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彼方の地から  作者: 竜胆
19/34

17 「折らせてもらおうか。」

 困ったら呼べよ、と言いながら彼は光の中に消えた。

「あれが愛し子、か。」

思わず呟いた声に、ランドが答えた。

「喰えない方ですね。飄々として、でも痛いところを突いて来る。考えていないようで、目まぐるしくあの小さな頭の中は計算されているようです。・・・私たちに気安いようで、でも一線をけして越えないし越えさせない。あの食欲もさることながら、やはり神の領域なのでしょうね。読めません。 ・・・気が付きましたか?あの方は全属性をお持ちでした。精霊と契約をなさっているのではなく、精霊が自ら傅いているのです。」

流石、神の愛し子様ですね、と。

「・・・ってゆーか、強さが半端ねぇ。」

言いながらテントは横に座り込んだ。消える前まで鍛錬という名のしごきを受けていたのだ。

「振りじゃなくか?」

「馬鹿言え!・・・足震えてんだぞ。剣を持ちあげる力も残ってねぇ。」

愛し・・いや零から加護を付けてもらった剣は、隻腕であるテントにも使いやすいよう、軽量が軽くなっているらしい。しかし、その切れ味と威力はそれ以上になっているようで、テントはそりゃぁもう喜んでいた。

「力使って・・。」

精霊の・・と言いかけると、

「使ってらっしゃらなかったですよ。気配も感じませんでした。ですから、あれはあの方の本来の技なのでしょうね。・・・恐ろしいくらい的確に弱点を突いてこられます。それに、あの相手の力を流して掴ませない体術は、戦いにくかったようですね、テント。」

ずっと一緒に見ていたランドが断言した。

「うん・・あれ、俺苦手だわ。強く出れば出ただけ、かわされた時のこっちのダメージがでかい。・・・ほんと、計り知れないよなぁ。」

テントは次はもっと出来る様になってたいなぁ・・・とため息をついて空を見上げて本格的に寝転んだ。





 時の牢獄の裏、こんもりとした森の中をてくてく歩いていた。

「さて・・・どこに行くかな?」

この森を真っすぐ行けば、この大陸で一番大きな国に出る。森の端に川が流れていてそれを境にこっち側がコンドルト、向こうは“ライオネル”王国。

【ライオネル・・ってゆーと、元は獣人の国だな?】

魂がいきなり出現して、その形態を獣から人型に変える。その上、真っ黒もふもふの尻尾は出したまま。手に取るように考えている事が解る。

【コ~ン~・・・】

引っ込んでなさいよ、と続けるつもりだった言葉は、しかし発せられることなく掌に吸い込まれた。

その手の持ち主までもが、のりのりで出てきているのである。

【よいではないか。我らは常に3人一緒だろう?】

魄もしっかり人型に変体済みで、私の口を塞いでいた手をどけると頬に擦り寄ってくる。人型になってもこの世界の人間に大きさを合わせてあるから、デカいんですけど! しやすいからって抱えあげないで! 腕にちょこんと座らせないでよ! まるで子供扱いじゃないかっ!

私、19なんですけど・・・。そんなひょいひょい持ち上げられるほど軽くないつもりなんですが・・・。

【軽いぞ? むしろ地球にいた時より軽い。】

両脇に手を差し込んで、人の身体をぷらぷらと高い高いの姿勢のまま振っている魂が、首を傾げた。

【え? うっそ?】

【詠星もこの世界に合わせて身体が変体しているのではないのか? なにしろ神子ゆえな。】

私を揺らして遊んでいる魂の腕から私を奪い取るようにして魄は言い、また曲げた腕に乗せると歩き出した。

 こうしていると、小さな頃を思い出す。

周りの大人や人が怖くて、透けて見える心が怖くて、いつも一人で境内で遊んでいた。

龍神を祀ってあるうちの敷地から少し奥へ行くと、小さな、本当に小さな祠が二つあった。

それはまるで、うちの裏を守っているかのように外を向いて建っていて、中には狛犬が納められていた。

『爺様、あれは何?』

もうその頃は祖父の後ろばかりを付いて回っていた私に、祖父は掃除をしながら教えてくれた。

『ここはな、むかぁし国境だったんだ。国境と言うのはな、人の出入りがあるように物や気の出入りもある。それで、悪い気が入ってこぬように、街道の入り口に見張り番を置いたんだ。それがこの方たちだよ。』

『“この方たち”?』

『いうなれば、厄災が入ってこぬように見張っているのだよ。昔は村に、今は街に。』

番犬・・・なんだ。と納得をした。

その後から、何故だかそこを掃除しなくてはいけない気がして来て、毎日箒を持ってその祠までえっちらおっちらと小さな丘を越えて掃除をしに出かけた。雨が降る日も風の日も。

