が○○だからだ。その際きっちり、

『けして、無礼を働いてはならない。相手に指一本触れてはならない。気取られてはならない。』

それを厳重に守るように言われた。守らなければ“首を飛ばすぞ”と。

俺たちにとっては、その人物は尊敬する人物である前に恐怖の対象であったから言いつけは絶対だ。それを再度皆で確認して、見張りというよりはむしろ見守りという現状だった。

 街に出てから、子供は商店などを除き見つつ、足をゆったりと動かしながら見聞しているといった感じで歩いている。初めて見るモノに目を輝かせている辺り、本当に見た目通りの子供の様だ。が、

「いないぞ!」

小物屋の角をいきなり曲がったのに驚いて、つい追ってしまった仲間が叫んだ。

その言葉に皆でその角を曲がって見ると、向こうの通りに出られるよう抜け道になっているその通りには人っ子ひとりいなかった。

昼間の繁華街の通りである。人さらいが出るにしたってもうちょっと暗くなってからかもっと違う道を選ぶよ、というくらい明るい道だ。

(では、どこに?)


【迷彩解除】


聞きなれない言葉が聞こえ振り返ると、通りの入り口、つまり俺たちが雪崩れ込んできた入口に立つ一人の人物。

薄茶の髪は長く背の真ん中あたりで遊んでいるのをそのままに、青い瞳は空の色だ。近くで見るのはこれが初めてだった。 

建物の壁に寄りかかって組んでいた足を戻して、胸の前で組み合わせていた腕も下ろす。そうすると、細く長い手足がはっきりする。抜けるように白い肌に、びっくりするくらい整った顔立ちだった。

その小さな顔の中で、理性的な光を放つ瞳がしっかり俺に向けられている。

「あなた方は誰ですか?」

「何故あとをつけてます?」

「誰の命令ですか?」

と。

「答えなければ、どうする?」

すでに見張っているのは見破られているらしいのでそう言ってみると、子供はう~んと考えてから、俺たちの顔を皆見回してからぎょっとするような事を言った。


「彼を貰って依頼主の元へ。」


真っ直ぐに一人の少年を見つめてそう言った。

(只者ではない。)

暢気そうな穏やかな顔をしてはいてもその瞳の光り方が険呑だ。“怒ってます”と顔に書いてある。


【範囲結界・幅3m 奥行き20m 高さ5m 発動】


「閉じ込められたぞ!出られねぇ。」

魔術師の仲間がそう言って、まるで透明な何かを叩くように空間をがちがちと剣で小突く。そこには景色は見えているのに壁でもあるかのようだ。

「何をした?」

「結界を。答えてくれれば出して差し上げますよ。」

その言い方がむかっとしたが、俺よりも先にキレた奴が飛び出してゆく。

待て!・・・と叫びたがったが、時すでに遅し。奴は地面に沈んでいた。

「・・ころ・・・。」

「・・してませんよ。みね打ちして気絶してるだけです。まるでなってないですね。受け身も取れないんですか?」

何で殺すだなんて無駄な事を・・と子供、いや彼は言った。

「何でこいつなんだ?」

と彼が選んだ仲間の一人を指さして聞く。

「彼がこの中で一番弱いし、足手まといなのにも関わらず入り込んでいるという事は、彼が何らかの繋がりのある人物に捻じ込まれたんでしょう?」

ずばりと言いにくい事を事も無げに言って彼は仲間を見る。

「言われて悔しいですか?ですが、誰が見たって一目瞭然ですよ。この中では君が穴です。君さえ倒せば突破する穴が開く。一人前みたいな事をほざいているようですが周りは百戦錬磨、所詮井の中の蛙だと己を知りなさい。・・・ディレス。」

名を呼ばれびくりとその身体が震えた。

「お前、刺客か!」

ディレスを守るように飛び出して言った仲間をひょいひょいと交わしながら彼は答えた。息すら切れてない。

「・・・ではないですよ。大体その子を如何こうしたって何の役に立つんです?この国は世襲制ではないでしょう?実力主義だと聞きましたが?その子の父親が、たとえその子がそう言ったからってそれを汲み取るとは思えませんけど?・・・・だからこそ、こんな手段に出たんでしょう? ねぇディレス・カルトカール。」

