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彼方の地から  作者: 竜胆
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閑話 2

☆遭遇した時の様子です。




 今日付けで、本当の意味でやっと家から縁が切れた。

「良かったのか?よく両親が納得してくれたな。」

同僚はそう言って気を使ったが、エセルは周りが驚くほどすっきりした顔をしていた。

「厄介払いが出来て、ほっとした事でしょう。いいんですよ、これで近衛を辞する事も出来ます。」

除隊届を出してきた、と言えば眉を寄せた。

「本当にか?」

「えぇ。貴族ではなくなった私は近衛にいること出来ないでしょう?残った私の価値は“加護付き”だけです。」

「神殿に行くのか?・・・まぁお前は最初からそっちを希望してはいたが・・。」

貴族だから、筆頭4家の人間だからと言うだけで、近衛に配属された時は心底嫌だった。何より兄と共に働くと言う事が。

仕事で動いている時に会う度に視線を感じて冷や汗が出た。

最初は何を言われるかとそわそわし、後からは、“そんなに嫌なら見なきゃいいだろ!“とキレていた。

荷物を纏め、部署を後にして王城を振り返る。

元々近衛などお飾りだ。実践など積んだ事のない者の集まりで、一体何を守ると言うのか。最初っから、神殿部隊に志願を出していたのだ。

家で浮いていた私を救ってくださったランバード神官長の盾となる事を心底望んで騎士になったのだ。

あんな理のなんたるかすら理解していない皇子を守るためじゃない。

時々手合わせに来てくれるミハイル隊長の元に行くことをどれほど願ったか。

 神殿部隊は、文字通り神殿と神官を守ることを第一に掲げるもので、その配属も神殿に任される。所属の国以外には配置替えはないが、神殿のある地方に行くことはある。

別に中央に未練などない。

 「エセル。」

その声が誰のものであるかなど、振り返らずとも解る。

小さい頃はただ怯えた。突きささるほどの冷たい視線に。

今は、怖くはない。鬱陶しいだけだ。

「何か御用でしょうか?宰相閣下。」

振り返り、顔を見る事もなく頭を下げる。

肩から零れる髪を伸ばす私に、「鬱陶しい、男なら切れ!」とハサミを投げつけた事もあった。

加護付きは往々にして髪を伸ばす。

それは髪に霊力が宿ると言われているからだ。真偽のほどは定かではないが、過去の加護付きがみな髪を伸ばしていた事実があるから。

「籍を抜いた、と聞いたが。」

「それが何か?」

「・・・家には戻らぬつもりか?」

“家”

“家族”

“あれ”が?

「居場所のないところを“家”とは呼びませんよ、宰相閣下。」

貴方が・・その場所を失くしたくせに。

怒りが沸くと、制御できなくなる。

瞳の色が濃くなり、風が知らず知らずエセルの髪を揺らす。加護精霊がエセルの怒りに感応しているからだ。

すっと頭を上げてま正面から兄であったマーカスを見る。

「そんな事を言うものじゃない。」

その言葉にかっとなる。

「貴方に言われたくはありませんね。良かったじゃないですか。家でも職場でも気に入らない顔を見ずに済むんですから。せいぜい北部の犠牲の上で踏ん反り返っていればいいでしょう? 神官長や加護付きたちの言葉を無視した事を後から後悔しても遅いですよ。」

心の中に、かつてないほど真っ黒な感情が沸いてきた時、ハッとした。

“怒りに囚われてはいけませんよ”と言ったランバード神官長の言葉を思い出した。

「エセル・・・。」

「失礼いたします。」

早々に切り上げてその場を去った。


 その後、無事神殿部隊に拾われて、着任早々北部へと急いだ。リンドルとの国境、北部へは転移の魔法陣を使っていくはずだったのだが、向こうの神殿が破壊されていて通じなかった。

仕方なしに、精霊術を使って先発隊という形で第一部隊が先に入ることになった。

他の加護付きは知らないが、行く前から私には解っていた。おそらく、壊滅的であろうことは。

先に殺されたテスの加護付きの悲鳴と精霊の消滅。その後続いた悪夢はその事を私に覚悟させるに十分だった。



 地獄だった。これが戦場だと言うには余りにも悲惨だった。

ただただ一方的な殺戮と強奪。

家という家は焼き払われ、壊され、神殿に至っても同じ有様な上、神官たちはその着ているものは白であったことなど解らないほどの切り刻まれようだった。

ザンバラに斬られた髪に、潰された顔。手足の切り落とされた者や、女性の神官に至ってはもっと悲惨だった。戦場ではままあるという掠奪や強姦。曝されたままの身体にあるその痕跡には、腹の底から怒りが沸いた。