そんな時だった。珍しく雪が降った日の事だった。年明け2月とかなら降る事もあるが年内に降るのは珍しい日、すごく寒い中、私はいつも通り掃除をしていたのだ。マフラーをしていても鼻の頭は真っ赤になり、手袋をしていても指先はかじかんでいた。それでもいつもやっているように雑巾代わりに使っていたタオルを水で濡らし狛犬様を拭き上げようと振り返った時だった。

『幼子よ、その志は感心だが、風邪を引くぞ。』

声がしてきょろきょろと見回すと、愕然とした。

いない、いや“ない”のだ。狛犬が。狛犬の像が。

『え?あ・・・え?』

石で掘られた像は、簡単に運べるほど軽くはないはずだし、何より大きかった。それに何時も来た時は必ず手を合わせるのだが、その時は確かに鎮座していたのだ。

『こっちだこっち。なにボケっとしてる。』

さっきとはまた少し違う声がして、台座の後ろからひょいと顔が覗いた。

『・・・・っ!』

自分が声を出さなかったのを後から褒めたくらい、びっくりした。

人が、いた。何時も誰一人いないからびっくりしたのではなく、その人が・・・人の耳が、いや・・尻尾・・・。

『み・・ミミ・・耳・・。』

『“ミ”?あぁ耳か?これだよ、よく聞こえるんだ。』

とぴくぴくと頭の上で動くあり得ない形状のモノ。今なら“違うわ!”と突っ込むところだが、その頃の私にそのスキルはなく。

『あと”尻尾”か?・・・どうだ?温かかろう?』

真上から降ってくるような声がしたと思ったら、自分の身体に巻きついた白いもの。確かに・・・。

『・・・・あったかい・・。でも、あの・・・あの・・。』

ふさふさと豊かな毛を揺らして自分を包みこんでくれたそれは確かに暖かくて幸せな気分にはなったのだが、いかんせん、ありえないものだ。

『我らが何者か、だろう?』

コクンと肯いて見上げると、こっちもさっきの人と同じく頭に尖った耳があり、さっきの人は黒、こっちは白だった。

『アレだ。お前が毎日拝んで掃除して綺麗にしてくれるものだ。』

言われて指さされた方を見ると、もぬけの殻の台座があった。

“まさか!”と思ったさ。いくら幼くてもさ。そりゃ、変質者かなとか、流行りのコスプレかとか・・。でも、


『“お前”なら“視える“だろう?真実の姿が。・・・斎木 詠星。』


そう言われて、ビクッとなった。私と祖父の秘密をこの人たちが知っている、と。

ばっと離れて、二人を凝視した。

その頃は心の声だけじゃなく、他の人には視えないものまで視えるようになり始めた頃だったから。

二人からは、いつも狛犬様を拝む時に感じる温かいものと、怖いものが立ち上っていて、何より、本体が透けて“視えていた”。多分、その時は“視せて”くれていたんだろう。

『狛・・犬様?』

私の小さな声に、また二人は近づいて来てその長い尻尾で包んでくれた。

『魂だ。』

『魄だ。』

『『我らの真名をお前に奉げよう。今この時よりお前が我らの主となる。お前がこの世を去るその時まで、我らはお前と共にあり、お前を守っていこう。』』

後から聞いた話では、二人の声が朗々と響いた中で、私は気を失ったらしい。


 「魂、魄。ごめんね。二人までこっちに引っ張ってきちゃって・・・。」

きゅっと魄の肩に添えていた手を頭に回して抱きしめる。 

歩いていた足を止め、二人はこっちを見た。“何だ、それは。“と言う顔をして。

「だって・・・向こうでは立派に神様していた二人には守るべき街や人や社があったのに。」

私に引きずられて世界を渡ってしまった。

「そんなことか・・・。それならば、お前の家の龍神に頼んできた。戻れるかどうかは解らんが、当分頼むとな。」

「それに! 俺たちの目の届かないところでお前に何かあったらどうすんだ。・・・それこそ心配でおちおち社で昼寝も出来やしない。」

魂の言葉は少し乱暴で、でも温かい。何時だって二人はこうして私を包んでくれている。




 川を魄に抱えられたまま飛び越えると、森の中が騒がしい。

(子供?)