最後の仲間が思いきり蹴られて壁にぶつかってずるずると落ちてゆく。

「宰相カルトカールの一人息子。父に似ず武の方は向きがないようですね。 足が震えてますよ、怖いですか?」

長い剣を、先ほどレストランで客に見せていた片刃の剣先を彼の喉元に差し延べて、彼はそう言う。

「・・・・っ!」

あっという間だった、次々と仲間は沈んでいった。

彼は一切剣に手を付けず、するりと交わしながら蹴ったり殴ったりしつつ仲間を沈めていった。魔術師の仲間などは、術をぶつけていたがそれをそのまま返されて吹っ飛んだ。

彼が剣に手を掛けたのは今が最初だ。そして切る気は、ないらしい。それは解る。いや最初から、彼に殺気はなかった。

「これ、借りますよ?」

と彼は俺の襟章に触れる。と、仲間の身体が光ったと思ったら、その全員が消えた。

「っなっ!」

「送りましたよ、えぇ・・と、兵舎、ですか?黒い建物の、庭に黄色い花が咲く・・・デスト寄宿舎?」

あぁ確かにそこは皆が寝泊まりしている寮だった。ほっと肩の力を抜いて、又はっとする。

「どうやって!」

「その襟章をトレースして、さすがに行った事ない処へは勝手に飛ばせませんから。一回行けば何時でも行けるんですがね。貴方は立場上、彼と共にいないと“首”になるでしょう?ケイソン隊長。  さて、ディレス、代償を払って貰おうか?」

戦場でも震えた事のない身体がブルリと震えた。


 右腕以外縛ってますから動けませんよ、と言いながら目の前で胸やけするような甘味を平らげてゆく彼を見ていた。

そうされなくても俺は逃げる気はないが、それは俺にではなくディレスに言っているようだった。ディレスは肩に入れていた力を抜いた。

「しませんよ。もう煮るなり焼くなりしてください。」

ディレスはそう言って自分のカップに口を付けた。

「しないよ、そんな美味しくない様な事。それよりコレコレ、美味いよ、ほら!」

と彼はフォークで刺したケーキの一部をディレスの口に無理やり突っ込む。

“ね?”と言いながら微笑む彼は、さっきから食べ続けてもう4皿目だ。

「“代償”って・・・まさか・・・。」

「うん?支払い。だってディレス、お金持ちだよね? ゾーイもう一杯いい?」

結構な代金を支払って店を出ると、彼は大きく伸びをした。“あぁ美味かった!“と顔に書いてある。

 やけっぱちでもなく投げやりでもなく、ディレスはすっかり憑き物が落ちたような気分でいる様だった。何時も会う度に緊張して強張っていた表情が丸くなっている、がそれは・・。

「君がね、肩に力が入ってしまうのは解らなくもない、けどね・・・。おいで。」

そう言って彼はディレスと俺の肩に手を乗せ、と・・・・、

(うわわわわ・・・・・!)

急に視界が光り出して、身体が上に引っ張られるような感じがして腹の中身がせりあがってくる感覚。俺の嫌いな転移!

がっくりと地面に膝をついて周りを見れば、そこは王城を遠くに望む丘の上だった。今までいたところからゆうに半日はかかる行程を一気に飛んだ?しかも二人の人間を連れて?詠唱なしで?

(出鱈目だ。)

「うんそれよく言われるよ。まぁいいじゃない、これが私だし。・・・座ってディレス、ケイソン。」


 「君の父親はね、子供の時から“出来る子”だったんだ。親が気味悪がるほどに、ね。それで結構淋しい思いもした。でもそれを乗り越える力をくれる友人に恵まれて、包んでくれる女性も見つけた。」

語られるのは本人しか知りえない様な詳細な話。

それを何故知っているのか、と突っ込みたくても初めて聞く宰相の子供の頃の哀しい境遇につい聞き耳を立ててしまう。

親に忌避され、施設に預けられてしまった事、その事で虐められた事があったこと。学校に入った時も心優しい貴族の援助があってのものだったが、それをネタにいびられた事。それでもそこで友人を得て、彼は変わっていった事。

「ただ優秀だというだけで?」

ディレスの言葉に彼は首を横に振った。

「違うよ。彼は・・。」

「それはっ!」

悲惨な過去は知らなくても、彼が“特別”である理由は知っている。俺は思わず話に割り込んでいた。

「ケイソン・フォワーズ。彼は知って受け止めなくてはいけない。守ってやる時期は過ぎたんだよ。彼を成長させるためには話してやった方がいい。解っているだろう?それを誰も出来ないというなら、私がしようというのだ。」

その言葉で黙ってしまった俺をディレスが穴があくほど見つめた。

「有名な話で、そして誰もが口を噤んだ話です。王自らの緘口令で誰ひとり口にすることはできません。」

「そう、だから私が話そう。私はこの国の人間ではないからね。王の決定に左右されない。・・・ディークは加護付きだった。それも今はこの世にいない“ガイアス神の加護付き”だったよ。」



 


なかなか進みません・・・。

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