無理だと思った。

おそらくそこにいる誰もがそうであったと思う。

「残党を狩るぞ。・・・一人も漏らすな。たとえそれが命乞いをしようともまだ若い兵であったとしても、けして生かすな。許してはならん。その者たちに止むに止まれぬ事情があったにせよ、許されることではない。その者たちに家族があったとして、ではこの者たちにも家族はあったのだ。一方的にこのような目に合わなければならぬ理由はない。・・・許せぬ者だけが続け。俺は本性に戻る。」

言ってミハイル隊長の身体は抑えられないとでもいうように膨れ上がったかと思うと、次の瞬間には目の前に獣人としての戦闘態勢である本性に立ち返ったミハイル隊長がいた。

他の獣人も同じように獣態に戻り、とても追い付けないほどの速さで敵を狩りだしていた。

 何人切ったか。怒りで目からは涙が止まらなかった。

感情が迸って神経が砥ぎ澄まされていた。

そして私には仲間を殺された精霊の感情も乗っかっていた。同じテスの眷属である精霊の悲しみが自分の怒りに還元されていた。

その様子は、まるで感情のない操り人形のようだったと同僚になった男は言っていた。あとから聞いたことだが、加護付きの誰もがそうであったらしかった。

中央に積み上げられた敵の遺体は、火の加護付きの炎によって焚きあげられた。普通の火ではないため、隅々まで、灰になるまでしっかりと焚きあげられた遺体は、灰になって風に散るように消えてなくなった。

その後、神殿から手配された新しい神官たちや周囲の街人たちによって、街の復興作業は始まったのだ。第二部隊も到着した頃、第一部隊は撤退することになって王都に帰ってきた。

しばらくはざわざわとした自分の身体の中から湧き上がってくるざわめきを消すことに終始した。自分の興奮とは違う、精霊によるものだから長くかかったが、それも実りの季節の頃には収まった。テス神の加護付きである私は、やはり実りの季節が一番体調がいい。気分も落ち着いていたその時、急に気が逸る気がして裏庭にある小さな森に足を踏み入れたのだ。



 「誰だ?」

大きな木の下に立ち、幹に手をついたままで見上げている人影を発見した。

子供か? と思うくらいに小さいその人影が振り返った時、ざわっと鳥肌が立った。

漆黒の髪と瞳。自分の方よりも低い身長からこちらを見上げる彼は、子供であると断言できない雰囲気があり、何より瞳が聡明だが読めない色を放っていた。

「神殿隊、か?」

と呟いた声は小さかったが、その物言いも子供とは思えなかった。

「どこから入った。」

「え?普通に。」

肩をすくめて言う彼に小馬鹿にされている気がした。

「結界があったはずだ。ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだが。」

「そう? まぁ関係者?」

何故疑問形なんだ。

“怪しい。”そう思ったエセルを誰が責められよう。元々エセルが言ったように神殿には結界が張ってあり、それもランバートが張った強力なものだ。普通の人間であれば、入ってこれないはずで、大抵用がある人間は門番にその旨を伝え、身分証を見せてから初めて入所できるのである。

それを誰に気取られるでもなく、神殿の、それも裏庭にまで侵入しているとなれば、怪しいことこの上ない。

ただ、相手が悪かったのだ。いや、エセルのタイミングが悪かったのか。

隊長は王宮へ出かけていて不在。ランバードも不在。

今現在この神殿の最高責任者はエセルであった。

身元の判らない侵入者を案内するとしたら、一か所しかない。


 「ここ・・・殺風景だねぇ。窓すらない。」

部屋、という名の牢に通された侵入者はその中央に置かれた椅子に腰かけて、解っているのかいないのか、そんな事を言って天井を仰ぎみる。

「ランバードは?」

「今ご不在だ。」

「・・へぇ、そう。」

部屋には簡易のベッドもある、それ以外は椅子とテーブル、そしてトイレである。

“牢”とは言ってもちゃんとトイレは別室であるし、ベッドの寝具だって取り替えてある。椅子とテーブルは確かにただの木製で装飾などはないが、それでも普通の家庭にあるクラスであった。掃除だってちゃんとしてある。見ようと思えば、ちょっと安い宿屋の部屋のように見えない事もない、くらいには整えてあった。