・・・のような声が聞こえる。それが遊んでいるというよりは・・。

≪御子様!助けて!≫

風の精霊の声がして、わずかな風に背中を撫でられる。それを合図に、魄の腕を飛び降りて私は走り出した。

「手助けは極力しないのではなかったか?」

横を滑る様に飛んできた魄の言葉に、

「命が掛ってるなら別だよ。相手は軍人でも何でもない一般人の子供、だし!」

“だし!”のところで、とりあえずガード強化の術を掛けた腕を突き出し、目の前に転んでいた小さな命を拾う。

(ウサギ~!!ウサギだよ、この耳…あぁ・・。)

頬ずりしたい、と顔が蕩けそうになったが精霊の声で相手を振り返った。

≪御子様!危ないっ!あの爪には毒がございます。≫

(な・・何ですとぉ~? ・・毒って・・・生き物の爪が毒ってっ!)

とりあえず距離を取って後ろへ飛んだ後、腕の中の子供を見下ろす。

「名は?」

「カーティス・・・誰?」

泣きながらだったが答えるカーティスに、

「他に誰がいる?一人じゃなかったろ?声は複数した。」

少なくともあと3人はいるはずだ、というと、カーティスは更に後ろを振り返った。

(木?・・・・あぁ上か。)

木の上に同じ年頃らしい子供が3人上がってガタガタ震えている。

腕の中のカーティスを見る。

(守ろうとしたのか。まだこんない小さいのに。)

自分だって怖いだろうに・・と思っていると、カーティスは頬の涙をグイっと拭って耳をぴくぴくさせた。

「だって・・だって僕しか術を使えないから・・。」

拭いても拭いても涙は零れてくる。よほど怖かったんだろう。“偉いね!”という意味を込めて頭を撫で、その木の上にカーティスを登らせる。

「絶対、降りるな。」

言ってその木全体に結界を張った。もし万が一子供たちが慄いて思わず下りたとしても結界からは出られないから危なくはない。

「さて・・・怖いよ、その牙。」

と目の前の魔獣に声を掛けるが、返事は当然返ってこない。

あたりまえだが、獣人と魔獣は全くの別物である。

遥か昔は、同じと考えられて人によって獣人が危害を加えられた事もあるようだが、まず一番の違いは先程の事カーティスだ。

話が通じることだ。獣人は“人”と付いているくらいだから、文字や言葉を持っている。文化も。それこそこの世界では獣人の方が人間より古い歴史を持っている。魔獣は文化も知性も持ち合わせてはない。彼らはただ狩るだけだ、腹を満たすために。目の前にいるのが人であろうと動物であろうと、そんなものは関係ないのである。

「折らせてもらおうか。」


【肉体強化】

【範囲結界・10m】

【魂、魄 あれを足止めして!】


姿を消したまま、二人は魔獣の足元を術によって固定する。

それを確認して、魔獣に向かって走り出す。

己の身体が動かない事をどう感じているのか、激した魔獣の口が私に喰らいつこうと牙を剥いた。その瞬間を狙って正拳を牙へ向けて突き出す。

強烈な光を放ち拳が牙に当たった途端、ビキビキと音を立て牙にひびが入った。しかし折れるまでには至らない。

≪私どもをお使いください。≫

精霊が傍に飛んでくる。

≪いや、それは出来ない。≫

ちらりと後ろに視線を投げかけてそう言うと、拳を打ち込んで飛び上がって宙を舞っていた身体を着地させて態勢を整える。

≪あれの弱点は?≫

≪額の中央。目の間でございます。≫

聞いて走り出す。そして飾りだと思って腰に下げていた剣を取りだした。これはミハがキューピッド役をした私に礼だと言ってくれたものだが、まさか使う事になるとは思ってなかった。

技の割に筋力がない私の見抜いてか、それは軽く持てながらも、切れ味は鋭かった。

魂魄に術を解かせ、動けるようになった脚で魔獣は私を押しつぶそうとでも思ったのか、大きく前足を振り上げる。それを下に潜ってかわし、その長い体毛を掴んで飛び上がる。つまり背に乗った。

【詠星!】

纏わりつく、初めて感じる気。

≪・・・!≫

(なんだか知らないが、気持ち悪いな。)

早いとこ片づけてしまおう。背を頭に向かって走り、そのまま顔に向かって飛び降りた。


【一点強化】


剣先だけに力を集中させ一気に眉間に突きたてる。つか辺りまで深々と刺さった剣にそのまま力を注ぎこむ。大きな身体で打ち込まれた剣は針の様であっても、流石に弱点に打ち込まれては痺れるだろう。そのまま膝をつくように倒れ込む身体に追い打ちをかける。

(拳が駄目なら足で行くさ。)

飛び上がって先ほど入れたひび目掛けて蹴りを繰り出した。ひびが広がったところへ回し蹴り。

“ガキ・・ン”

大きな音がして片方の牙が折れた。


一国目・獣人の国「ラオイネル」でございます。

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