「名は?」

「人の名前を聞く時は、まず自分から名乗るのが筋じゃないかな?」

(むかっ。)

「お前、いくつ位だ?まだ子供だろう?」

「ん~?微妙。」

(・・・・・。)

「どうやって侵入した?」

「だから、普通に。ってゆーか、ランバードの結界が自分に効く訳ないよ。」

「神官長の事にやけに詳しいようだが、知り合いか?」

「“知りあい“かどーかは・・・・。でも“顔みしり”ではないよ。今回が初めて会うし。」

(やっぱり怪しい。)

と、睨む視線を強くした頃、侵入者は立ち上がってエセルへと言い放った。

「お腹が空いた。お菓子ください。」

何の遠慮もなく、怖がっている訳でもなく、見知らぬ場所で見知らぬ人間、それも明らかに自分の尋問しているであろう人間に向かってそれを言うという行為にエセルは侮られていると感じた。まぁ普通はそうだろう。馬鹿にしているように聞こえなくもない。

「怪しい奴に喰わせるものなどない!」

そうエセルが強く言い放った時だった。

初めて侵入者の表情が変わった。

「・・・・いい、ランバードが戻った。彼から貰う。」

「・・なっ、・・!」

次の瞬間、エセルは茫然と部屋の中に立ち尽くしてしまった。

「ケチ!」

そう言い放って侵入者は、消えたのだ。

・・・きえ、た? 消えただと?

何の術の発動もなく、呪文を唱えるでもなかった。魔法陣などもちろんなく、侵入者は、ふっとかき消したかのように消えたのだ。自分の目の前で。

「・・う、そだろう? そんなわけ・・・そんな・・。」

立ち尽くすエセルの元に、部下が駆け寄ってきた。

「神官長が戻られました。今、表門にいらっしゃいます。」

と。

・・・あいつは何と言った?

「ランバードが戻った。彼から貰う。」

確かにそう言った。

何時知った? どうやって知った?

ランバードは今帰って来たのだ。門にいるという事はまだ馬車の中だ。一番の先触れでも“今”なのだ。それなのに、何故?何時?どうやって?

エセルはかっと瞳を見開いた。


「神官長を保護せよ。侵入者は黒眼黒髪の少年。年の頃は10歳、変な術を使うため、惑わされるな。・・急げ!」


そう兵に言付けてその場から走り出したエセルの事を、このとき誰が責められよう。

 門に足止めを喰っていたランバードの元にエセルが駆け付けた時には、その居所は知れていた。

よりによって隊長の部屋だった。

この建物の中で一番上等な部屋だ。

「何かあったのですか?」

ランバードは何時になくそわそわと落ち着かない様子で聞いてきた。

「神官長。申し訳ございません。侵入者がありまして。今神殿に入られるの・・・・・神官長!」

エセルの言葉途中で、ランバードは振り切るように警備隊の建物に入っていく。

「待って下さい!何者か判らない状態では危険です。」

前に立ち、押し留めるエセルにランバードは真剣な瞳で言った。

「私の結界が機能しなかったのでしょう?その方は、裏庭にいたんですね?そして・・・・おそらくは漆黒の髪と瞳でしょう?違いますか、エセル。」

何故?

「そのとおりです。が・・・知り・・お知り合いですか?」

一応丁寧語に改める。

「いえ、お会いするのは初めてですよ。おそらく、この世の誰もその方の事を知っている者はいないと思います。」

この世の誰も?

「では、何故?」

エセルや皆の疑問の視線にランバードは居住まいを正してから口を開いた。その言葉に皆は愕然とした。

固まってしまった皆を置いて廊下を進むランバードを我に返ったエセルが押し留めた。

そして本当かどうかは会って判断するから、と先に入室することを承諾させ、ランバードを置いて隊長室まで走った。

走って、ノックなしにいきなり開けた。


 彼は涼しい顔をして窓辺に立っていた。

何と声を掛けていいものか・・・言葉を考えあぐねながら足を勧めようとした時だった。


【とまれ】


聞いた事もない言葉で、自分の足がまるで床に縫いとめられたかのように動かなくなった。

そして

「で?」

と返された。その視線は“何かわかったか?”と言っていた。“自分に付いて何か判ったのか?”と。

「先ほどの言葉は?私は一体・・・なぜ拘束が解けないのですか?」

その言葉に彼が答えることはなく、不意に髪を撫で上げる様な風が吹いた。その風は確実に彼の方から吹いて来ていて、しかし窓などはあいておらず・・・。

彼の瞳が僅かに動いた。エセルの方ではなく、その後ろ、扉を見た。

「誰か来たね。」

「神官長です。」

答えた時、扉が開き、ランバードが部屋の中に進み入って来た。

どうするか、と思っていると、そのランバードの身体が礼をしたまま動かなくなってエセルはてっきり自分が受けている拘束をランバードも、と思いこみつい文句が口から出た。それを

「控えなさい。」

ランバードの声に消された。

そしてランバードは傅いて話し出す。

「愛し子様。お初に…いえ、私の代で御会いできるとは光栄に存じます。ウィル・セレン・ランバード、第326代中央神殿神官長でございます。」

「うん、最初に貴方に会うようにと言われたんだよ、・・・父に。“母の如き慈愛のセレン・道を示す雄々しきウィル”受け止める覚悟はあるか?」

 “父に“とするっと吐き出された言葉。

“愛し子”の“父”

それは、この世界の最高神・・・“ガイアス神”


それはランバードのことかと神官長を見れば、ランバードは静かに彼の前3メル(1メル=50センチくらい)ほど前に膝をついて腕を胸の前で交差させて彼を見上げている。ランバードは拘束されてはいないらしい。彼はそれまでの無表情が嘘のように、にっこりと魅了するような笑顔をして自分の胸の前に両手を合わせる。するとその手が眩しいほどに光を放ち一瞬目を閉じて開けると、彼の細い白い手が開かれその中、いや手の上に浮いているような形で赤いものが光を放っていた。

彼はそれを指で摘み、一歩二歩とランバードの近くへ寄ると赤いものをランバードの額に押しつけた。一瞬ランバードの身体が震えたようにざわめいたが、彼は気にした様子もなく依然そのままの姿勢で口を開いた。

「“ガイアスの代弁者 パウロ・ウィル・セレン・ランバード”あなたに父の祝福と恐ろしき枷を。愛し子なる我の手によって授けよう。」

ズズッ・・と音が聞こえ、その赤いものはランバードの額に埋まっていった。するとランバードの額に赤い文様が浮かび上がる。それは蔦が絡まるような文様で、そして彼が身体を屈め額に唇で触れると肌に溶け込むように消えていった。


「神殿守護第一部隊副隊長 エセル・ソード。」

彼の声が威圧感を持って自分の名を呼ぶと思わず立ち上がる。ランバードが振り返った。

「また後日お披露目はあるかと思うけど・・。彼は今この時より、名を“パウロ・ウィル・セレン・ランバード”と名乗ることになる。あなたには証人になってもらう。これ決定事項だから。拒否なし、質問なしでね。」


 その後、別室でクリスの件があり、その話の何もかもがいないはずの彼が知りえないことである事からもランバードの話を信じるしかないという結論に至った。

それからずっとからかわれる様に弄られている。

「お前、少し変わったか?・・・柔らかくなった。」

隊長のミハイルに言われ、首を傾げる。

「いや、いい。それも計算の内だろう。・・・あぁ付いて行きたかったが仕方がない。」

ミハイルはそう言って空を仰いだ。

先日、彼は旅立った。

どこへ行くのか、どのルートで行くのか。何一つ教えてくれないまま、というか本人も決めてないようだったが“世界を見てみたい“という言葉通り、おそらく世界を一回りする気なのだろう。

それがどれほどの時間がかかるのか、何があるのか解らないが、必要であればきっと精霊を通して連絡があるはずだし、きっと騒動が持ち上がるのでどこの国にいるかくらいは解るだろう。

「新婚の人間が何言ってんですか。」

皆が憧れたランバードの手中の珠を手に入れておきながらそんな事を言うミハイルを横目で睨む。

しかも零の取り持ちで、だ。何時の間にそんな事になっていたのか。

「あぁ感謝している。・・・まぁ俺より“零様“命の様だがな。俺も零と争う気は毛頭ないから。」

確かに。

 二人して地面に座ったまま空を見上げる。


我らの愛し子様。

どうか世界を壊さない程度に、暴れまわって来て下さいね。

我らはここで、あなた様の帰りをお待ちしています。


届くのか解らない思いは、風に溶けて空へ流れる。

サージェスは今のところ平和です。

エセル君は意外と硬派であるという話。

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